うちは呪術師専用図書館じゃないんですけど   作:月日は花客

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リクエスト番外:観光は計画を立てたい前編

 

 人と会うことは、疲れる。

 別に、親しい人なら良いだろう。親友となら突発で弾丸旅行ディズニーだって行きたいし、深夜に突然カラオケに行くのだって歓迎する。

 しかし、仕事となると話は別だ。

 丁寧なやりとり、会話術、社交辞令。そういったものがコミュニケーションの幅を狭め、またプレッシャーを与えてくる。仕事なのだから、きちんとこなさねばならないのだが。

 普段在宅で引きこもっているのもあり、気合の入った化粧やヘアメイクをするのだけで疲れる。おしゃれに無頓着なわけでもなし、アクセサリーやコスメもそこそこ揃っているが、気分の問題なのだ。

 社会において女性の化粧というのは必須であり、ナチュラルメイクとか清楚なカラーだとか、そういうものを当たり前に求められる。しかしそれを褒めてくれる人はほとんどいないだろう。昨今、セクハラに対する基準は高くなってきている。誰も危険な道を渡りたくない。

 私のように普段あまり化粧をしない人からすると、数日前から肌の調子に気を配り、時間をかけたフルメイクは頑張りの証なのだけれど。

 

「つっかれた〜」

 

 しかもその仕事が朝イチからだと、かなりしんどい。

 そりゃ、あちらさんも朝早い中会ってくださるわけだが……午後休とはいえ、疲労を口に出すのは許してもらいたい。

 一時間かけたメイクはなんだか勿体無くてすぐに落とす気にはなれなかった。

 

「あー、こんな時は本を読むに限る……」

 

 他人との関わりに疲れたのなら、自分の世界に閉じこもる時間も必要だ。

 私は仕事から帰ってきた服のまま、書斎で満足するまで活字に溺れようとドアを開ける。

 

 見慣れない本棚が広がっていた。

 

 自宅の書斎より薄暗く、埃っぽい匂いがする。古い木の匂いもほんのりと混ざって、古書店にでも来た気分だ。

 私の親戚が営んでいる古書店は、もっと天井が高くて、日当たりも良かったけれど……書斎というより、日本家屋の書庫を思わせる。

 私はこの場所に覚えがあった。

 呪術高専の書庫だ。

 少し前、私が襲われて突然行ってしまった五条くんたちのいる世界。呪霊と呪術師が戦ってるなんていう和風ファンタジーな世界だ。

 また、ここに来てしまったのだろう。理由とか原理はわからないが。

 どうしようかと思ったが、まぁ、見知らぬところでは無いのだし大丈夫だろう。

 

 それよりも、私としては書庫の蔵書が気になるところ。

 前はあまりじっくり見られなかったから、どんな本が所蔵されているのかよく見てみたかったのだ。

 どうやら教育のための本と娯楽用の本が混ざっているようで、高校の参考書やよくわからない呪術関係らしい古い本、高専の歴史を纏めたものも見られる。

 そのあたりの棚から視線を横に移すと、文庫や単行本のコーナーになるらしい。

 あまり整頓はされていないが、「小泉八雲集」や「あらくれ」など、日本文学……特に近代のものがよく見られる。この辺りはけっこうボロボロなので、長いことここに置かれているんだろう。

 それ以外だと、この前五条くんが言ってた「ノルウェイの森」や「きまぐれロボット」などの文庫が並べられている。中には過去に私がお勧めした本もあり、思わずニヤついてしまう。

 あ、「セーラー服と機関銃」だ。これもラストが泣けるんだよなぁ。最後の最後でどうして! ってなって、しばらくは読み返そうとしても辛くなって読めなくなっちゃったっけ。それくらい衝撃だったから。

 書庫は学校が管理してるんだろうけど、学校司書さんとかがいるのだろうか? しかし貸し出しスペースなんかの設備が見えないから、そういうのは無いのか。

 チラチラ見える私セレクトのおすすめ本は五条くんたちが入れてくれてるのかな。だとしたら嬉しい。

 なんとなくニマニマ感情に浸っていると、書庫の扉が開いた。

 

「は? 誰……って、アレェ!?」

「お、この前ぶり〜。お邪魔してまーす」

「な、なんでこっちにアンタがいるんだよ!」

 

 入ってきたのは五条くんだった。サングラスはこの書庫内では見づらくないのだろうか。

 メイクや服装でだいぶいつもの雰囲気から変わっているというのに、よく一目でわかったな。

 軽く手を振れば、困惑のままに手を振り返された。ウケる。

 

「いやー、なんか来ちゃった。私にもよくわかんない」

「えぇ……まぁでもこの前もテキトーに帰れたし、大丈夫か」

「うん、そんな気がするよね」

 

 なんとなーくだが帰れる気がしているので、特に危機感とかは薄い。

 五条くんは本を返しに来たらしい。その手にあるのは「限りなく透明に近いブルー」だ。やはり有名なのを片っ端から読んでいるのだろうか。

 五条くんはそれを本棚に戻すと、芥川龍之介の「蜜柑・尾生の信」を手に取った。

 

「あ、『蜜柑』だ。良いよね、私これ好きなんだ」

「ふーん?」

「芥川龍之介といえば『蜘蛛の糸』とか『地獄変』なんかが代表的だけど、私はこの『蜜柑』が一番好きだな」

「こーゆー文豪の本って難しい気がすんだけどね」

「まぁ否定はしない。でも『蜜柑』は割とわかりやすい話だし、内容もほっこりするから、お勧めだよ」

 

 読んだことない人は青空文庫でも読めるので暇があったら読んでみてほしい。短編だからサラッと読めるよ。

 近代文学に挑戦するなら、最初に代表作を読むのは王道だと思うけど、慣れるために短編から入るっていうのも良いと思う。文体や言い回しは慣れが必要だろうし、突然長い話から入るより余程挫折率が低い気がする。

 特に短編は短くまとめるためにわかりやすいお話が多くて、難しそうといった拒否感も薄まるだろう。

 

「……で、その〜アンタはどうして──」

「あれ、お姉さんがいるじゃないか」

「本当だ〜」

 

 五条くんが何か言いかけたところで、書庫に夏油くんと硝子ちゃんが入ってきた。二人とも手には本を持っている。

 書庫はなかなか活発に使われているらしい。別に私には関係ない場所なのに、なんだか嬉しい。

 

「なんか突然来ちゃったんだ。どっかしらで帰れると思うけど」

「へぇ、そういえば今日はなんだかおしゃれしてますね、何かあったんですか?」

 

 夏油くんは何かを言いかけて固まった五条くんをどかして本棚を整理しながら、笑って問いかけてきた。なんとなく夏油くんに女たらしの気配を感じるな。

 仕事帰りなことを伝えると、「なるほど、メイク姿は新鮮ですね。お似合いです」と笑った。

 

「ふふ、夏油くんはなかなかお世辞が上手いね」

「いや、まぁ世辞とかではないですが……で、悟はなに固まってるの。邪魔なんだけど」

 

夏油くんは軽く五条くんの足を蹴った。思いっきり泣き所を狙ってた辺り容赦が無い。

 

「いや、あー……まぁ、いつもと違う格好だからなんか落ち着かないっていうか……」

「悟……そんなだからお前には顔目当ての女子しか寄ってこないんだ」

「今それ関係なく無い??」

「ヘタレ」

「それはもう直球の暴言じゃん!!」

 

 微笑ましいやりとりを眺めつつ、流石にあまり広くない書庫で四人は狭いので、移動したい。男二人はタッパもガタイもあるので余計に狭い。

 それを硝子ちゃんが察してくれたのか、私は書庫の外へ退避することができた。初夏のこの時期はやはり暑いね。

 

「女性に会ったらまず服装やメイクを褒めるのは常識だろう」

「どこの国の常識だよ……」

「へぇ、そのアイシャドウの色良いじゃん。どこの?」

「ああこれ? 昔に買ったDIORの何か……あー、夏季限定品だった気がする」

 

 花見の一件から、硝子ちゃんとの距離が縮まった気がして、嬉しい。あの時は迷惑をかけてしまったけれども……。

 しばらくお酒はやめとこうと決めた事件だった。うん。

 

「同性の硝子ですら言えてるのに……」

「うぐっ……ま、まぁ? そのイヤリング? は良いんじゃねぇの?」

 

 私はピアスを開けてないので基本ノンホールピアスかイヤリングである。

 

「んふ、ありがと。若い時から使ってるお気に入りなんだ。文学作品がモチーフでね」

「へぇ、そんなものがあるんですね」

「島崎藤村の『初恋』モチーフなんだ」

 

 林檎が印象深いあの詩を元にしているので、白い林檎の花のパーツと赤い丸ビーズが付けられている。林檎がゆらゆら揺れるのが綺麗で、よく付けているレギュラーだ。

 ハンドメイドに凝っている友人から貰った物でもある。

 

「この歳で『初恋』モチーフってのも、なんだか恥ずかしいけどね」

「似合ってるから良いんじゃない?」

「やだ〜硝子ちゃんイッケメーン」

 

 煙草を取り出しながら指先でビーズを揺らす硝子ちゃんは女子校にいたら黄色い声があちこちから上がりそうだ。

 五条くんはなにやら夏油くんに揶揄われたのか拗ねたようにムッとしていた。それが成人男性の姿か。

 

「しっかし、しばらくは戻れないだろうし、どうしようかな〜」

「ずっと高専にいるのも退屈だろうし、どっか出かける?」

「え、いいの?」

「今日は私ら全員オフだから、どうせなら案内とかするよ」

「ありがたいけど……いいの?」

「いつもそちらでお世話になってますから、これくらいは喜んでしますよ」

 

 トントン拍子に組み上がっていく観光の話に、なんだか若者の行動力を感じる。

 別に書庫でずっと本を読んでても良かったのだけれど、案内してくれるというならお言葉に甘えよう。

 ここは東京だから、観るものも多いだろうし。

 

「本好きといえば……神保町とか有名じゃなかったっけ?」

「ああ、古本の聖地とか呼ばれてるとか」

「へー、良いじゃん。そこ行く?」

 

 五条くんがこちらに提案してくれたが、今の私はスマホも財布も持っていない手ぶらの状態だ。

 神保町は確かにいつか行ってみたいと思っていたが、素敵な本を見つけても買えないというのは血涙が出るほどに悔しい。

 

「私、今金持ってないんだよね……財布があったら歓迎してたんだけど」

「あ、そっか。別にこっちで出してもいいけど……」

「うーん、たぶん二桁万円は溶かすから遠慮しておく」

「うわ本キチだ……」

 

 古本はそれはもう、好きな人はひたすらに好きなものである。集めれば集めるほど良い。し、惹かれるものがある。

 万が一初版本とか見つけてしまったら、即座に財布を出してしまうだろう。あまりにも危険な土地なのだ。破産もあり得る。

 この世界が私の世界と年代が少しズレているのなら、レア本も残っているかもしれないが……流石に他人の金で豪遊はできない。

 

「まぁ、今日くらいは本から離れて普通に観光しようかな。お昼がまだだから、美味しいご飯食べに行きたいかも」

「ん、りょーかい」

 

 書斎じゃない場所で彼らに会うのもなかなか新鮮だけど、外出もそういえば初めてだ。

 久しぶりに友達と遊びに行くような気分に、おしゃれしててよかったと内心安堵のため息をついた。

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