「……そんな」
ルナは唖然と武舞台の外を見つめ続ける。
信じたくないかのようにくるりと後ろに振り向いて観客席を見た。
「…………ち……ちくしょう……わりぃ……みんな……」
「ご……悟空…………」
観客席には,自身を庇い脱落した悟空がいた。仲間たちはそんな悟空を呆然と見ている。
……現実に思考が追いついていないのだろう
強さだけならばルナだって強い。それに先程の悟飯だって強さだけ見れば第7宇宙でトップクラスだった。その悟飯がやられたのだってかなりショックな出来事だったはずだ。
……だがそんな話ではない。強さでも何でも関係ない,孫悟空がやられるということは,その事実だけでとてつもないほどの絶望が身にかかるのだ。
……それほど孫悟空という人物の存在は,重たい。
ルナは覚えがあった。この雰囲気を。
……これはまさに破壊神によって悟空が殺された時の皆の様子と一緒だ。
思い出したくもない最悪の記憶。この雰囲気の末路は,もしかするとまたあの時のようにーーー
「……終わりだ」
ビルスがポツリと呟いた。それは最悪の事態になったことの証明。
「……今のアイツに戦える程の力は残っていない。そしてあの人造人間も生死不明。フリーザももうほとんど気力が無い。あのジレンを倒せる可能性があるやつはいなくなった。」
それは明確な諦めの言葉。
「………………第7宇宙の負けだ」
敗北の……死の気配が近寄ってきた。
「……そんなことはねぇだろビルス様。まだ……ルナがいる。」
「……」
悟空はまだ諦めていない。現状武舞台で唯一ジレンと相対しいるルナを見つめる。
……だが仲間たちの雰囲気は深く沈んだままだ。
ーーー終わった……
ジレンは確信する。自分の勝利を。
……何故ならジレンは何となく察していた。この目の前のルナという人物は普通の人間ではないのだと。何かに対する強い執着があることを。
……そしてそれは恐らく。
ーーー孫悟空を落としてから明確に気が乱れ,ピクリとも動かなくなった。恐らく戦う意志を無くしたのだろう
やはり絆や愛なんてものは酷く脆く弱い……と。ジレンは思う。
ーーーこれこそがまさに力こそが正義という証明
ジレンは何となく誇らしかった。口では否定しつつもジレンは心の底ではここまで戦った第7宇宙を認めていた。
認めていたからこそ今。完全に勝利を収めたことで自身の正義の……力の証明を果たしたと考えている。
「……さらばだ第7宇宙。お前たちとの戦いは俺の心の中で永遠に生き続けるだろう……」
ジレンはそう捨て吐くと容赦なくルナを…………
「……まだ」
淡く何かが輝いたような気がした。
「まだ……なんだ」
何故自分は立ち上がれるのだろう。今までの自分だったらもう心なんてモノは折れているはずだ。
……それは前の世界での精神を壊しきった自分から分かりきっているはずだ。
「…………私は」
悟空くんがいなくなった。……それも自分のせいで。その事実だけで私はもう何も出来ないはずなんだ。
「…………私はね……本当は」
自分は何の才もない特別でもなんでもないただの一般人だ。そんな凡夫がこんな状況になって何かを成し遂げられるはずがない。
「………………」
それはもう自分で精算しただろう。凡人が出しゃばった末路が,あの世界だ。なんの間違いが自身が孫悟空の妻となってしまったーーー
「ずっと思ってた」
今。悟飯のおかげで少し周りと自分を省みることができて,それに加えてこんな状況になったからこそ思える。
「……何で悟空くんがいつも最前線で命を懸けて地球を守らなきゃいけないんだろうって……悟空くんは地球を……みんなを守ってくれるけど……悟空くんのことはだれが守ってくれるんだろう……って」
思うのだ。口だけで何も出来ないよりは,失敗しても何か行動すべきだと。
「誰か……他の人でいいじゃん……って。もしくは私も戦えたらなって……」
全てに絶望し,復讐に身を焦がし,歪んだ愛に執着した彼女の魂が強く輝いているような気がした。
「……口だけだった。それがあの結末。私が力を持ったのも復讐のためでそんな想いなんてずっと忘れてた。」
今は力を持っている。もう無駄だと思っていた力を。
「…………もう無駄になったと思ってた力だけど今なら使い道がハッキリ分かる。」
あの絶望の中培った歪んだ力の真の使い道をーーー
「…………愛してるんだ。悟空くんを。」
もう適当な誤魔化しも,もう未練は無いなんていう強がりも,嘘もつかない。
「心の底から……愛してたんだ。」
「…………寒さに凍えていた私を陽だまりで照らしてくれた悟空くんのことを……っ……!初めて家族って存在になってくれた悟空くんのことを………っ…!」
「私をいつも救ってくれた」
彼女の愛は……
「私に色んなモノを与えてくれた」
彼女の願いは……
「だから…今度は私が……悟空くんを……」
彼女は……
「…………なんだ……!?」
ジレンがルナから感じる妙な圧に何故か身体が竦んだ。
「…………悟空くん……」
「……?」
ルナが今この場にいる悟空の方を見て話しかけてきた。
「……大丈夫…だから。私が倒す…から。私が……何とかするから……地球を……守ってみせるから……悟空くんを……っ…守ってみせるから……」
その言葉は今いる悟空を通して,
「…………もう……っ…傷つかなくていいから……苦しまなくて……いいから……もう……悟空くんに頼りきったり……しないから……」
この言葉はきっと
「……私のこの力で…今度は死なせない。……私が……」
「今度は……この絶望を変えてみせる……悟空くんがいなくたって……このくらいで……諦めるなんて……しない……」
「悟空くんなら……しない……」
「だって私は…
「……私はッ!!!孫悟空の妻だからッ!!!」
その怒号が武舞台全域に響き渡った。
「……どんな絶望だろうと……っ!!どんなピンチだろうと……っ!!私がッ!!」
「ならば来てみろッ!!!脆き戦士よッ!!」
「ああぁぁぁぁッッ!!!」
ルナが正面から勢いのまま突撃する。……それは今までのルナの戦闘スタイルとは全く違う……真逆といってもいいだろう。
正面からぶつかり合う完全な肉弾戦だ。
ーーー……もう…スローモーション知覚は使えない。
まだダメージも抜けきっていないルナは今までの力を完全に使用するに至らない。中途半端な小手先で戦うくらいならもう正面からぶつかり合うことを選択肢した。
……何より今のルナはそういう気分だった。
……どこまでも泥臭く,泥臭く,惨めなくらい必死にもがき続けて戦う。けどルナはそれを恥ずかしいとは思わないし,後悔だってしていない。
どう足掻いても凡人でしかない自分は,地を這いつくばろうと必死にもがかなければ,絶対に何も成し遂げられない。
「……はぁッ……はぁッ!!」
「無駄だッ!!正面からのぶつかり合いでは俺とお前では肉体スペックが違うッ!!」
「まだ……まだ……私は……ッ!!」
ーーー痛い……苦しい……辛い……
みんな……こんな思いで戦ってたんだ……私じゃ……絶対に考えられない世界だな……
でも……諦めないし……絶対に止まらない……悟空くんはきっと今までこれよりも痛くて,苦しくて,辛かったはずだ……これを超えて私が勝てば……初めて……
「……ル……ルナさん」
「……む……無茶だ……死んでしまいますよ!?」
「…………案外普通の女だったんだね」
クリリンは未だに諦めないルナを見て唖然とし,悟飯は無謀すぎる特攻でボロボロになっていく姿を見て心配してしまう。
……そしてそこまでルナと関わりがなかった18号はルナのことを化け物じみた女としか思っていなかった。だが,今もなおもがき続けるルナを見て,変わった。彼女はどこまでも人間臭い普通の女だったのだと。
「ご……ごふ……ッ……!!」
「……無駄だ脆き戦士よ。愛など……信頼などそんなものは圧倒的力の前では無力だ。」
「…………ど……う……かな……」
元よりただの地球人で更に打たれ弱い彼女の限界は近かった……否。もうとっくに限界は通り過ぎている。
「……あなたも…信頼してる……人がいたんでしょ?」
「なに……?」
「…………あなたのその強さは……きっと…力ってモノに縋りたかったんでしょ……!?分かる……よ。私も」
「……お前に何がッ……!!」
ジレンは激昂する。こんな甘く,脆い女に自身の何が分かるのだと
「…………私も縋りたかったんだ…復讐って行為に。私の
「……な…にが……っ!!」
「……力に依存してるんでしょ…!?私が今立っているのは…復讐のためでも……歪んだ愛のためでもない……!!私自身がッ……!!そうするべきだって思ってるから……っ!!」
ーーー心の底から彼を愛していたって……言えるから……
今のルナはもう絶望に苛まれることも無ければ,ナニカに依存することも無い……
ただまた彼に会いたい。今度は私が彼を救いたい……二度と彼に辛い思いはさせない,今度は彼と対等に立ってみせる。
……そんな想いで今のルナは自分自身の意志で立っている。だからこそ…立てているのだ。
「…………黙れ……!そんな戯言は認めない……俺はそんなものを信じない……それを認めれば……ッ!!俺の今までの全てを否定することとなるッ!!」
「なら……私がッ!!証明してあげるよッ!貴方を倒して……私自身がッ!!」
ルナが再びぶつかり合うように特攻する。どこまでも無茶で,無謀で,泥臭い攻防。今までのルナからは考えられない戦いだ。
「ぐぅぅ……ッ!」
「力こそが……っ!!正義だぁぁぁッ!!」
「あッ……!!ぎッ!!」
ジレンはどんなに精神的な動揺があろうとその圧倒的フィジカルが変わることはない。そのジレンの一撃でルナの体は地に沈んだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
ジレンは荒く息を吐くと……ルナにトドメを……
ガシッ……
……足を掴まれた。それは。
「…………ま……だ……」
「……な…ぜ……何故……っ!!そこまでッ……もう戦えんはずだッ!!」
「ま……だ……負けて……ない……」
どんなに地に沈めようと何度倒そうと……彼女の蒼き宝石のような瞳から希望の灯火は消えない。その瞳はまるで…………
『この熱さ……これがお前の限界だ……』
ーーーこの太陽のごとき熱さは……!!
「ぐはッ!!」
「……私を忘れてもらったら困りますねッ!!」
「まだまだ勝てる道はありそうじゃないか……!!」
そこに更に加勢に来た2人の戦士が,ジレンを吹き飛ばす。
「17号さん……フリーザ……」
ルナは意外な加勢の人物に目を丸くして驚く。
「勘違いしてもらっては困りますね……決して貴方を助けた訳では無いですよ…………ただ。今の私の体力ではこのムカつく野郎を殺せないので,貴方みたいな下等生物でも戦力として欲しかっただけです。」
「…………最後の勝ち筋を易々と潰させる訳にはいかないからな」
フリーザは相変わらずな様子で喋り,17号は意外にも自身を最後の勝ち筋と言ってくれるまでに信頼してくれているらしい。
「うん……協力……してくれる?」
「誰に命令してるんですか……!あ な たが……私に協力するんですよ!!」
「行くぞッ……!最期の戦いだッ!!」
そんな17号の一声と共に,ジレンヘと3人で飛びかかった。
「ううぉぉぉぉッ!!」
だがジレンは独りでも強い。絶対的強さが彼にはある。例え3人でかかろうと一筋縄ではいかない。
「…………フリーザッ!!右側から蹴りが飛んでくるよッ!」
「……!!」
「17号さんッ!左から気弾!」
「……おっと!!」
ルナの的確な指示が,17号とフリーザを動きやすくしていた。
「なるほど……やはりあなたはそこそこ使えるようですね」
「便利な力だ…………だが。消耗も大きそうだな大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……痛った……けど大丈夫……」
ルナはまだ回復していない不完全なスローモーション知覚を使い,ジレンの動きを読んでいた。まだまだ回復していないこともあり,再び頭痛が襲ってくるが,そんな事気にしている場合ではない。
「やはり……先に潰すべきは貴様か……ッ!!」
「くっそ……まだ身体が上手く……!!」
「させるかッ!!」
「17号さん……」
ジレンは真っ先にルナを潰そうと動くが,17号がバリアを張りそれを防ぐ。
「ちぃっ……!!ならば3人諸共……っ!!一斉に場外へと吹き飛ばすまでだッ!!」
ハァァァァッッ!!!
ジレンから朱色の気功波が放たれた。これは回避は出来ない。
3人で受け止めるしか……
「……はぁ……はぁ……」
「ぐっ……」
「チッ……」
フリーザは冷静に戦況を見る。消耗はしているが妙な能力と不思議な底力で恐らくジレンを倒す要となるルナ。的確なサポートと無限のエネルギーで持久戦に強い17号。
……そしてほとんど気を使い,消耗しきった自分。
負ければ……再び宇宙の帝王となることも無く,第7宇宙事全てがおしまいだ。
……優しさでは決してない。冷静な思考とよくまわる頭脳が最適な答えを導き出した。このまま3人で共倒れするくらいならば……
「チッ……!!邪魔ですよッ!!」
「え……!?」
「な…!?」
突然フリーザがルナと17号を弾き出した。
「ぐうあぁぁぁッ!!」
ジレンの一撃にフリーザだけが呑み込まれた。
「第7宇宙……フリーザさん……脱落です。」
「……!!」
ルナが大神官の審判を片耳に速攻で飛び出した。
「17号さんッ……!!早くッ!!フリーザが作ってくれた隙を……!!」
「あぁッ!!」
ルナが煙幕を掻き分け,ジレンの目の前に飛び出す。
「なにッ!?」
「かめはめッ!!」
波ァァァァッ!!!
今込められる気を全て込めた全力のかめはめ波。それを真正面から食らったジレンは……
「この……程度ぉぉぉッ!!」
効いていない訳では無いが……さすがのジレン。まだまだ戦意は失われていない。
ジレンが目の前のルナを打ち倒そうと,攻撃に全意識を注ぎ込む……しかし本当の囮は……
「おっと……俺は人造人間なんでね……気は感じられないんだ……」
「…………!」
ジレンの背後から羽交い締めにするように17号がいた。
その狙いは…………
「さぁ……一緒に落ちよう…………」
「ぐぅぅぅぅぅッ!!」
その瞬間。17号の全力の自爆の爆炎が舞い上がった。
「……第7宇宙17号さん……脱落です」
「17号……!大丈夫か!?」
「ふぅ……何とか……生きてはいたみたいだな。
……問題は………………」
観客席に脱落した17号がいた。仲間たちは自爆でボロボロの17号を心配そうに駆け寄るが……17号の意識は別に向いていた。
ーーーあの大神官って人の審判が聞こえない……まさか!?
ジャリッ……
「な…あ……」
武舞台の端に掴んでいる手が見られた……その手に力が込められると…………
ドンッ!!
「化け物め……」
17号がボソッと呟いた。
「ジレンッ!!」
第11宇宙から歓声が響く。
それは見るからに満身創痍のボロボロ。もはや戦う気力はどう考えてもないような風貌だ。
……だがそれはこちらも同じ。武舞台に残った戦士はもう満身創痍のルナとこいつしかいない。正真正銘の1VS1だ。
「俺は……負けん……!!」
いつも護る側だった悟空が,初めて明確に護られる側の人間になったら
頼られるのが普通だった悟空が初めて自身に頼られることがなくなったら
いつも何かしらで悟空がいなければ未来トランクスのような絶望の未来となっていたのが,自身がいなくともそんな未来を変えれる者を見たらどのような思いを抱くのでしょうか。
そんなテーマを少し込めて今回の話を作りました。
よく感想で《ルナ世界の悟空はどんな感じなのだろう》というものやその悟空を考察する感想がありますが,もしかしたらルナの世界の悟空は,世界線の中で唯一"主人公じゃない"孫悟空だったのかもしれません。
もしくはルナが主人公である孫悟空を皆と変わらないたった1人の人間にさせているのかもしれないですね。