ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
「最近の若い子達は、アグレッシブですね……」
「先生さんも充分若いじゃねーか」
「それ見た目のこと言ってますよね? 私はちゃんと大人の女性です」
椎名薫が溜息を吐くと、オレっ娘退魔巫女の秋英寺楓がからからと笑った。
咲綾が敢えて敵地に乗り込んで目印となり、そこに後詰である美桜たちが乗り込む。
タイミングが悪ければ咲綾がひどい目に合っていたかもしれない。そういう無茶な作戦を実行してしまえる辺り、青いというか若いというか。
もっともそのおかげで、心光の癒しの共同生活施設の制圧は、四人の退魔巫女と調査班数名だけで成功。
加えて前回は全く姿を現さなかった謎の外法術師……淫魔の主の協力を得られたことで、こちらの被害は一切なかった。
大淫魔サーナーティオと蟲魔ヒラルス、二柱の上級種と魂霊契約を交わした化物。だが、ある程度は理性的で交渉は可能だったらしい。
実際に遭遇したのは春乃宮美桜であり、薫や楓は姿を見ていない。
基本的には敵同士だ。美桜も最初は警戒していた。
しかし淫蟲を操り、退魔巫女が心理的に手出ししにくい普通の警備たちを殺さず片付けて見せた。
『教祖を倒す。我は退魔巫女の味方ではないが、あの外法術師の敵だ。なにより、あれは精神干渉を行う。女性のお前よりは我が向いている。もし負けても、
先に戦って勝てば良し、負けても退魔巫女の有利になるというスタンスらしい。
普通の警備を処理してもらったという借りも加わって、美桜が先手を譲った形だ。
その判断は正しかったのだろう。廊下には拳銃を持った警備の黒服が倒れている。
「淫蟲を操り、一人で施設の者を全て昏倒させた。しかも、女性信者には一切手を出さず」
「蟲魔ヒラルスの能力を使える術師か……かなり厄介だぜ」
「ええ、そうですね」
はっきりと言えば、この施設は淫魔の主単体で制圧したようなものだ。
今回は協力関係にあるが、あくまでも淫魔側の化け物。敵に回った時が恐ろしい。
それでも、今は信者たちの救出を優先する。
「きょ、教主様はどこですか?」
「やだ。私たち、これからどうなるの?」
「戻りたくない、戻りたくないっ。教祖様、たすけてっ!」
女性信者の多くは救出に来た薫たちに対して拒否反応を示した。
教主が精神干渉系の魔術を使い、女性たちに奉仕や性接待を強要していたのは容易に想像できる。
誘導に手間取っている途中で、美桜が合流した。
「薫せんせ、教祖は捕縛したよ。お姉ちゃんも無事」
「ご心配をおかけしました……」
咲綾も自らの足でここまで来た。
見たところ怪我も負っていないようだ。
「無事でよかったです、咲綾さん。あなたのおかげでスムーズに共同生活施設の場所を特定できました。それに美桜さんも、教祖の対処お疲れ様です」
「倒したの、淫魔の主だけどね。で、そいつから。信者は思考誘導の魔術を長期間かけられている。暗示系だから、その後の処置をしておけってさ」
魔術の種類までわかったのは僥倖だ。
ただし、この施設の女性はみな社会に居場所がなく教団を頼った者達。暗示が解けても、社会復帰できるかは別の問題になる。
そういう意味で、薫たちは“信者達を救った”とは言い難い。
認めたくはないし、教祖が悪であるのは間違いないが、女性信者たちは彼の悪行のおかげでぬるま湯のような生活ができていた部分はあるのだろう。
「それはありがたい情報です。さっそく解呪専門の術師を手配しましょう」
けれどそんなことはおくびも出さず薫は笑う。
春乃宮姉妹はまだ十代半ば。今ここで余計なことに言及して、この子達を悩ませる必要もない。答えのない問答は、暇な時間にやるものだ。
「咲綾さんは、大丈夫なのですか?」
「思考誘導は、魔術としては程度が低いらしく、霊力で洗い流せるようなんです。私は処置を終えたので」
ぎこちなく笑う
まだ本調子ではないのだろう。
「ごめんね、薫先生。私、お姉ちゃんについてていい?」
「その方がいいでしょう、お願いします」
前夜に喧嘩したと聞いたが、やはり姉が心配なようだ。
退魔巫女たちは、手分けして女性信者を誘導する。
しかしにわかに騒がしくなる。入り口を封鎖していた調査班の男が、慌てた様子で薫のところまで走ってきたのだ。
「申し訳ない! 施設から出てきた黒衣の外法術師を、とり逃した!」
教祖を倒してから姿を見せていなかった淫魔の主は、既にこの施設を脱出したらしい。
敵の実力はかなりのもの。もともと止められるとは思っていなかった。
「怪我人は?」
「いない、が……クソ」
「それならよかった。あなた達の無事が一番です」
薫は優しくそう言ってみせたが、報告に来た協会職員はぶるぶるとカラダを震わせている。
呪具を装備しているとはいえ、霊力のない普通の人間だ。強力な外法術師を目の当たりにして、怯えているようだった。
「大丈夫ですか?」
「……戦いの後なのか、外法術師の外套や仮面は、壊れていた。私は、仮面の下の顔を見てしまったよ……」
男は、あまりのおぞましさに顔を歪める。
「赤黒く爛れた、あまりに醜悪な。仮面の下は、人間ではなかった……!」
仮面の下の顔と半身は、皮膚ではなく気色の悪く蠢くなにかだった。
魂霊契約を交わした術師の中身は、淫魔に近いという。
しかし淫魔の主は、既に人のカラダさえ失いかけているのかもしれない。
こうして心光の癒しに端を発する事件は一応の収束を見せた。
微かな不穏の種を残して。
「お姉ちゃん、もうここまで来たら一蓮托生だからね」
「分かってるよ……」
姉妹の言葉を、薫は聞き逃した。
※ ※ ※
美桜さんに正体がバレてしまったので、時間もないし簡単に状況を説明する。
「サナちゃんとひーちゃんと仲良く暮らしてます」
「え、舐めてるの?」
簡単すぎて怒られました。
なので、もうちょっと詳しく話す。
「と、とりあえず、この子が手乗りサナちゃんです」
「こんにちは、美桜さん。大淫魔サーナーティオの分体と捉えてください」
「なんかマスコットキャラみたいなのが出てきた……」
うん、かわいいからその表現は正しいと思う。
「とりあえず、僕は五大淫魔のうち二柱と契約してる。でも、退魔協会と敵対してる訳じゃないんだ。基本は、ひっそり安全に暮らしたいだけ」
「そのわりに、ボンボンとも教団とも戦ってるじゃない」
「夏雅城パイセンは、美桜さんを処罰うんぬん言ってたから。教祖は春乃宮さんにえっちなことしそうだったから。ぶっちゃけ、どっちもムカつくからやりました」
「嘘でしょ……思ったよりノリで生きてるんだけどコイツ……」
どう見てもいじめられっ子系の陰キャだから意外に思えるのかもしれない。
でも、そもそも動画投稿を始めたのだって「毒親と一緒に住んでられるか!」からの「一人暮らしするなら生活費稼がないとっ!」っていう流れなので、だいたい僕の行動は理不尽への反発で出来ています。
「あの、違うんです。ほら、なんて言うのか……。嫌なヤツに無理押し付けられたら、なんでお前のために僕が我慢せにゃならんのかっ、てならない?」
「あ、それは分かる。すっごい分かる」
わりと共感が得られました。
そんな感じなので、そこまで危険はありませんよアピールが功を奏したようで、美桜さんは肩の力を抜いた。
「つまり、基本は悪さしないけど、手の届く範囲の平穏を邪魔する奴はぶん殴る、くらい?」
「うん。自分から人に危害は加えないよ。僕も、うちの淫魔っ子も」
「まあ、どっちもさいてーな奴だったし。そいつにムカつくんなら、直人は真っ当側でしょ。おっけ、薫せんせには突き出さないであげる」
どうにか信用はしてもらえたらしい。
疑いの目は完全に消えて、美桜さんはお姉さんの傍によって、体調を確認しようと手を伸ばす。
「よ、よかった……」
「まあ、お姉ちゃん助けてもらったからサービスってことで。……あれ?」
そこで動きが止まった。
どうしたんだろう。そう思ってよく見ると、春乃宮さんの頬に赤みがさしている。
それに、肩が一瞬ぴくんっと揺れた。一緒に揺れた部分もあるけど僕は全力で目を逸らした。
「……お姉ちゃん、起きてる?」
「……………………ごめん、なさい」
美桜さんに指摘されて、春乃宮さんが気まずそうに上体を起こす。
彼女は「やらかした」みたいな感じで視線をさ迷わせていた。
「暗示を、治療してもらって少し経ってからは……頭がすっきりと……」
じゃあ話をほぼ聞かれてますね。
どうしよう、なし崩しで姉妹に正体バレたよ。迂闊、ではない。苦しんでいる春乃宮さんを放っておけないんだから、これは起こるべくして起こったことだ。
「え、あ。ちょ、は、春乃宮さん? 僕はですね、悪い外法術師じゃなくて」
「あっ、だっ、大丈夫だから! だっしゃおらぁぁ! の時点で懐かしい声だなって思ってたから!」
ファットチャージの掛け声は確かに演技してなかった。
反省点がぽろぽろと零れてくる。
「それにわた、私もっ! 内緒! ないしょにするっ!」
「えっ、嘘。真面目一辺倒のお姉ちゃんが?」
「た、助けてもらったから! だって、今の話が本当なら! なお……さ、佐間くんは! 私が危ないと思ってきてくれたんでしょう? 恩がが返しだよ!」
だいぶ“が”が多かった。
クラスでの落ち着いた印象は全然なく、完全にテンパっている。
「僕は助かるけど……いいの?」
「うっ、うん。先輩に逆らえなかった私じゃ、信用ないかもしれない。でも今度は嘘にしない。わた、私は、佐間くんの味方になる」
それは、決意に満ちた目だった。
「だって……“なおとくん”は、婚約とか、今だって。私を苛む色んなものを、取り払ってくれた……!」
【悲報】夏雅城パイセン、春乃宮さんから苛むもの認定されていた。
というか、なんだか過大評価がすぎませんかね。
春乃宮さんの中で、僕が「ずっと疎遠だったのに窮地に助けに来てくれた風車の〇七」みたいになってる。
そんな僕たちを、美桜さんは半目で眺めていた。
「もうさぁ、とりあえず早く逃げなよ。薫せんせと鉢合わせしたら気まずいでしょ」
「気まずいどころかシンプルにピンチだよ。って、仮面も外套も壊れてるんだよね。隠蔽と認識阻害を使うと、他の魔術が使えないし」
このままだと僕だとバレバレだ。
困っていると手乗りサナちゃんに頬をぺちぺちされた。
「ナオトくん。淫蟲巨人の応用で、壊れた部分に淫蟲を張りつけて誤魔化すのはどうですか?」
「あ、そっか。先に淫蟲を作ったら、隠蔽と認識阻害を併用できるからいいかも」
試しにやってみる。
肌の上を蟲がうぞうぞしていて気持ち悪いけど、淫蟲はひーちゃんのお仲間みたいな存在。なら充分許容範囲だ。
「み、見た目はキモいなぁ」
「応急処置だから勘弁してくださいませ。じゃね、美桜さん。春乃宮さん。あとはよろしく。早瀬夏凛さんも任せちゃっていい?」
「はいはい。ちゃんと直人が助けに来たことも伝えといてあげる」
「うん、気を付けてね。また、教室で」
手をひらひらさせる美桜さん。心配そうにしている春乃宮さん。
あとのことは二人に任せて、僕は今度こそ共同施設を後にした。
※ ※ ※
これは僕が関われなかった一幕である。
『どーも、早瀬さん、で合ってる?』
『……んー? なに、えっちなレオタの貧乳ちゃん? どっかで会ったっけ』
『えっちじゃないし貧乳でもない。気品ある乳で品乳だから』
『どっちもいっしょじゃん』
けらけら笑う夏凛に、美桜は写真を取り出して見せる。レオタードのどこに隠していたかは気にしてはいけない。
写真は、超特大盛りチャーシューメン30分で完食したら無料チャレンジに、直人と相沢が挑戦した時に撮ったものらしい。相沢と知り合いだと証明するため、直人に借りたものだ。
『私は、相沢竜太の友達。こっちの太ってるのと協力して、あんたを助けに来たの』
『りゅうた……。りゅう、た? なん、で?』
反応は薄い。
存在を忘れている訳ではないようだが、ぼんやりとした様子だ。
『とりあえず、私らはあんたを助けに来た』
『にげるって、でも教祖様が。あーし、教祖様に修行して、もらわないと』
『いいから』
そうして早瀬夏凛さんは退魔協会の手で救助され、治癒専門の術師に暗示の洗浄を受けることになったそうだ。
光の癒しの一件は、一応の解決を見た。
ただし、僕の目的は相沢くんの恋人の救助だ。
今回の件を淫魔のことを抜いて話すと「ヤバい新興宗教のエロ教祖が、居場所のない女の子をマインドコントロールして、施設に囲って夜な夜な性行為をしていた」となってしまう。
実際、早瀬夏凛さんも思考誘導の魔術は受けていたらしい。
春乃宮さんより早く施設にいた彼女が教祖に何をされていたのかは、男の僕では聞き出すことができない。
「あんがとよ、キモブタ。ついてきてもらっちまって」
「ううん。……だ、大丈夫?」
「まあよ」
公園のベンチに並んで座り、缶コーヒーを片手に僕と相沢くんは視線を合わさず会話をする。
一応、彼に依頼された恋人の捜索は達成できた。だけど、しこりの残る結果になった。
警察の手が入り、心光の癒しは教祖や幹部が女性信者を監禁し淫行した最悪のカルト宗教として大々的に報道された。
問題なのは、表のボランティア活動の様子が動画サイトに投稿されていたこと。
宗教的なマインドコントロールを受けたと公的に発表されたが、一部の女性信者は顔を知られており、色々と変な目を向けられて大変だと聞いた。
早瀬夏凛さんは美少女だったから、入団してすぐに目を付けられた。
結果として動画で顔を晒される前に共同施設行きになり、世間的には教団との関わりは知られていない。
期間が短いだけに思考誘導の影響は薄く、治癒専門の術師に解呪してもらって、相沢くんとも会えるようになった。
でも、不安だったんだろう、お互いに。
相沢くんは僕に、早瀬さんは美桜さんに付き添いを頼んだ。
今は待ち合わせの最中だ。
「夏凛とな。電話では、話をしたんだ。訳分かんねえまんま俺を裏切ったとかなんとか。両親は相変わらず興味ナシみてえだし。なんで、家族を大事に出来ねえのかね」
裏切った。
その意味が分からないほど、僕たちも鈍くない。
だからお互い声は沈んでいた。
「もしかしてさ、別れる……とか、考えて、たり?」
「あん? んなワケねえだろ。舐めてんのか」
「ごっ、ごめん」
ぎろりとすごい目付きで睨まれてしまった。
だけどすぐに気迫はしおれて、相沢くんはぼんやり空を見る。
「浮気じゃねえ、マインなんちゃらってやつなんだろ。誰と寝ようが気にしねえよ。別に俺だって、夏凛しか女知らねえわけでもねえしな。ただ……あいつが両親のことで悩んで、頼った先が俺じゃなくて訳分かんねえ宗教だったって考えると、情けねえってだけだ」
辛い現状から逃げ出そうと早瀬さんが縋ったのは、相沢くんの胸ではなく教祖だった。
僕にはそれが、外法術師の思考誘導のせいだと分かっている。でも事情を知らなければ、いざという時に頼りにならないと判断されたようにしか思えないだろう。
「弱ってる時って、変な判断しちゃうんだよ。間違ってるって気付かなくて……その時は、もうこれしかないってすごく視野が狭くなるっていうか。だから、きっと早瀬さんは、相沢くんを頼りにしてない訳じゃなくて。その、僕はデブサイクのいじめられっ子側だから、そういうのが分かっちゃって」
「はっ。いっちょ前に俺を慰めてるつもりか?」
鼻で哂う相沢くんは飲み切った缶コーヒーを公園のゴミ箱に投げ捨てた。
「おう、さんきゅな」
缶は微妙にズレて入らなかった。
そうしてしばらく時間が経ち、公園に早瀬さんがやってきた。
美桜さんにポンと背中を叩かれて、重い足取りでこちらに歩いて来る。
「僕も背中ぽんってした方がいい?」
「絶対すんな。……ここまで助けてもらったんだ。迎える時くらい、自分の足で歩かせてくれ」
相沢くんは待つのではなく、彼女を迎えに行った。
距離が近付くとお互い言葉もなく足を止める。
「おう、夏凛」
「竜……」
早瀬さんの声は不安で震えている。
まるで懺悔をするように、彼女は心情を吐露した。
「あーし、さいてーなことしたよ。あの施設にいた頃はさ。教祖サマ……きょ、教祖のやつの言う通りにしてたら安心できるって、本気で思ってたんよ。あの教団に行ったのも、自分の足で。竜を頼らずにさ、楽な方に逃げた……」
それが思考誘導の魔術だから。
早瀬さんに罪はない。悪いのは、淫魔の力を悪用する外法術師だ。
ただ、教団を頼ったこと自体は、他ならぬ彼女自身の選択ではある。
「過ぎたことぐちぐち言ってんな」
相沢くんが乱雑に吐き捨てる。
彼は恋人が頼った先が自分ではなく新興宗教であることを気に病んでいた。
だけど今は、堂々と胸を張って、早瀬さんをグッと強く抱きしめる。
「この先二十年、三十年もいりゃあ一週間ちょいの出来事なんざ誤差だろうが」
「竜……」
「そんで、五十年も経ったら。あん時お前は馬鹿だったって、しわくちゃの顔で笑い飛ばしてやるさ」
もうほとんどプロポーズと変わらない。
早瀬さんは目を潤ませて、こくりと小さく頷く。
「ばーか。なに言ってんだ、こいつー」
大きな胸板に頭を押し付ける彼女。
優しく頭を撫でる彼。
そんな二人を眺める美桜さんと僕は、照れながらも小さく笑った。
淫魔の主だの退魔巫女だの言ったって、結局はこんなもの。
最後の最後に誰かを救うのは、まっすぐな心だって相場が決まっているのだ。