ロリサキュバスと同居生活してたらいつの間にか淫魔の王になっていた話 作:自宅戦闘員
魔力を回復した僕たちは改めてマンションに集まる。
目下の議題は当然触魔と兄さんに関して。もう寒い時期だし、お茶の代わりにホットココアも振る舞う。
「魔力の回復はできましたし、ダニィの対処法を考えていきましょう」
「ダニィ?」
「ダサいお兄さん。略してダニィです」
相変わらずの省略センスなサナちゃんです。
「ところでナオトくん。何故後ろを向いているのでしょう」
「それは、その……あ、はは」
気まずいからです。
以前パイセンに感度向上をかけた時と同じ。快楽のエナジーを魔力に変換するというシステム上、僕が魔力を回復したタイミング=アレがソレでそうなった、ということである。
なので離れたビジネスホテルに泊まっても、僕は美桜さんや咲綾さんがそうなった瞬間も回数も把握できちゃっているのだ。
もちろん既に惑いの淫夢は解除したので、今後もカウントできるわけではない。
だとしても、同級生のそういうのを知ったことで大変精神がぐっちゃぐちゃになっております。
「直人、ほんとどうしたの?」
「大丈夫?」
姉妹が気にかけてくれるのは、時間が経ってどんな夢を見たのか忘れてしまったからだろう。
あと僕が絶頂カウンター完備だって知らないからですね。
でも、ここでわたわたしてたら気付かれてしまうかもしれない。両の頬を自分でパンと叩き、気合いを入れ直す。
「ごめん、ちゃんと話し合おう。ええと、兄さんは奪魔・触魔陣営。でも、情報はあんまり与えられていない、使い捨て的な立ち位置ではあると思う。でも、放っても置けない」
「咲綾さんに狙いを定めていますからね。まず、美桜さんたちに関しては、協会への報告を止めておいてください。下手な突き方をすると、奪魔デートラヘレが本格的に参戦します」
「うん。その意味だと、サーナーティオたちの協力も難しいよね?」
咲綾さんの言葉に僕は頷く。
「そうだね、表立ってサナちゃん達が動いて、奪魔が介入する理由を作りたくない。あくまで兄弟喧嘩の範疇で終わらせたいね」
「ええ、それがいいと私も思います。横やりが入る前に、可及的速やかに、です」
サナちゃんと目が合った。どうやら考えは同じみたいだ。
「うちも滅茶苦茶仲いいわけじゃないけどさ、直人のところはホント物騒ね」
呆れたように美桜さんが言う。
まあ物騒になったのは、淫魔と関わりを持ったからではある。
直接的な手段がなければここまでエスカレートもしなかったはずだ。
もちろん言わないけど。変なことを言ってウチの子たちを悲しませたくない。正直が美徳にならない時だってあるのです。
「まあ、佐間家は元々つぎはぎだらけだから。僕の扱いなんてぼろ切れみたいなもんで、剥がれて飛んで行っても誰も気にしない、なんなら雑巾にして使ってやるよ、くらいの扱いです」
茶化して言うとらっちゃんが「やな話なのじゃ」と、同情めいたものを瞳に滲ませた。
「キモブタさんは、その扱いでよく歪まなかったのう……」
「むしろ歪んだからの今と言いますか。ぼろ切れでも棒に括りつけて精一杯振れば、なんとなく旗に見えるやろの精神でやってきました」
今じゃデブもブサイクも動画を構成する立派なキャラクター要素。人間万事最高な豚というやつである。
空気も和んだところで、咲綾さんが問う。
「登則さんに関しては、どうする?」
「今のところは放置しかないんじゃない? 直人に告白、っていうのも単にお姉ちゃんを単独行動させるための仕掛けでしかないんだろうし」
まあ僕が告白されるなんてあり得ないからね。
「一応、ひーが監視しておく」
「お願いできる?」
「ん」
目玉羽虫で見るだけなら構わないだろう。
「変な話、兄さんの仕業って分かってるだけで、僕にとっては有利なんだよね。文化祭で嫌な思いをさせられた分、しっかりとお返しさせていただくよぉ!」
※ ※ ※
「はいっ、ということで皆さん、おはようございますこんにちはこんばんわー。キモブタ地元メシちゃんねるのお時間でーす。今日は、有名地元大学のキャンパスに来ております。特別企画、“あの大学で一番美味いヤツ”でございます!」
ってことで、さっそく兄さんの通う大学にアポを取り、学食での撮影を敢行しました。
まさか兄さんもこんな形で僕が襲撃するとは思っていまい。
「この大学にはいわゆる普通の学食、オシャレなパスタ食堂、カフェの三つがあります。そこを巡りながら、美味しい料理を紹介します。いやー、最近の大学の食堂ってレベル高いからね。今から楽しみ。特盛出来るかな」
こんな感じで長々食堂に居座れば、兄さんだって冷静ではいられないだろう。
せいぜい挑発させていただきますよ。
別にいいよね? だって同じことされたからお返ししてるだけなんだから
「ということでまずパスタ食堂。ここのボロネーゼが通う大学生に大人気だそう。お値段お安く、ボリュームも良し、味もイケると学生の強い味方!」
「うんっ、美味しい! えっ、すっご!? これほんとに学食のパスタ!? トマトの程よい酸味に、しっかりした肉の存在感。なによりパスタが冷凍でなく、ちゃんとたっぷりの水で茹でるから見事な歯ごたえ! 専門店にも引けを取らないよ! いいなぁ、この大学の生徒さんたち。こんなおいしいのが毎日食べられるなんて」
「あっ、僕のチャンネル見てくれてるんですか? あのー、よければオススメを教えていただけると……。え、特製からあげ丼? そんな、デブが大好きなヤツじゃないですか! ありがとうございます、行ってきます」
笑い声が響く中、大学を走るキモブタ。
学食の方でからあげ丼を注文し、思い切りがっついていると、なにか嫌な視線を感じた。
ああ、兄さんが来ている。
今は撮影しているから、変なところを見せないようにしているけど、苛立ちが手に取るようにわかる。
「くっはぁ、からあげ丼美味しい!」
さあ、怒れ。苛立て、頭に血を昇らせろ。
すればするほど冷静さを失って、僕しか目に入らなくなる。
咲綾さんでなく僕を直接潰したくなれば僕の勝ちだ。
「お、SNSに色々コメント来てますね。“カフェのスイーツも美味しいですよ、オススメ!”嬉しい情報、こちらも後で行ってみましょう。“キモブタもうち受験するん?”。いやー、難しいですねー。僕はそこまで成績よくないし、学費をチャンネルの稼ぎで賄ってるからわりと懐事情がね」
そこで、ちらりと兄さんの方を見てやる。
あなたと違って! 自立してるので! 大変なんですよぉ! とアピール。
察しがいいだけに僕の言いたいことは伝わったようだ。
あからさまにダニィの顔が歪んだ。あ、兄さんの。
こうして撮影は順調に進んだ。
その夜、兄さんから連絡が入った。
「はい、もしもし」
『……直人、どういうつもりだ』
「どういうって、単なる撮影だよ。いやー、配信者は視聴者数を稼ぐために色々企画を頑張らないといけなくてさ」
『わざわざ、うちの大学で』
「それは偶然だよ。でも、兄さんだって文化祭の邪魔をしに来たんだから御相子だね?」
電話越しでさえ歯ぎしりをしたのが分かった。
幼い頃からの刷り込みか、ちょっとビビッてしまう僕だけど、それでも精一杯挑発をする
「か、勘弁してくれると嬉しいな。生活のためなんだ。それにしても、食堂のご飯美味しかったなぁ。特にからあげ丼、ジューシーで最高だった」
ここで、前もって準備していた、皮肉たっぷりのセリフを突き付ける。
「親のスネとどっちが美味しいのかな? 兄さんと違ってしゃぶったことがないから、味を知らないんだよね」
なお、セリフの原案は、実はひーちゃんだったりする。
テレビを見た時に「親のスネってなに? おいしいの?」って言ってたのを改変したんのだ。
『ブタ、がぁ……!』
「気に食わないんなら、相手してあげるよ。僕の方から会いに行くから、感謝してね触手使い」
そうして電話を切る。
仕込みは済んだ。あとは、潰すだけだ。
※ ※ ※
欲しいモノは手に入るのが当たり前だった。
小学生の頃、弟が生まれた。母は最低限の世話こそしていたが、どこか作業的に見えた。
弟どころか、父にさえ興味を抱いていなかったように思う。
反面、武尊に対しては過剰なまでに愛情を注いだ。
幼くても理解する。母にとって父はATM、弟はゴミ。自分だけが家族なのだと。
父もまた、母をどうでもいい存在のように扱った。だから母の血を継ぐ子供達にも同様に価値がない。
だとしても武尊にとっては居心地がよかった。
父は良く金を稼ぐが家にはあまりいない。普段接するのは彼にとっては甘い母と、イジメてもいい弟だ。
幸い弟の直人は、運動も勉強もできず顔も悪いデブ。家でも学校でも「弟はああなのにお兄ちゃんは立派」と周囲の評価を上げてくれる良い踏み台になった。
恵まれた環境は傲慢な性格を育んだが、同時に優しい兄を演じることも覚え、優等生のイメージを利用して弟を貶める遊びにも興じた。
武尊にとって学生生活は実に楽しく、他人とはこちらの思う通りに動いてくれる容易いものでしかなかった。
そんな中、祖父である泰造だけは、直人への扱いに苦言を呈した。
ただし祖父は優しく、弟を邪険に扱うこと自体は諫めたが、兄弟に差をつけようとはしなかった。
だから武尊もそれほど嫌うことはなく、子供の頃は祖父の営むアンティークショップによく遊びに行ったりもした。
長い歴史を持つ小物たちは、幼い心をワクワクさせる。
同時に、直人も知らない秘密を、武尊は一度だけ見たことがある。
アンティークに宿った悪霊のようなものを、祖父が封印する姿を。
『すごい! かっこいい! 僕も魔法が使いたい!』
まだ子供だった武尊には、それが単純に眩しかった。
同時に、祖父の血をひく自分も、いずれその魔法に目覚めるのだろうと考えた。
そう、特別な力もまた、武尊にとっては“手に入って当たり前のモノ”だった。
けれど、祖父は少し悲しそうな目をした。
『お前には、得られないものだよ』
その理由を、後になって知る。
自分は父と血が繋がっていない。浮気した母が托卵した子供なのだと。
当然祖父の力が宿っているはずもなく、子供の頃に抱いた夢想は簡単に霧散していった。
浮気された父が夫婦関係を続けた理由は実に単純。自身の務める会社の出資者が、母の両親だから。
母の浮気が発覚しても、その両親は「お前の甲斐性がないせいだ。娘は悪くない」と父を責めた。
そういうクソ親だから、母と破綻すれば逃げ場とした仕事さえ失う。本当に失業するかは分からないが、少なくとも父はそう判断したようだ。
つまり居心地がいいと感じていた佐間家は、妥協で成立する、少しでもズレたら崩壊する積み木のような家族だった。
そうなって初めて、直人が煩わしくなった。
小突いて遊んでいいオモチャから、
高校進学を機に一人暮らしを初め、ブサイクのくせに動画配信を初め、金を稼ぎ始めたことも拍車をかけた。
商店街では直人の動画で紹介してもらったと感謝する店が増えた。
高校生なのに何でも自分でやって偉いという人も出てきた。
イジメられて当然のブタのくせに、まるで兄よりもちゃんとした人間だと言わんばかりに振る舞っている。
なら、こいつの持っているモノは取り上げても問題ない。
生活費も学費も払う必要がない、仲のいい女も全部だ。
不出来な弟が持っていていいモノなんて、何一つないのだ。
なのに、武尊は“淫魔”から教えられた。
祖父・佐間泰造は封印術の書と霊珠の籠手を、直人に渡した。
それは霊力がなくても術を使える補助具であり、書には泰造の産み出した全ての術が記されているのだという。
何故だ。霊力がないのは弟も同じなのに。
……やはり、血が繋がっていないから?
武尊は一番嫌な展開に愕然とする。
息子の嫁と浮気相手の間に生まれた、孫ではない誰かだから。特別な力を受け継ぐことができなかったと考えた。
なら奪ってやる。
憧れのために努力するのは、人として正しい在り方だろう。
書も籠手も、より優れた自分が受け継ぐべきだ。
『親のスネとどっちが美味しいのかな? 兄さんと違ってしゃぶったことがないから、味を知らないんだよね」
だというのに、底辺の存在だったはずの弟が見下してくる。
許せない。腹立たしい。怒りが、武尊の視野を狭めた。
だから彼は、弟の安い挑発に乗ってしまった。
その日の夜、武尊は繁華街からそう遠くない場所に足を運んだ。
十一月も半ば以上を過ぎ、夜になると吐く息は少し白い。しかし風情を感じるには、頭が沸騰し過ぎている。
ここに来い、と連絡をよこしたのは弟だ。ご丁寧に「来ないなら、兄さんの面白い動画を配信してあげる」と付け加えて。
ブタの思惑通りに動くのは癪だが、直接対決に不満はない。
なにせ奪魔デートラヘレから「彼は外法術師、ただし童貞」と聞いている。魔力を溜められない術師に怯える必要はなかった。
防犯カメラを嫌ったのか、中心部からは外れた場所だ。それにしたって個人店のネオンの看板はあるし、客通りだって普段ならそこそこある。
にも拘らず、人通りが少ない。
いや、まるでない……?
「待ってたよ、兄さん。人払いも認識阻害も済ませてある」
急に聞こえた声に、武尊は警戒し構える。
そこにいたのはクソブタ。弟である直人だった。
※ ※ ※
兄さんは僕を強く睨み付ける。
挑発が相当利いたらしい。
「お前……」
「咲綾さんが、迷惑しているからね」
「騎士気取りか。何にもできない、クソブタが」
「なんにもできないのはそっちの方じゃないか。パパのスネかじって大学行って、ママのつくる料理を食べて。僕は兄さんと違って、周りに助けられながらだけど、一人で頑張ろうとしてるよ」
軽口のつもりだったけど、兄さんの怒りのボルテージが急激に上がった。
憎しみのままに懐から紫色の結晶を取り出す。
「触魔、ブラキウム・インヴィディア……っ!」
周囲に現れる複数の触手たち。
結晶は魔力の塊。<適応繁殖>で生み出した触手を効率よく戦わせる餌であり、戦力を上げるための魔力ブーストって感じだろう。
しかし相変わらず数が多い。
「驚かないんだな」
「そりゃあ、咲綾さんから聞いてるし。……魂霊契約、ヒラルス・ラールア」
なら僕も数で抵抗する。
ひーちゃんから魔力を借り受け、自分の魔力と合わせて、多くの淫蟲を創造する。
兄さんはやはり驚いた顔をしていた。なんか、さっきから反応がちょくちょく変な感じだな。
……いや、これ、僕の契約を知らない? どうやら制限されているのは退魔協会に関してだけではないらしい。
「僕だって、これくらいはできるよ。いや、皆に助けられてるからこそ、だけどさ」
「ごちゃごちゃと……なんで、なんでおまえばかり!」
僕にとっては、兄さんばかり、なんだけどな。
おやつもおもちゃも友達も、皆に兄さんに取られてきた。
「あ、一応言っとくよ。僕もさ、兄さんなりの苦しさがあるの、少しは知ってるよ。でもね、僕はあんたがムカつく。だから、ぶちかます」
「そういうところは、気が合うな。俺も、お前がムカつくよ」
思い返してみたら、兄弟喧嘩なんてしたことなかったなぁ。
だからって今さら殴り合って仲良くなろうなんて気はさらさらない。
虐げられた僕と同じように、托卵児である兄さんにも息苦しさはあっただろう。
だとしても、やり過ぎた。兄さんは触手による女性への暴行を、魔力回復の手段とした。
「僕も、善人ってわけじゃない。似たようなことはやっているし。だけど兄さんは、もうとっくにラインを越えてしまっている」
「黙れ。お前から、お祖父ちゃんの力を取り上げてやるよ」
そうして僕たちは構える。
さあ、初めての兄弟喧嘩だ。