ふたりの男女が世紀末の荒野を往く。バサバサとたなびくのはボロではなく小奇麗な白衣――衣装選択のミスとしか思えないような違和感である。それも、男の方は中にシャツとパンツを着こんでいるが、女の方は――
「おい、前を閉じろと言っているだろう」
「この方が風入って涼しいねん。誰も見るもんおらんし」
「俺がいる。見たくなくても目に入る。自重しろ」
世紀末の日差しは無駄に強い。ゆえに、女が男に従う様子はない。風を通すために開かれた前身頃は――これが夜の住宅街で、電柱の陰から出てくることがあれば絵に描いたような露出魔である。そんな文明が滅んでいたことを、彼女は核に感謝しなくてはならない。
そんな彼女の正体は魔法少女――何故なら、白衣の背にそう書いてあるから。毛筆体で。全裸に特攻服のような研究着――シラフでこんなコーディネートをキメられるのは魔法少女くらいのものである。そうでなければ恥ずかしくて着ていられない。だからきっと、彼女は本物の魔法少女なのだろう。
魔法少女の願いはひとつ――世界の平和と人々の笑顔だけ。
「……あンのクソガキ、シバいてひん剥いて盗んだ
魔法少女にも色々いるらしい。
「性的な折檻はやめとけよ。子供に手を出すと何かとうるさい」
「わーっとるがな。こっちもまた垢凍結されんのは勘弁やで」
なお、魔法“少女”ではあるものの、縦一直線に地肌が覗いているため、それ相応の年齢であることは視認できる。よって、乳首を引っ張るのもセーフらしい。
「っつーか、盗んでんのはこっちなんだよ阿呆ッ」
「いたたたたっ! 盗人がデカい顔すんなや!」
実行犯もそれを指示した者も悪びれる様子がない。まさに世紀末である。
「……ともかく、盗人が盗品を横から掻っ攫われるなんぞ『キツネ』の名折れだろう」
「ウチはそのアダ名認めとらんで」
乳首を死守するためか、えりりんはようやく前を閉じた。しかし、その内側から突起は浮いている。とはいえ、男はこれについて言及しない。その程度ならば気にならないようだ。チラつく乳首がなくなったことで、博士は真面目な面持ちを取り戻す。
「ともあれ、油断するなよ。あの少年、歳に似合わず狡猾だ」
「ああ、わかっとる。けど、どれだけかかろうと絶対ふん捕まえたる。魔法少女の名にかけてな」
こうして、魔法少女・えりりんと現地民の少年の長きに亘る戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
そして、その一時間後――
少年が正座させられている。全裸で。魔法少女は有言実行らしい。むしろ、博士の方が引いている。
「おいおい、子供相手に性的悪戯はやめとけと言ったろう」
「心配せんでもこれ以上はイジらへんて。可愛い顔しておにゃのこー、なんてオチやったら困る思っただけや」
少年は全力で腿を閉じて挟み込んでいるが、座らされる前に一旦確認されたらしい。その時点でかなりの問題行動である。
そんな三人がひと悶着起こしているのは集落の道端――時代が逆行したかのような石造りの建造物――ボロをまとった人々――だが、誰もが関わりたくないようで――それでも気になるようで――建物の陰や岩の裏から遠巻きにチラチラと奇異の目を向けている。
一方、えりりんの白衣からも危ういところがチラチラ覗いている。一応集落なので引き続き前は合わせているが、面倒になったのか暑いのか、ボタンひとつ留めである。風が吹いたら青少年に良くないところが丸見えになってしまう。青少年の目の前だというのに。
「さて、少年よ。何故捕まったかわかるか?」
静かに問う博士に対して、少年は悔しそうに吐き捨てる。
「……あなたたちが嘘の情報を流したからでしょう」
何の情報もない中から人ひとり探すのである。本来であればそう簡単に見つかるはずがない。ゆえに、いわれのない悪名を掲げられ、村の中から無実の男子があぶり出された――少年はそう言いたげだが。
「ちゃんねん。あんさんが嫌われとったからや」
しかし、それを否定するように、くたびれた老人がよたよたと割り込んできてえりりんたちの前に跪く。
「後生です……後生ですから、その少年を……その少年を……」
涙ながらに顔を上げて。
「キッチリ始末してくだされッ!」
「ブッソーなことゆーなや」
えりりんのツッコミは老若男女容赦ない。魔法少女のグーが老いたこめかみを打ち抜いたが、世紀末だけに老人もエネルギッシュである。
「まったく、大人のやることなすこと文句ばかり、指図ばかり……子供は子供らしく言うことを聞いていれば良いものを……」
ケッとツバを吐きながら、老人は元の建物の陰へと戻っていく。そして、改めて覗き直す。もはや隠れている意味はまったくなく、その視線が博士たちには至極鬱陶しい。
「おい、あのジジィの目ぇ潰してやれ」
「MPの無駄やし、歳考えたら本気で潰れかねんわ」
子供には厳しいが、老人にはそれなりの手心はあるらしい。
えりりんが動かないのであれば博士が自ら手を下すつもりはないようだ。ジジィの視線は気にしないようにしながら、少年の処遇に話を戻す。
「年齢のわりにやることが敏すぎるんだろうな」
「トラップつきの二重隠し扉って。村人の忠告がなかったらウチらもボカンといっとったで」
子供らしく振る舞う子供に大人は優しいが――いや、マジックワークスに追われていた際の顛末から鑑みても、この子供は大人にとって好ましい子供でなかった、ということなのだろう。
「……僕は、無駄なことはしたくない、と言っているだけなのですが」
おそらく、それは正論であり――だからこそ、村の大人たちを苛立たせる。
「で、どーすんねん。ファイアストームは例のトラップに組み込まれてオジャンやし」
奇妙な仕掛けを作って奥の建物に引きこもっている――集落に着いたえりりんたちが村人に訪ねたところ、隠すこともかばうこともせずあっさり案内してもらえた。どうやら魔法にも物理にも反応するような仕掛けがいくつも施されており――ファイアストームは火炎トラップとして転用されていた。が、改造が著しく、もう納品はできないだろう。
ならば、身体で払ってもらいたいところだが、色んな条例に引っかかる年齢である。博士は少し考えて。
「……この少年を俺の助手にするか」
「うわぁ、責任持って監視せぇよ」
この狡猾な子供の手綱を握れたものかわからないが――無罪放免とするのも納得いかないし、これが落とし所なのかもしれない。
「やれやれ、ここからほのぼの親子モノにでもするつもりか」
呆れる魔法少女に。
「父子家庭モノはニッチですよ」
「あァ?」
えりりんはメンチを切るも、少年に怯む様子はない。その鍔迫り合いに博士は仲裁のため息をつく。
「……誠に信じがたい事実だが、この中じゃコイツが一番歳上だ」
歳上相手に上からポンポンと頭を叩く。
「魔法少女は年齢不詳やで」
面倒くさそうにその手を払うと、そのままその手を少年に向けた。
「ほれ、イクで」
えりりんは手招きするが、少年はもじもじと足をすり合わせている。このまま立ったらボロンと飛び出してしまうのを危惧しているのだろう。
「しゃーないなぁ、これでも羽織っとき」
そう言ってバサリと白衣を少年の肩にかけるが、えりりん自身もこれ一枚しか着ていない。豪快に柔肌を露出させたものの――はぁ、と覗き見ていたジジィたちはこれ見よがしに肩を落とす。
「ガッカリしてんなやこのハゲ!」
ボカンッ――老人の顔面が突然爆ぜた。チリチリと残り少ない頭髪を焦がしたままぶっ倒れて気絶している。この爆発を見て、他の男たちは咳払いで誤魔化しながら完全に視界から外れた。これ以上見ていても眼福は得られないという判断なのだろう。
なお、少年の方は隠す外套を得られてホッとしているようだ。しかし、えりりんとしては物足りず――とりあえず、股間のあたりをガン見してみる。
「この女体に勃起してもええねんで?」
「まだ性的な興奮を覚える年齢でもありませんので」
「自分でゆーなやクソガキ」
こうして、三人のアテのない旅が始まった。だが、少年はまだ知らない――背中にデカデカと『魔法少女』の文字が誤った自己主張を続けていることを――