ウララ「トレーナー!この子飼ってもいーい?」ト「元いた場所に返してきなさい!(戦慄)」 作:コウハクまんじゅう
また誰か来た。そう思いながら声の方向を振り向くと、そこには今まで出会ったウマ娘とは一線を画す、威厳に満ちたウマ娘がいた。彼女はたくあんを見て硬直したが、少しの間の後に口を開いた。
「えぇと…ラモーヌ、この子は一体…?」
微妙な顔をしながらこちらに歩み寄ってくる。その目はたくあんに向けられており、瞳は困惑の一色であった。
「私のお客よ。」
一瞥もくれず絵に向かいながらまたもや短く呟いた。新たに来たウマ娘はその言葉にますます困惑の色を深めた様子。
「お、お客?君の?しかし…この子は何ていう生き物なんだ?」
「わからないわ。人の言葉は伝わるようだけど。」
なんてことない、といった様子で言ってのけるラモーヌ。まさか目の前の珍妙な生き物が人語を介する事ができるとは流石に予想外だったのだろう。またもや硬直してしまった。
「……本当なのか?」
「ええ。ね?」
突然話を振られて一瞬戸惑うも、即座に頷いて見せるとまたもや硬直してしまった。うん、こっちの反応のほうがしっくり来る。
「……驚いた」
体に穴が空いてしまうのではないかと心配するほどたくあんを凝視するルドルフ。その目は驚愕に加えて好奇心が同居していた。その視線に慣れず、たくあんは居心地悪そうに体を捻った。
「ルドルフ。少々不躾よ。その子は物言わぬ宝石ではないわ。それに、私に何か用があるのではなくて?」
「ッ…あ、あぁ、すまなかった…用というよりは、君達を見かけたので少し寄っただけだ」
「そう」
見かねたラモーヌが助け舟を出し、たくあんは居心地の悪い視線から開放された。感謝を伝えるつもりでラモーヌの方を向いたが、当の本人は楽しげに筆で色を重ねておりこちらの方を見ようとはしなかった。
「…ラモーヌ姉様、とても楽しそう…筆も進んでおられるし、もしや何かいい刺激が?……あ」
それまで会話に入らず、空気に徹していたアルダンが楽しそうに絵を描く姉の様子を顎に手を当て考えていると、なにか思い当たったのかたくあんの方を見た。
一方たくあんはと言うと、ラモーヌの横に並んで行儀よく座って尻尾を振っており、刻一刻と姿を変えてゆく絵を眺めていた。
「どうかしたのかい?」
「あぁいえ…ラモーヌ姉様が楽しそうに絵を描いているので、何かあったのかと…」
「ふむ…」
アルダンの言葉を受けて、ラモーヌへと視線を向けるルドルフ。確かに先程とは様子が違い、上機嫌にスラスラと筆を踊らせている。
「こんなに楽しそうな姉様を見るのは久しぶりかもしれません…」
「そうだね。彼女があんな顔を見せるのは、とても珍しいことだ。」
「………──」
一心不乱にキャンバスに向かい、色を重ね、より複雑に、より繊細に仕上がっていく。ひと目見ただけだとデタラメに色を塗っているようにしか見えないだろうが、よく見るとそれら一つ一つが丁寧に、かつ緻密に技巧が凝らされて塗り込められているのが分かるだろう。……最も、彼女のことを理解できる人々に限定されるが。
「〜♪」
いや、訂正しよう。ここに一匹いた。次々に色を重ねられ、目まぐるしく変化していく絵を尻尾を振って上機嫌に鑑賞している珍妙な生き物が。それを見てしばらく考えるように眉を顰めていたが、突然ハッとしたようにルドルフが呟いた。
「……まさか、理解しているのか?ラモーヌが描いているものが…」
「さぁ、それは分かりません。しかし…」
姉様の絵を楽しんでいるのは間違いないでしょう、とアルダンは推し量るように言った。
キャンバスの周りは、しばらく一人と一匹の独壇場と化していた。
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「……できたわ。」
しばらく経った後に小さく呟いた。筆を置き、キャンバスから離れて遠くから自身の絵を眺める。たくあんもそれに習い、ラモーヌの隣までずるずると移動すると同じ位置から絵を眺めていた。ちなみにアルダンとルドルフはというと、どこから持ってきたのかテーブルとイスを置いて優雅にお茶をしていた。
「……」
「……」
しばし沈黙が続いた後、ラモーヌが小さく頷いた。どうやら、納得の行く出来になったらしい。
よかったね。そう伝えるつもりでラモーヌを見上げた。
「あなたのお陰よ。」
偶然か、それとも意図を汲み取ったのか。どちらかは分からないが、たくあんに対して礼を言ったのは間違いないだろう。見上げてくるたくあんを見ることはなかったが、その口元には緩やかで魅惑的な笑みを浮かべていた。
「…それで、あなたはこれからどうするのかしら?」
たくあんを流し見て訊ねる。そういえば、いつの間にやら日が傾いていた。もうそんなに経ったのかと驚いていると、続くラモーヌの発言に驚かされることになる。
「行くところが無ければ、私の部屋に泊めてあげるけど」
「「「!?」」」
たくあんどころか、後ろに控えていたアルダンとルドルフまで驚いている。
「それとも、すでに帰るべき場所があるのかしら?」
言いながらこちらに向けてくる視線には、心を掴んで離さない魔力のようなものがあるとぼんやり感じた。その時のたくあんの頭の中はまっさらになっており、それに吸い寄せられるように思わずラモーヌに近づこうとした、その時。
「たくあーん!どこいったのー!?」
遠くからあの娘が叫んでいる。それに一緒になって自分を呼ぶ、あのトレーナーの声も聞こえた。その声を聞いた瞬間に意識が現実に戻され、声の方を向いた。
「…そう。あの娘があなたの帰るべき場所ね」
残念そうとも、嬉しそうにも呟くと、さっさとキャンバスと筆を片付け、いつの間にかテーブルとイスを片付けたアルダンを呼んでたくあんに背を向けた。去り際に「また会いましょう」と言い残して。
「……」
「はは、あれでも彼女は寂しがっているし、君のことを随分と気に入っているんだよ」
割とあっけなく去っていくその背中を呆然と眺めていると、横から苦笑まじりに話しかけられた。隣を向くと、ラモーヌの背中を見ているルドルフがいた。そうなの?と言うかのように、たくあんは彼女を見上げた。
「……」
「それにしても、君はすごい子だ。人の言葉を理解し、ラモーヌに受け入れられ、あまつさえ部屋に宿泊する誘いまで受けるとは…彼女との付き合いは長いが、彼女が誰かを自分の部屋に招くなんてこれが初めてのことなんだよ。まさしく驚天動地の思いだ。」
まぁ、とは言っても君は人やウマ娘ではないのだけれどね、とまた苦笑交じりに付け加えた。たくあんはそれをラモーヌの背中を見ながらつぶさに聞いていたが、その表情からは何を考えているのか分からなかった。
「それよりも、君のことを探している人がいる。早く行くといい」
言いながら、ルドルフもたくあんに背を向けて歩き出した。その背中を見ていると、ルドルフは突然足を止めて振り返らずにこう言った。
「…君のことはよく覚えておくよ。頃合いを見て生徒会にもある程度は話を通しておこう。理事長にもね」
それだけ言うと、今度こそ足を止めず真っ直ぐに校舎へと帰っていった。
「………」
それを見ながらたくあんはしばらく首をひねっていたが、何かに気づいたように顔を上げた。しかしその時にはすでにルドルフの姿はなく、代わりに帰るべき場所がやってきた。
「あ、いたー!もうっ、部屋から出ちゃだめって言ったでしょー?心配したんだからね!」
口では叱りながらも、その手は暖かくたくあんを包み込んでいた。彼女には伝わらないだろうが、「ゴメンナサイ」と伝えるつもりでペコリと頭を下げた。一方でトレーナーはというと、青ざめながらしきりに「あれ…生徒会長のシンボリルドルフだよな…早速見つかった…のか?いやでも…」と呟いていた。
「たくあん!」
眩しい笑顔を浮かべ、こちらに手を差し出す。背景には気高く、かつ暖かく輝く太陽がこちらを見つめていた。
「帰ろう!」
差し出されたその手をしばらく見つめた後
「………」
無言で体を引きずり、共にトレーナー室へと帰るのだった。
改めて見返してみると初っ端からすごい面子が揃ったなと驚いています。