ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
夏雅城俊哉が自らを特別に思うようになったのは霊力が理由だ。
叔父は退魔協会の会長、父は複合企業の総帥であり協会のスポンサー。非常に重要な立場だが、彼らには退魔師としての才覚がなかった。
呪具ありきでようやく戦える程度。歴史ある夏雅城の家系は、代を重ねるごとに霊力は衰えており、いずれは完全に消えて普通の家柄になるのだろう。
そう思われていたところに生まれたのが俊哉である。
彼は男性でありながらその身一つで淫魔を倒せるほどの霊力を有し、容姿に優れ、勉強も運動もできる。
叔父の幸太郎は子供がいないこともあり、俊哉を可愛がった。いずれは次期会長候補に、と言い出すほどに。
婚約者として春乃宮咲綾が選ばれたのは、退魔師の家系としての夏雅城を再興するための政略だが、俊哉の要望を叶えてやりたいという側面もあったのだろう。
退魔師としての活動は気に入っている。淫魔を倒し市民を守っているという事実が、彼の自尊心を満たした。
金持ちの家に生まれ、将来を嘱望され、学校では女子に人気で、裏では淫魔を倒す戦士でもあり、美しい姉妹を手に入れる。
まるで物語の主人公じゃないか。
他の奴らとは生まれながらにして格が違うのだ。
ただし次代の退魔協会を背負うという自負は責任感ではなく傲慢を育て、能力の高さが他を見下す性格を育んでしまった。
結果出来上がったのは、外面がいい反面、支配欲の強い男だ。
そういう俊哉にとって、デブでブサイクで特筆すべき能力のないキモブタが美桜にすりよってくるのは、たまらなく不愉快だった。
だから嫌がらせにも躊躇いがなかった。どうせ父の権力でもみ消せるし、害虫を見つけたら叩き潰すのは自然の流れ。悪いことをしたという自覚すらない。
すべてが順風満帆、そう思っていた。
春乃宮美桜の生意気な態度が気に食わない。これに関しても、会長である叔父を通せば、処罰が与えられる。
天才の名に傷をつけ、自分の部下か補佐役にでもつけてもらい、直接命令を下す立場にでもすれば美桜の鼻っ柱を折ることもできるだろう。
そう考えていたのに、幸太郎会長の返答は違った。
『蟲魔ヒラルス・ラールアの討伐を前に、戦力を活用できない状況は作れない。俊哉……報告は聞いた。天才だからと不遜な態度をとる娘に腹を立てるのは分かる。傲慢で独りよがりな退魔巫女には処罰も必要だ。しかし、あくまでも退魔協会が優先すべきは淫魔を討伐し、人々の平穏を維持すること。お前も次代のトップならば、使いにくいが実力のある退魔巫女をなだめすかす方法を学んでいかねばならん。処罰、対応はひとまずの決着を得てからだ』
自分に甘い叔父なら、こちらの要望を聞き入れてくれると思った。
しかし会長として、五大淫魔の討伐こそが最重要だと後回しにされた。
幹部の中には「しかし、俊哉さんの言うことも一理あるでしょう」と擁護する者もいたらしいが、結局結論は変わらなかった。
『いや、だけど、蟲魔を討伐する上で、暴走を抑えるためにも首輪をつけないとダメなんだよ叔父さん!』
『会長だ。……残念ながら、蟲魔との戦いにお前を出す訳にはいかん。実力は十分だが、不和を抱えた部隊のリーダーにするのは不安が残る。まずは、小さなことから経験を積み重ねるべきだろう』
その上、対蟲魔のチームから外された。咲綾は残るというのに。
次代の会長候補の安全を考えての判断だろうが、事実上の戦力外通告に聞こえた。
『補充の戦力として、秋英寺の者をすでに手配している。今は耐え忍びなさい、俊哉』
優しい物言いが余計に惨めな気分にさせる。
表には出せないものの俊哉は怒りを覚えていた。
そうして春乃宮と同じ四季家の一角、秋英寺から新たな戦力が送られてきた。
髪を茶に染めた、二十歳の大学生。しかし内に秘められた霊力は、俊哉どころか天才と呼ばれる美桜にも匹敵する。
『春乃宮姉妹はオレが守ってやるよ。安心しとけ、お坊ちゃん』
にやりと笑う、余裕の態度が気に食わなかった。
実力では敵わないと分かるからなおさらに。
当初の思惑とは違い、俊哉は咲綾たちとは別行動を余儀なくされる。
そうして、月の赤い不吉な夜。淫魔の主は動き出した。
街の各所で、淫蟲たちが発生したのだ。
※ ※ ※
「ふぁ……マンゴーヨーグルト……とろける……」
ふふふ。
まさか退魔協会の者達も、各所を襲う淫蟲の主がマンゴーヨーグルトを食べながらご満悦とは思うまい。
しかもヨーグルト三つ、マンゴーソース三つのセット商品なのに、ひーちゃんはヨーグルト一つに対してソース二つを使っている。まさしく五大淫魔、恐るべき所業よ。
あ、単純に僕の分のマンゴーソースをあげただけです。サナちゃんは1:1の適正量で食べています。
夜、僕は出陣前にヨーグルトで心を落ち着ける。食べ終わった後は、サナちゃんが夜なべして作ってくれた黒の外套と仮面を装着する。
うむ、見るからに怪しい。それが逆にいい感じだ。
「淫魔の主としての一歩目ですね、ナオトくん。頑張りましょう」
「いや、あの、夏雅城先輩にお仕置きしたらフェードアウト予定なんですが」
「だからこそ、格好いい方がいいじゃないですか」
今夜の作戦は、とても単純なものだ。
まず町の各所で淫蟲が被害を出さない程度に暴れる。
重要なのは、数自体を少なくする点だ。
あまりに多すぎると大規模な援軍を呼び込む可能性があるし、魔力も勿体ない。この街の勢力だけで対応できる程度、二か所か三か所程度にとどめておく。
そうして対ひーちゃん部隊を分断。夏雅城先輩を孤立させ、僕直々に処断する。
あ、別に殺そうとかじゃありません。変な話、問題なのは夏雅城先輩がいずれ協会のトップに立つかも、っていう現状なのだ。
だから忖度しようっていう上層部が出てくる。
「絶対に協会の長に据えられないようなレベルの恥をかいてもらう……! 少なくとも、春乃宮さんに変な手出しができない程度には、失脚してもらわないとね」
「なちゃメン嫌いだから全然協力しますよ!」
サナちゃんもノリノリである。
普通にああいうタイプが嫌いっぽい。
「先輩は、僕が直接おしおきする。まあ手札は発情の魔眼・振動の魔術・電流の魔術。ちょっと寂しいけど……」
「ナオトくん、忘れていませんか? 新たに覚えた堕淫魔術を」
あ、そうだった。
あの後、更に基礎的な魔術を習得した。
サナちゃんは静かに、蠱惑的な笑みを見せる。
「新たな魔術、感度向上! これは淫魔と契約した者なら誰もが憧れるもの! 触っただけで女の子が“あぁん、イッちゃう……”状態になるという、恐るべき魔術です!」
「情感たっぷりの喘ぎやめてもろて?」
正直ちょっとドキドキしたから。
あと、堕淫魔術って仕方ないけどストレートに戦闘用の魔術が少なすぎる。
「まあ、まずは初手から。夏雅城先輩を分断してからが僕たちの本番だね」
僕は黒い外套姿のまま、状況の変化を待っていた。
※ ※ ※
複数個所での淫蟲の襲撃に対応すべく、春乃宮の退魔巫女は夜の街に出た。
協会直々の命令で今回は夏雅城俊哉が外れてバックアップに回る。
代わりに、四季家の一角である秋英寺より援軍が送られてきた。
「オレは
一人称はオレだが、茶に染めた無造作なセミロングの、長身の女性である。
多少大雑把な性格だが、秋英寺当主の娘であり、それに相応しい実力も持っている。現在は二十歳。大学に通いながら退魔巫女をしているのだという。
「よろしくお願いします、椎名薫です」
「こっちこそ。……で、あの二人は?」
薫と軽い挨拶をした後、楓は横目で春乃宮姉妹を見る。
立ち姿からも分かるくらいに姉妹の空気は悪かった。
「春乃宮咲綾。武器は刀、よろしくお願いします」
「春乃宮美桜」
「美桜、私が気に食わないのは仕方ないけど、同じ部隊の人にはちゃんと挨拶を」
「分かってるわよ」
顔合わせ時点で空気が最悪。
しかし美桜は一度深呼吸をしてから、両手で自分の頬を叩いた。
「よしっ、こっからは退魔巫女わたしっ! お姉ちゃんの援護もちゃんとする! ええと、楓、さん? よろしくお願いします」
「お、おぉ」
前情報がまったくない楓には何が何だか分からなかった。
チームのリーダーは自然と薫に決まった。容姿は幼くともこの中では一番の年上で教師。実戦経験も多く、彼女が最適だろう。
薫は冷静に、退魔巫女たちに指示を出す
「この状況で戦力分散は下策も下策。蟲魔の主の狙いが透けていない以上、多少時間はかかっても一か所ずつ潰していくべきです」
※ ※ ※
「おにーさん、分断できなかった」
「あるぅぇ!?」
ぼ、僕の作戦が初手から失敗……?
そんなバカな……。
「あと、なちゃメン、最初からチームにいない……。別行動してる」
ひーちゃんが淫蟲を通じて得た情報を教えてくれた。
なら分断どうこうの考え自体間違ってるよ。どうやら僕には軍師的な才能は一切ないようだ。
「さ、サナちゃん」
「えと、プラン変更しましょう? 別に勝つことが目的じゃありません。対ひーちゃん特殊巫女部隊は淫蟲巨人、私も出て適当に誘導します。その間に、ナオトくんがなちゃメンをどうにかすればそれでおっけーなんですから」
「ありがとう。……先輩を、僕に任せてくれることも含めて」
実戦経験をしていない僕が出しゃばるなんて、本当は無駄なことだ。
だけどサナちゃんもひーちゃんも、当たり前のようにそれを受け入れてくれる。
今回の作戦は効率を目指したものではなく、僕が留飲を下げられるように、という淫魔っ子たちの優しさで出来ている。
「男の子が女の子のために、せいいっぱい我を張ろうとしているんです。それを助けてやれないようでは淫魔がすたります」
発想が若干任侠的。
でも凄くありがたい。
「私は大淫魔サーナーティオ・ドゥルケ・スアーウィス。欲望に応え、力を与える者。あなたが望むのならば、それをしゃしゃえましょう……」
噛んだ。
神秘的な美しい振る舞いで決める場面なのに、めっちゃ噛んだ。
自分でも気づいたようで、顔を赤くしている。
「さーちゃん噛ん」
「ありがとうサナちゃん! 僕は、君と出会えてよかった! もうすっごい大好きっ!」
ひーちゃんがはっきり言う前に口を塞ぎ、僕は大げさにサナちゃんに感謝の言葉を告げる。
「ありがとうごじゃます、ナオトくん……」
鼻をすするサナちゃんが、完全に子供だった。
※ ※ ※
霊力は加齢によって衰え、女性の方が多く宿りやすい。
そのため熟練の退魔師よりも若い学生退魔巫女の方が強いというのはままある。
中でも春乃宮美桜は、同年代でも飛び抜けた実力の持ち主だ。そんな彼女ですら、五大淫魔相手には後れを取った。
いや、俊哉が足を引っ張った形だ。
ならば再戦には盤石の布陣を調えようとするのは当然。
そこから俊哉が弾かれるのもまた、当然だった。
彼は対蟲魔用のチームから外され、バックアップに回された。
しかし状況が変わった。
向こうのチームが、蟲魔ヒラルスと遭遇したらしい。しかも、そこには大淫魔サーナーティオ……新たな五大淫魔の姿もあったと。
そのため彼女達は淫蟲を放置して対応せねばならず、淫蟲の討伐には美桜たちには劣るもののある程度戦える退魔師が駆り出された。
「あいつらが大物相手で、俺は雑魚散らしかよ……くそがっ!」
五大淫魔を美桜たちが抑えるなら安全だろうと、俊哉にも淫蟲討伐の命令が下った。
蟲魔討伐に従事した、という実績づくりの一環。つまり叔父の心遣いではあるのだろう。
しかし傲慢な自尊心の持ち主である俊哉にとっては、現状は耐えられるものではなかった。
与えられた任務はこなすが、胸中は荒れに荒れている。
淫蟲を潰す拳にも、正義感ではなく八つ当たりに似た感情が宿っている。
煮えた頭で冷静な判断ができる訳もない。俊哉は少しずつ人目の付かない方に誘導されていると気付けなかった。
「ここは……」
そうして辿り着いたのは、人のいない工事現場だった。
そこには、黒い外套と不気味な仮面をかぶった、妙な男がいた。
「てめえ、淫魔……じゃねえな? なんだ、妙な感覚が」
言い切る前に手をかざした仮面の男は静かに呟く。
「魂霊契約、サーナーティオ・ドゥルケ・スアーウィス」
今までは隠蔽でもしていたのか。
その言葉を発すると魔力の気配が感じられた。
霊力ではなく、魔力を操る術師。その存在を俊哉は知っている。
「初めて見るぜ。外法術師ってやつかよ……!」
世には淫魔の術を習得した人間がいるという。
目の前の敵は、そういう外法の者だった。