ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話   作:自宅戦闘員

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ウソコク成立せず

 

 炎情シュウさんが同じ街の十九歳で、大学進学はせず配信者活動で食べていくつもりなのだというのは聞いていた。

 また、いいとこの坊ちゃんで、才能のかけらもなく家は兄が継ぐのだとも。

 まさか四季家の一員だったとは思っていなかったけどさ。

 

「ども。改めまして、秋英寺桐葉(しゅうえいじ・きりは)っす。できればシュウのままで通していただければ」

 

 姉貴を自宅に案内したくねー、とのことで適当な公園のベンチで横並びに自己紹介をする。

秋英寺さん・僕・シュウさんの順番で。イケメンと美女に挟まれるデブサイクの図です。

 

「あ、佐間直人です。退魔関係のお家だったんですね」

「いや、俺もびっくりっす。こっちの事情を知ってるとは」

「あはは、うちはお祖父ちゃんがすごくて。残念ながら僕には霊力は受け継がれなかったですけど」

「あ、俺もっす。四季家秋英寺に生まれながら、霊力が欠片もない味噌っかすなんで。ナカーマっす」

「お、おぉ、ナカーマです」

 

 妙なシンパシーからぎゅっと握手。

 でも秋英寺さんはちょっとイライラしてるっぽい。

 

「じゃあ、シュウさんが家を出たのって」

「まあ、霊力なしじゃ退魔師にはなれないっすから。呪具でフォローにも限界はありますもんで。秋の看板も重たくって、役立たずはいらねえだろって飛び出しました」

 

 伝統ある家柄だ。

 きっと霊力がないというのは、すごいプレッシャーだろう。もしかしたら「名家の生まれなのに……」的な失望の視線だって向けられたかもしれない。

 

「とりあえず、今なにしてんだよ、桐葉」

「そんなん姉貴にゃかんけーねーよ」

 

 ぷいっとそっぽ向く。

 年下の僕にも敬語で接する姿しか見てこなかったから、弟ムーブがけっこう意外だ。

 

「お兄ちゃんもすげー心配してんだぞ。だいたい、秋英寺の直系が出奔なんて」

「恥ずかしいって? だからイヤなんだよ、このご時世に家柄どうこうで」

「ウチは他と比べればユルイだろうが。オレがこんなんでも許されてるし」

 

 確かに伝統ある家柄なのにバットで殴ってくるオレっ娘ミニスカ退魔巫女はなかなか攻めてる。

 春乃宮の方は薄い巫女レオタードだし、えっちな装いで淫魔を誘導するのは退魔巫女の常識ではあるんだけども。

 

「当主には兄貴がいればいい。実力なら、姉貴が一番。霊力のない、才能なんて欠片もない次男なんて必要ないっしょ」

「力の有る無しが全てじゃないだろ。裏方がいて、初めてオレらは動けるんだ。桐葉は勉強だってできるんだから、協会に入ればいいってお兄ちゃんだって」

「そういう話じゃないんだよなぁ……」

 

 お説教モードの姉に、不貞腐れる弟。

 なし崩しで巻き込まれたのに空気が悪くて居た堪れない僕。

 

「大学は? お金は? 家からの仕送りももらってないんだろ?」

「そんなん働いて稼いでるに決まってんだろ。大学もいってない。俺は俺で自由やるからほっといてくれよ」

「はぁ!? 何を考えてんだ! お前は……!」

「なに? お前は才能ないんだから、学歴だけでもってか?」

 

 あんまりよろしくない状況。前もってコンビニでお菓子を買っておいてよかった。

 ポテクラをぽりぽり食べてやり過ごす。ポテクラはポテト・クラッシャーというお菓子に与えられるべきでない物騒な名前の商品だ。

 実際は粗めにすり潰したジャガイモを揚げて、尋常じゃない量のニンニクパウダーと塩をまぶしたもの。かなりしょっぱいし臭いしでウチの淫魔っ子には不評だけど、時々食べたくなるんだよね、これ。

 

「あ、シュウさんも食べる?」

「うっす。……のぉ、こ、これニンニクきつ過ぎねっすか?」

「それがいいんだよ。慣れると舌より頭より、カラダがこれを欲するのですさ……」

「ヤバいブツみたいな言い方っすね。あ、でも確かに美味いかも」

 

 辛いのは大好物らしく、なははと軽い笑い方をしてくれる。

 わいわいお菓子を食べてると秋英寺さんに半目で見られた。

 

「直人、悪い。真面目な話の最中だから。ですさ、ってなんだ」

「秋英寺さんもどうぞ」

「別にオレも食べたいってことでなく」

 

 呆れたことで逆に肩の力が抜けたらしく、とりあえず落ち着いてくれた。

 一応ポテクラを食べて、コショウのガツンとしたパンチに「んほぉぉ!?」とかダメな声を出しちゃってた。

 お菓子で一息つき、僕は二人におずおずと進言する。

 

「あの、事情知らないのに申し訳ないんですが。まずね、僕を挟んで姉弟喧嘩って、ちょっと勘弁いただければなぁ……なんて思っちゃったりします」

「それは素直にごめんなさい」

 

 秋英寺さんはしっかり頭を下げてくれる。

 シュウさんも申し訳なさそうだが、がっしり僕の腕を掴んだ。

 

「マジですんません。ただっすね、俺と姉貴だけだと、シャレになんない状況に発展しそうなんでキモブタさんにはいてもらえると嬉しいんすけど」

「おい、桐葉。おま、なんて呼び方してんだ。直人に対して失礼だろうがっ」

「キモブタは尊称だっつーの」

「キモブタが尊称になる世界があってたまるか!?」

 

 それがあるんですよ、ネットでは。

 たぶん彼女、動画とか見ないタイプなんだろうね。いや、単に僕の動画が目につかなかっただけの可能性も。もっと頑張ろう。 

 

「つか姉貴こそ、なんで直人呼びしてんだよ。あれか、ファンか? キモブタさんにおさわりは禁止だぞ」

「ファンじゃないしおさわりもしない。あー、泰造さんのファンって言ったらそうかも……? じゃなくて、一度家に戻れよ。お前は」

「秋英寺だから、協会に? そんなんごめんだ」

 

 シュウさんは荒々しく立ち上がり、拳を握ってプルプルと震わせる。

 そして振り返って、ものっすごく真面目な表情で言う。

 

「だって俺……夜はネトゲやりたいもんっ!」

 

 当然ながら秋英寺さんは、ハトが豆鉄砲くらったどころか納豆鉄砲食らったような顔をしていました。

 納豆鉄砲ってなんだろう。

 

「ぶっちゃけー、ぶいなちゅーばーに投げ銭したいしー、ゲーム実況大好きだしー、協会っていざって時は色んなもん犠牲にして頑張らなきゃダメっしょ? そんな勤め先なんてぜってームリ! そこは、もしチカラがあっても変わんねーって、だから才能がないって最初から言ってんのに」

「ざっ……ざけんな馬鹿弟がぁ!?」

 

 退魔巫女の矜持を傷つけられたと感じたのだろう。

 激昂した秋英寺さんが殴りかかろうとしたので、僕はしがみついて必死に止める。

 

「お、落ち着いて秋英寺さん!?」

「こいつは殴る! 殴らにゃ!」

「だ、ダメですよ、い、今はそういう生々しい暴力は忌避される時代だから!」

「なんの話だぁ!?」

 

 動画投稿上、コンプラは色々アレです。

 とりあえずムリヤリ秋英寺さんをベンチに座らせ直す。

 

「とりあえず喧嘩はナシで。お姉さんはシュウさんを心配してた、でもシュウさんは家と関わりたくない戻る気もない。ここ平行線なんで、他の部分だけ触れましょう。まず秋英寺さん、シュウさんはしっかり働いています。お金も稼げています。これからも続くかは分からないですが、今頑張ってる最中なのにそれを否定したらダメです。僕の家族は大抵クソなんで、否定から入られるとマインドにダメージがクリティカルするのを良く知っています」

「あれ? オレ、毒親とかと同じ分類で見られてる?」

「事情を知らない僕からしたら、そう見えてしまう可能性も無きにしも非ずです」

 

 今度はシュウさんに向き直る。

 こういうのは勢いが大事、熱が冷める前に言いたいことを言い切るのだ。

 

「ムカつくのは分かるんですが、あの言い方はないです。もっとやわらかぁく“みんな尊敬してるけど俺にはそんな生き方ができなかった”な感じで終わらせておけばよかったんですよ」

「おー、なるほど」

 

 え、なに? なんで今「あっ、そっかー」みたいな顔してるんです?

 動画配信者で食べてくなら言い回しは一番注意しないといけないポイントですよ?

 

「あと一個、詳しいことは分からないけど、シュウさんの考え方が少しだけ分かりました」

 

 どういうことだよ、と不貞腐れたように秋英寺さんが聞いて来る。

 

「えーとですね。シュウさんは、霊力があっても才能がないって言いましたよね。つまりこれは、そういう職業に就けないから、家を出たんじゃないって話なんですよ」

 

 彼は根本的に“他人のために自らを削る行為を良しとする”こと自体が退魔師の才能だと考えていて、それが決定的に欠けているから協会の人たちのように従事できないと言っているのだ。

 自分たちが誰かを守るために努力してる間に、その誰かが青春を満喫してたら「しあわせでよかった、俺達がこの景色を守ったんだ」ではなく「なんじゃそりゃ」って思っちゃう。

 変な話だけど、シュウさんは霊力があってもどこかで退魔界隈から離れていたんじゃないかな。

 って感じの説明をしたら、彼の顔が明るくなった。

 

「そう! それっすよ、ナイス言語化! 他人のために頑張る姉貴たちはそりゃすごいと思うよ。尊敬だってしてるし、協会のおかげで保たれる平穏があるって知ってる。でも俺は、そういうのに耐えられないんだ。そんな生き方したくない」

 

 お姉さん側からしたら「四季家に生まれたのにふざけてる」ってなるだろう。

 ただ自己犠牲は尊いかもだけど、僕も自分をあんまり削りたくないので正直気持ちはシュウさん寄りです。

 

「シュウさん的には、正義の味方をやるには力じゃなく才能(強い意志)がないって話であって。そこを責めるのは、酷なんじゃないかなぁ、って思うキモブタであります」

「……だけど、オレらが投げ出したら、泣く人がいるじゃないか」

 

 それを言い出したら、ならシュウさんは泣いていいの? って話になる。

 僕ら一般人は守られてる側だし、言ったら悩ませるだけだから言わないけど。

 

「もちろんです。僕も含めて、シュウさんだって、秋英寺さん達の頑張りに甘えて日常を送っています。ただ、彼は家からお金を貰わず自活しようとしています。たぶん、四季家のお金は守った代価だから。その恩恵を自分は受けちゃいけないと考えて。あの、その、受け入れがたいかもだけど、最低限のスジを通そうとしてるのだけは、分かってあげてほしいです」

「……納得は出来ない。オレは、秋英寺として、守るものがあると思ってきた」

 

 巫女が淫魔を討伐する、そのために努力するのは当然だろうとその瞳が語っている。

 ただ、と視線を逸らして彼女は吐き捨てた。

 

「ムリに戻れとも、言わない」

 

 それが秋英寺楓の精一杯だった。

 シュウさんは言葉なくその場を後にした。僕もぺこりと一礼してから彼についていく。

 

「すんません、キモブタさん」

「いやいや、規模的とか内情とか考えると、比べていいのかは分からないけど、僕も家族関係では困ってますから。気晴らししましょ、美味しいおしるこを出す店知ってるんです」

「ま、まだ食うんすか……?」

 

 若干引き気味だったけど、彼はにへらと笑ってくれた。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 あれから数日後のお昼休み。

 今日は空き教室で、美桜さんや咲綾さんとお昼ご飯だ。

 教室だと手乗りサナちゃんが出てこれないから偶にはね。

 

「りゅーちゃんや合法ロリ退魔教師巫女さんには申し訳ありませんが、彼らがいると寛げないんですよね、やっぱり」

「せんせのあだ名がひどすぎる」

 

 僕の頭の上でくつろぐ手乗りサナちゃんに、美桜さんが半目でツッコむ。

 まあ、わりと淫魔っ娘からすると椎名先生は危険な相手だから仕方ない。

 

「サーナーティオ、ぶどう食べる?」

「あ、いただきます」

「なら皮剥くね」

 

 なお分体だから食事は完全に必要ないのだけど、咲綾さんが餌付けしています。

 ちっちゃくてかわいいからこっちも仕方がない。

 和やかなお昼ごはん。ただ、シュウさんの件が尾を引いていた僕は、お弁当を食べつつ聞いてみた。

 

「例えばさ。二人とも退魔巫女として修業してるよね。その修行の時間で他の皆はカラオケしたり買い食いしたり恋人とデートしたりなんだけど、ずるいなーって思わない?」

 

 もっと言ったら、命や貞操の危険があるのに淫魔と戦う。

 なのに誰にも知られず感謝もされない、そこに不満を抱かないのだろうか。

 僕の質問に対して、妹さんの回答はこう。

 

「修行もしてカラオケもして買い食いもすれば問題ないじゃん。恋人は、まぁ、これからだけどー」

 

 超バイタリティ。

 全部やれば大丈夫って発想、若干脳筋じゃないですかね。

 

「美桜、たぶんそうじゃなくて。直人くんは、退魔巫女というだけで危険な戦いを背負わされたのに、守られる側が安穏としていること不満とか嫉妬はないのか、って聞きたいんだと思うよ?」

「あっ、そういうの?」

 

 僕の意図を読み取って、咲綾ちゃんが改めて聞き直してくれた。

 でも妹さんの答えはやっぱりあっけらかんとしている。

 

「まあ、前にもちょっと話したけどさ。やりたくてやってることだから、そこで文句言うのは違うよね」

 

 キャンプファイヤーの時を思い出す。

 普通の生活に一線を引いても、それを恨んだり憐れみを求めたりしない。美桜さんは、やっぱり強いと思う。

 

「嫉妬もなぁ。私はやれる、ならやる。それで皆が平穏無事ならおっけー。やりたいわけじゃないけど、他の人に押し付けたいわけでもないし。私が強くなった分、直人や他の皆だって安心できる。そう考えたら修行も結構悪くなくない?」

 

 すごくシンプルだけど、彼女は根っこが誰かの笑顔を守る努力を苦に思わない正義の人らしい。

 そういう感じだったらシュウさんも悩まなかったのかなぁと思う。

 

「美桜さん、すごいなぁ。かっこいい」

「そう? もっと褒めていいよ?」

 

 ふふーん、と勝ち誇るように胸を張る。

 咲綾さんは少し考えてから僕の質問に答えた。

 

「時々、修行しても成果が出ない時は、やっぱり悩むかな。でも春乃宮の娘として、退魔巫女として、平穏のために淫魔と戦うのは当然の責務だと思ってるよ。ただ、責務だけじゃない。私の頑張りで皆を守れるなら嬉しい、って今は素直に考えられるようになったの」

「お姉ちゃんはかったいなー。無駄に硬いと横から押されてぽっきり折れちゃうよ?」

 

 なおその横からの押しは、主に美桜さんの退魔巫女としての才能だった模様。

 咲綾さんの悩みはだいたいそこに起因しています。

 でも今はだいぶ余裕ができて、自然と皆のためにと言えるようになった。

 

「そっか。二人に守られてること、僕も感謝しないとね。ありがとう、いつも頑張ってくれて」

「どんどん感謝して。お礼なら、またビリヤード付き合ってくれればいいからさ」

「また……えっ、また?」

「や、お姉ちゃん。遊ぶくらいフツーだから。なんなら、今日の帰りにイッてみる? ララたちも呼んでさ」

 

 放課後のお誘いに対して、咲綾さんは少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「い、行きたい……でも、ごめんね。今日は予定があるの。すっごく、残念だけど」

「あれ、友達と遊びに行くの?」

「ううん、登則さんが相談があるらしくて」

 

 三つ編みメガネな優等生の登則恵子さんとは、文化祭後も仲良くしてるようだ。

 最近は折原さん・咲綾さん・登則さんでいることも珍しくない。

 

「そうなんだ。じゃあ、待ってよか?」

「ううん、どれくらいかかるか分からないから」

「じゃ、ビリヤードはまた今度ね」

「ありがと、美桜」

「はいはーい」

 

 笑いながら手をひらひら。

 姉妹の間も、いい感じになってきたと思う。

 その後も穏やかな気分で僕たちはお昼ご飯を食べた。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 そうして放課後。

 咲綾は夕暮れの教室に残り、登則恵子と向かい合う。

 悩み事があるらしいが、あまり表情には出ていない。

 

「今日はすみません、春乃宮さん」 

「ううん、大丈夫だよ。それで相談っていうのは……」

「そうですね。最初は、佐間くんに直接行こうかと思ったんです。でも、今の彼はあまり“揺さぶれそうにない”ので」

 

 よく分からないことを言ったかと思うと、恵子は顔をあげ、どこか大人びた笑みを見せる。

 

「実は、佐間くんに告白しようと思っていまして。幼馴染みという春乃宮さんに、相談できれば、と」

「えっ、ええっ!?」

 

 あまりに予想外な相談内容に咲綾は驚き目を見開く。

 しかし恵子は淡々と話しを進めていく。

 

「な、なんっ、なな、なんでっ」

「あの、文化祭前の事件。佐間くんには準備でたくさんお世話になりましたし。閉じ込められた時は率先して動き、触手相手に戦うところ(・・・・・・・・・・)も格好良かったです。佐間くんを好きになるのは、自然の流れだと思いますが」

 

 それは、分からないでもない。

 だが、あまりにも突然だ。頭が沸騰して上手く回らない。

 

「だから告白しようと思います。幸い彼は誰とも付き合っていないようです。お願いです、手伝ってもらえませんか? 春乃宮さんにしか相談できないんです」

 

 だって、と恵子は静かに付け加える。

 

「妹さんの方に相談するのは難しいですから。下手に突っつくと、あちらで恋愛関係が成立しそうですし」

 

 今度は心が冷えた。

 客観的に見て、咲綾よりも美桜の方が、直人に関する相談はしにくい。

 それはつまり……。

 

「まあでも、そこはいいとして。春乃宮さんの協力があれば、佐間くんと付き合えるかもしれません。どうかご協力願えないでしょうか?」

「ご、ごめん、ね。ちょっと、相談。うまく、答えられそうに、なくて」

「そうですか? もしかして、体調が悪い、ですか?」

「う、うん。本当に、ごめん。今日は、もう」

 

 頭がグルグル回っている。

 うまく言葉もつむげないまま。咲綾は逃げるように夕暮れの教室から抜け出そうとした。

 

「あ、待ってください。春乃宮さん」

「な、なに?」

「帰り道、注意してくださいね。最近変質者が増えているそうです。あなたは綺麗ですから、タイミングよく声をかけてくる男の人には特に警戒を」

 

 おぼつかない足取りで廊下を歩く。

 なんで、想定していなかった?

 佐間直人は決して美形ではない。欠点だって多い。だけど美点だって確かにある。

 それを評価する女子が出てきてもおかしくない。

 だけど協力なんて出来ない。

 自身の想いもある。だけど、疎遠だった時期のある咲綾には、適格なフォローは難しい。

 なにより。美桜の方が一歩リードしているのなんて分かっていた筈なのに、なぜ今更ダメージを受けているのか。

 全部が全部ごちゃごちゃになって、気持ちが深く沈み込んでしまう。

 

「……帰、ろう」

 

 うつむいたまま咲綾は下校する。

 こんなことなら、皆でビリヤードに行けばよかった。そんなことを考えるくらい今の彼女は弱っていた。

 こつり、こつりと自分の足音だけが良く響いている。

 ああ、いやだな。こんな日は、ブタちゃんに重課金しよう。

 そう思い、少し歩く速度を上げた時、視界の先に人影を見つけた。

 一瞬、びくりとした。変質者の話を先程聞いたばかりだったから。

 

「やあ、咲綾ちゃん。どうしたの、そんな顔して」

 

 佐間武尊。

 直人の兄は、優しそうな笑みを浮かべていた。

 つまり咲綾的にはほぼ変質者だった。

 

「あなたは……」

「ずいぶん悲しそうだ。なにか、嫌なことでもあった?」

「いいえ、特には。放っておいていただけると嬉しいです」

 

 前回のこともあり、警戒心が働く。

 しかし武尊は無遠慮に近付いて来る。

 ちゃりっ、という音が聞こえた。石がこすれ合う音? どうやら彼は右手に何かを持っており、それを掌で遊ばせているらしい。

 

「直人に対する態度とは、全然違うね」

「当たり前じゃないですか」

「連絡もくれなかった。待っていたのに」

「連絡……?」

 

 なんの話だろうか。

 咲綾はメモを当日燃えるゴミにしたため武尊の連絡先一切記憶していなかった。

 

「き、君達は、だいぶ俺をコケにしてくれるね。これでも大学ではそこそこモテるんだけど」

「そうなんですか? では、ナンパはそちらで行ってもらえると」 

「だからナンパじゃない。俺はただ、君を狙ってるだけだ」

 

 狙う、なんてあまり女の子を尊重していない物言いだ。

 やっぱりこの人は好きじゃない。咲綾は鋭く睨み付けるが、武尊は肩を竦めるのみ。

 

「まあ、恵子もうまくやってくれたってことかな。退魔巫女なのに、ここまで気付かないんだから」

 

 退魔巫女? なぜ、彼の口からそんな単語が。

 その時、咲綾はようやく気付いた。

 周りには誰もいない。虫の声も聞こえないくらいに静かだ。これは、人払いの結界……ではない。

 改めて探れば、空気そのものに違和感がある。

 この感覚は。

 

「上級淫魔の、“なわばり”……!?」

 

 武尊が右手をスッと上げる。

 指先には、紫色の……水晶?

 

「淫魔は快楽のエナジーを魔力に変える。霊力の高い女性を絶頂させれば質のいい魔力を得られる。そして……女性を苗床にして繁殖するタイプもいる。淫魔に教えてもらった内容だが、間違っていないかな?」

 

 にやりと笑い、水晶を指ではじくと同時に彼は呟く。

 

「ブラキウム・インヴィディア」

 

 そのひと言で周囲から無数の触手が出現する。

 五大淫魔が一柱、触魔ブラキウム。

 女性の弱点を突くことに特化した化物は、ゆらゆら揺れながら武尊の指示を待っているようだ。

 上級淫魔が人間に従う。目の前の出来事に咲綾は動揺しなかった。 

 何故なら、人間が淫魔の眷属を使役する例を彼女はよく知っていた。

 

 

 

 

 




佐間くんと春乃宮咲綾さんとの関係が深くなってないから、佐間くんの方を突いても動揺を誘えないよね? という恵子さんの判断
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