幼馴染は脱ぎたがり   作:添牙いろは

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4話

 (あゆむ)は、柔らかく整えられたベッドの上でゆったりと横になっていた。天井から差し込む光は優しく彼女の周囲を淡く照らし、その輪郭を浮かび上がらせる。長い髪は無造作に肩に広がり、その繊細な色合いが光を受けてきらきらと輝いていた。滑らかな肌は透き通るようで、日に照らされるとほんのりとした温かみが見て取れる。歩の体つきはどことなく華奢だが、手足はすらりと伸び、柔らかさの中にも健康的な線が感じられる。しなやかな曲線と無防備な姿勢が、まるでこの場に溶け込むかのように自然に漂っていた。

 歩はこれまで、全裸になることに一抹の迷いを抱いていた。それは、視線や恥じらい――なによりも一般常識を過剰に意識していたからにほかならない。彼女にとって、裸でいることは、何か特別な意味を伴っているように感じられていたのだ。だが、最近の出来事にってその心境を大きく変わっている。

 ひとりカラオケで全裸になり、存分に歌い踊ったときのあの解放感――それは、彼女の心を大きく揺り動かした。これまで、自分の身体にまとわりついていた感覚が消え去り、素肌を風が撫でる心地よさ、そしてその自由さが、心まで開放するような感覚だった。それは、まるで身体と心が一体になって踊り、歌い、ありのままの自分でいられる場所を見つけたかのような瞬間ともいえる。

 そのとき彼女は、裸でいることは恥じらいを伴うものではなく、むしろ解放されるための手段であり、自分を取り戻すための自然な形なのだと感じたのだ。もう迷うことはない、堂々と自分らしくいればいいのだ――と。以来、歩は服を身にまとうことが、かえって自分を閉じ込めているようにさえ感じていた。今では、柔らかな肌がそのまま空間に触れる心地よさが、日常の一部になっていたのである。

 天井から差し込む光は柔らかで、彼女の周囲を淡く照らしている。寝そべったまま漫画を開き、物語の世界に浸りながら、心から寛いでいる様子だ。部屋全体にはどことなく中性的な趣きが漂い、本棚には少し傷のある少年漫画が並んでいる。それらは長年読み込まれたのか、表紙が擦れて光っているものもあり、どこか無防備で居心地の良い空間だった。

 ベッドのシーツはどこか洗いざらしで、それがまた歩にとっては心地良い。無造作に足を伸ばし、指先をくすぐる感触さえも、日々の忙しさから解放される瞬間に彩りを加えていた。まさにこの空間のすべてが彼女のものであるかのように振る舞い、完全にリラックスしている彼女は、日常の喧騒とは無縁の安らぎに包まれていた。

 しかし、その静寂がふと破られる。戸が静かに開き、堂々と足音が彼女の世界に踏み込んでくる。見慣れた気配―― 春貴(はるき)が部屋に入ってきたのだ。

「……また、刺激的な姿で寛いでいるな」

 春貴は軽くため息をつきながら、やれやれと言いたげに目を細める。そんな彼の声に、歩は一瞬驚きもせず、ただ気怠そうに視線を向けただけだった。漫画を閉じるでもなく、表情も変えずに、春貴の言葉を軽く受け流している。

「いいじゃない。室内でどんなカッコしててもさ」

 歩の声は淡々としていたが、その中にはどこか甘く、力の抜けた響きがある。まるで自分にとって、服を着ているかどうかが些細なことに過ぎないと言わんばかりだった。

「その言い分には一理あるが、ひとつ重要な配慮が欠けている」

 春貴は窓の外――歩の自室を眺めながら現実を指摘した。

「それは、ここが俺の部屋だということだ」

 春貴は歩の裸体を視界に入れないようにわずかに目を逸らしながらも、口調にはどこか照れ隠しが混じっている。歩の全身は柔らかい光に包まれ、ただ横たわっているだけなのに、彼女の無防備さは室内の空気を少しずつ染め上げるようだった。

 歩は一瞬だけ戸惑ったように視線を泳がせる。けれどすぐに、穏やかな微笑みを浮かべて返した。

「だって、春貴んちの方が、ふたりとも帰りが遅いでしょ?」

 歩にとって、実に単純な理由だった。父はともかく、母の帰りが早い自宅より、こちらにいた方が全裸で過ごしている最中に咎められる危険性が少ない――ただ、それだけのこと。

「それに春貴だって、時々私の部屋に来てたじゃない」

 お互いの家の窓と屋根を伝って。それが春貴から歩への一方通行でなくてはならないという決まりはない。ゆえに、きっと今日もそういうことなのだろう。でなければ、下着のひとつでも脱ぎ散らかした跡が残っていてもおかしくない。

 歩の言葉に、春貴の表情が一瞬ピクリと動く。何か言い返したいような気持ちが見えたが、それを堪えて言葉を選ぶ。

「しかし、そのとき俺は服を着ていたぞ」

 春貴のこの言は、歩にとって意外であり、そして、不服であった。そんなことを気にされては、わざわざ屋根を飛び越えて来た甲斐がない。

「私に服を着てほしいの?」

 歩が穏やかに問いかけると、春貴は少し言葉を詰まらせたようだった。彼の表情には一抹の困惑と、彼女への好意が入り混じり、どこか複雑な感情が垣間見える。彼女の純粋な無防備さに、彼の心に微かな動揺を禁じ得ない。

「……それについて明確な答えを提示するのは難しいな。内心、そのままでいてほしいとは思わなくもないが……その場合、君の身の安全を保証できない」

「それもまた、いまさらなんだけどね」

 歩は言いながら、ゆっくりと体勢を変え、仰向けになる。その仕草はあくまで自然で、意図的なものではないように見える。だが、どこか相手の反応を確かめているような雰囲気もあった。そんな彼女の姿に、春貴の視線は思わず釘付けとなり――少しして、ゆっくりと天井を仰ぐ。

「……あまり挑発的な態度は控えてもらいたいのだが」

 春貴の声は少し震えているようにも聞こえた。彼は扉の前に立ったまま、その様子は明らかに落ち着きがない。歩はそんな彼の様子を気にも留めず、淡々と答える。

「なんで? ずっと見たがってたくせに」

 その一言に、春貴は一瞬沈黙した。彼は少し俯き、複雑な思いが心の中で渦巻いているようだった。彼の中には確かに、彼女への興味と純粋な親しみが入り混じっており、踏み込んではいけない領域を前にしているような葛藤が感じられる。

「物には限度というものがある。『据え膳食わぬは男の恥』というしな」

「じゃあ、食べなきゃいいじゃん」

 歩は素っ気なく答えるも。

「そうもいかないのが、男というものだ」

 春貴の言い分は、男全体を代表して良いものなのか、春貴個人にのみ適応されるものなのか、歩には判断がつかない。だとしても、目の前にいる男は春貴という個人にほかならないわけで。

「で、結局食べるの?」

 彼女の真っ直ぐな質問に、春貴は一瞬答えに詰まり、くるりと踵を返す。その背は何かを決断しかねているようで、心の中の天秤が揺れ動いているのが見て取れた。彼の複雑な表情には明らかに疲れが見て取れる。歩の顔色はいまも平然と艷やかであるにも関わらずだ。しかし、春貴がどんなに休みたくても、今日は朝から歩によって彼のベッドは占拠されている。それでもなお、彼女の魅力は一片も見劣りすることはない。

 ゆえに。

「……迷いどころだな」

 その一言に、室内の空気がさらに穏やかに、しかし少し張り詰めたものへと変わる。ふたりの間には、幼馴染としての信頼と複雑な感情が絡み合っていた。そして、いまなおそれは変わっていない。いや、正確には新たな側面が加わった、ということなのだろう。その変化についていけていないのは、春貴ひとりだけのようだ。

 

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