幼馴染は脱ぎたがり   作:添牙いろは

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3話

 ( あゆむ)はこれまで気づかなかった。自分がこんなに――歌うのが好きだったなんて。

「~~~~♪」

 そして、リズムに合わせて身体を動かすのがこんなに楽しいことにも。

 歩の中に、もはや音楽に対する苦手意識はない。歌声が喉を震わせるだけで心が躍る。腰が、四肢が、歌に合わせて自然に舞う。まるで、自分がリズムそのものになったかのような一体感――それが胸の内から無意識に湧き出してくる。

 少し気がかりなのは、この自室が二階であること。父は外で勤務中、母は買い物に行っている最中だから、いまのところ文句を言う者はいない。が、帰ってくれば上階の異変に気づいて様子を見に来ることだろう。

 歩のステップは軽やかで、騒音というより家屋を打楽器に見立てて素足で奏じているかのような心地良さがある。だとしても、何が行われているのかと覗かずにはいられない。

 しかしそれは、歩としても少なからず困る。

 何故ならば――

 くるりと身の翻しに遅れて揺れる尻、

 ふわりと跳ねる上体に引かれて浮かぶ胸はほのかな桜色で宙に弧を描く。

 その先端を、彼女の両腕が包み隠すことはない。むしろ開かすように――曲に合わせてゆっくりと両手を上げていく。膨らみだけでなく、性徴の綿毛さえもすべてを晒して。

 否――彼女はただ、意識していない。

 彼女の意識は楽曲と共に。

 スマートフォンのスピーカーは全力でもやや頼りない。

 それでも、彼女の歌声があれば十分だった。

 ほのかに背後で流れている雰囲気さえあれば。

「~~~~♪」

 歩は幸せだった。

 これまで自分は、入浴が好きなのだと思っていた。

 しかし、それは正確ではなかった。

 本当に好きなのは、こうして歌を奏でること――

 この姿で――好きな歌を――

 カーテンがわずかに風で揺れる。自分の姿を考えれば、歩は少なからず緊張すべきだろう。だが、彼女が慌てることはない。ただ、その身を曲に委ね続ける。

 もちろん、 春貴(はるき)との約束を信用しているわけではない。というか、普段の行動を考えれば、むしろ反故にするための言い訳を考えているのでは、とさえ思える。歌を聴かせるために窓を開けて――けれども、決してこちら側には渡って来ないこと――すでに歩は、カーテンのすぐ裏に春貴の気配を感じている。それでも、怯むことはない。一度しっかり覗かれている、ということはある。けれど、何より――この高揚感を損ないたくなかった。多少の羞恥心は気にならない――何より、この歌を聴いてもらえている――もっと聴いてもらいたい――そんな情熱が、歩の胸を突き動かしていた。

 これまで歌はコンプレックスだったからこそ――多くの学友たちの耳を汚してきた自覚はある。そんな過去を(そそ)ぐことができるようになったのだ。ならば歌わずには――聴かせずにはいられない――!

 歌い踊りながら、歩はたったひとりの観客のことを思う。

 幼馴染として、ふたりは――幼馴染以外の何物でもなかった。十年来のつき合いなのだから、その間に何かしらの男女のイベントがあっても良さそうなものなのだが――それが春貴という男子――“生き物”なのだろう。

“生き様”と言い換えてもいい。

 ただひたすらに、純粋に、歩の裸体ばかりを求めてきた。それは性を意識する前から、性を意識している現在まで。

 そんな彼をいなし、引き剥がし――それがふたりの距離だった。

 けれど――その距離が少し縮まったのかもしれない――不本意な形で――歩としても、腑に落ちているわけではない。

 これはきっと、あのときと同じ感情なのだろう。

 無人だと思っていた音楽室で、存分に歌っていた最中に覗かれていたことに気づいたときのような。見えないのに確信だけがある。けれども、不思議と嫌ではない。むしろ逆に――ちゃんと自分の歌を聴いてもらえている――それが歩には喜びとして感じられた。恥ずかしい気持ちも完全に拭いきれているわけではないけれど。

 様々な思いを抱えながら――伴奏は終わった。そして、歩の音楽も一先ず終わる。決めポーズをスッと解き――満足そうに大きく息を吐いた。

 正直なところ、まだ慣れていない。裸になって歌い踊ることも。そして――布一枚隔てているとはいえ、すぐ傍に他人を――それも異性を置いていることにも。

 だがしかし――気持ち良かった――!

 その感情にさえ、歩は未だ慣れていない。けれど、少しだけ救われた気がする。こんな姿でひとり部屋の中をドタバタしていたわけではない。自分の歌に聴き入ってくれた人がいる。その存在によって、この醜態に価値が生まれた。だから、歩は感謝する。自分をここへと至るキッカケをくれたことに。自分の歌に意味を持たせてくれたことに。

 思えば――入浴中の鼻歌でさえ鼻歌に留まるものではなかったような気がする。それは、聴かせる相手がいてくれたから――

 歩の中で、未だ考えはまとまっていない。ただ、少なくとも何も羽織らず窓辺へと近づくのは常識的に危険だ。そこに覗き魔がいようがいまいが関わらず。

 それでも歩は――これだけ気持ちよく歌い、そして――振り付けも見られていたのだろう。ならば、このまま逃げ帰られては見られ損――表現者として、やはり自分の表現に対して反応はほしい。

 まるで自分の姿を忘れているかのように、歩は軽やかにカーテンを開ける。すると、すぐそこには――

「うむ、今日もいい歌声だった」

 屋根を隔てて向こう岸にいたはずの幼馴染が、歩の目の前に現れる。手を差し出せば胸に触れてしまいそうなほど間近に。それができないのは屋根の斜面に立ち、両手で窓のサッシに掴まっているからか。

 しかし、この位置取りはおそらく左右から伸びる二枚のカーテンの丁度中間――その隙間から必死に覗いていたのだろう。それがいまでは目の前にあるわけで――それは視線を感じる、などと生易しいものではない。春貴の首は明らかに下方向に傾いている。

 今回については――もちろん歩も気づいていた。春貴の気配が間近まで近づいていたことに。だというのに、自分から開けようとしないところがどこまでも彼らしい、と歩は思う。

 そして、一つひとつ断りを入れるところも。

「とりあえず、ここは危険だ。中に入れてもらっていいか」

 これに歩は。

「うん」

 軽い返事に、春貴自身が少し驚いた。しかし、再び何でもない顔を取り戻し、そして遠慮なく敷居を跨ぐ。

 平坦な床に降り立ったことで、春貴の両手は自由になった。その両手は明らかに触れたがっている。それで、春貴は。

「大丈夫か?」

 少し湾曲に尋ねる。

「こんなところ、親御さんに見られたら」

 自分の欲望を棚に上げて。

 そんな春貴に――どこまでも春貴らしいな、と歩は思う。だから。

「まあ、大丈夫だよ」

 ふいっと踵を返すと少し歩き――改めて振り向いたのは自分のベッドの前。

 そして――

「いま、家に誰もいないから」

 

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