段々と寒くなってきて、乾燥肌や冷え性に悩まされる時期となってきた。
雨は少なくなり、ぴゅうぴゅうと北風が吹く。「北風ぴゅう太」を思い出す。
穏やかな空気が満ちてくる季節だが、私にとってはそうはいかない。
乾燥した、天気のいい風のある日にしかできないことがある。
本の虫干しである。
読書の秋、と言うが、立冬も過ぎたこの頃にやるのは少し遅い気もする。しかししばらく秋雨が続いたので、湿気に悩まされていたのだ。
しかし、今日こそは絶好の機会。しばらく雨はなく、薄く風があり、そこまで寒くない。虫干し日和だ。
「なにより、人手がいる」
「おっと、なんだか嫌な予感がするな」
「えっ何?」
「頑張れよクズ共」
五条くん、夏油くん、硝子ちゃん。
今年は三人も労働力がある。なんて幸運なのだろう。
今までは一人か、数少ない友人に頼んでいたのだが……今年は友人の仕事が忙しい。師走の今、無理に頼むのも酷だろう。
ということで、偶然ながらもこちらに来ていた若い衆に頼むことにする。……生まれ年は私より前だけど。
「今日は本の虫干しをする。夏油くん、五条くんには本の移動及び並べを命じる。硝子ちゃんと私は本棚の掃除をするよ」
「え、私も? 別にいいけど」
「げ、本読みに来たのに掃除かよ……」
「この量の本を虫干しするのは骨が折れますよ」
まだきっちりと棚に並べられた大量の本は、今年の湿気やいたみを放出する時間を待っている。
彼らがいられる時間も有限。きっちり働いてもらおう。
そういえば、気づいたことがある。ここに来る人数、人選はランダムだが、どうやら複数人の方が滞在時間が伸びるらしい。人数に比例して、ここにいる時間も長くなる。
しかし、夜は超えない。必ず日が落ちきるまでには帰っていく。
この現象は、未だ謎だ。一生わからないかもしれないが、害はないので別に良い。
「ほーら時間無いんだからさっさと立ち上がる。隣の客室を片付けて虫干し用スペースとってあるから、書斎の最端から本を持っていって並べること。縦に立たせて、ページを真ん中で開いて置いていってよ」
「強制的に働かされるぅ〜! 横暴だ! 労基だ!」
「…………」
「あっはい、やらせていただきます」
普段から私の本棚をしょっちゅう使っているのだ。このくらいはやってもらわねば。
いそいそと書斎の隅に行く男子二人を見送ると、私は硝子ちゃんに向き直った。
「私たちは本棚の乾拭きと床の掃除。このあとご褒美用意してるから、頼むよ」
「ちぇ〜、大変な時に来ちゃったな」
なんて言いつつ、この部屋に来た時にタバコを消してくれた硝子ちゃんは優しい。それとも、五条くんに本の近くでタバコを吸うなと言われていたのだろうか。
ここに初めて来た硝子ちゃんには悪いが、働いてもらおう。
「どんっだけあんだよ! 全然終わらないんですけど!?」
「これ一日じゃとても無理ですよ」
「そのために私は三日間有給を取っている」
この家の虫干しは大掃除に匹敵するぞ。覚悟しろ。
何百千何とある本棚の本たちは、一日で全て虫干しするには時間もスペースも足りない。
なので、大雑把に書斎を3エリアに区切り、日ごとにやっていくというのが毎年の流れになっていた。
秋の特定の期間にしかやれないため、立秋を過ぎるとしばらく天気予報に張り付くことになる。
「掃除をすると気持ちが良い。が、流石に無謀な数というのはわかってる。君たちが帰れば、あとは私が一人でやるさ」
「……そんなこと言われたら、頑張るしかねーじゃん」
「その筋肉と身長を存分に振るいたまえよ」
私の場合、脚立を何回の登り降りしてやらないといけないからかなりしんどい。しばらくは筋肉痛に悩まされることになる。だから、脚も腕も長い二人には大助かりだ。
「クソー、こき使いやがって」
「まぁまぁ、日頃の感謝だと思うことにしようよ、悟」
私の書斎にお世話になっている二人は、色々言いつつもテキパキと手伝ってくれる。ツンデレか?
重い大型本も素早く干してくれるのでありがたい限り。
「なんだこれ、『まず牛を球とします』?」
「ちょっと気になる」
「『まず良識をみじん切りにします』」
「なんで“まず”突飛なことを言い出す本が二冊あるんだ」
「切り出しやすいんかな……」
なんだかんだ見たことない本に出会えて楽しいらしい。
わかる、本屋だけでなくブックオフや雑貨店でしか出会えない本もある。本棚の様方が違ってて面白いんだよな〜、ヴィレヴァンは店員の趣味がよく出てるし。
案外いたるところに本は売られているのだ。
「あとすごい栞が出てくる」
「本棚の裏、下、本から……」
「ああ、失くしてた思ったらそこにあったのか」
栞はいつの間にか消えてるから困る。
読みかけのまま放置した本や、単純にしまう時に紛れたり、何回栞を買っても失くすんだよなぁ。それが虫干しや大掃除の時に一気に出てきたりする。
金属製の栞はバッキバキに凹んでたりして、気分も凹んだりする。杜撰な管理をした私が悪いが。
そう言うこともあるので、貴重な栞は逆に使わずにしまっておくと言うね。矛盾だね。
栞は受け取って、使われてない栞ケースに戻す。私は結局、栞は無くすものだと開き直って「失くしても良いし使っても良い栞ケース」にしまっている。失くしたくない栞は自室に飾る。
これによって私の読書QOLは上がったのだ。数多の栞を犠牲にして。
「『カキフライが無いなら来なかった』だってよ」
「どういう内容なんだ」
「『老人ホームで死ぬほどモテたい』」
「詩歌の題名って強烈だよね……」
さてさて、彼らの話に耳を傾けてないで、私も掃除に戻らなければ。
硝子ちゃんは真面目に本棚を雑巾で拭いてくれている。家主の私がサボっていたらわけないだろう。
埃が舞う書斎に、部屋の奥から男子の声だけが響いている。
一年の埃は思ったより積もっていなくて、数年前より圧倒的に少ない。
これは、彼らが頻繁に来るようになったからかもしれない。
私しか使っていなかった私の城は、いつの間にか何人もの客人を迎え入れるようになっていた。
「貴女には案外感謝してるんだ」
ふと、硝子ちゃんが言う。本棚の拭き掃除が終わり、床を箒で掃いているときだった。
印象深かったタバコの煙が無いと、彼女も年相応の女の子に見える。
傾き始めた日光に、黒髪が輝いていた。
「アイツらがあんな風に駄弁れるの、きっとここが無いと無理だったから」
「……案外、仲直りしてたかもよ」
「まさか、私が一番知ってるんだ」
彼らの仲を取り持った……と言うには、私がしたことは些細なことだと思う。それでも、硝子ちゃんの言うことの方が、よっぽど説得力がある。
積み重ねてきた関係性の違いかもしれない。
なら、素直に受け取っておこう。
でも、私も感謝しているのだ、彼らには。
「私も、おかげでこの本の山を独り占めせずに済む。ありがとう」
「ふふっ……それ、本人に言ってやってよ」
それは……なんだか調子にのりそうだから嫌だな。