ウマソウル。
どこか違う世界で活躍した存在の魂を表す言葉、と言われている。それすら本当かどうかは分からないものだ。だって、ウマソウルを持ち合わせているウマ娘達であっても言語化が難しいのだから。説明ができたのなら、学会が動くとも言われているくらいだ。
ゆえに、ウマソウルとは異質なものが存在しないと言われている。しかし、私のウマソウルはウマソウルではない。間違いなくウマソウルではない何かだ。
このウマソウルではない別の何かを自覚する前から、私は異質な存在ではあった。前世、そう呼ばれるものを私は記憶していたのだから。それを前世と言うべきなのかも定かではないが、私は私として生まれる前の記憶を抱えて生まれてきた。
私が抱えて生まれてきた記憶の中にあったのは、この世界ではない、まるでファンタジーのような世界の記憶。人間性を捧げて火を継いだ記憶、絶望を焚べて王となった記憶、人の世を始めるために火を絶やすことを決めた記憶。様々な記憶で戦い続けた不死なる者の記憶。様々な強敵と戦い、何度死んでも勝つまで戦い続けた記憶は、間違いなく私の戦い続けた記憶なのだ。
様々な強敵と戦っただけではなく、様々な者達とも縁ができた。一度は心折れて戦いから逃げた者、太陽を追い求めた者、故郷の家族のために戦い続けた者、友との約束を果たすために旅をする者────本当に多くの者達との縁ができた。
ウマソウルではない何か。記憶から取って、私はこれをダークソウルと呼んでいる。このダークソウル、やはりと言うべきなのか、ウマソウルではあり得ない現象を引き起こす。
「おお、エスト瓶か……何度も救われたな……火防女……私は、貴公らに相応しい灰であれただろうか」
「ジークの酒……素晴らしい戦いだったな、ジーク、ヨーム」
「ああ、グウィンドリン様、ヨルシカ様……私は不義理を働いてしまいました。ずっとお傍に、と約束したというのに」
「シーリス……素晴らしい冒険だったよ。私は貴公の自慢できる友であれたかい?」
「ルカティエル……私は、忘れないよ。忘れるものか」
「ゲール……絵描きのお嬢さんは描いたよ。冷たくて優しい、暗い絵画を」
「おお! 我が愛すべきロングソード達……!! ああ、懐かしいものだ……」
まず、私が前世で使っていた様々な武器、道具を虚空から引っ張り出せるのだ。正確には、知覚しているダークソウルの中から引きずり出すといった感じである。前世の私はロングソードに強い信頼を持っていたため、全ての派生ロングソードを最後まで強化して揃えていた。我ながら少々気色が悪い。引きずり出して確認をしたわけではないが、多くの強敵のソウルから生み出した武器や道具などもダークソウルの奥に眠っている。その確信がある。これが私のダークソウルという魂の異常性、その一つ目。
二つ目はとある人間から────ウマ娘からもだったか? 興味の無いことは忘れるのでうろ覚えだが────ウマ娘として致命的と言われたものだ。レースへの価値を見出すことができないのである。無論、勝つことは嬉しいとも。しかし、勝ったとしても負けたとしてもそれらに強い価値を見出せない。これに関しては私の性質も混ざっているように思えるが。
この平和で暖かい日差しが差し込む世界で勝敗に価値を見出せない。冷たくて優しい月明かりが照らす世界で競走というものに価値を見出せないのだ。このことに関しては私の両親に話をしたことがあったか。
『まぁ、お前がそう思うのならそれでいいだろうよ』
『ウマ娘も色々あるから。お前はそういう子だったってだけ。気にしなくていいのよ』
まぁ、両親はウマ娘とその担当トレーナーだが、こんな感じだ。変わっているかもしれないが、こういう人間とウマ娘もいるということだ。
他にも異常があるダークソウル。私がウマ娘が行うレースに参加しないことを幼い頃はあれこれと言われたり、いじめなるものがあったりと色々あったが……殺されるような行為をされているわけではなかったから別に気にしていなかった。私の精神を削りたいのならば、もう一度王たちの玉座を用意してみろ。まぁ、その程度で絶望する程、私は脆くはないがな。煽りでもすれば重厚なセスタスで殴る程度はするが。
とにかく、このダークソウルによって起こっている異常性はウマソウルとは全く別物だろう。そんな私が競走バとして大成することはないだろう。やりたいこともできたしな。
ゆえにこそ────
「私はトレセン学園に入学することはない」
対面している栗毛のウマ娘────皇帝シンボリルドルフだったか? ────に向けて、堂々と言い切る。固まっているようだが、どうした? そんなにスカウトを拒否されたことがショックだったか?
「すまない、理由を聞かせてもらえるかな?」
「私はレースに価値を見出せない。私はレースよりもやりたいことがある」
仮にトレセン学園に入学した場合、私がやりたいことをやるための時間が訪れるのがかなり先になってしまうだろう。ゆえに、私はトレセン学園に入学することはない。
笑っているように見えて笑っていない彼女に向けて、正直に伝えると、彼女は可能な限り穏やかな笑みを浮かべて私の話を噛み砕いてから頷く。
「レースに価値を見出せない……それは、君が本気でレースに挑める環境が無かったからではないのかい?」
貴公、その言葉は私の父母及び友を侮辱する行為として見るが? とは言わない。人の主義主張は様々だ。だからこそ私達不死者達はサリ裏と呼ばれる場所でいつも殴り合いをしていたのだから。安心しろ、こう見えて私はカタリナの騎士と同じくらい温厚だと評判の暗月だ。グウィンドリン様とヨルシカ様からも春の木漏れ日のように穏やかな者と評価されていたからな。
「少し調べさせてもらったが、君はレースに出ないだけで走ることが嫌いというわけでもないし、学力もトレセン学園の試験を合格できるレベルだ。なのに、トレセン学園の入試を受けなかった」
「興味が無いからな」
「どこに行っても同じだから……そう思ったんじゃないかな? レースに価値を見出せることはできないと決め付け、諦めた」
諦める以前の問題だがな、皇帝よ。
そう伝える前に彼女はあれこれと推理を話しながら、私へのスカウトについて話を続けた。学園側からのスカウトゆえに、試験を受けてもらうが合否には関係が無いとか、トゥインクルシリーズへの出走期間中のあれこれやら、ドリームシリーズやら……私の興味が消え失せているのが見えていないのか、それとも見えていてまだ可能性があると信じているのか…………訳の分からない話が出るわ出るわ……デビュー、ジュニア、クラシック、シニアを含めた三年間を超えて、ドリームシリーズ……父や母が何か話していたような気がするが、その頃にはもう私はやりたいことが決まっていたから興味がなかったのだ。
「だが、中央トレセン学園なら、君がレースに価値を見出せるかもしれない。いや、必ず見出す。どうだろう、一度学園に見学に────」
「悪いが私は商人になりたいのでな。レースなどやっている暇がない」
パッチの在り方はちょっとあれだったが、パッチやグレイラットを見て、私もいつか商人として生きるのもありかもしれないと思ったのだ。幸い、両親もそういったことに関しての伝手があるし、商業について学ぶ学校に進学することも許してくれた。好きにやれ、しかし必ずやり遂げろというのが両親との約束である。その自由を許してくれた両親との約束のためにも、私は必ず商人にならなくてはならない。
……世界を歩き、ヨルシカ様に再会できるかもしれないという下心もあるが、これに関しては期待していない。アノールロンドがこの世界に存在しているかは、幼い頃にネットなどを使って調べ尽くしたからな。
「ではな、貴公。精々祈っているよ。貴公の道、そしてその魂に太陽あれ」
そして────暗黒の魂あれ。
心の中でそう呟き、黒服を着た屈強なSP達を素通りして応接室から退室する。何か言われたような気がしなくもないが、私は最近知り合った供養衆なる方々や、穴山商会から商売のノウハウを聞くために奔走したいのだ。