「そういえば、いつもオススメしてばっかでみんながどんな本読むか知らないなぁ」
まだ家に帰れない中、経過観察として保健室に来ていた私は、なんとなく気づいたことを口にした。
首の傷こそは回復してもらったが、酸素不足で脳なんかに負担がかかっているかも知れないと、数時間ごとに家入さんの診察を受けているのだ。
それに、私は呪力が無い非術師であり、相手の術式の影響なんかを受けているかも知れない、ということだ。あの男は尋問にかけられているが、のらりくらりと話を変えたりしてなかなか情報が集まらないらしい。五条くんが愚痴っていた。
さてそんな五条くんと、なんなら夏油くんも私の診察には同席している。なぜ? 君ら私の保護者か何か?? と思ったが、助けられたのは本当なので何も言わないでいる。後ろに2人付き添いがいると、なにかの宣告を受けにきた気持ちになるな。
「そういえば、そういった話はした事がないね」
話に乗ってきてくれたのは夏油くん。彼とは自分を表す本の話もしているから、気に留めやすかったんだろう。家入さんはピンときてなさそうだけど、まだ彼女とはあまり接してないから当たり前だ。五条くんは選書を弄られたのが恥ずかしかったのか、ちょっとぶすくれている。
「系統とか、好きな作者とか、この本たちは外せない! みたいなやつ、無い?」
「そうだなぁ、系統か……」
「ジャンル分けってムズくね? 青春小説と恋愛小説とか紙一重だし」
「それはまぁ、自分が強く感じた方で良いんじゃない?」
家入さんも良かったら教えて欲しいな、と椅子を回転させて前を向く。面白そうにこっちを眺めていた彼女の纏う雰囲気は、やはり年下とは思えない。私よりよっぽど「お姉さん」だ。
「私はそんな読まないけど、知念実希人とかはよく読むかな」
「ああ、作者本人が医療従事者だもんね。医学関連だと『医学のたまご』とかもあるよね〜」
「私は割とミステリとか……『自由研究には向かない殺人』、『そして誰もいなくなった』。あとは『いずれすべては海の中に』とかかな」
「なかでも海外文学が性に合ってるって感じかな? 結構分厚いの読んでるね」
夏油くんたちは面白かった本や気になっている本をポンポン上げていく。そんな中、まだ五条くんは迷っているようだった。即断即決な彼には珍しい。
「五条くんは?」
そう声をかけると、家入さんたちも彼に顔を向ける。そもそも私の書斎に来たのは彼が最初で、その分付き合いも彼が一番長い。だからこそ、読んできた本は多く、故に悩んでしまっているんだろうか。
「……笑うなよ」
「?」
「……『コンビニ人間』、『ノルウェイの森』、『バッテリー』、『風が強く吹いている』、『火花』……とか……」
「やはり有名なのを片っ端から読んでいる?」
「まぁまぁ、名作を読むのは良い事だよ」
「情報を食ってない? それ」
「だから言いたくなかったんだよ!! ひどいわ3人とも!!」
飛び出すビッグタイトルの数々。ひたすら「聞いた事がある」タイトルを手に取っていっているのだろうか。名作を読むのは悪いことではないし、読んで損はないと思うが、ここまで平積み常連の本が出てくると驚く。こいつ伝説ポケモンだけでパーティーを組むタイプだろうか。
「とりあえず有名なの読んでおけばハズレは無いじゃん! 僕は僕の選書を信用しない!」
「有名だからって自分に合う文とは限らないがな。たまには冒険してみたら?」
「本なんていくらでも買えるくらい金持ってるんだから安牌に逃げるなよ」
「最強が聞いて呆れる」
「こんなボロクソに言われることある??」
五条くんはもう半泣きだ。己の肩を抱いてわざとらしく震えている。ちょっとムキになってそうなところが面白い。
別に読んでる本自体は悪いものじゃ無いし、いろんなジャンルの本を読んでて良いと思うが、なぜ自分の選書を信用していないのだろうか?
彼に勧めてきた本は少なく無い。本への知識や抵抗感はほぼ無いだろうし、別に自分で好きに選んでも大ハズレを引くことはないと思うのだが。そもそも本のハズレってなんだろう。
「なんで自分の選ぶ本は信用してないの?」
普通にドストレートに質問することにした。だって気になるんだもの。
それを聞いた五条くんはあからさまに狼狽えたが、なんかどんどん萎んでいく。自慢の高身長がどんどん小さくなっていくが、どうしたのだろう。
「うえー……だってさぁ……」
「うん?」
「あんたに……自信もってオススメできる本なんて有名なやつばっかで……」
「私に? オススメ?」
「あんたが僕にオススメしてくれたみたいに、僕だってオススメしてあっと言わせたい! ……けど、そんな風に驚かせられるほどあんたの興味をひけるのは有名って言われてるやつくらいだろうなって……」
「へぇ……」
まさか私をビックリさせたいがための選抜だったとは。これには驚きである。
本人は顔を真っ赤にさせているが、私自身はかなり嬉しい言葉だ。人にオススメして、気に入ってもらいたい。それは確かに私にも深く根付いている気持ちだから。なんか後継を見つけた気分だ。
「私は君がオススメしてくれた本なら喜んで読むし、感想も伝えるよ」
「僕は驚いて欲しいの!」
「悟……お前小学何年生?」
「アラサー年生……ウケる」
「ウケるな」
「あとね、五条くん」
こればかりは言っておかなければならない。この世界は私の世界より時間が遅いのだ。
「それ全部読んだことあるし、うちの書斎にある」
「ミ゜」
「そりゃそう」
「お姉さん舐めてるだろお前」
その叫び声はどういう感情なの??
*
「楽しかったなー、あっちの世界」
あれから数時間後、無事に書斎に帰ってきた私は、改めてこの場所を見回っていた。
本に埋もれ、文字に囲まれた私の城は、変わらず静かに紙とインクの匂いを纏っている。もう、初めに来た少年はこの場所を臭いとは言わなくなっていた。
絵本コーナーのスツールは、もう私専用ではなくなっている。
彼らは本で変われたのだろうか。いや、別に変われなくても良い。本を楽しいものだと知ってくれただろうか。
私のおかげだと胸を張って言うわけではないが、少し自惚れても良いだろうか。彼らの本の話は熱に溢れていた。
私は一冊の本を手に取り、表紙を撫でた。
「また、来るといい。私はいつでも書斎と待ってる」
つるりとした装丁は、黒い魚が私を見つめている。