ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
小さい頃の思い出だ。
稼ぎはするけど家族に無関心な父親、兄にだけ愛情を注ぐ母親。
兄さん自身も僕を見下して、家には居場所がなかった。
“さあやちゃん”とも疎遠になって、学校での評価は兄には似ても似つかない無能のデブ。教室の片隅にいる暗いブサイクは、嗤っていいものだとおもちゃにされた。
その現状が僕は不満で、たぶんすごくムカついた。
でも勉強も運動も、頑張ったってどうにもならない。ならみんながバカにする部分とは無関係な場所で生きていこうと思った。
そんな、ある種の逃げを肯定してくれたのが父方のお祖父ちゃんだった。
『直人、お前は好きに生きなさい』
お祖父ちゃんだけは僕の味方をしてくれた。
よくよく考えたら、母さんから同居を拒否されていたし、僕と同じく虐げられた側だったのかもしれない。
一人暮らしの動画の必要書類も、保証人は全部お祖父ちゃん。
なにより、僕に女神像をくれた。
『この彫像には、恐るべき悪魔が封じられている。どんな願いも叶えてくれる代わりに、大切なものを奪い去る』
まあ封じられていたのは悪魔でなく淫魔だったわけだが。
サナちゃんと偶然の出会いを果たしたから、僕の今はとても楽しいものになった。
……でも、お祖父ちゃんは大淫魔サーナーティオを知っていた。
もしも、なにか仕組まれた事情が、裏にあったとしたら?
僕の味方だったお祖父ちゃんが、嘘だったとしたら?
それを考えるのが恐ろしくて、僕はひとまずペパーミントティーを淹れた。
ペパーミント特有のメントールの香りには、全身の緊張を改善しリラックスさせる働きがある。
ストレスによる負担を軽減し、スッキリ気分転換をさせてくれるのだ。
「ふはぁ、美味しい……」
お祖父ちゃんは直接このマンションまで来てくれるらしい。
その間、僕は淫魔っ子三人と微妙に間延びした時間を過ごしている。
なので全員分の紅茶を用意した。ペパーミントティーはまさに運命の魔術師の優しさ。温かいのに涼やかさを感じる。
合わせるお菓子は、少し甘味が強いものがオススメ。僕的にはチョコレート&バニラのマーブルクッキーだ。
さくっ、とひとかじり。舌に残る甘さを爽やかなお茶で洗い流す。
ふぅ、落ち着く。穏やかにお茶を堪能する。
お祖父ちゃんとの話し合いの日。
今日は美桜さんも咲綾さんも来ていない。ウチのマンションだと人数が多すぎても大変だしね。
ちらりと横目で見れば、部屋ではらっちゃんとひーちゃんが手を猫みたいにして威嚇の練習をしていた。
「しゃーっ……!」
「しゃーっ! なのじゃ!」
自分で言っておいてなんだけど、威嚇の練習ってなに?
「あのー、お二人さん。その練習の意図をお聞きしても……?」
遠慮がちに僕が声をかけると、ひーちゃんもらっちゃんも腰に手を当てて胸を張る。
「うむ。今回の話し合い、妾たちはなにやら策略めいたものを感じた」
「でも、おじーさんの目論見に、後から来たひーたちは含まれてない、と思ぅ」
「ゆえに、いざという時はさなさなとキモブタさんを守るための威嚇なのじゃ」
ええと、サナちゃんの封印をしたのはお祖父ちゃん。それを僕に送ったからには、なにか目論見があるはず。しかし、後から勝手に来た蟲魔・夢魔に関しては想定外の存在。
だから、なにか合った時はイレギュラーである自分たちが対応する、ということらしい。
「二人とも、ありがとう……!」
「任せるのじゃ。ということで、しゃーっ!」
「しゃー……」
本当に優しい子達だ。
でも、その練習いる? 威嚇しないでも普通にヤバい能力の持ち主だよね?
そんな二人の輪には入らず、サナちゃんはちょこんと大人しく座っていた。
あんまりにも静かだから、もう一度お茶も勧める。
するとちょっと硬いけど、笑みを見せてくれた。
「はい、お茶をどうぞ。運命の魔術師の優しさ……ペパーミントティーは心の痛みを和らげてくれるんだ」
「ありがとうございます」
「緊張してる?」
「少し」
なにか思うところがあるのか、そこで会話は途切れた。
そうしてしばらく経ち、インターホンが鳴る。玄関を開ければ、年齢のわりに背筋が伸びた、人のよさそうな白髪の老人……僕のお祖父ちゃんがいた。
「おお、直人。久しぶりじゃなぁ」
歳は取ったけれど昔と変わらない優しい顔。
いつも僕の味方をしてくれたお祖父ちゃんのままだ。
でも気配が違う。サナちゃんと契約するまでは気付かなかった。お祖父ちゃんには、美桜さん達よりもかなり少ないけれど霊力がある。
やっぱり、退魔師だったんだ。
「
「うん、契約のおかげで」
「そうか」
僕が霊力を察知したように、きっとお祖父ちゃんも僕の魔力を察知した。
一瞬口元を動かしただけで、動揺もなければ考え込んだりもしない。きっと、ある程度想定の範囲内だったのだろう。
少しだけ空気が重くなる。でも僕は家族として迎え入れ、お祖父ちゃんもそれに乗ってくれた。
「お祖父ちゃん、いらっしゃい」
「うむ。ほれ、土産だ。エッフェル塔まんじゅう」
「多分だけどこれ外国で買ったヤツじゃないよね? でもありがとう」
だってひらがなで「えっふぇるとう」書かれてるもん。
おまんじゅう好きだからいいけどさ。
ひとまず室内に案内する。テーブルに座るのはサナちゃんだけ。
ひーちゃんとらっちゃんは既にしゃーっと威嚇モードです。
「なっ!?」
五大淫魔が三柱も。
さすがのお祖父ちゃんもちょっと戸惑っている。
「……直人よ、これは? サーナーティオ以外にも、淫魔らしき娘っ子がいるのじゃが?」
「ああ、と。蟲魔ヒラルスのひーちゃんと、夢魔ラエティティアのらっちゃん。二人とも五大淫魔なんだ」
「どうしよう。この時点で儂の想定と違うんじゃが」
えぇ……なんか画策してるかもって若干警戒してたのに……。
少し脱力しつつも、お祖父ちゃんには緑茶を出して話し合いの態勢を作る。
敵対というほどではないけれど、サナちゃんは普段から考えられないくらいピリピリしていた。
「久しいな、大淫魔サーナーティオ」
「あの時の退魔師、ですね。十年前、私を封じた」
やっぱり、お祖父ちゃんがサナちゃんを封印したんだ。
それは退魔師としては当たり前のことで、一般人としては感謝すべきこと。
だけどこの子と一緒に生活をしてきた身としては、どうして、と思ってしまう。
「そうだろうな、とは思っていましたけど。あなたのような人が、ナオトくんのお祖父ちゃんだなんて」
「卑怯、とでも言いたいのか? だが恐るべき淫魔相手じゃ。手段を選ぶ理由もない」
「負けた以上、なにを言っても負け惜しみにしかなりません。ですが、あなたは最低です」
「町を滅ぼそうとした淫魔の言ならば、賞賛と受け取ろうではないか」
淡々とした言い争い。
お互い怒りや憎しみと言った感情は見えない。ただ、サナちゃんの白く小さな手が僕の服をきゅっと掴んだ。
だから僕は話の流れに割り込む。
「お祖父ちゃん。色々、聞かせてくれるんだよね?」
「そのつもりじゃ。サーナーティオを交えて、話がしたかった」
「なら、順を追いたいんだけど。お祖父ちゃんは、退魔師……なんだよね? 退魔協会の?」
質問をすると、小さく頷いてちゃんと答えてくれた。
「昔は所属もしていたが、今は自由にやっとる。退魔といっても、四季家のような名家ではない。が、小手先の術には相応の自信を持っておるよ」
「全然知らなかったや」
「息子の代で霊力は絶えて、直人にも欠片も宿っておらん。既に退魔の家系としては終わりじゃ」
「そっ、かぁ」
じゃあ眠ってる力が覚醒して、的な展開はなさそうだ。
僕ってとことんヒーローには向いてないんだろう。
「ねえねえ、キモブタさん。おじーさん、妾とキャラ被ってない? なのじゃ?」
「被ってないから大丈夫だよー」
「むふー」
頭をナデナデしたら満足したので話を続けます。
お祖父ちゃんに変な目で見られてもスルー出来るのが僕です。
「そもそもサナちゃん女神像を僕にくれたのはお祖父ちゃんだ。何か、目論見。ううん、理由が、あったんだよね?」
「お、おぉ、その通りじゃ。それを語るには、かつての事件について話さねばならん。大淫魔サーナーティオが町一つを墜とし、住民を禁忌の領域に引き摺り込んだ、あの恐るべき事件を」
重々しい語り口。
でもそれに異を唱えたのはサナちゃんだ。
「自分の都合のいいように語らないでください。私ばかり悪く言われるのは納得いかないです。だいたい私は、町の人の命を犠牲にするつもりはありませんでした」
……なんというか、珍しい、かな?
サナちゃんは、淫魔は化物だし人類の敵だと考えていて、咲綾ちゃんにも自分たちみたく理性的なのは少ないから気をつけろと注意する。
変な話、退魔巫女に狙われても仕方ないよね、くらいが基本スタンスだ。
なのにお祖父ちゃんに対しては妙に突っかかる。
「ねえ。もしかして昔、封印以外にも嫌なことされた感じ?」
「そうですよ! 聞いてください、このお爺さん退魔師ひどいんです!?」
勢いよく僕に飛びついて、物凄い勢いでサナちゃんはまくし立ててくる。
ついでに、ひーちゃんも「とー」とか言いながら背中から抱き着いてきた。なんで?
ともかく、僕はこの可愛らしい淫魔の、かつての姿を知ることとなった。
※ ※ ※
かつて大淫魔サーナーティオ・ドゥルケ・スアーウィスは欧州のとある田舎町を餌場としていた。
人を殺すことはしない。代わりに複数の男性から、堕淫魔術を用いて魔力を集める。
彼女は五大淫魔と謳われた恐るべき化物。性行為を用いずともその瞳で、幼い肢体で、甘い香りで、淫靡な仕種で男を惑わす。
彼女に狙われた時点で逃れる術はない。
現地の教会のエクソシストが討伐しようとするも、美しいだけでなく強大な力を持つサーナーティオにはまるで敵わなかった。
目の前で搾精されるのを、エクソシスト達はただ眺めるしかない。
しかしある日、年老いた退魔師が日本から来た。
討伐を目的としていた訳ではなく、アンティークショップに並べる商品を探すうちに噂を聞きつけたらしい。
霊力は女性に多く宿りやすく、加齢とともに衰える。老人では戦力として期待ができない。
そう思っていたが、
『儂ならば、あれを封じることもできるじゃろうて』
足りない霊力を数々の呪具で補う老退魔師は、人々の期待を背負い戦いに挑み……。
『えーい!』
『ぬわあああああああ!?』
普通にサーナーティオに負けた。
老獪な戦術は見事だったが、そもそもの地力が違い過ぎた。
いくらアイテムで補おうと大淫魔にかなうはずもなく、泰造は地に伏した。
幼い娘は更に雷撃を放とうとして、しかし、なにかが地面に落ちた。
泰造は慌ててそれに手を伸ばす。
『……それは?』
『ふん。孫から、贈られたペンダントじゃ。お祖父ちゃん、負けないでね。まだ幼い子が、儂の無事を案じ……だが、どうやらこれまでのようじゃな。すまん、儂はもうお前を甘やかしてはやれん。だが最後に、もう一度、会いたかった……』
嘆く老人を前に、なにを思ったのかサーナーティオは魔術を中断した。
そうして背を向ける。衣装的に後ろから見たらほぼ裸でお尻もつるんとしていた。
『お孫さんに、感謝してください。余生は、家族と過ごすことをお勧めします』
『サーナーティオ、おぬし……』
『行っていいですよ。追いません』
幼女の気遣いに泰造は俯き、素早く印を切った。
『そうか…………感謝す、きありぃぃぃぃっ! 封印術【
『ええええええええ!?』
『ばぁかぁめぇぇぇぇ!このペンダントは昨日よさそうだから買ったおしゃれアイテムじゃああああああああああ!?』
『なんなんですかこのひとぉ!?』
そうして大淫魔サーナーティオは、佐間泰造が事前に準備していた女神像に封印された。
田舎町から恐るべき化物は消え去ったのである。
※ ※ ※
「以上が、私の封印された流れになります。ね、ひどくないです?」
エクソシストが束になっても勝てないはずの五大淫魔が簡単に封印された理由は、単にサナちゃんがいい子だった、というオチらしい。長らく敵対してた現地のエクソシストは、敵という意識が強すぎて気付かなかったのかも。
えーと、話を聞き終えて、とりあえず確認。
「お祖父ちゃん? 今の話って」
「まあ、事実か事実でないかで言えば、事実ではあるの」
お、お祖父ちゃんが思ったより卑怯……っ!?
「じゃダメじゃん!? それは恨まれるよ! 最低な人呼ばわりも止む無しだよ!」
「ま、待て、直人!? 冷静に考えるんじゃ! サーナーティオが町をまるごと餌場にしておったのは事実じゃから! 人々を助けるためには騙し討ちも正義の心の発露であってじゃな!?」
「そ、それはそうかもしれないけども……」
サナちゃんは見逃そうとしてくれてたのに、と思うのは身贔屓、なんだろう。
深呼吸して、少し頭を冷やす。
「ごめんなさい。お祖父ちゃんだって、戦いなんだから必死なのに、ひどいこと言っちゃった」
「いやいや、分かってくれてなによりじゃ。それに、今のはあくまで淫魔側の視点。儂の話を聞けば、また意見も変わるじゃろうて」
僕の目をじっと見る。
今度はお祖父ちゃんが、かつての事件について語り始めた。