クリーヴになり代わったのでペルヴィ曇らせのあらゆる要因を排除する 作:那珂テクス
とある日の深夜。執務室の扉の前で、緊張した面持ちの子どもたちがいた。リネ、リネット、フレミネの3名である。
既にブーフ・ド・エテの館は消灯し、子どもたちは夢の中にいる。たまに公演で帰りが遅くなる彼らからしても、とうにベッドで横になる時間だ。
それにも関わらず彼らがまだ起きているのは、とある密命を受けていたからだった。
『皆が寝静まったのを確認し、執務室を訪れること。ノックは不要』
昼間にそう耳打ちされてから、3人はずっと気が気ではなかった。
叱られるようなことは何もしていない。ついつい妹を甘やかしたり、ケーキを食べ過ぎたり、海底に潜り過ぎたりしているが、それらを咎められたことは一度たりともない。
かといって、褒賞を与えられるとも考えられない。長い任務に就いていたわけでも、特筆すべき成果を上げたわけでもないからだ。
となると、残された可能性は1つしかない。
彼ら3人を対象とした、極秘任務の通達だ。
各々で熟考した末に、3人とも全く同じ結論に至っていた。
「準備はいいかい?」
リネが小声で尋ねる。残りの2人が首肯したのを確認し、ゆっくりと扉を開ける。
「失礼します。お待たせしました、お父様」
「ああ、よく来てくれた。夜遅くにすまないね」
────冬の
十字を傾けたような瞳。人形じみた端正な顔立ち。モノクロのアシンメトリーヘア。白を基調とした燕尾服。そして各所から覗く、血のような赤。あらゆる要素が完璧に調和し、冷艶清美を体現している。
彼女こそがこの館の主にして、ファデュイ第4位の執行官────『召使』アルレッキーノだ。
「さぁ掛けてくれ。暖かいミルクも用意してある」
「「「ありがとうございます」」」
深々と一礼した3人が席に着き、アルレッキーノが引き出しから何かを取り出す。
「まずはこれを読んでほしい」
差し出されたのは、何の変哲もない1通の手紙だった。リネがそれを受け取り、代表して朗読し始める。
「『やっほー、あしながおねーさんだよ! みんな元気してたかな?』……!」
思わず顔を上げる。
見ればリネットとフレミネの目がまん丸に見開かれていて、それはリネ自身も同様だった。
彼らの目線が「お父様」に釘付けになる。
「お父様、これって……!」
リネットが珍しく声を弾ませる。その意図を正確に読み取ったアルレッキーノは、静かに頷いた。
「ああ。クリーヴだ」
その返答に、子どもたちは破顔する。
同時に彼らは、手紙の差出人と過ごした日々を鮮明に思い出していた。
────リネとリネットにとって、クリーヴは命の恩人だ。
当時の2人はとある貴族に拾われ、短期間だがその屋敷で暮らしていた。ところがリネットが『贈り物』として売り払われてしまい、兄妹は離れ離れになってしまったのだ。
そこに現れたのが、クリーヴとアルレッキーノだった。
真っ先にリネットを救出した彼女らは、そのまま例の貴族と、その関係者を瞬く間に鏖殺。おかげで兄妹は涙の再会を果たすことができた。「ドゥワァ! リネリネ!!」ともらい泣きするクリーヴの姿を、彼らは今でも鮮明に覚えている。
────フレミネにとって、クリーヴは姉のような存在だ。
孤児院に引き取られた数日後のこと。ベッドで蹲っていた彼は、庭の方から奇妙な声を聞いた。気になって目を向けると、上級生が木の上の小鳥に向かって話しかけているのが見えた。
「チュンチュン。オリガミノ……コトリィ」
フレミネは吹き出した。その後慌てて身を屈めたが、気づけば件の上級生に見下ろされていた。これがクリーヴとの出会いだった。
その日から2人は、まるで姉と弟のような間柄になった。クリーヴは院長が交代して暫くすると旅に出てしまったが、彼女の存在は今でも、フレミネの心の支えになっている。
あれから約10年が過ぎ、クリーヴを知る者はほとんどいなくなってしまった。
だが少なくともこの3人だけは、彼女が「お父様」の最も信頼する協力者だと理解している。
「続けるね。『突然ですが、近々モンドを出てもう一度旅をすることにしました。璃月→稲妻→スメール→フォンテーヌ→ナタ→スネージナヤの順で巡る予定です。お土産のリクエストがあれば返信で! P.S.』──ッ!?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「リネ……?」
尋常でない様子で固まるリネ。リネットとフレミネが心配する中、彼は重々しく言葉を継ぐ。
「……『P.S.フォンテーヌは一度マジで沈むから心の準備だけしといて!!』……以上」
「……うそ」
「そんな……」
室内に暗雲が立ち込める。リネが最後に語った一文は、まさに絶望そのものだった。
────フォンテーヌ人の間で、古くから伝わる予言がある。
曰く、フォンテーヌ人は皆生まれた時から「罪」を抱えており、どれほど審判を行なってもそれが消えることはない。やがてフォンテーヌの海面が上昇し、罪を背負いし人々は海水に飲み込まれる。人々は皆海の中に溶け、水神は自らの神座で涙を流す。そうして初めて、フォンテーヌ人の罪は洗い流される。
人や文献によって差異はあるものの、大まかにはそういった内容だ。数百年に渡って語り継がれてきた話だが、逆に言えば数百年も予言が実現しなかったことを意味する。どの時代においても、ほとんどのフォンテーヌ人がこれを御伽話だと捉えてきた。
ところが、最近はどうも話が変わってきた。実際にフォンテーヌの海面が急上昇しているのだ。いくつもの機関が原因究明と対策に乗り出しているが、いずれも芳しい成果は得られていない。
残念なことに、それは
しかも今回、「お父様」と同じくらい信頼する人物が、予言は避けられないと断じてしまった。
それは彼らにとっての、死刑宣告に他ならなかった。
沈黙が流れる中、アルレッキーノがおもむろに口を開く。
「ありがとう、リネ。それで今回の主題だが……」
語り始めるその姿は、やはりどこまでも落ち着き払っている。普段から子どもたちに言い聞かせているように、自身の感情を完全に支配しているのだ。
それに比べて、己のなんと未熟なことか。
自省する3人に対して、ついに用件が伝えられる。
「……かさばらず、かつ子どもたちを満足させられるお土産は何だろうか?」
「…………」
「…………」
「…………」
この瞬間、リネ、リネット、フレミネの3名は、突如として集団幻覚に陥った。
どういうわけか、あの一分の隙もないはずの「お父様」が、年端も行かない少女に見えてしまったのだ。
「……えっと……」
真っ先に幻覚から脱したのはフレミネだった。
「その……予言の対策とかは……」
「無論、引き続き対策はするべきだ。しかし我々ができること、やるべきことに変わりはない。それに詳細は伏せるが、この件ではクリーヴも協力してくれる手筈になっている。心配はいらない」
「そ、そうなんですね」
あくまで冷静に答えるアルレッキーノ。遅れて幻覚から脱した兄妹は、その言葉の真意を探ろうと試みる。
『我々ができること、やるべきことに変わりはない』。
つまり
『詳細は伏せる』が『クリーヴも協力する手筈』。
つまり「お父様」は
秘密を打ち明けてくれないのは残念だが、無理に知ろうとして計画の邪魔になってしまうのはもっと嫌だ。
今回も同じ結論に至った兄妹は、素直に「お父様」の用件を済ませることにした。
「ちなみに、お父様は何がいいと思いますか?」
リネットが問いかけると、アルレッキーノは少し考え込むような素振りを見せる。
「……ふむ。定番は生ハムの原木だろうか」
「え」
「生ハムの原木だ。あれならかさばらないし、子どもたち全員で味わうことができる。バーベキューにもうってつけだ」
真顔でそう宣う。
また少女の幻覚がチラついてきたので、リネは思い切って反論することにした。
「えっと、原木は大分かさばるのではないでしょうか」
「そうか? うちにあるものは全て彼女の贈り物なんだが」
「そうなんですか!?」
「ああ。言ってなかったかな」
また真顔で宣う。
だが言われてみれば、確かに生ハムだけは買い出しに行った記憶がない。残りわずかになったかと思えば、いつの間にか補充されているのだ。
下手をすれば、10年間ずっとかもしれない。
明かされた衝撃の真実と、初めて目にした「お父様」の新たな一面に、3人は軽いパニックを起こしていた。
結局のところ、お土産のリクエストは生ハムの原木に決まった。とてもじゃないが、他の候補を出せるようなコンディションではなかったのだ。
端的に言えば、3人とも「お父様」の可愛らしさに脳をやられていた。
だからだろうか。
「そういえば……あっ」
フレミネがつい、口を滑らせてしまった。
「どうした、フレミネ。何か聞きたいことでも?」
「いえ、その……そういえば僕たち、クリーヴさんとお父様が、どんな関係なのか知らないなって思ったんです」
「フレミネ!」
鋭い声で制止するリネ。それを聞いたフレミネはハッとしたような顔をした後、申し訳なさそうに縮こまってしまう。
クリーヴと「お父様」の関係。
それは3人にとって長年の疑問であると同時に、タブーという共通認識だった。
理由は単純。なんとなく踏み込みづらかったからだ。
仲が良いことは明白だが、当人らは3人に対して、その関係性を明かさなかった。特にクリーヴが去った直後の「お父様」はどことなく寂しそうで、話題に出すのも憚られたのだ。
そうこうしている内に10年もの月日が流れてしまい、この話は3人の中で完全にタブーとなってしまった。故にリネは、フレミネの発言を咎めたのだ。
が、3人はまたしても、予想だにしないことを知ることになる。
「ああ、何も聞かされていないのか。とっくに彼女が話したものだと勘違いしていたよ」
口に運んでいたカップを置くアルレッキーノ。
そして────
「クリーヴは私の恋人だ。今年で12年目になる」
────平然と、そう言い放った。
石像のように硬直する子どもたち。
対してアルレッキーノ……いやペルヴェーレは、人差し指を自身の口にゆっくりと当てがう。
「みんなには内緒だ。いいね?」
その微笑があまりに艶かしくて、3人は思わず赤面するのだった。
この世界線のペルヴィはクリーヴが生存しているため、若干の幼さが残っています。
次回、旦那によるジャッジメントですの。