今日うちに来たのは、なんと硝子ちゃんだけだった。
「あの二人は?」
「知らん、たぶん任務なんじゃない」
「じゃあ今日は私と硝子ちゃんのふたりっきりか」
硝子ちゃんとはあんまり話した事がなかったな、この前の虫干しの時にぽろっと感謝を述べてくれたけど、それ以外は男子二人の付き添いって感じで。
どうせなら親交を深めたい。なんせおんなじ女子。五条くんや夏油くんにはできない話とかしたい。
「どうせならさ、花見酒でもしない?」
「花見酒? 桜でも咲いてるの?」
「桜っちゃあ桜かな。とりあえず酒を持ってこよう、手伝って」
うちの無駄に敷地がある庭には、特に手入れもしていないのに毎年大量の芝桜が咲く。
3月の今頃から徐々にそのピンクを栄えさせ始めるのだ。というわけで、芝のほうの桜を見ながら酒でも飲もう。これは酒を飲みながら話をしたい私の口実である。
この前の梅酒は硝子ちゃんと夏油くんが飲み切ってしまったので、新しく自分ではそんなに飲まないくせに酒をいくつか買っておきました。
ちょっと良いリキュールとか、日本酒とか。リキュールは紅茶とかフルーツの物を数種類。日本酒は大吟醸を一本。今日は私もたくさん飲んじゃおうかな。明日は休みの日だ。
「へー、あんま飲まない種類の酒だ」
「普段は何飲んでるの」
「魔王とか黒霧島」
「流石」
かっこいいぜ硝子姉さん。
縁側にグラスとつまみのミックスナッツとポテチを置いて、いざ女子会花見酒。
芝桜はまだまばらに緑が見えるも、綺麗に桜色の絨毯を敷いている。
「実はもっと話してみたかったんだ。あの二人は勝手に色々喋ってくれるけど、硝子ちゃんは違うじゃん」
「まぁ……もともと私はここにそんな来た事が無かったからね。でも、今思うとあの二人が明らかに変わったのは貴女が言葉をかけてくれたんでしょ?」
「私はただ本をお勧めしただけ。彼らが変わったのは、きっと本のおかげだろうね」
「謙遜〜」
「本心本心」
ぐいっと紅茶と桃のフレーバーらしいリキュールを炭酸で割って飲む。ふんわりとした甘みが口の中に広がって、少しだけ喉がアルコールの辛味に痺れた。
「私じゃどうにもできないって思ってたんだよ。結局アイツらはアイツらだけで強くなっていく。そう思ってたのに、急にまた手を繋ぎ出してびっくりした」
「硝子ちゃんも彼らのことを硝子ちゃんなりに考えてたんじゃないの」
「それだけじゃダメだったんだよ。何か行動を起こすべきだったって、今も後悔する時がある」
ポツポツと語られる弱音は、彼女が酒に酔っているからじゃないだろう。彼女は酒に強い。
きっと、芝桜の魔力だ。花を見て、隣には友達を変えた人がいる。ピンク色の花弁が、彼女の素直さを引き出している。
景色には力がある。ロマンチックな夜景を求める人が多いように、穏やかな日和の、お酒を飲みながら芝桜を眺めるワンシーンだからこそ言えること。
「……硝子ちゃんは偉いね」
「え、」
「彼らのことを本当に大事に思ってたんだ。だからこうして私に打ち明けてくれたんだね、偉いね」
ぐいっと今度は日本酒を一飲み。リキュールとは違う辛さがじゅわりと口の中を焼いた。それが妙に癖になって、もう一杯追加で飲んでしまう。
「硝子ちゃんはきっと私より物事を考えてる。人の命や感情を大切にする子だ。感情を大きく表に出さないだけで、ちゃんと心の中では叫んでたんでしょう? 心配の声を、助けたいって願いを」
私は硝子ちゃんをそっと抱き寄せた。まるで赤ちゃんを宥めるみたいに頭を撫でる。
「あの世界のことを私はよく知らないけれど、硝子ちゃんは戦ってきたんだ。そして今、あの二人が笑って隣に立っているのは、決して硝子ちゃんが関係無いわけじゃないんだよ」
「…………」
「えらいね、よしよし。硝子ちゃんは何もしなかったんじゃない。気を遣って、見守ってたんだね」
「そう……思って良いのかな」
「私だって彼らが勝手に強くなったと思ってるんだもの、硝子ちゃんがそう思っててもおかしくないよね、ごめん」
私は硝子ちゃんから手を離すと、縁側から立った。サンダルを履いて、ふわふわする頭で芝桜の元へ歩いていく。
かつて正宗白鳥の作品「花より団子」で、主人公が桜の花を食べるシーンがあったっけな。
あれは本当に木々の桜だったけど、芝桜はどんな味がするのだろう。
「ちょっと、何してるの」
「んー、ちょっと、芝桜の味が気になって」
「花の?」
「『こんな綺麗な花の味を誰も知るまい』ってやつだよぉ」
「本の話? っていうか、酔ってるじゃん。あんなグビグビ飲んでるから……」
頭がふわふわして、愉快な気持ちだ。頭の中で花より団子の内容がぐるぐると文字の木枯らしのように回っている。
私は硝子ちゃんの腕をするりと抜けて、芝桜を一つ摘むと、口の中に入れた。硝子ちゃんの「あ」という声が響く。
「まずい」
「そりゃそうだよ、食べ物じゃないからね」
「でも芝桜の味を知っているのは私だけだね」
「はぁ……ほら、縁側に戻るよ。水持ってくるから」
酒でふらふらと力が入らず、私はそのまま縁側に寝かせられ、硝子ちゃんに水を飲ませられた。
仰ぎ見る硝子ちゃんの顔はとても整っている。わかっていたが、この子は美人だ。いつのまにか髪を伸ばしていて、大人の色気が醸し出されている。白衣も、スタイリッシュな雰囲気のある彼女の鋭さによく似合っていた。
「硝子ちゃんは顔がいいね」
「まだ酔いが覚めないか」
「今度おすすめのコスメ教えてよ。女子会しよ女子会。たまには本以外の話もしないと硝子ちゃんも飽きちゃうよね」
「はぁ……あのバカどもが来る時に、絶対に酒飲まないって約束するなら良いよ」
「うん、わかった〜。やった、硝子ちゃんと女子会できるぞ〜……」
「…………寝た? マジかよ」
その次の日、二日酔いの頭を引き絞って硝子ちゃんへのお詫びの品を考えることになったのは、まぁ当然のことだった。
番外編もっと書きたいんですがネタが無いのでましゅまろで募集します(ハーメルンの感想欄に送ると運対くらうので)
よければ送ってやってください。
https://marshmallow-qa.com/ilpwsmttzut0dgc?t=Wacvz6&utm_medium=url_text&utm_source=promotion