コミュ障の俺だが、やはりライブは好きなのだ。もちろん、コメやチャンネル登録もありがたいが、同じ時間と空間を共有してこそ感じられるものもある。言葉にできない――むしろ、言葉によらないからこそ伝わること、というか。
「~~~~♪」
新調した安物の白いパンタロンスーツは一周回ってある意味大好評である。他の出演者がロックにキメている中で悪目立ちしているだけという噂もあるが。それが許されるのも、俺の歌唱力があってのことだろう……などと
それはきっと――彼女とて同じはずだ。MI-YA-COさん――ステージで俺は、俺が惚れ込んだキーボーディストのことを思い出す。もしここで彼女が演奏してくれていたら――そんな情景を、俺はスポットライトの中で夢想する。しかし、それが実現することはない。
結局、俺は彼女と共にステージに上がれなかった。彼女が舞台に立たないワケ――残念ながらそれは、説得や精神論で覆せるような次元の話ではない。それを、彼女は俺に見せてくれた。だからこそ、俺は引き下がった。引き下がることだけが、彼女の“誠意”に応える
MI-YA-COさんにはMI-YA-COさんの道がある。決して外れることのできない因果な道が。そして、そんな彼女の音楽に惚れたのは俺の方である。ならば、俺が彼女の道を辿るのが筋というものだろう。
そして、そんな俺を支えてくれる人たちもいる。エアギター野郎なんぞにリアルベースとドラム――それに、キーボードの生演奏――正直もったいないくらいにありがたい。だというのに――やはり、俺にとってMI-YA-COさんを超える奏者はいない――そんなことが頭を過ってしまうこと自体が贅沢であり、失礼なことなのだとは重々承知している。だとしても――前回公開した音源は過去最高の回転数を叩き出した――この数値的な事実だけは揺らぐことはない。
だからこそ――
きっと俺は音楽を続けていく限り、こんな複雑な思いを抱えていくことだろう。しかし……ふむ、この複雑な思いが俺の歌に深みを加えてくれるのかもしれない。表現者とは難儀なものだ。
そんな分不相応なことを考えつつ、歌を終えて俺はステージを下りる。
「あっ、Rickyさん」
控えの方に戻ってくると、先に出番を終えていたかりんさんが声をかけてくれた。同業者として会場で顔を合わすことも多く、俺に慣れているのか、オフの挙動不審っぷりにも驚かないでくれるのがありがたい。
「打ち上げ、どうします?」
あぁ、こういう気遣いも助かるよなぁ。ここで『行きますか』とか訊かれると、『行きません』とは答えづらくなるし。
ということで。
「すいません、この後予定入ってて」
「そう」
簡素なリアクションは、俺が口下手なのを知ってか、それとも口下手ゆえに話しても楽しくないからか。かりんさんは短く返事をすると、すぐスマホに目を落とす。まあ、俺が会合に参加しても隅っこから黙って様子を見てるだけだがな。賑やかな場はわりと好きだが、各自の出番ごとにテーブルを切ってくれないとどう振る舞っていいのかわからん。
ともあれ、これから行くところがあるのは
「……どっか行くの?」
普段は用がなければ話しかけてくることのないかりんさんが、珍しく帰り際の俺を呼び止める。
「ええ、まあ」
相変わらず手身近に答える俺に。
「二軒目?」
「?」
俺が首を傾げると、スマホをいじりながらかりんさんは――
「なんか、会場入りのときみたいな顔してるから」
そんなことを、顔を合わせず呟くのだった。
***
そもそも、俺の楽器はハリボテである。なので、嵩張りこそすれ重くはない。ただ、こんなところを知り合いに見られて『ギターやってんの?』とか踏み込まれたら面倒くさいなぁ、などと気を回したりはする。
そんなこんなで、大学の最寄り駅で途中下車。とはいえ、学校に用事があるわけではない。たまたま彼女がこの駅の近くに住んでいるというだけのことだ。
「あ、早かったんですねー」
「はい、まあ」
そろそろ俺も慣れていいと思うのだが……相変わらず彼女と顔を合わせると緊張する。何だかんだで――やっぱり俺は、MI-YA-COさんのファンなのだろう。
それに引き換え、MI-YA-COの方はすっかり慣れてしまったようだ。上はTシャツで中にはブラも着けているようだが、スカートの類は穿いていない。ショーツ丸出しである。しかし、照れているのはそこではなく。
「……えーと、今日もパンツ越し……ですよね?」
「あ、ぇ……そのー……はい」
――百貨店のトイレの前で、俺が嬉しそうな顔をしていた――いまでもその自覚はないし、鏡を覗き込んで確認したいとも思わない。けれど、自分の胸を意識してみれば――この高鳴りは、まさにライブで盛り上がっているときのもの。この気持ちを共有したくて、俺はMI-YA-COさんと共に出演することを夢見てきた。しかし、その道は険しく――そう簡単に実現できるものではないのだろう。けれど、音楽そのものが失われたわけではない。外に出ることはできないけれど――こうして、彼女はここにいる。俺と共に奏でるために。
これまで何曲も合わせてきたが――その中で、一度尋ねてみたことがある。ライブやステージに対して未練はないのか、と。その答えは――ないことはない――けれど――
「それでは……はい」
準備はできた、と言いたげに、MI-YA-COさんは
どうやら、これがMI-YA-COさんの性癖らしい。ピアノを弾いていると何故かこみ上げてきて堪えられず――けれど、それを意識しながらギリギリまで我慢したり、おむつから溢れないか気遣いながらより、こうして成すがままに――
俺の方から強いていうなら、キーボード以外がすべて打ち込みになってしまうのは少し残念だ。なので、俺の次の目標は――MI-YA-COさんに理解ある音楽関係者――もちろん、MI-YA-COさん自身にも納得できる相手である必要もあるが――そんなメンバーをこの部屋に集めることだ。無理かな。それなりに広いとはいえワンルームだし。それでも俺が諦めることはない。一旦は引き下がったけどな。あくまでいまだけ。けれど、いつかは――そして、それに向けて一歩ずつ――
ともあれ、今日のレコーディングはふたりだけで。演奏が始まると、徐々に彼女のボルテージが上がっていく。曲に没頭していくといってもいい。そんな彼女に魅せられて俺もまた――
MI-YA-COさんは俺が嬉しそうな顔をしていた、と言うが――頂点に達した彼女もまた、いい顔をすることを俺は知っている。足下でマイクに入らないほど小さな音を立てながら。それに、俺がもう驚くことはない。むしろ、期待しているところさえある。こうなってくると、音楽的昂揚と入り混じって自分でもよくわからない。けれど、その瞬間がMI-YA-COさんの旋律が最も高まる。だからもしかすると――俺もまた、彼女と同じ顔をしているのかもしれない。……などと自問自答したところで自分のツラは見えないが。
けれど――
さっきのライブハウスよりも、さらにいい声で歌えていることだけは違いない。