こちらはタクティカル祓魔師の短編作品となります。

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毒なる者・前

 暗がりの部屋で、ノートパソコンの画面だけが眩いほど辺りを照らしていた。

 なんの変哲もないパソコンだ。画面上には一般的に流通しているトークアプリが開かれており、今もボイスチャットが繋がっていることを表していた。

 旗と剣のアイコンと髑髏のアイコン。前者のユーザーがこのパソコンの持ち主で、後者はチャットルームへの参加者だ。

 

「なあ、毒使い」

『なんですかぁ? 戦の人さん』

 

 部屋に男の声が響く。何か時代の積み重ねを感じさせるような、そんな重みのある声だ。それに毒使いと呼ばれた通話相手が応える。

 おちゃらけていて、人を揶揄うような声色。まだ成人しておらず分別も付いていないような子供の声。

 その声に戦の人、と呼ばれた男の顔が俄かに歪んだ。

 

「お前はなんで、呪詛犯罪者に?」

『それはですねぇ……なんででしょ?』

「ふざけるな、真面目に聞いてるんだ」

 

 男が少し声を荒げて見せれば、少年の声は仕方がないとばかりにため息を吐いて微かに真面目さを帯びる。

 

『なるべくしてなった、ということではだめですかぁ?』

「……隷も、壊もそう言っていたな。全く、最近の若者はどうなっている」

『時代の移り変わり、ってことですよぉ。大戦の亡霊さん』

「チッ、その名で呼ぶな。忌々しい」

 

 男は不機嫌さを隠そうともせず、しまいには机をダンと叩いた。画面の向こうの子供はそんな大人の姿を嗤っているのだろう。それが目に浮かんで、余計に神経が逆撫でされる。

 

「……それで? 首尾はどうなっている」

『まあ火消しは順調だと思いますよぉ。アレは配置しましたし、戦の人さんの尻拭いも問題無し。あとは明日最後の一人を消しちゃいます。ちゃーんと、もらった台本通りに動いてますねぇ。明日、問題なく決行できますよぉ』

「この私に失敗を演じさせるなどと大変に腹立たしいが、この際構わん。毒使い、お前に懸けているんだ。失敗はしてくれるなよ」

『はぁい。それじゃ、一旦さよならでぇす』

 

 真面目なのか定かではない返事を最後に、ボイスチャットルームから髑髏のアイコンが消える。

 残った男はひとり、疲れた風に肩を落とした。

 

「……()()()()、私はどうすればいい」

 

 男の声は誰にも届かない。地獄から一人逃げ出した男のことなど誰も、もはや死人すら覚えてはいないのだから。

 

 

 ■

 

 

 それは毒々しいほどの緋が町を照らしていたある日の夕暮れのこと。

 その日は何ら変わりもない金曜の平日で、仕事帰りの社会人達は五連勤の疲れに肩を落とすか、もしくは今週の労働の終わりに心を躍らせながら、各々の帰るべき場所へと帰路についていた。

 

 そんな町中を一人のサラリーマン風のスーツの男が顔面を蒼白にして走る。息を切らしながら、何かから逃げようと必死に走る。

 すれ違う人全てが彼の様子にただならぬ何事かを感じていたことだろう。

 誰かは彼に何ごとかを言おうとして、誰かは我知らぬと無視をする、誰かは警察に異様な男がいたと通報をすれば、誰かは不幸があったのだとただせせら笑っていた。

 

「ひぃっ、ひぃっ!? げぇっ、げほっ、げほっ」

 

 呼吸すらままならない。気怠さと痛みと寒さに苛まれ、目の焦点も合わず、舌だって回らない。男得意の交渉術も形無しだ。

 逃走の末に彼が行き着いたのは工事中の高架下。しんと静まり返っていたそこで男が倒れ込むの見計らったかのように、地鳴りのような音を立てながら真上の線路を電車が走った。

 倒れ込んだ男は鉛のように重い体を動かしながら、背に刺さった長い棒状の刃──鏢と呼ばれる暗器の一種を弱々しい手つきで引き抜く。血はさほど流れていない。しかし、問題はその鏢に塗られた()()だ。

 

「ぎぃっ! ……ぐぇっ、げぇぇ」

 

 痛みに悶え、唐突な吐き気に襲われ、男はもう死んだ方がマシではないかと思った。これまでの人生で経験したことのない痛みと苦しみを味わっているのだからそれも当然か。必死に生きようとする本能と身体は余計に苦しむ時間を引き延ばすだけだが。

 

 男は裏社会の住人、つまるところ真っ当な生き方もせず、汚い金ばかりを稼ぐ交渉人(ネゴシエーター)であった。

 この町で仕事があって、今日も無辜の人々の苦しみを糧に日銭を稼いだ帰り。そこで男の命運は尽きた。

 

 ふと、男の耳はコツコツとコンクリートの地面を鳴らす靴の音を拾った。

 それは彼にとっての()()だった。

 

「例えば身体に毒が回ったとして、あなたはどうしますかぁ?」

 

 少年と少女の境目、声変わりの途中といった調子の声。

 それは死に体の男に問いを投げ掛ける。

 

「ボクはその毒を、ボクの身体の一部にしてあげたいんですよぉ」

 

 濃緑色の髪の毛をサイドテールにした十代半ばの少女……否、少年。その口元には特徴的なガスマスクが装着されており、その身に纏う物々しく妖しい雰囲気を助長している。

 少年はくるりと黒いスカートを翻しながら楽しげな声音で男に語りかける。

 黙って聞くことしかできない男。その身体がぱぱぱっという無機質な音と共に三度跳ねた。

 

「ま、言ってもわかんないですよねぇ。ささ、死んじゃって。人生お疲れ様でぇす」

 

 どこから取り出したのか、少年の手には一挺の銃、カラビナORZ90の名を持つ祓串射出装置を改造したらしい祭具の姿。その銃口からは微かに煙が立ち上っている。

 トドメを刺すためにその銃口を男の額に向けた、その時であった。

 

「たぁぁー!!」

「そこまでっス!!」

「そこまでよ!!」

 

 三者三様、少女達の声が響き渡る。

 正確かつ完璧な狙いで祓串が飛来し、大型黒不浄の刃が力任せに振るわれ、穢れに満ちた神速の拳が放たれる。全てが並の人間であれば必殺となろう練度の奇襲の一撃。当然、それら全てを躱し切って五体満足で生き残る力など彼にはないのだが。

 

「わぁ、すごいですね。まさかこんなに早く来るなんて」

 

 人型をした紅色の紙きれが散った。

 それで彼を脅かす脅威の、その全ては解決した。

 

「でも、さよならです、()()()さん達」

 

 ぼふんっ。緑色の煙が周囲に立ち込める。

 二人は慌てて追いかけようとし、もう一人は倒れて痙攣するだけの男を救助しようと動く。

 

「これ……っ!? 蓮実ちゃん、呼吸抑えて!」

「こ、呼吸抑えろって、なんス、か……ぐふっ」

 

 蓮実と呼ばれた少女が片膝をついて吐血する。

 拡散されたこの煙は穢化毒ガス。それも狩衣の耐性を貫通するほどに精製された穢れと、一瞬で人体を破壊する強力な毒性を持った極悪な物。

 呼吸を抑えるよう指示した少女の一瞬の判断で地面に転がされた空間浄化用の筒形祭具が、カシッと音を立てるとすぐさま毒素と穢れを中和していく。

 

「大丈夫、蓮実?」

「だ、大丈夫っス……形代様々っスよ」

「私も一枚ダメ代になっちゃった」

 

 なんとか立ち上がると、蓮実は全身を妙な色と模様に染めたダメ代、使い物にならなくなった形代紙をヒラヒラさせて応える。男を救助しようと動いた少女も同様に。

 辺りを見ても既に少年の姿はない。彼を追いかけるために一人先行した若い女が悔しそうにしながら戻ってくる。

 

「ぁ〜、逃げられたぁ!」

 

 アホ毛が特徴的な若い女、鵠別供花《くぐいべつきょうか》。

 境界対策課第八班に所属する祓魔師。またバーチャルアイドルもしている。今日は同僚達がいる手前、流石に配信はしていない。

 

「それもそうっすけど、早くその人助けなきゃっすよ!」

 

 高身長童顔のプリン頭の少女、陽依蓮実(ひよりはすみ)

 境界対策課第六班の期待のニュービー。いろいろ事情は抱えているが、順調に第六班イズムに染まりつつある。

 

「……だめね。手遅れだわ」

 

 三人の中では最年少に見える黒髪の少女、九鬼鼎(くきかなえ)

 特葬班に所属するクラシカル一族出身の祓魔師。まだ歴は浅いながらも様々な事件を解決してきたルーキー。

 

 三人は境界対策課のタクティカル祓魔師である。

 前線部隊員ではあるが所属はバラバラ。しかし人員の不足しがちな境界対策課ではこうした所謂即席班の結成は珍しいことでもない。彼女達もそれぞれがたまたまこの街での任務があって、たまたま同じタイミングで各々の任務を遂行し、たまたまこの街で発生した事件に巻き込まれたに過ぎない。

 過去にもそうした縁で蓮実と鼎は同じ任務に従事した仲であるし、逆に供花はこの二人とは顔をも合わせたことさえない間柄。

 しかし、三人は戦術的(タクティカル)な祓魔師。高度に体系化された戦術パッケージで即席の連携も容易にこなすプロ達だ。

 

「結構やるね、あの身のこなし」

「それに毒物使い、厄介な手合いなのは間違いないわね」

「厄介な相手には事欠かないっスね、この国……」

 

 そんな三人のタクティカル祓魔師を相手に逃げ仰るあの呪詛犯罪者の脅威度も比例して上がるわけだが、それは必ずしも呪詛犯罪者の方が上手であるからというわけではない。公務員として倫理と人道の側に立つ在り方をせねばならない祓魔師と、そんなものなど関係ないとばかりに立ち振る舞う呪詛犯罪者とでは比べるものでもないのは当然のこと。彼女達は本来の相手である境界異常に加えて、そんな呪詛犯罪者達とも日夜戦いを繰り広げているのである。

 

「取り敢えず遺体処理班を寄越してもらうように話をしたっス」

「お、ありがとね、蓮実ちゃん!」

 

 事切れた男を丁重に地面に横たわらせて、三人はこの街にある境界対策課の支部からの応援を待った。

 苦悶の表情で息絶えている男をちらりと見遣りながら蓮実が唸る。

 

「アレ、呪詛犯罪者っスよね」

「ええ、そうね。それは間違いないけど、今私たちが考えるべきは違うと思うの」

「と言うと?」

 

 呪詛犯罪者。霊的手法の悪用、霊力や穢れを用いた犯罪行為、呪詛による犯罪行為を行う犯罪者の総称である。

 先の少年のように穢化毒ガスや穢化毒を塗った鏢による傷害、殺人などもその最たる例だ。そんな呪詛犯罪者がこの街に平然といる、それは大問題のはずなのだが鼎にとっては問題はそこではないらしい。

 

「私たちはなんの目的があってここに来たの? いいえ、私たちはどうしてここにいるの?」

「そりゃ、偶然お仕事の場所が重なったからだよね」

「そうっスね。私は現地の方と協力して境界異常の調査を、お二人もそれぞれ違う呪詛犯罪者を追ってたんスよね?」

 

 その言葉に供花と鼎の二人も頷く。

 これらはこの事件に巻き込まれる直前、合流したばかりの三人が共有していたそれぞれの前提だ。

 三人にはそれぞれの任務があり、それらの内容は当然違うもの。何の関わりもない、そのはずであった。

 

「少し、情報をまとめてみよっか! 私も鼎ちゃんの考えてること、ちょーっと気になるし!」

「ええ、そうね。そうしましょう」

「はーい、了解っス!」

 

 一番の年長者である供花。彼女の言葉に蓮実と鼎も了承の意を示す。

 一度情報をまとめてみなければわかるものもわからない。何か大きな事件が起きようとしているのではないか、そう思えてならなかった。

 

「二人は三葬結界を、もう二人は私と処置を行います。手順は三番の指南書のものを、迅速に」

「「御意」」

 

 ちょうどその時、神父や修道女の衣を元にしたらしき装いに身を包んだ数人の男女が其処に現れた。

 その特異な狩衣が表す部隊はただ一つ。

 

「遺体処理班、十八時三十二分現着しました。これより処置を開始します」

「お疲れ様! 流石に早いね!」

「……鵠別祓魔師、陽依祓魔師、九鬼祓魔師の御三方は一度本部までお戻りください」

 

 その中で、一人纏う気配の違う集団のリーダーらしい高身長の女が前に出て三人に指示を出す。

 フェイスベールで隠れて目元しかわからないがまだ若い。それでいて、ことこの場においては誰にも有無は言わせないという班長ら指揮官の持つ雰囲気があった。

 

「そうだね、ここは専門家に任せて私達はささっと退散しよ」

「ええ」

「そっスね。それでは遺体処理班の方々、よろしくお願いします!」

「……はい」

 

 この人、勘違いされそうな人っスね。そんなことを考えながら、蓮実は供花と鼎の後を追った。

 

 

 □

 

 

 所変わって境界対策課支部の仮設ブリーフィングルーム、という名の談話室に三人はいた。命名は供花と蓮実だ。

 

「私は境界異常発生現場の調査が今回の仕事っスね。でも界異の気配は周囲にはなくて、結局あとはここの支部の方に引き継いで観測してもらうことになったッスけど」

 

 まず蓮実の任務はこの町で発生した境界異常の調査、そのための人員の護衛と有事の際には界異への対処を行うこと。今回は彼女の上司である第六班長より、境界対策課本部が誇る精鋭、祓魔隊第六班のメンバーとして一人で任地に赴き現地の職員らと協力してこの任務をこなすようにという指示を受けていた。

 結果は残留する穢れから二日ほど前に境界異常が発生し、何らかの界異が現れた痕跡はあるもののそれがどうなったかは定かではなく、経過観測を現地の職員に引き継ぐこととなった。

 

「私はこの街に現れたっていう呪詛犯罪者、ユーバーレーベンの足取りを掴むためだね。雇ってたのが三カス共だったから取り敢えず撃退はして会合も台無しにしといたけど、まだお目当ての人物は捕まえられてないよ」

 

 次に供花の任務。ドイツから流れてきた呪詛犯罪者、ユーバーレーベンの確保。

 自ら手を汚すようなことはないが、常に雇った呪詛犯罪者達を使って動くフィクサー。そのユーバーレーベンが何らかの動きをこの町で見せている、という情報が八班の情報網に引っ掛かり、第八班長の命を帯びて供花はこの街に入った。

 その言葉の通り、ユーバーレーベンと現地の呪詛犯罪組織の会合に殴り込んだ供花は三カスと呼ばれる呪詛犯罪者(戒谷、髙木讐、アガーテ)の護衛を退けて会合の場を乱すと、隙を突いて呪詛犯罪組織頭目の捕縛には成功するも最大の目標であったユーバーレーベンは取り逃がすこととなった。

 とはいえ、ユーバーレーベンほどの大物が一度邪魔をされた後にそう易々と捕まるはずもなく、供花の今回の任務は現地呪詛犯罪組織壊滅の功を以て終わりとなる予定であった。

 

「私も呪詛犯罪者絡みね。最近頭角を表している呪詛犯罪組織、【罪天】がこの町で動きを見せているということで調査に来たの。結局【罪天】ではなくてその名を騙った小規模な呪詛犯罪組織が小さな犯罪を計画してたっていう落ちだったのだけれど」

 

 最後は鼎の任務。近年になって活動を始めた呪詛犯罪組織の一つ、【罪天】がこの町で活動しているという情報を得て、鼎の所属する特葬班のメンバーらと共にこの町で調査を行った。が、その実態は木端組織が【罪天】の名を騙っていただけに過ぎず、大した悪事を働くこともなく彼らは計画段階であった事の全てが露呈して無事にお縄につくこととなった。

 任務を終えて先に帰った他の特葬班のメンバーを見送り、少しこの町を探索していたところで鼎は今回の件に巻き込まれたというわけだ。

 

「以上がここにいる私達の詳しい経緯、ってわけっスね」

「……ありがとう。少し考えて見ましょうか」

「考えるって言っても、三人の任務はそれぞれバラバラなんスよ? 情報をまとめたところで何か進展がありそうには見えないっスけどね」

「確かにそう。今の情報だと何も手掛かりになるようなものはない。どれだけ私達がここで頭を捻ったところで、全てこじつけたものになってしまうのは自明の理。私達の中に未来を予知出来る者も、過去を視ることの出来る者もいないのだから」

 

 今回の三人の任務内容に重なるところはなかったはずだ。蓮実もそれなりに勘は鋭いタチだが、それはあくまでも大局を見極める才ではなく、その場その場での直感的なもの。たまに大きな局面に対してそれが働くこともあるが、少なくとも今はそうではないらしい。

 コーヒーに口を付けて二人の話を聞いていた供花が、ふと口を開いた。

 

「ねね、鼎ちゃん。つまり、鼎ちゃんは私達がここにいるのは偶然じゃないって言いたいんだよね?」

「そうね。私達の任務は全て、一つの出来事に繋がっているのではないか、そう考えているわ」

「そりゃ、私もちょっと考えてみたっスけど……。どうにもまとまらないっスよ。供花さんはなんか考えあるんスか?」

「私も、憶測の域は出ないよ。だけどもしかすると後一つのピースで事態が好転するかもしれないじゃん」

 

 例えば彼らの報告とか、さ。

 その供花の発言を見計らったかのように、ブリーフィングルームに一人の人物が現れた。

 

「御三方、お待たせして申し訳ありません」

「ぁ、さっきの」

「遺体処理班の班長さん?」

 

 現れたのは遺体処理班を仕切っていた女。装いは変わらず狩衣のままだ。彼女は鼎の班長という言葉を首を振って否定する。

 

「私は煤星(えんせい)。遺体処理班の副班長を務めています。此度はこの支部に配置されている班員の視察、それを目的としてこの支部に訪れていましたが、事情が変わりましたのであなた方に協力させていただきます」

 

 そう言って煤星と名乗った女は供花へと目配せしてから、仮設ブリーフィングルームに三人が借りているホワイトボードへと数枚の資料を貼り付けた。

 一枚目は先程死んだ男の解剖結果と医霊班の報告。二枚目は男の仔細な情報。三枚目は男の一週間の動きのまとめ。そして四枚目は襲撃者の情報。

 

「あなた方の報告を元に該当するであろう襲撃者の情報をピックアップしています。ご確認の上、見覚えのある顔がありましたら「あー!? この子だよー!!」」

「え、どれっスか? あ、ほんとだ」

「九鬼祓魔師も見覚えがありますか?」

「……ええ、確かに彼だと思うわ」

 

 供花が声をあげて指差したのは【桐野疾秀(きりのひさひで)】という名前の呪詛犯罪者。顔写真は三人が目撃したマスク姿の少年そのもので間違いはないだろう。

 補足するように煤星が資料を読み上げる。

 

「桐野疾秀、ここ数年間活動を続けている毒物と穢れを扱う呪詛犯罪者ですね。年齢は推定十四歳、罪状は傷害、傷害致死、強盗、器物破損、公務執行妨害など計二十一件」

「若いのにとんでもないっスねぇ」

「まあ、この世の中若い上に祓魔師やってたら一級な才能を秘めた呪詛犯罪者なんてゴロゴロいるからねぇ」

「……えぇ、そうね」

 

 何か思うところもあるらしい鼎の様子には敢えて触れず、蓮実は他の三枚にも目を通していく。その中で一つ気になるものがあった。

 

江藤隆正(えとうたかまさ)、呪詛犯罪者……あのおっさん、呪詛犯罪者だったんスね」

「はい。交渉人として呪詛を用いた詐欺まがいの手法や恫喝・脅迫手段で交渉ごとを有利に運ぶ典型的な呪詛犯罪者です」

「もしかして江藤隆正がしくじって、雇われた桐野疾秀が彼を始末した、とかなのかなぁ?」

「なーんか釈然とはしないっスけど、それが一番あり得そうなんスよねぇ」

 

 供花の言うそれは確かに辻褄は合わなくもない。いや、むしろ江藤隆正と桐野疾秀の二人の間で完結する話ならば最も確度は高そうだ。

 しかし、引っ掛かる。一度考えついてしまったものの是非を確かめなければいられない、そんな衝動にも似たものであったが、まだ答えは出ていないのだ、可能性について考えることはやめるべきではないだろう。

 鼎は持ってきていたこの町の地図を見ながら、江藤隆正の動きを辿っていく。

 

「鼎ちゃん、どう? 何かわかりそう?」

「少し時間を頂戴」

「なんか鼎ちゃんならズババッと見極めてくれそうな気がするっス。頼むっスよ〜!」

 

 地図を辿る。頭の中にある情報を組み込む。想起する。一連に関係のありそうなものは留め、無さそうなものは排除。

 そうやって一週間分、江藤隆正の行動を地図の中でなぞり終えた時。

 

「……わかったわ。ええ」

 

 静かに、鼎は頷いた。

 

「煤星さん、この町の()()地点の地図は貰えるかしら?」

「わかりました」

「へぇ、すごいっスね。何がわかったんスか?」

「今から説明するわ。でもすぐに動かないといけないかもしれないから、準備はしておいて」

「了解っス」

 

 盤面が動き始める。

 供花は楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「やるんだな!? 今! ここで!」

「今でもここでもないけどね」

「はい……」

 

 

 □

 

 

「それで? こんな所に本当に現れるんスか?」

「ここがまだ彼らが手をつけていない、この町最後の霊脈。おそらく間違いはないわ」

 

 日付は変わらず、時刻は午後十一時過ぎ。辺りには夜の帳が下りて、人の往来も疎らな時刻。呪詛犯罪が起こり易いタイミングでもある。

 蓮実、供花、鼎、そして煤星の四人は町最大のショッピングモールに足を運んでいた。

 当然モールの中には他の人間の気配はない。先んじて警備員らも退避させてある。

 

 このモールの下には古い霊脈地がある。戦争の前まではそれを管理する神社があったが、戦後の乱れなどで土地の権利が有耶無耶となり、霊脈地であるがその上にはこうして商業施設が建つ有様に。さすがに境界対策課も放置はできず、しかし現在のこの土地の所有者も意固地となっており今は協議が進められている段階である。

 そも霊脈とは、加護にも穢れにもなっていない純粋な霊力が湧き出る土地だ。祓魔師にとっては当然守るべき重要地点であるし、呪詛犯罪者や我のある高等級の界異などからすれば確保できればそれだけで絶大なリソースを得られるわけで。今も昔も霊脈を求める呪詛犯罪組織など後を絶たない。

 

「ありふれた霊脈を使った犯行手口ですが、手堅く立ち回る強固な組織ほど初心を忘れていないもの。此処(霊脈)の活性周期もここ一週間以内の予測。何かが起きるとすれば動きを見せた今日の可能性は高い。周囲には遺体処理班を配置していますので、仮に貴女方が殉職したとしてもその遺体は必ず正しく終わらせてみせますのでご安心を」

「えぇ……あんまり安心できないっスねぇ」

「死ななきゃいいんだから、だいじょぶだいじょぶ!」

「そうよ。死ななければ問題はない。私達なら、ね」

 

 死ななければ良い。それは間違いないが、そういうことではなくないか? という至極当然な疑問は控えた。蓮実は苦笑いしながら周囲を見渡す。

 モールは五階建て。四人がいる一階のエントランスは三階まで吹き抜けになっているが、通路は広々とはしておらず店もほとんどはシャッターが閉まっていて動ける範囲はあまり広くはなさそうだ。

 

「屋内にしては広いけど、狭いっちゃ狭いっスね。武器ひっかかりそー」

「でもま、ここなら戦えるっしょ」

「私もあまり得意ではない地形だけれど、それでも壁くらいは破りながら戦えるわ」

 

 蓮実は肩に担いだ大型黒不浄を見遣る。あまり器用に祭具を扱えない自分としては狭い所では十全に大剣の持ち味は発揮できないのではと思う。

 それに対して供花は屋内戦こそモットーと言わんばかりに手持ちの祭具を確認しながらニヤリと笑う。

 また蓮実と同じように豪快なスタイルを得意とする鼎はと言えば【屠羿(とげい)】と【戮封豨(りくほうき)】、二つの籠手型専用祭具をはめた拳をパシッと合わせて意気込んだ。

 

「そう言えば煤星さんは? 相当やれそうだけど」

「……私は、それなりです」

「それなり、ねぇ」

 

 第八班の中でいろんな人間の動きを見てきた供花からすれば、煤星という女はかなりやれる、戦えるように見えた。どんなスタイルなのか、どんな技を使うのか。気になるがそれは今日、自ずとわかるだろう。

 そんな供花の思惑通りか、鼎の推理通りというべきか。

 

 

「───あれれ? 来ちゃったんですかぁ?」

 

 

 例の少年の声がエントランスに響き渡った。

 上を見上げれば吹き抜けの空間に面した三階に、四人を見下ろす人影があった。

 

「随分と優秀な探偵さんがいるんですねぇ。ま、わかりやすいと言えばわかりやすいかもですけど」

 

 呑気に宣う少年は、何が面白いのかにやにやと笑みを浮かべているばかり。

 そんな彼に蓮実が大声で問いかける。

 

「桐野疾秀で間違いないっスね!?」

「はい、間違いないですよぉ」

「そしたら、降りてくるっス! 罪を認めて投降したら、手荒な真似はしないっスよ!」

「罪は無いから大丈夫でぇす!」

 

 本気で言っているのか。蓮実は信じ難いものを見るような目で疾秀を見るが、どうやら本当にそう思っているらしい。

 つまりは更生の余地もない、未成年といえど立派な呪詛犯罪者だ。

 

「おい、毒使い。何をモタモタしている。お前の不手際だろう、始末しろ」

「えぇー? ボクがあの四人いっぺんに相手するんですかぁ?」

 

 そこにもう一人の男の声が混じる。

 わざとらしく靴音を鳴らしながら、暗がりの通路より軍服姿の男が現れた。その顔は泣き顔のマスケで覆われていて窺い知れないが、声からは世の全てへの嘲りのようなものが感じ取れた。

 

「あー!? ユーバーレーベン!!」

「げっ、鵠別供花!? 貴様がなぜ此処に……!」

「くらえ!」

「ぬぉっ!? 危ないではないか、貴様!」

 

 どうやら供花と男は知り合いらしい。

 と、言うよりは鵠別供花が追っている男こそが彼、ユーバーレーベンその人なのだから。

 そんな追い求めていた彼へと先手必勝とばかりに供花は祓串を投擲する。ユーバーレーベンは慌てて回避すると投擲されたソレを掴み取り、怒り心頭に発して声を荒げながら祓串を投擲し返す。

 

「わっ、と! そっちこそ危ないなぁ!」

「……気が変わったぞ。貴様は私が相手をしてやろう」

「へへっ、そうこなくっちゃね!」

「あ、ちょっ!?」

 

 踵を返して通路の奥へと去って行ったユーバーレーベンを供花は急ぎ追いかける。その二人を追おうと足を踏み出した蓮実を手で制したのは鼎であった。

 

「蓮実、煤星さん、あっちの二人は私が追いかける。二人は上の方を相手して」

「わかりました」

「……了解っス!」

「それにあの人には少し聞きたいこともある」

 

 そう言って駆け出した鼎を見送り、残された蓮実と煤星の二人は再び三階を見上げた。

 そこにはガスマスクで覆われていない目元だけを愉快そうに歪めながら、一連の出来事を見下ろしていた少年の姿が、()()()()

 その代わりにカランコロンと音を立てて、二人の足元に二本の筒。瞬間、それが爆ぜた。穢化VXガスがエントランスに満ちた。

 

「二度も、同じでは通じないっスよ!」

「陽依祓魔師!」

「はいっス!!」

 

 間一髪、人並外れた脚力で飛び上がった二人。蓮実が名を呼ばれて振り向けば、そこには両腕を足場のようにして構える煤星の姿。

 どこかで見たような連携、それゆえか瞬時に意図を理解した蓮実はその足場に自らの足を乗せる。

 瞬間───

 

 

「ふぅっ!」

 

 

「───どわぁぁあっ!?!?」

 

 

 蓮実は砲弾のような速度で射出された。

 三階通路に転がり込みながらなんとか受け身を取れた彼女は、即座に体勢を立て直し周囲を警戒する。

 しかしそこに少年の姿はない。あるのは誘い込むような一本の通路のみ。

 

「あはは! すごい、すごいですねっ! 流石は祓魔師! 無茶苦茶です!」

「無茶苦茶なのはキミっスよ!」

「無茶で結構でぇす! 毒なる者は無茶苦茶だからこそ、ですよぉ! あははは!」

 

 無邪気な笑い声が響いた。

 蓮実は臆することなく、大型黒不浄と【カンダタ】(相棒達)を手に駆け出すのであった。




 スペシャルサンクス
 浜地さん(鵠別供花さん)
 クサリさん(陽依蓮実さん)
 グミさん(九鬼鼎さん)

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