幼馴染は脱ぎたがり   作:添牙いろは

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2話

 禁断のひとりカラオケ――一番が終わり、二番に向けて徐々に脱いでゆき、最終的には丸裸――そのまま歌って踊って――

 帰りの精算の際にはとんでもなく挙動不審だったろうなぁ、と(あゆむ)は思い返す。幸い、咎められることはなかったので、店員も気づいていなかったのだろう。

 あの日は練習のために赴いていた。ゆえに、録音もしてある。スマホだが。そのスピーカーでも――明らかに声が異なる。ある一点を過ぎると、まるで別人のように――

 もう二度とあのカラオケ屋には行けない。だが、こんなことを繰り返していたら、いずれ行ける店がなくなってしまう。それ以前に、要注意人物として知れ渡って門前払いされてしまうかもしれない。むしろ、もし誰かに見つかれば通報されたり、悪い人ならばその場で襲われたり――やはり、あらゆる意味で危険すぎる。もう二度とあんなことはできない。

 それは、わかっているのに――

 もう、浴室の鼻歌では物足りなくなっている。 春貴(はるき)が覗きに――もとい、聴きに来てくれないか――そんなことを期待して、自ら換気窓を空けたままにしておいたり。しかし、いてほしいときにいてくれないのが現実というものか。

 そんな平日がいくつか過ぎて木曜日の音楽室――他の日の放課後は吹奏楽部が使用しているが、今日は定休日である。そんな無人の大部屋に、歩はこっそり忍び込んだ。

 歩の自己評価としては、音痴というより声が細すぎる――どちらかといえば、肺活量が足りなすぎるというべきか。

 けれども――知ってしまった。自分が、本当は声を出せるということを。

 前に授業で歌ったときは散々だった。もはや、恥を上塗りしても色が変わらないほど真っ赤な原色のトラウマ――それを、少しでも払拭できたら――

 みんなの前で歌うことはできないけれど、本当はこんなに歌うことができる、という密かな自信を持てたら――

 音楽室に入った歩は、先ず準備室の無人を確認する。それから、教壇――音楽室においてはステージと呼ぶべきかもしれない。そこに、歩は立った。先日の音楽の授業ぶりに。

 伴奏はなく、アカペラで。か細い主旋律を飲み込まんとするピアノの音色がないにも限らず、歩の歌声は部屋の端まで届かない。録音して聴き直すまでもなく、拙い歌である。普段の歌――これまでの歌といってもよい。けれども、それは過去のこと。本当の歌声を、歩は知っているから。

 バレたら退学になっちゃうかも――けど、たまたま着替えてたって言い訳もできるし――迷い、悩みながら――歩は音楽室の扉を内側から鍵をかけた。ガシャリと錠の絡む音が歩の胸にひと際大きく響く。

 念のため、自分の手でも確認して――ガチャガチャと引っ掛かり、この扉が開くことはない。

 すー……と大きく息を吸い、そして吐く。長い深呼吸の後――歩はブレザーのボタンに手をかけた。そしてそれは傍にあったピアノの椅子の背もたれに掛ける。そして、中に着ていたブラウスも。廊下の方を少し気にしながらもスカートの腰のホックを外した。

 そして、少し見やる。先ほどまで自分が立っていた小さなステージを。最初はこの時点で――下着になったところで一度試してみるつもりだった。けれど、感覚でわかる。このまま再挑戦しても、先ほどと大して変わらないだろうと。

 けれども、ここから先は着替えていた、では誤魔化せない。水着になる季節でもないのだから。

 歩は一度、カラオケボックスで脱いでいる。あの日は見つからなかったけれど、今日はそうとも限らない。

 だから、覚悟を決めるため――歩は仮想する。誰かに覗かれている――そんな中途半端な状況ではなく――歌の課題があまりにも酷かったため、歩だけ再発表させられることになった――そんなシチュエーションを。ただし、罰として全裸になって――現実にはあり得ないが、そう仮定することでイメージできる。やり直したいあの日のことを。

 ちゃんと聴いてもらえるのだろうか――同性が相手ならまだ可能性はある。一方、男子は――きっと歌を聴くどころではないはずだ。聴覚より視覚にすべて持っていかれてしまうだろう。

 そんな羞恥に耐えて歌い続けることができるのか――同学年のみんなで満席になった音楽室で――

 生半可な気持ちならやめた方がいい。だから、こうして自分を奮い立たせて――

 素早く背中に両手を回すと、むしろ自宅の脱衣所よりも手際よく――カップをブラウスの上に掛けると、その隣にショーツまで。そして――緊張に身を縮めている暇はない。小走りに――けれども、足音を立てないように――歩は改めて立った。

 先ほどと同じ場所に。

 授業の発表と同じ場所に。

 ただひとつ違うのは――服を着ていないということだけ。上履きと靴下――そこから上には何も身に着けず――

 絶対、みんな見るんだろうな――胸とか、股のあたりとか。その視線をイメージしながら――

「~~~♪ ~~~♪」

 見られているイメージはできている。歌を聴いてもらえているのか、いないのか――男子のほとんどは、厭らしい目で異性の身体ばかり見ていることだろう。女子も多くは失笑しているかもしれない。

 けれど。

 歩は自信をもってこういえる。この姿は恥ずかしいけれど――この歌は恥ずかしくない。お腹から喉まで一直線に通っていくような――こんなに気持ちよく歌えたことは一度もない。コソコソと隠れるようにカラオケボックスで歌っていたときとは違うから。みんなに――こうして聴いてもらえるのなら――

「~~~♪ ~~~♪」

 歌っていると、つい身体も動いてしまう。こんなの、音楽の課題の枠を超えている。それはわかっているのに――気持ちいい――清々しい――けれど、みんなの視線が変わったのも感じられる。想像だけど。想像の中のみんなは舞台で歌い踊るひとりの女子生徒に夢中になって――

 

 ――コトリ。

 

 部屋の隅から物音が聞こえた――? ような、気がする――? いや、それよりもっと些細な――漂う空気――気配――もう少しいうなら、視線――

 いつから――? 少なくとも、歩が歌い始めてから人の出入りはない。となると、その前から――最初から。

 我ながらリアルに視線をイメージできている――歩はそのように“錯覚”していた。けれど――もしかしたら本当に――

 誰かが潜めるとしたら掃除用具入れくらいのものか。椅子だけが並ぶフロアを横切り、歩はその扉の前でじっと睨む。腰に手を当て、仁王立ちで。逃げ場はないぞ、という威圧感をはらませて。

 通気口の隙間をじっと監視していると――暗がりの中にふたつの目が覗く。この至近距離で目が合ってなお観念して出てくる気配がない。それで仕方なく――歩は自らその取っ手に指をかけて引き開ける。

 すると――

「いい歌だったぞ」

 歩の胸に向けて平然と賛辞を述べる春貴だが、これに歩は呆れ顔で返す。

「……はぁ」

 歩の中には羞恥心がない――わけではない。だが、常に狙われていた自覚はある。求められていた、とも。それはこの場に限った話ではない。これまでずっと――それこそ、一緒に風呂に入らなくなった頃から――

 そんな執着心を思い返して、歩が真っ先に抱いた感情は――とうとう見られちゃったか――そんな諦観。視線はヒシヒシと感じているが、いまさら隠す気にもなれない。

「うちのクラス、音楽室の掃除担当じゃないよね?」

 歩は春貴の目を見て話すが、春貴は歩の胸を見て話す。

「ああ、だから掃除が終わるまで待ってたぞ」

 つまり、春貴がここに潜み始めたのは清掃終了から。それは短からぬ時間だというのに。そのうえ。

「……なんで、私が来ると思ったの?」

 歩が来なければ、ただ狭い箱の中で閉じこもっていただけになる。

「お前が、本当の自分の歌を知ったからな」

 それだけの理由で――! 同じ音楽の授業を選択していた春貴だからわかったのだろう。歌える喉を手に入れた歩が、あの発表をやり直したいと考えることが。

「ところで――」

 話を変えつつ、歩はジトリと春貴を睨む。

「ティッシュ持ってる?」

 怪しげな笑みを作る歩に対して、春貴は一瞬ギクリとするが――すぐに戻して。

「品切れだ」

「……だろうと思ったよ」

 歩は男子の生理現象に詳しいわけではない。だが、何となく察した。春貴が歩の機微を察したように――歩もまた、春貴の機微を察して。

 それが伝わってしまったことを承知の上で、春貴は謝る。

「悪かったな」

「何をいまさら」

 ずっと風呂を覗きに来ていたのに。

「歌を途中で止めちまって」

「そっちなの」

 やはり、春貴は春貴である。

「俺のことは気にせず、最後まで歌ってくれていいんだぞ」

 歩もまた、いまの春貴にならもっと歌を聴かせてあげてもいいかな――そんな機微を、歩は感じる。

 しかし――

 もっと大きな――歌声だけに収まらない本当の自分の片鱗を感じていたことを、歩は気づいていなかった。

 否、気づかないフリをしていただけかもしれない。

 しかし、それはあまりに大きく――歩自身、無視できることではなかった。

 頼れる“協力者”を得たことによって――

 だから。

「そ、ありがと」

 歩は遠慮なく用具入れの戸を閉める。それは、自分の中に湧き上がってくる思いに蓋をするように。

 

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