彼女が舞台に立たないワケ   作:添牙いろは

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1話

 あー……何度聴いてもいい演奏だよなぁ……。シャキっとして、それでいて滑らかな指使い……。

 この時代、『弾いてみた』と称していろんな人たちが自分の演奏をアップロードしているけれど――ゆえに、玉石混交。そんな中、このMI-YA-COという女性――指を見た感じで、多分女性――彼女は、鍵盤と指先以外を見せようとしない。音楽だけを聴いてくれればいい、というロックな主義なのか、それともただ恥ずかしがり屋なだけか――ともかく、俺はこの、ネットキーボーディスト・MI-YA-COさんのファンなのである。

 かく言う俺も『歌ってみた』で十万単位の再生数くらいはある歌い手だ。ゆえに、いつかMI-YA-COさんの伴奏で唄ってみたいという想いはある。とはいえ、何しろあれほどの演奏だ。いまはまだ――更新頻度が遅く、選曲がクラシカルすぎるためか日の目を見ていないけれど、うっかり流行りの曲でも弾こうものならば一気にブレイクしてしまうかもしれない。そうなれば、俺など相手にもされないだろう。

 とはいえ、いきなり一緒に音楽やりましょうなんて誘うのも怪しいしなー……。せめて、本人が『合わせてくれるヴォーカルを募集してます』とか告知していればそれにノることもできる。が、MI-YA-COさんはどこまでもストイックなのだ。動画のタイトルには『~~を弾いてみました』とだけで、キャプションまで『~~を弾いてみました』と復唱する始末。プロフィールには『リハビリ中です』……って、これでリハビリなら、本調子になったらどんだけなのかと末恐ろしい。

 このキーボーディストの謎多き所以のひとつに、コメント欄を閉じているところがある。これじゃあ感想が送れないどころか、他にどんな人が聴いているのかすらわからない。グッドはいくつか押されてるけど……まあ、再生数数百ってところだから、グッドの数も知れている。だが、そういうところを気にする彼女ではないのだろう。ああ、どこまでもロックだ。

 それに引き替え、こっちは露骨なまでに流行に乗りに行くエアギター野郎である。けどさー、回転数を稼ぐにはこれが手っ取り早いんだよ。なーんかMI-YA-COさん、俺みたいなヤツを見下してそう。被害妄想か?

 それでも、歌には多少の自信はあるし……MI-YA-COさんが歌詞付きのポップスを弾いてくれれば、それに合わせて勝手にボーカルを乗せてアピールすることもできる。だが、エリーゼに合わせて唄う勇気はさすがにないぞ。

 情報提供は求めたいが、ネット社会というのは複雑である。迂闊に公言しては、他の人のコメント欄に凸ってしまうリスナーも少なくない。迷惑者ってのは目立つからな。そういうのはなるべく避けたい。かといって、横のつながりも……う、うーん……ぶっちゃけコミュ障なんだよ、俺。ライブは何度か出たけど、待ち時間は隅でひとりスマホをいじってるようなヤツである。ステージでのハイテンションっぷりとのギャップがすごい、とどこかで書かれてたっけ。すまん、人付き合い苦手なんだよ。

 そういう意味では、MI-YA-COさんとも合いそうなんだが。悪い意味で。進展のキッカケの糸口さえない、という意味で。彼女がオープンなキャラならともかく、MI-YA-COさんのBioからはそっとしておいてくれ、という無言のメッセージを感じる。なので俺は――表向きはそっとしつつ、いちユーザとしてMI-YA-COさんの情報を集めていた。

 そもそも、あれほどの腕前である。俺以外の連中だって放っておかないだろう。もしかしたら、昔バンドをやっていたけれど、そこから足を洗う事件なんかがあったのかもしれない。

 と思ったのだが――あれ……? ガチでどこでも演奏してる形跡がないな……? こんなの、経歴不明すぎだろ。こんだけ弾けて、どこのバンドにも所属せず、ネット以外で発表していないって……ありえるのか?

 謎は深まる一方だが――こういうことは焦ってどうにかなるものでもない。はぁ、社交的な人が羨ましいわ。ま、こちとら人付き合いとか不得手だからこそ基本はソロでやってる、ってのはあるけれど。だからこそ、こういうときには苦労する。あーあ、せっかく見つけた逸材なのになぁ。とはいえ……お互いネットで音楽活動に身を投じている。続けていれば、いつかは縁もあるだろう。

 

 と、思っていたのだが――その“いつか”はわりと早い時期に訪れた。

 

       ***

 

 自分で言うのもナンだが、俺のギターはハリボテである。エアギターだからな。なので、用があるのは楽器店より、どっちかとゆーとホムセンだったりする。

 そんな中でも――大学最寄りの駅前にそびえ立つ東南百貨店八階――最上階に陣を構えるディスカウントショップ『モンキー・ホーテ』――そこが俺の行きつけだ。百貨店の広いワンフロアを占拠する広い売り場と、それに裏付けられた豊富なラインナップ――ついでに、女子高生が多く来るのか、やたらとキラキラしたものが多い。実に俺向きである。俺は派手好きだからな。……MI-YA-COさんのようなタイプはそこはかとなく嫌っているかもしれない。あくまでイメージだけど。もう少し好みとか、そういうのを出してくれれば寄せる努力もできるんだがなぁ。思い返してみれば、MI-YA-COさんの動画って袖も見えないんだよ。手首くらいは入ってるんだけど。徹底的な隠蔽主義者なのか?

 さて、講義も休む日曜日――大学最寄りの駅前だけに、知った顔に見つからないかと少々挙動不審になりつつも……俺はステージ映えするような装備をいくつか取り揃え、意気揚々と凱旋している。……いや、あんま意気揚々とはしてない。購入商品があまりにもパーティーグッズだからな。うっかり誰かに見つかったら、何かあるのか、と興味を持たれかねない。

 知り合いと遭遇したらどんな言い訳をしようか……などと自己防衛策を練りながらエスカレーターを下りていくと――店内BGMの中に明らかに違う音楽が混じっている。これでも一応動画配信サイトから広告収入を得る男だ。耳については多少の自信はある。このピアノ――軽やかさの中にも然るべきところには熱量を感じるこの演奏は――間違いなく――!

 エスカレーターを、一階まで待たずに途中下車。その旋律に導かれるように俺は足を急がせると――そこにあったのは、いわゆる街角ピアノ――というわけではない。東南百貨店六階楽器売場の展示品である。ご自由にお弾きください――みたいな感じの。だから弾いているのだろう。あの女性は――いや――

「MI-YA-COさん……ですよね……ッ!」

 さすがはMI-YA-COさんだ。百貨店のひとフロアだけに人通りもそこまでではないにも関わらず、何人もの買い物客に足を止めさせている。

「えっ!?」

 そりゃー、驚くのも当然だとは思うけど……驚きすぎじゃないか? これでも一応演奏が終わったところを見計らって声をかけたんだけど。多少のギャラリーも集まり、ちょっと場も盛り上がってきたところではあるのだが――ここはあくまで楽器売場である。ご好評にお応えして次の曲は――なんて続けるような場所ではない。

 だからこそ、ベストなタイミングだと思ったんだがなー。

「わ、わた……し……っ」

 真っ赤になった顔を伏せて――さっと場を離れるMI-YA-COさん。しかし――!

「ま、待って――」

 逃げる女性を追いかけるというのも何だか罪悪感がある――というか、警察なり警備員に止められてもおかしくない。だとしても――この機を逃しては、MI-YA-COさんはもう二度とこの店で弾くことはないだろう。だから――!

 MI-YA-COさんの足はさほど速くもないが、それなりに混み合っている店舗だけに、合間を縫うようにするすると逃げていく。けれど――フロアの隅――階段のあたりで、何とかMI-YA-COさんの手を捕まえて――

「すいません! お話だけでも……ッ!」

 あーもう! こんなとき社交マンならどうやって声をかけたもんだろうなーーーっ! とかナンとか頭ン中ぐちゃぐちゃにしていると――

「あ、あ……あぁ……」

 MI-YA-COさんの吐息と共に、ビチャビチャビチャ……とまるでテーブルの上でグラスを倒したかのような水の音が床を叩く。スカートだというのに、その真ん中にシミが広がっていく勢いで。

 

「えぇ……っ!?」

 も、もしかして……トイレに行きたかっただけ……?

 

 お……終わったーーーーーッ!!

 俺のMI-YA-COさん誘致計画、完全に終わったーーーーーーーーッ!!!

 

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