「教師になりました」
寒さも和らいできた春の日、目に包帯を巻いた五条くんはそう宣言した。
年も明けて、弛んでいた仕事も日常を取り戻していたこの頃、そろそろ花粉も飛び始めるだろうなぁと窓辺でぼーっとしていたのだが……目の前でダブルピースをキメる男が少しイラつく。
「教師になれる頭してたんだなお前」
「僕を何だと思ってるの? パーフェクトイケメンティーチャー五条先生なんだけど」
「もうその横文字が頭悪い」
というか、こいつ高校卒業したばっかでは? 教員免許とか必要なんじゃないの? 知らんけど。
まぁ向こうで何してても私には関係ないしな……コイツが適当こいてるだけかも知らんし……。あまりあっちのこと考えても仕方が無い。でも五条くんや夏油くんが過ごしてる所はちょっと見てみたいとも思う。旅行に行きたい。
しかし白頭のクソガキがよく他人を導く教師なんて進路にしたものだ。お前にものが説けるのか。小学校で子どもに混じってドッチボールしてる姿しか想像できない。そして大人気なく無双している。たぶん子どもだからって手加減とかしないしできないタイプだと思う。
あんなチビもデカくなったもんだ。別にたまに会ってたくらいの接点だけど。
「お前は教師に反抗するタイプだと思ってたよ」
「え? 滅茶苦茶反抗するけど? なんで従わなきゃいけないの」
「何で教師になったんだお前」
なんか憧れの教師とか先生がいて感銘を受けて──とかじゃないのかよ。本当に若者に常識を説明できるのかコイツ。別に私が学校に行くわけじゃないけど不安になってきた。
というかその目の包帯どうしたんだろう、見えてるのかな。ためしに手振ってみたら頭にハテナを浮かべつつ振り返された。見えてるらしい。
「そこはさ、『あー五条くんにも立派な志と先人を敬う心があったんだね! お姉さん感動しちゃう』とかじゃないの」
「お前先人を敬う心とかある?」
「ぶっちゃけ、無いよね」
「今のやり取りいる?」
マジでなんで教師になったんだよ。安定はしてるかもしれないけど楽な仕事じゃないし正直ブラックだって聞くぞ。責任も重いしのらりくらりしてるクソガキは好きじゃなさそうと思うんだが。
という私の思考を読み取ったのか、「失礼だなぁ」と頭を掻く五条くん。事実を述べたまでなのだが……?
「そろそろ、僕が目になってもいいかなーって思っただけだよ」
「白いくせに」
カッコつけているが、少し前はクリスマスプレゼントを喜んでもらえたとウキウキでご機嫌だったし、この前は夏油くんとまた喧嘩したらしくプンスコ怒っていた。彼のダセェところを大量に見てきたので、どうにも決まらない。
今の言葉だって青い野郎がまたなんか言ってるよ。みたいなテンションである。
ある意味微笑ましげに見る私の視線に、五条くんはバツが悪そうに頬をかいた。これ以上イジると拗ねそうなので話を変える。
「夏油くんは何になるって?」
「あー、アイツも僕と同じ教師。あっちのほうが悔しいけど体動かすのは得意だからそっちを任せる予定」
「へー、体育得意なんだ、意外」
あの優等生で真面目そうな顔した彼がフィジカル強めだとは。やっぱ世の中顔じゃわからねぇな。
彼も年明け前に一回顔見せたけど、そんなこと一言も言ってなかったな。まだ確定してなかったのかもだけど、言ってくれてもいいのに。
「秘密主義なとこあるからなアイツ。素で」
「生徒の初恋泥棒になりそうだね」
「そのポジションは僕の予定」
「事前に決めるもんなんだあれ」
親友と2人揃って教師かぁ、職場が同じなの良いなぁ、悩みとか共有しやすそうだし。
私はたまに出版社に行くけど基本在宅だし、あんまり他県に行かないし……同窓会くらいでしか友達とリアルで会わないかも。これちょっと危機感持った方がいいかもしれないな。
だって書斎に人が現れるようになってから、家にいても「人と交流する体力」が消費されるようになったから……なんかわざわざ人と会うために外出するのめんどくさくて……。本屋ならしょっちゅう行けるんだけど。あとブックオフ。
「ということで教師になった五条悟君の今後にご期待ください」
「打ち切りされそう。津美紀ちゃんたち元気?」
「超元気。また本のお姉さんに会いたいって言ってるよ」
「あらかわいい。クソガキとは大違い」
「クソガキって言うな。僕もう大人だから」
「それは普段の言動を顧みてから言って欲しいもんだ」
19? 20? あたりなんてまだガキである。酒やタバコなんかが解禁されて浮き足立つ成人式を終えた子たちが、羽目を外して新聞に載るなんてザラにあるし。まだまだ世間を知ったとは言い難い。
これは三十路の私も適応されそうだけどな。
「じゃあそんな教師になった五条くんにオススメの本でも紹介しようか」
「僕だって結構本読んでるからね、難しいの出してくれても良いんだよ?」
「そんな事言うと『黒死館殺人事件』とか出すけど……?」
「知らないけどかかってきなよ」
「言質は取ったぞ。まぁ真面目な話『世界の名著見るだけノート』、『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』、『心に太陽を持て』あたりかな。あとは近代の名著って言われてるやつは一般教養くらいには読んでいた方(読んだ方?)がいいと思う」
「近代文学ねー、なんかジメジメしてて好きじゃないんだよな」
「作家性や時代にもよるだろうな。痛快なやつは痛快なんだが」
別に無理に読めとは言わんがね、『夢十夜』とか『人間失格』、『蜘蛛の糸』とかは割と知っといて損は無いからなぁ。教養として。
教師なんて知識が求められるし、子どもに知識や啓蒙を与えるなら本を読んでダメな事は無い。でも五条くんが何教師なのか知らねぇや。国語教師では絶対無いだろうし、何? 歴史とか? コイツ何が得意なんだろう。
「お前担当科目なに?」
「え? 色々」
雑過ぎるだろ。全般って事? 小学校教員なの? コイツが生活とか教えてるの想像できない。朝顔とか確実に枯らすじゃん。でも算数のおはじきで計算してる姿はちょっと面白い。採用。
「小さい子相手なら絵本とか……? 最近の子は絵本より漫画って言うから難しいなぁ……」
「そういえば、この書斎って漫画無いな」
「漫画だけは電子派なんだ」
無限に増えそうな巻数や早い刊行速度、中途半端になりそうな書架の並び。あと財布。
そう言う関係で漫画は全部電子書籍で買っているのだ。なんか漫画は別に電子でも平気だ。無料キャンペーンとかよく利用する。でも小説とかは紙がいいめんどくさい人なのだ。
好きな漫画は『ここは今から倫理です』、『税金で買った本』、『さめない街の喫茶店』あたり。あんまり長い話は読まない傾向にある。
「へー、電子駆逐派だと思ってた」
「失敬な。紙を積極的に買うのは本屋さんへの応援もあるからね。最近は大きい本屋さんどんどん減ってるし」
「ふぅん」
悲しいことに紙の本は高級品になってしまったのだ。私の行きつけの大型書店は潰れないで欲しい。私の出す金はささやかな金額だろうけど。
まぁ五条くんはあんま興味ないだろう。いまだって適当に本棚を物色している。
「あ、そうだ」
少し思いついて、パタパタと書斎を出ていく。
私室の机、その引き出しから一冊のノートを取り出す。シックなダークブルーは新品の輝きがあった。
すぐに書斎に戻ってきて、はい。と五条くんに渡す。
「なにこれ?」
「読書記録ノート。教師になった五条くんの餞別に渡してやろう。これに読んだ本の感想だのメモだの書きな」
「めんどくさ。……まぁ、ありがと」
私のストックの一冊だ。記録をつけるとその本が自分に身についた感じがして好きなのだ。まぁ付けずに引き出しの肥やしになるのもまた一つの記録と言えよう。いつかそれに書きたくなる本が出てくるかもしれない。
あとはいつものように、それぞれ本を読んでいたら彼はいつのまにか帰っていた。
それにしても、アイツが教師になるなんて、今でも信じられないな。