世の中にはスフレパンケーキだの、台湾カステラ風だの、分厚い円柱パンケーキだの、邪道が蔓延っている。
そもそも分厚いパンケーキが市場を席巻したのは何故か。
見た目の豪華さや、ふんわりとした食感が好評だったのだろうが、第三位くらいに「絵本みたい」というものが来るのではないだろうか。
極めて遺憾である。
「ちびくろ・サンボ」も「白くまちゃんのホットケーキ」も、出てくるのは平たいホットケーキだ。パンケーキだ。
ふわふわ食感は否定しないが、あのしっとりした平たい薄いホットケーキこそが原初絵本のホットケーキなのではないか。
「そう思い、我々はキッチンに立つのだ」
「またお菓子作り?」
「パンケーキは分厚い方が良いでしょ〜」
「酒が飲みたい」
硝子ちゃんには後で蜂蜜酒をあげよう。ファンタジー定番のお酒だぞ。
私は休日。また書斎に三人が一気に集まった昼前ということで、今回もキッチンにて菓子を作る。
といっても、前回の「ぐりとぐら」のカステラよりはよほど簡単だ。だからこそアレンジが効くとも言う。
ぐりとぐらの中川李枝子さんや、「ある閉ざされた雪の山荘で」の東野圭吾さんなど最近は著名な作家さんの訃報が多くて悲しい。偉大な作家というのは長年続く名作を出すので、案外年齢がご高齢だったりするのだ。
本日のメニューは当然ホットケーキ。だが、ただのホットケーキではない。
「コーヒー、シナモン、胡椒、バジル、その他諸々。色んな材料の中から、好きなものを組み合わせて黄金のパンケーキを作ろうの会だ」
「ああ、だからこんなにパンケーキ以外の材料がたくさん」
「ホットケーキミックス使わねーんだ」
「あれ、ホットケーキ作ったことあるの」
「恵と津美紀と作ったの」
「いいねぇ、保護者してんじゃん。今回は小麦粉のみです」
ホットケーキミックスは便利だ。
ホットケーキだけじゃなく簡単なスポンジケーキなんかにも使える。万能と言って良い。
しかしそれはふわふわで分厚いパンケーキになってしまうのだな。膨らませることが得意なのだ。ホットケーキミックスは。
私の好みは平たく薄いしっとりホットケーキ。ふわふわや分厚いものには興味が無い。
「分厚いの作りたいならベーキングパウダーやセルクルもあるけど、初心者にはセルクルはお勧めしない」
「セルクル?」
「成形のための丸い金属の輪っか。型として使うんだけど……蒸したりセルクルから崩さないようにひっくり返したり、上級者向け」
時間もかかるし機材も別でいるので今回は使用不可です。
洗い物をどれだけ出さないかで家庭のホットケーキは決まるんだよ。
「甘いの、しょっぱいの、なんでもいい。フライパンと電子レンジを譲り合って使ってくれたら、何作っても良いよ」
「マジで!? 消費できないでしょ」
「割と保存が効くから残ったらしばらく私の朝と昼になる」
ホットケーキは冷凍したら割と期間が持つのである。混ぜたものによっては早めに消費しないとだけど。
私は髪を結び、生地作りに取り掛かった。
五条くんも夏油くんも、混ぜる過程はカステラで経験している。泡立て器くらい余裕で使えるだろう。
「僕甘いの作ろーっと! チョコチップとカラースプレー」
「んー、しょっぱいのがいいな。胡椒……インスタントコーヒー?」
「牛乳と混ぜて使うんだよ。私はパプリカパウダーと胡椒かな〜。おかず系にする」
「私もしょっぱいの食べたい」
硝子ちゃんはおやつカルパスやベーコンを選んだ。うーん酒飲みの選択。
「基本材料は一緒だからまとめてあるけど、フライパンは二口しか無いから順番に使って」
「恵くん達も来れたらよかったのにねぇ」
「もう中学なんだから流石にホットケーキでは喜ばないんじゃない」
「いーや、お菓子作りと縁遠い生活だったしアガるでしょ」
まぁなんとなく、泡立て器を持った時にテンション上がるのはわかる。
ガシャガシャ混ぜて、薄力粉も振るう。この時、たくさん混ぜれば混ぜるほどもちもちになるが、しっとり派の私は程々に辞めた。
「ホットケーキって絵本にもよく出てくるけど、やっぱ丸くて平べったいのが正義よ」
「えー、分厚い方がおいしくない?」
「素人が……」
あのしっとり加減がたまらんのだ。
「ひっくり返すにはフライ返しをやろう」
「あれやりたい。フライパン振ってやるやつ」
「無茶すんなー」
あれは上級者中の上級者がやるもんだが、小器用に夏油くんは成功させていた。五条はできなかった。
「できた。チョコチップ+カラースプレー+トッピングに生クリーム〜」
「匂い甘っ」
「見た目からして胃もたれしそう」
五条くんは完全に甘党のそれだ。焦げたチョコがさらに甘い香りを引き出していて、甘いものが苦手な人は見ただけで口に手を当てそう。
「私のはシンプルに胡椒。ハムとかレタスとか乗せれるね」
「シンプルイズベストだ」
「もうちょっと飾り気があっても良くない?」
「地味」
「うるさいよそこの二人」
夏油くんのは、焼き目が均一だし綺麗な丸になっていた。ホットケーキを焼くのは得意なのかもしれない。今度ミミナナに作ってやろうと呟いたのが聞こえた。
「ベーコンとおやつカルパス。砂糖控えめ」
「しょっぱそ〜」
「ホットケーキっていうか、酒のための生地って感じ」
「お腹は膨れるからこれ自体は悪くなさそう」
硝子ちゃんに蜂蜜酒を渡すとニヤリと笑って喜んだ。
ただ、これはクトゥルフを読んだ私が飲みたくなったものなので……冒涜的というのは、心の中に秘めておく。
「私のはパプリカパウダーと胡椒、乾燥バジル。おかずに走った」
「パプリカパウダーってどんなのなん」
「結構美味しいよ? 香ばしいし」
「こっちも酒には合いそう」
それぞれのパンケーキ、結局おかず系が四分の三になってしまった。
「あ、五条くんのは私食べないからそっちが持って帰ってね」
「これ食べられるのアイツしかいないよ」
「頑張って完食してね」
「え、8枚くらい焼いちゃったんだけど」
その後頑張って完食した五条くんは、キツそうにお腹をさすって帰った。