ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
佐間直人たちが住む県は、関東地方だが首都圏からは微妙に外れており、そこそこに発展してはいるがそこそこ自然も残っている、中途半端な印象の場所だ。
直人のおかげで郷土研究をする大学教授から、雨尾山市の説話集を借りることができた。
自室で目を通していた薫は、ふと奇妙なことに気付く。
雨尾山市には、鉱石にまつわる説話が多いのだ。
県内にはかつて紫石英……アメジストが掘れた鉱山の跡がある。
同じく県内の違う場所には翡翠の産地があり、勾玉づくりが盛んだったという記述がある。
これらの鉱石はよく雨尾山市に運ばれた。
雨尾山市は、「いしひめさま」と呼ばれる土着の神が祀られていたからだ。
いしひめさまは石の神様。鉱石を捧げると、その者に繁栄を与えてくれるという説話が残っている。
このことから古い説話ではいしひめさまを鉱山の守り神として捉えているが、教授はこれを否定している。
繁栄を「豊作」と考え、いしひめさまには農耕神としての側面があると指摘していた。
ただし説話では、
『村の人は“いしひめさま”に鉱石を捧げ、与えられる恵みで裕福に暮らしていました。しかしいつからか鉱山から石が取れなくなり、捧げものが途絶えました。“いしひめさま”は怒って姿を隠してしまったそうです』
というように、神がこの町から去った形で締めくくられている。
この変遷を、教授は鉱山の枯渇に求めた。
鉱石が取れなくなって衰退したという事実が、神去りという説話になって残っているのだと。
そう考えれば、いしひめさまは鉱山の守り神ではない。
“いし”というのは
そして、もっと遡れば安産の女神であったという。
教授はいしひめさまを、石=玉……玉依姫(神霊の依りつく乙女・子宝安産の女神)の変形であると考えた。
蔑称として与えられた石は、安産の女神が不妊になったという揶揄でもあったのだろう。
「いしひめさま……」
薫は机に資料をそっと置き、難しい顔で考え込んでいる。
「雨尾山市は、そもそも始まりとして“女神に石を捧げることで発展してきた町”だった……?」
そしていしひめさまは安産の女神。
取りも直さず、性行為を推奨し、子宝を望む心が形となった信仰である。
「つまり、いしひめさまの本質は“鉱石を捧げられることによって繁栄をもたらす性の女神”。……嫌な、符合ですね」
あまりにも美しい大淫魔サーナーティオと、謎の宝珠を淫魔に与える外法術師。
構図としてはよく似ている。
とすれば、淫魔の主がこの町に来たのは偶然ではない。
神話の疑似的な再現は、儀式の定番だ。
もしかしたら淫魔の主は、この町そのものを儀式の祭壇にするつもりなのかもしれない。
「ひとまず、淫魔の主がこの町を動くことはない……。たとえここから離れたという情報が入っても、それを隠れ蓑に動いてる、と考えるのが妥当でしょう」
調査はあくまでこの町が中心。
それが分かっただけでも成果はあった。
「もしも蟲魔ヒラルスが女だったとしたら、この仮説に確証がもてるのですが」
いしひめさまは石を捧げられて、人に子宝を授けた。
女の淫魔たちに力ある宝珠が多く捧げられた時、いったいなにが産まれるのだろうか。
※ ※ ※
「結局、宝珠ってどんな呪具なの?」
ある日のお昼休み。
人目を避けて校舎裏で春乃宮姉妹とご飯を食べていると、美桜さんがいきなり聞いてきた。
退魔協会では、謎の外法術師は「赤き天上の宝珠」や「輝ける翠玉」といった宝石を集めており、それを淫魔たちに渡して使役している、という見解になっているそうだ。
椎名先生は、五大淫魔は外法術師にかなり心酔しているという報告を上げたそうだが、上層部的には懐疑的になっているのだとか。やだなぁ、正義の味方でも現場の意見が通りにくいとか妙に生々しいよ。
「私も気になってたの。ヒラルスの淫蟲は、まだ活動をしてるよね? 他の退魔師が“神秘の青水晶はまだ……?” っていう呟きを聞いたらしくて」
春乃宮さんも宝珠に関心を持っているようだ。
ひーちゃんは、淫蟲に同調して声を伝えることができる。
その難度がかなり低いため、逆に何気なくこぼした一言が失言となることもしばしば。
「うーん。じゃあ、実物を見る? 今度、またみんなで集まろう。それまでに用意しておくよ」
僕の言い方が軽かったせいか、姉妹は驚いている様子だった。
神秘の青水晶はお値段1500円くらい。赤き天上の宝珠と比べればちょっとお高めで、売ってる場所が隣町の冬護院プリンセスホテルだからすぐに準備できないのも難点だ。
約束を交わしてご飯を食べ終えた後は、僕と春乃宮さんの二人で教室に戻る。
隣を歩く彼女は鼻歌混じりでご機嫌である。
「なにか、いいことあった?」
「うん。佐間くんと一緒にご飯を食べられた」
ストレート過ぎる。
照れる僕には気付いていないのか、歌うように春乃宮さんは言葉を続ける。
「今までは俊哉さん……夏雅城先輩とご飯だったから。あんまり美味しいと感じなかったなぁ。だから、ひどい女だって思われるかもしれないけど。あの人がああなって、すごくスッキリしてる」
たぶんパイセンもかなりスッキリしてるよ、感度向上のおかげで。
……とか言ったらセクハラなので黙っておく。
肩にいる手乗りサナちゃんが「あれが婚約者じゃストレスもたまるでしょうしねぇ」と呟いたら、春乃宮さんはしみじみと頷いた。
他の人には見えてないので、彼女の一人芝居みたいになっているのは気付いていないようだ。
「本当に、そう。私を自分のモノみたいに扱って、反抗しようとしたら厭味ったらしく“春乃宮の娘”とか言ってくる。そのせいで友達も作れない。お父さんは会長の言いなりで婚約話持ってきて。美桜を庇うつもりで私が名乗り出たのに見下されて。どんなに頑張っても美桜には追いつけなくて……でも、あんな神社なくなっちゃえとは思えなかった。家業には誇りもあるから」
皆のために戦いたいのに、それを続けるには余計なしがらみが多すぎた。
美桜さんみたく協会辞めてやる家も潰れろ今後はフリー退魔巫女じゃい! と言えるほど強気にもなれず、自縄自縛になった春乃宮さんはひたすらに耐えることを選んでしまった。
「咲綾さんは、追い詰められると我慢しちゃう流され系黒髪ロング巨乳清楚美少女なんですね……。えっちじゃないです?」
手乗りサナちゃん、その表現やめてもろて?
「でも、今は佐間くんとこうやってまた話せるようになった。それが嬉しい。私の人生の最盛期って、小学生の頃だから」
「早すぎるよ。楽しいことなんて一杯あるのに」
「わ、私にも、楽しみはあるよ? 動画とか……。佐間くんの動画には、毎回高評価ボタン押してるの」
「春乃宮さん、重度のブタちゃんユーザーだよね……」
僕もこうやってまた春乃宮さんと話せるようになって嬉しい。
当時のような、幼く無邪気な関係とは言い難い。今さら「さあやちゃん」と「なおとくん」に戻れないのは知っていた。だから彼女も昔の呼称を使わないのだろう。
でも、今の佐間直人と春乃宮咲綾として、縁を紡いでいくことはできる。
昔は仲良かったんだよと思い出語りばかりをするよりは、そういう二人でいたい。照れくさそうに笑う彼女の横顔に僕は目を細めた。
※ ※ ※
「冬護院プリンセスホテルの一階には、カフェスペースがある。ここでは高級スイーツを楽しめるんだけど、昨今はSNS映えするスイーツも数多く開発している。その一つがこちら、“ホワイトチョコレートのブルームース”……。青色のソーダゼリーに包まれた、クッキー生地の土台に乗せられた球体のケーキだ。まるで宝石みたいにキレイでしょ? でもね、外見全振りってわけじゃない。ソーダ味の爽やかなゼリーの中は、ふんわりとしたクリームと、ホワイトチョコレートのムース、スフレと、甘味の四重構造。特筆すべきはチョコレートの軽さ。他が爽やか系だけにチョコが悪目立ちしそうなところを、全てが軽やかに舌の上で溶けていく……。折り重なる味わいの足跡が静かに消える、まさしく神秘の青水晶……」
そうして僕は美桜さん達を自宅のマンションに招待し、仕入れたばかりのホワイトチョコレートのブルームースを振る舞った。
まず喜んでくれたのは、クリーム系が好きなサナちゃんである。
「これ、美味しい……。クリームとチョコが、スッキリ甘くて全然重くなくて。ひーちゃんじゃないけど、三食これでも全然食べられちゃうくらいの軽さです」
「でしょう、サナちゃん? SNS映えを意識しつつ、味のクオリティも高い。これが冬護院の実力ですよ」
今回はムースだけど、パフェも煌びやか且つおいしいのが揃ってる。
是非是非一度は皆で店舗に行きたい。
美桜さんは食べる前に写真を何度も撮っていた。友達に見せるためらしい。
「ほんと、これすっごいキレイだね。ていうかこんな文脈で冬護院の実力を聞くことになるとは思わなかったわ」
「うん? それってどういう?」
「私たちにしたら、冬護院は四季家の一角で協会上層部にも名前がある、金持ち退魔って印象なのよね」
そっか、冬護院って夏雅城と同じ退魔協会の上の方の家柄なんだっけ。
春乃宮さんは写真を撮らずにムースを味わっている。映えに興味ないし、たぶんそもそも見せる友達が……悲しくなるからやめておこう。
「爽やかでおいしい……。でもこれ、ブタちゃんで取り扱ってないよね?」
「あ、そうですね。私も見てません」
ブタちゃん視聴者の春乃宮さんとサナちゃんが不思議そうにしている。
「さすがの僕も、ホテルのカフェでいつものキモブタ全開は出来なくて撮影はしたことないんだよね……」
周囲の目が怖いんです。
同じ理論で、パティスリー・ミスジの
ロマン洋菓子店の
「冬護院おそるべし……おいひい……」
好物の果物系ではないけど、ひーちゃんもこの爽やかな甘さにうっとりしてる。
「ミオウ……おにーさんとえっちして」
「ぶほっ!? な、なんでっ!?」
「そうしたらホテルのケーキが全種類食べられる……」
「話がまったく繋がってない!?」
ひーちゃん、なんてことを言うんだ。
美桜さんは顔を真っ赤にしてるし、春乃宮さんからじとーっとした視線がくるしで非常に居た堪れない。
「た、確かに美味しいけどさぁ。肝心の宝珠はどうなってんの?」
「え、だからこれが神秘の青水晶だって言ったじゃない」
つんつんとゼリーをスプーンで突く美桜さんに、僕は即座に返す。
「……え? 宝珠の話。呪具とかの」
「呪具じゃないですね。赤き天上の宝珠はミスジのフルーツタルトで、輝ける翠玉はシャインマスカットのミルクレープ。全部おいしいよ」
突然のことに彼女はあんぐりと大口を開けていた。
しばらく固まっていたけど、気を取り直して春乃宮さんがひーちゃんに問いかける。
「ねえ、ヒラルス。前に、主は赤き天上の宝珠をくれるって言ったよね? それって……」
「頑張ったら、おにーさんがフルーツタルトをご馳走してくれる」
「五大淫魔って千五百円以下のケーキで動くの……!?」
驚愕の春乃宮さん。
でも、そこは微妙に認識が違う。
「そもそも最初の頃のひーちゃんは、魂霊契約してなくても“サナちゃんがお世話になった”って理由だけで淫蟲創造してくれたよ」
「優しくされたら優しさで返す。当たり前のこと」
ひーちゃんがピースサインをしてみせる。
退魔巫女としての常識が崩壊したのか、もう完全に困惑しきっていた。
「えぇ……淫魔の方が夏雅城先輩より人格者なの……?」
「いや、たぶんだけど、夏雅城パイセン並みにアレな人って中々いない……いや、ウチの家族も大概だし、エロ教祖もいたし……」
母さんはクズの代表格だし、男女問わずヤバい人って結構多いのかも。
僕が変なことを考えていると、再起動した美桜さんがまくし立てる。
「え、待って? じゃあこの前私たち、赤き天上の宝珠を食べながら“赤き天上の宝珠はどこにあるのか”って話をしてたの? 退魔巫女まとめてコントしてたってこと? 私たちバカじゃん」
「ふふふ、これぞ私の主様の深淵なる策謀……!」
「やめてもろて、サナちゃん? 僕がわざとやってるみたいに聞こえるから」
「ごめんなさーい」
ぺろりと舌を出すサナちゃんが可愛くて、速攻で許しちゃう僕はダメなキモブタです。
春乃宮さん姉妹は、衝撃の真実をどう飲み込めばいいのか分からず、ただ視線を交わし合っている。
「私たちがバカどころか、お父さんにも協会上層部にも宝珠の話は伝わって、正式な指令として協会は調査してるよ」
「ぶふっ。そ、そういえば、偉そうにしてる協会の上も、ケーキ探しててんやわんやしてるんだった。それ考えたらちょっと面白いかも」
「み、美桜。一応、偉い人達だから、あんまり失礼なことは」
「偉いって言っても夏雅城のコネ幹部でしょ?」
美桜さん、小馬鹿にしたような感じに笑っている。
かなりお偉いさんが嫌いのようだ。天才と称賛されてるのにそれって、相当安い使われ方をしてるんじゃないだろうか。
「てか、じゃあ本当に直人って、企みなんにもないんだ?」
「そうですよ。ナオトくんは、大淫魔サーナーティオの淫らな魔力を手に入れても、一度も女の子に使ったことのないピュアな男の子です」
ピュア=童貞マインド。
「宝珠の正体には驚いたけど、私は安心もしたかな。佐間くんが、敵じゃないって分かって」と春乃宮さんが安堵の息を吐く。
「最初から退魔巫女に手を出す気はないよ、自分たちの安全のためにも。あとは、魔力を確保できる状況が整ったら適当に“淫魔の主はこの町を去っていきましたー”的なことにするつもり」
そうして退魔協会の人員が引き上げればもう安心安全。
僕たちの平和は守られるという寸法だ。
「じゃあさ、薫せんせに説話集を渡したのって?」
「ただの目くらまし。そもそも宝珠は全部ケーキなんだから、文献を探っても意味なしだよ。僕らに関する情報なんて、全く出てきません」
「せんせ、かわいそ……」
そこはまことにごめんなさい。
見当外れなところを調べているのは申し訳ないけど、その分僕たちから目が逸れるので、今後もぜひ椎名先生には頑張ってほしいところである。
※ ※ ※
「説話に照らし合わせれば、宝珠は鉱石。つまり固有の呪具ではなく、複数ある? 淫魔に力を与えるもの? であるならば、それ自体に特殊な能力のないエネルギーの結晶?」
情報は間違ってるのに何故か微妙にニアピンする薫先生の図。
なおこういった“捧げものをすることで恩恵を与え、途切れると消える神”というのは珍しくないので、どの町でも同じ答えに辿り着くものとする。