ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
皆がトイレ終わったし、そのまま自販機スペースに向かう。
そのつもりが、途中で奇妙な音を聞いた。ぐじゅり。粘ついた水音のような、不快感のある響きだった。
「ね、ねえ。今、なんか変な音聞こえなかった?」
女子の一部が騒ぎ始める。
僕だけかと思ったら他にもちらほらと聞いた人がいるらしい。「怖いし教室戻りたい……」と言い出す女子もでてきた。
相沢くんがため息交じりに言う。
「ったく、いっぺん教室戻んぞ」
「そこでじゃあオマエラだけ帰れって言わないのが相沢くんだよね」
「うるせーぞキモブタぁ」
どんなに威嚇しても君が「女子だけの単独行動を避ける」選択肢をノータイムで選んだ事実は変わらないでやんす。
その指示に反対する者はおらず、一度教室に戻る。女子が音について話すとクラスは騒然となった。
「さすがに気のせいだろ。風の音とか」
「ホントなんだって! なんか、ぐちゃって」
それぞれ半信半疑。
恐怖からの幻聴だろうとする生徒は多いが、状況が状況だけにオカルトな現象かも、という意見もある。
「変なことせずに、朝まで待った方がいいんじゃないでしょうか……」
朝になれば出られるようになっているのでは。
そう口にしたのは登則さん。同調する生徒もけっこういた。
「じゃあ待ってれば出れるのかよ」と男子が食ってかかる。
「それは……」
そうなれば登則さんは言葉に窮するしかない。
出られそうな場所を探したい、という意見も少なくないのだ。
「飯はともかく、出口探さないとどうにもならない」「でも危ないし……」「だからさぁ」
それぞれ提案はするがまとまらない。皆、不安なのだ。
僕はこの閉じ込めが淫魔によるものだと知っている。朝まで動かない、という流れになるのは困る。
そんな時、ざわつく教室で、サボリくんたち不真面目勢が僕を揶揄する。
「つかさー、キモブタ一人で行けばいいんじゃね?」
「腹減ったとか言ってんのお前だけだし、お前が勝手にとってこいよ」
ニヤニヤ馬鹿にした感じ。
相沢くんがまたキレる前に手で制し、僕は震えながらも言い返す。
「わ、わかったよ。ぼ、僕一人で、行けばいいんだろ……!」
なんて、なんて……素晴らしい援護なんだ!
サボリくん的には僕一人に押し付けたい意図なんだろうけど、この状況だとむしろ好都合。
僕単品で動けて、教室に咲綾さんを残せる。いざって時は連絡役に手乗りサナちゃんを飛ばせばいいし、いいことづくめの提案だ。
最高、サボリくんたち。ビバ、サボリくんたち。
名前で呼ばないのは感謝してるけど別に仲良くないからです。
僕は怯えつつ不貞腐れつつなイジメられっ子のいじけた態度っぽく、教室を飛び出ようとする。
ぶっちゃけ自販機スペースに、なんて単なる名目でしかない。
魔力とか淫魔とか色々調べたかっただけである。
「おら、キモブタ。カスどもにかまってんな」
……だけど、当たり前のように相沢くんが隣に立つ。
強面だし不良なのは間違いないのに理不尽には抗う系なお方です。
ありがとう。でも今は遠慮してもろて? 一人で行かせてください。
「あ、あの、相沢くん。ぼ、僕なら大丈夫だから、一人で」
「どっちにしろ校舎は調べなきゃなんねえ。ついでに飲みもん食いもんとってくりゃいい。そんで、あいつらには渡すな」
切って捨てるような物言いにサボリくんたちが「はぁっ!?」と驚く。
「なにを、勝手に!」
「勝手はてめえらだろうが」
お互いイライラ、睨み合う、周りはすごく気まずそうにしている。
間に割って入ったのは近藤くん。百地くん只野くんはこういう時はビビり側に回ってしまうので一人頑張っている形だ。
「やめろって、ケンカしてもどうもならないだろ」
「だからっ、お前が言うなよっ!」
サボリくん達の根底には、文化祭の準備で居残りなんてしなければ、という考えがある。
負い目はあるだろうけど八つ当たりみたいなことをされて、近藤くんもムカッとした顔になった。
「だ、だいじょうぶだよ、近藤くん。ぼ、僕が一人で行けば済むんだから」
「何を言ってんだ。佐間、俺も行く。朝になればなんて希望的観測だ。マジで食糧とかは確保ししといた方がいいかもしれない」
お願い、聞いて?
ほんと、ほんとお願いします
一人で行かせて。今だけは只野くんに同調して僕を馬鹿にしてよ。
「おっけー、いこいこ。あたしの好物はバナナみるく。お、男子どもエロい想像すんなよ?」
まさかの折原さんまで。
女子らしくキモブタといっしょなんてヤダーなノリになってくれないかなぁ。
でも折原さんは彼氏くんが「おい、やめとけよ」って注意しても軽くスルー。
「さ、行くべさー」
うちのクラス、優しい人達もいる。
でもね、今だけはその優しさが辛いです。
※ ※ ※
「え、なに? どういう状況?」
廊下に出てすぐのところで、美桜さんと出くわした。
彼女の後ろには他に三人の生徒も。たぶん居残ってピタ〇ラっていたクラスメイトだろう。
美桜さんはぐっと僕に近寄って、周りには聞こえないようヒソヒソ話をする。
「ねえ、一応ここ淫魔のなわばりみたくなってんだけど」
「あ、はい。なので僕が単独で調査して咲綾さんに教室を守ってもらおうと思ったんですが、一人で行かせられねえと相沢くんが言い出し、そうだそうだな優しい方々が……」
「相沢はなんで不良やってんの?」
正直僕も分かりません。
とりあえず僕が押し切られたという状況に溜息を吐かれたが、仕方ないと表情を改めて美桜さんが皆に挨拶をする。
「ごめんねー、私らも居残りしてて閉じ込められたの。そっちに合流させてもらおうと思ってさぁ」
「あんだ、春乃宮妹んとこもか」
「うん。そだ、私もついてっていい? お姉ちゃんに声だけかけてくるからちょっと待ってて」
四人は一度教室に行き、美桜さんだけが戻ってきた。
……でもね、僕は見たよ。
今、ちょーっと教室に顔を出す感出してたけど、その一瞬で結界を張ったよね。たぶん淫魔の侵入を拒むタイプの。
恐ろしいのはその滑らかさ。大して意識を集中したようにも見えなかったのに、誰にも違和感を持たせず、びっくりするくらいスムーズに、触媒もなく術を行使した。
お祖父ちゃんの封印術の書を読んだからその高度さが分かる。
今さらだけど、咲綾さんがコンプレックス抱くのも当然だよ。霊力を扱うセンスが飛び抜けすぎている。
「お待たせ、いこいこ」
言いつつもう一度僕に耳打ち。「相沢らも引き連れて行くんなら、手はあった方がいいでしょ?」。つまり、護衛をしてくれるということだ。
「……やっぱ、仲いいんだな」
その様子を見て、近藤くんがぽつりと呟く。
僕は照れてしまうけれど、美桜さんの方は「まぁねー」と軽い調子だった。
※ ※ ※
薄暗い廊下を歩く。
窓に切り取られた夜空を見る。怪しげな赤い月、というわけでもない。
ごく普通の透き通る黒と、瞬く星々。切り取られているのは空ではなくこの学校の方だろう。
もう秋だ。夜になれば少し冷える。不気味な雰囲気も相まって、ぞくりと寒気がした。
「マジでこれ、なんなんだろうな」
自販機スペースに向かう途中、近藤くんは各所の窓を確認していた。
時折強く押したりしているけどガラス窓は揺れさえしない。僕も真似してペタペタ触ってみる。
魔力は感じるけど、お祖父ちゃんの封印術みたいなのとは根本から違う気がする。
相沢くんは、思いっ切りガラスにパンチしていた。
「すげえ変な感触だ。そもそもガラスを殴る前に止まってんだが、硬いもん殴ったような手応えがありやがる」
やっぱり物理的に破れるものではないようだ。
僕はこっそりと手乗りサナちゃんに確認を取る。
「炎の巫術ならいける?」
「多分ムリですね。“なわばり”には、力づくで破れるタイプと、特殊な結界破り以外の干渉を受け付けないタイプがあります。これは、後者かと」
「こういうのは、根っこを叩くのが早いよ」
ぱしん、と美桜さんが拳を打つ。
退魔巫女としての経験からの言葉なんだろうが、意外とバイオレンスだった。
話しながら歩いていると、自販機コーナーが見えてきた。
「ジュン、離れるなよ」
「はいよー」
折原さんの彼氏くんもいっしょに来た。
一応、上村くんっていうんだけど、あんまり仲良くないし僕は内心でずっと彼氏くん呼びしてる。
イケメンでサッカー部でも活躍してて、女子の人気は高い。折原さんとは美男美女のカップルとして有名。まあ僕みたいなデブ陰キャとは縁のない人物だ。
肝心の折原さんはこの状況なのにノリが軽い。
「ほんとに春乃宮が言ってたみたいな、幽霊なんかなぁ。学校で死んだ生徒が悪霊になって、なヤツ」
「だとしても俺が守ってやるから」
「ん、あんがと」
「おら、イチャついてんな。とっととやることやんぞ」
自販機スペースに到着すると、恋人同士のやりとりなんか気にせず相沢くんが指示をする。
いつの間にか近藤くんより彼の方がリーダーっぽくなってる。
ウチの高校は、ジュース以外にお菓子やカップ麺の自販機もあるので助かる。
お金を入れて、ボタンを押す。よかった、ちゃんと機械は動いていた。
僕たちはありったけの資金を投入してジュースだの菓子パンだのお菓子を購入して空のカバンに詰めていく。壊して取り出す方法とか分かんないしね。
あらかた買い物を済ませた後、僕はカップ麺自販機に硬貨を投入する。
「やっぱりおしょうゆを、と」
「なにやってんだ?」
「あ、いや、せっかくだしラーメン食べたいなぁ、とか」
近藤くんに半目で見られてしまった。
これは作戦とかじゃなく単に僕の欲望です。
カップ麺の自販機はお湯が注がれて出てくるタイプだから人数分持ち運べないし。
「ったく、食い意地はってやがる。……俺はカレーだな」
「相沢まで!?」
「余計な手間かけさせられてんだ、役得くらいあっていいだろ」
そうなると美桜さんや折原さん、その彼氏くんも乗っかってくる。
「カレーは、匂いつくのやだなぁ。おしょうゆ一択かな」
「だよねー。あたし、シーフードで。春乃宮、知ってる? ホットミルクでシーフードつくるとめっちゃうまいんよ」
「えっ、うそ? なんか変じゃない?」
「マジでだって。試してみんしゃい」
なんでか女子二人がいつの間にやら仲良くなってる。美桜さん、すぐ馴染むなぁ。
折原さんの彼氏くんもしょうゆラーメンを買ったので、マジメなのに近藤くんだけ孤立した形になってしまった。
「……俺もシーフード食べる」
あきらめたように項垂れ、自販機前のずるずるタイム。
非日常であってもカップ麺は美味しい。こういう状況だからこそ、変わらない味が染みる。
「不覚にも美味い……」
「なにそれ、素直に楽しめばいいじゃん」
不本意そうな近藤くんを、折原さんはけらけら笑っている。
「というか、折原たちはなんで付いてきたんだ?」
「え、空気悪かったし。相沢いない時とかあいつら好き勝手しそうでうっとい」
めちゃくちゃシンプルな理由だった。
確かに、サボリくん達は相沢くんが怖くて抑えてるだけで、普通に周りに八つ当たりをするタイプだ。
喧嘩を見ていない美桜さんが不思議そうな顔をしてる。
「なにかあったの?」
「バカがバカやらかしただけだ。ったくよぉ」
たぶん好き勝手やってるサボリくんたちを想像してしまったのだろう
相沢くんは心底嫌そうな顔をすると、一気にラーメンを飲み干した。
「はぁ、さっさと戻るか」
僕たちもそれに続き、たっぷり食べ物とジュースが入ったカバンを持って教室に向かう。
嫌な気配はあるものの特に道中は何も起こらなかった。
教室の方も心配だけど、脱出手段がないか調べておきたい。
「ねえ、直人。ちょっとさ、辺りを調べたいから付き合ってくんない? 教室戻った後でいいからさ」
美桜さんも同じことを考えていたようで、軽い調子で切り出してくれた。
僕よりも先に反応したのは近藤くんだった。
「春乃宮さん、何かあるんなら皆で行動してる今のうちにした方がいいんじゃないか?」
「ううん、そんなたいそうな話じゃないって。直人と二人でじゅーぶん」
僕が襲われた時は普通に退魔巫女姿を晒していたし、後で事情を教えてくれた。
とはいえ、自分から喧伝したいモノでもない。だから事情を知っている僕だけを連れて……という、ごく自然な考え方に過ぎないのだと思う。
でも、折原さんにツッコまれて、空気が固まる。
「え? なに? キモブタくんと二人っきりになりたいって? いやー、さすがにこの状況ではまずいっしょー?」
皆を慮っての発言が、デートしましょうのお誘いに変換されました。
「……は? はぁっ!?」
「いや、分かる? 分かるよん? 前もお姉さんをビンタするくらいだったもんね? でもね、だからってねぇ?」
「ちがっ、ちがうから!? そういうのじゃ…………………ないって!?」
「だいぶ間ぁなかった?」
ああ、ギャルっぽい折原さんによって衣装以外清楚な巫女が弄ばれている。
「どうでもいいから戻んぞ」
「うっす」
相沢くんがひと睨みすれば、僕はもう素直に従うしかなかった。
※ ※ ※
「食料は確保できた。後はもう、状況が変わるまで待つしかないよな」
帰りの廊下で、近藤くんが食べ物の入った鞄を抱え直し呟く。
この異常事態だ、いつ出られるかも分からない。彼が食糧確保のために動いたのは責任感から。たぶんかなりの長丁場を想定しているのだろう。
僕が食糧集めを提案したのは単独行動のための言い訳だったので、なんかごめんなさいな気持ちでいっぱいだ。
でも、何事もなく戻れそうだ。そういう安心感が、奇妙な音にかき消される。
ぬちゃり、ずるり。
トイレを通り過ぎた辺りのことだ。
粘ついた水音を、たぶん、全員が聞いた。
「こういう場合、走った方がいい? 静かに音を立てず?」
折原さんが固い声で問う。
誰も正しい答えなんて分からない。だけど不安は共通していたから、周囲を警戒しながら歩みを進める。
もう気付かれてる? 近くにいる?
なにかを引きずるような音がまた聞こえ、差し込む月明かりにシルエットが浮かび上がる。
「っ!」
折原さんが息を呑んだ。
いくつもの細長い影。
気色の悪い触手が、うねうねと蠢いていた。
「教室まで逃げて! 直人、任せた!」
気付いた時には美桜さんが駆け出していた。
遅れて相沢くんが、いきなりのことに反応できない皆に一喝する。
「呆けてんな! 逃げんぞ!」
金縛りから解かれたように他の皆も走る。
改めて影を視認し、彼氏くんが小さな悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
緑と紫のまだらな表皮。
粘液に覆われ妙な光沢を放つおぞましい触手が、鎌首をもたげていた。
そいつはぐねぐねとうねり、こちらに近付いて来る。
それを美桜さんは手刀で叩き落とす。っていうか、切り落とした。
シンプルに、霊力を集中させて切断した。基本は魔法使いタイプなのにああいう戦闘もできるのか。
身のこなしも本職の近接タイプみたいだ。
「ああもう、あの服が有効だって分かるのがムカつく!」
三本四本と触手を撃退しながら美桜さんがぼやく。
退魔巫女装束が過度な露出をしているのは、自らが淫魔の餌となり狙いを固定するため。
そういう小細工がないと、本能で動く下級種は無軌道に動いてしまう。
だからだろうか。触手たちは、手強い美桜さんよりも、逃げる折原さんを狙った。
「あ」
驚き、それとも怯え?
短い声。目の前の化け物の存在も、自分が襲われるという現状も、まるで理解できてないといった様子。彼女は逃げるどころか一歩も動けていなかった。
魂霊契約モードになる暇はない。
体内の魔力を足に溜めて爆発、僕は一足で一気に距離を詰める。
「あああああっ!?」
ピッグスラップ簡易版。
振動の魔術を併用しない、シンプル魔力張り手で触手を打ち落とす。
ぶち当たった感触は、生ものの柔らかさがあるのに硬い。
「…魂霊契約サーナーティオ・ドゥルケ・スアーウィス……」
ぶっつけ勝負になったけど呟く。
魂の繋がりが確かに感じられる。魔力も、ちゃんと引っ張ってこられた。
「ナオトくん、大変です。私は、この淫魔の正体を知っています」
でも手乗りサナちゃんの声は剣呑としている。
「触魔ブラキウム・インヴィディア。五大淫魔に数えられる、無限に繁殖する触手の淫魔です……!」