魔導研究所――核の炎で世界が焼かれる前は小さな工場として稼働してたようだが、それを研究所として流用しているのだろう。おそらくは無断で。こんな世の中だし。高い天井に剥き出しの鉄骨――配線の類も幾重に床を走っている。
壁に高々と積まれた数多のモニタ――ある画面には地図、ある画面には円グラフ、もしくは棒グラフ――そして、別の画面は――跳ねるボインによるベッドシーン――研究ないし調査を進めながら性的充足感をも並行して満たしているのであれば、聖徳太子もビックリな器用さである。
そんなモニタ群と向き合うのは白衣の男性――ポジション的には博士だと思われるがまだ年若い。肌にはハリツヤがあり、髪も黒々フサフサのイケメンである。博士が老人でなくてはならない規則はないが、何となく得心がゆかない。
若さに見合った精力を有しているようで――どうやらいま最も注目しているのは例のベッドシーンらしい。トイレに座るかのようにズボンとパンツを下ろし、オフィスチェアに尻を直置きである。
そんな男のひと時を台無しにするように。
「おう、プロフェッサー、帰ったでー」
そう呼ばれるのだから、やはりこの男は博士らしい。博士にしては、博士らしからぬ研究に没頭してたようだが。
男の営みの最中に女子の乱入という危機に対して――一〇畳を超える間取りは研究室としては狭いが、私室と捉えればそれなりに広い。背中の遥か向こう側から迫ってくる女子に男らしくもまったく動じることなく少し腰を浮かせてズボンを穿き直すと、ベルトを締めながらくるりと座ったまま軽快に振り向く。
「ずいぶん遅かったな……って、うをっ!?」
その驚きの先にえりりんはいた。全裸で。どうやら服を燃やされたままここまで帰ってきたらしい。まさに世紀末である。
「乳首をしまえ、乳首を。あと、割れ目もな」
異性の来訪に合わせて下半身をしまった男の方がまだ良識を持ち合わせている。
「しまってほしかったら服よこしーや」
悪びれない元魔女っ娘――魔法少女としての衣装を失ってしまったため、いまの彼女が魔法少女であるとは誰にも認識できない。すっかりただの全裸女に成り下がってしまった。それを自覚してか、もう失うものはないといわんばかりにえりりんも開き直っている。
そして、博士の方も全裸女子にまったく反応していない。どうやら、ボインが跳ねないとストライクゾーン外のようだ。椅子から立ち上がりはしたものの、襲うでもなく、気を使って場を離れるではなく、まったく無関心そうに部屋の奥へと歩いてゆく。
「てか、お前が用意させた魔女っ娘スーツに何があった」
「ちょいと油断してなぁ、燃やされてしもうてん」
「それはわかるが」
先トンガリ靴のみ辛うじて焦げただけで残っていることで。
「ともあれ、これでも羽織っておけ。見苦しい」
男がやってきたのは白衣がズラリと並ぶハンガーラック。そこからから取り出した一枚はやはり白衣で――ハンガーごと投げると、クラゲのようにヒラヒラとなびきながら宙を舞う。えりりんはそれを落とすことなくぱしりと掴むと、サイズの合っていない上着にモゾモゾと袖を通していく。
「見苦しいゆーな。いわゆるサービスカットやで」
自分でサービスと言い出したらおしまいである。
「サービスってのはあのくらいボインボインになってから言え」
博士的ポジションの男が指差すのは、テカテカと並ぶモニタの中の例のポルノビデオの一画。仮にえりりんが男の上で跳ねようとも、あの女優のように胸を揺らすことはボリューム的に難しそうだ。
現実を受け止めたくないのか、バサリと裾を翻しながらえりりんは踵を返す。その背には毛筆体の刺繍で『魔法少女』――これで、元全裸女から、ようやく魔法少女として認識できる姿となった。何故なら、そう書いてあるから。
なお、えりりんが博士から目を背けたのは突きつけられた胸囲からではない。むしろ、博士が突きつけるのは結果報告の義務の方。
「それで、スピニングホイールとファイアストーム二機はちゃんと回収したんだろうな?」
「ああ、スピホの数が多かったからその場にマツダはん呼んで勘定してもろたわ。店の方にツケといてもろてるはずやで」
売買システムの詳しいところはわからないが、マツダという人物に売り払ったとみていいだろう。
えりりんは平然と任務完了を報告しているが、博士は疑念の目を向けている。
「スピニングホイールはともかくファイアストームは二機とも納品したんだろーな? 欠品があるとガッツリ減額される案件だぞ」
「だだだ、大丈夫やねん」
まったく大丈夫そうではない様子に、博士はぐるりとえりりんの正面へと回り込む。それでも相棒が一向に目を合わせようとしないので。
「いたたたたっ! 乳首引っ張んなや!」
「いくつだっ、いくつ取りっぱぐれた!?」
おそらく少年が持ち去ったひとつだろう。ふたつがひとつになってはかなりの減額があるようで、えりりんは強引に別の話題に変える。
「あっ! なんかあっちに怪しげな気配が!」
乳首は引っ張られたままで。
「あってたまるか!」
逃がすことなく博士によってすぐに元の話題に戻された。
と思われたが。
ウーウー……ウーウー……
サイレンではあるが、パトカーのそれとは明らかに違う。そもそも、この世紀末の世の中でそんなしょうもないことを取り締まっているほど警察もヒマとは思えない。というか、警察が機能しているとも思えない。
「何やねん、セクハラ警察でも出動したか?」
「いや、どちらかというと貧乳警察の方じゃなかろうか」
「賭けるか?」
「賭けになるか、阿呆」
えりりんはニヒルな笑みを浮かべるも、対象があまりにも下らなすぎて博士はまったくノッてこない。ハリウッドのようなやり取りは成立せず、えりりんは銀幕スターにはなりきれなかったようだ。
だが、いずれにせよ音源は建物内にある。そのため、原因はすぐに明らかとなった。所望すべきは警察ではなく消防であったと。
「焦げ臭っ!?」
ふたりはすぐさま廊下へと飛び出す。すると、そこには――
「誰やねん! こんなとこで焚き火しとったアホはッ」
「アホはお前だ! すぐに火を消せ!」
「と言われてもなぁ」
えりりんは燃え盛る炎をじっと見て。
「あの炎、魔力反応ないで」
「あー……だから魔力センサーにも反応しなかったのかー……」
どうやら魔術的作用によって燃えているわけではなく、普通に灯油によるものらしい。
「てか、火災報知器たぁ随分旧世代なもんこさえとったんな」
「俺じゃねぇ。おそらくこの建物の初期装備だ」
ふたりがのんびりと分析している間にも、火の勢いは増していく。
「んで、どーすんねん」
「どうするも何もなぁ。見ろよ、窓ガラスが割られてやがる」
どうやら、魔力に対しては備えていたが、物理的な手段にはまったく対抗手段を講じてなかったようだ。
「室外の廊下やからええんちゃう?」
「寒くなってきたらトイレ行くとき困るだろう」
「ジジくさいことゆーなや」
ふたりの論点は、いつまで経っても消火に向かわない。もはや手遅れだと諦めているようだ。
「やれやれ、この時代、壊すことより作ることの方が何倍も苦労するというのに」
「せやから、ジジくさいことゆーなやって」
廊下の端に四角い木箱が積まれていたが、その一角がゴトンと燃え崩れる。その拍子に、炎の勢いは一気に増したようだ。
「んで、ほんまにどーするん?」
「このテナントは破棄すっか。ここの廊下、隙間風が厳しかったし」
「割られても関係ないやん」
博士の方は最初から近々引っ越すつもりだったらしい。
「んで、持ってくもんは?」
「いらん。新居で新たに作り直す」
どうやら燃えているものに未練はないらしい。
「作る方が何倍もしんどいんやなかったんか」
「そこはまぁ、天才ならば余裕ってことで」
フッ、と笑みを浮かべるも、その才能は本物らしい。えりりんに反論の余地はなく、苦笑いで受け流す。
「はいはい、そんならウチの魔女っ娘スーツも作り直してもらいたいもんやけどな」
「裁縫は管轄外だ」
最初から期待してなかったのか、えりりんはスタスタと先をゆく。そんな『魔法少女』と書かれた背中に向けて。
「ところで、お前の持っていくものは?」
「いらへん。追い剥ぎでもしながら行くわ」
魔法少女の恐ろしさは、前回のモヒカンたちが立証している。それは博士も認識しており、かつ良識も持ち合わせているらしい。
「悪質だな」
と一言断ずるも。
「何や? 分け前やらへんで?」
えりりんが苦言を漏らす。しかし、博士も負けてはいない。
「エアコンがないとこの季節困るだろう」
「ぬぅ、現実的なところを突いてくるわ」
まるで後ろから炎が迫っているとは思えないようなグダグダした足取りで、ふたりはようやく外へ出る。
「ま、燃えてるのは前の所有者のガラクタだからいいとして」
やはり未練がなかったのはそういうことらしい。
「魔具の類を掘り起こすのは手伝えよ」
「女子に力仕事をか」
「女子は女子でも魔法少女だろ」
前回、片手でオトナを放り投げていたため、魔法パワーは腕力的な意味でも凄まじいのだろう。
改めて工場を見てみると、二階建ての事務所くらいの大きさしかなかった。そんな小ぢんまりした敷地だからか、博士は周辺の違和感にすぐ気づく。
「……ん? 何だ、ありゃあ」
「どしたねん」
キッカケは臭いだった。先程の室内火災と似た焦げ臭さが外にもあったことでそちらに目をやると、何やら妙な痕跡が残っている。
研究所に未練はなさそうだが、研究職として気になるところはあるのだろう。そちらの方へと歩み寄ってみると、えりりんも面倒くさそうに続いていく。
しばらくは気づかなかったが、少しずつ異変が明らかになってきた。
「うん? 何やねん、この黒い線」
まるでスタートラインのように、ふたりの前に焦げが真っ直ぐ一本引かれている。
「おそらく燃料の燃えカスだろ。……ほら、建物へと続いてる」
「あと数十分で建物自体が燃えカス仲間になるやろけどな」
元研究所はいまにも燃えカスとして朽ち果てようとしている。その段になって、敵の手口を研究者はようやく理解した。
「離れたところから着火したんだろーよ。センサーに掴まらないほど僅かな魔力でな」
液体燃料を導火線として、安全圏から着火したらしい。
魔具が起動されたとあれば、機械では検知できないような小さな魔力であっても、魔法少女たるえりりんであれば分析できる。燃えカスラインはもう少しだけ続いており、小さな岩陰で止まっていた。そこにえりりんは腰を下ろして手をかざす。
「ふぅん……お、これ、ファイアストームやん」
「それ、俺が回収頼んでたヤツだろ」
「まさにな」
えりりんの脳裏にとある人物の顔が浮かぶ。それは、肩パッドにトゲを生やし、頬骨の張ったモヒカンの――
「あ、間違えた」
例の課長ではなく――一緒にたむろしていたクソガキの方――
「なるほどなぁ、ウチにケンカ売るたぁ、ええ度胸しとるやん」
「逆恨みだろ」
「ちゃうねんて」
「お前が怒るとき、二十回に十九回は逆恨みだから」
「なら、今回はその一回の方や」
と、えりりんは言っているものの、あの魔具には『マジックワークス』のロゴが入っていた。よって、社員から正式に譲渡を受けたのは少年の方である。
が、えりりんたち世紀末の住民にとって、そのような正当性など関係ない。
「どーでもいーけど、ファイアストームはちゃんと全部回収しとけよー。減額分はお前の小遣いから引いとくからな」
「んな殺生やで」
ここでついに、ガコンと研究所が崩れ落ちる。小遣い減額に対してずっこけるように。