うちは呪術師専用図書館じゃないんですけど   作:月日は花客

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6.文豪に健常を求めてはいけない

 

「私はもう、守るべきものが尊いものだと思えない」

 

 夏油くんはそう言って、言葉を締め括った。

 掠れかけた喉にホワイトモカを流し込む。甘い香りとは反対に、苦々しい顔が浮かんでいた。

 

「……吐き出せたかい」

「はい。……これが私の苦悩の全てです」

「そう。よく話してくれたね。随分考えて、葛藤しただろう」

「………………」

 

 ただひとりの青少年が背負うには、重すぎるものを背負っていると思う。むしろ良くここまで頑張ってきたと、ゆっくり休んでくれと言いたい。でも本人が望むのはそういう声ではないだろう。難儀なことだ。

 

「そうだな、理想と現実の乖離。友人との格差……それは程度の差はあれど、皆持つ悩みだろう」

「……みんな苦しいのだから、我慢しろと?」

「そうは言ってない。話を最後まで聞きな。私が言いたいのは、多くの人が悩んでいるのなら、その答えも、解決法も、その人たちの分あるってことさ」

「…………?」

 

 残念ながら、私自身は哲学者でも高潔な偉人でもない。ので、唯一自慢の本の話をするしかできない。

 道徳の教科書や絵本みたいな綺麗事も言えないがね。

 

「太宰治が芥川賞に執着したように、中原中也が『春と修羅』に心酔したように、小林多喜二が文学で国に反抗したように……人々の苦痛、苦悩、寂寥は、いつだって文字と共にある」

 

 さらに残念なことに、私は夏油くんになれない。夏油くんが私にならないように。なら、その「解決法」は真の意味では自分で見つけるしかない。私は結局それを見つける為の小さな手伝いしかできないが。

 

「本を読み、言葉を使え。少年。その苦しみは、内に溜めているだけじゃ勿体無い。言葉になって初めて、その気持ちは解決に向かうと、人生の先輩は思うぞ」

「…………言葉」

「まぁそれでパビナール中毒になったり酒乱になったり捕まって拷問死したらダメだけどね。先人に倣うのもほどほどに」

「えぇ……」

 

 それにだ。と私は人差し指を立てる。

 彼の話で、彼がどれだけ親友と仲が深かったか、わかり合っていたかは羨ましいほど察せれた。そんな親友が、ここまでやつれた彼の異変に気づかないわけがあるか。

 

「小説の神様の志賀直哉だって、山手線に撥ねられたことがあるんだぞ? 最強と完璧はイコールじゃない。そもそも親友がこんなに思い詰めるまで放置した時点でそいつはミスを犯している。な? 君ももう少し肩の力を抜いていこうじゃないか」

「最強と完璧は違う……」

「そうだな……坂口安吾の『特攻隊に捧ぐ』でも読んでみるといい。守るものというより、守った者のことを考えるのも一つの手段だろう。……どこの棚に置いたっけな」

「あの」

「うん?」

 

 この書斎の何処かにはあるが、肝心の仕舞い場所を忘れた私は、中途半端に腰を浮かせた体勢のまま停止した。なんか変なポーズになってるけど気にしない。

 夏油くんは、そんな私に丁寧に頭を下げた。

 ふふ、真面目だなぁ。

 

「ありがとうございました」

「どういたしまして。偉そうなこと言ったけど、辛かったら休みな。走り続けるより効率はずっと良いだろうから」

「はい」

 

 …………少しは憑き物が取れた顔してるね。良かった。

 

 でも慣れない説教なんてほんとするもんじゃない。ジワジワと「何様だお前」って冷静な部分が詰めてくる。なんか変なこと言ってないだろうか、恥ずかしくなってきた……。

 特攻隊に捧ぐ、どこに仕舞ったっけ……坂口安吾の棚は織田作之助の横……。え〜っと、あった。よかった、変な場所に紛れ込んでなくて。

 

「とってきた〜って、遅かったか。……上手くやれよ、悩める若人たち」

 

 きっちり揃えられた毛布と、空になったマグカップ。

 来客が帰った後にも個性が出るなぁとしみじみ思うなどする。

 

 *

 

 高専の廊下を、夏油傑は猛ダッシュしていた。壁に貼られた「廊下は走るな」の紙が靡いている。

 目指すは五条悟がいるであろう教室。緊急の任務が入っていなければ、どうせそこで本なり読んでいるだろう。

 長身に筋肉の詰まった身体は重く、走るだけで木造の校舎はギシギシと悲鳴を上げる。

 このボロ校舎、一度消し飛ばしてリニューアルさせた方が良いんじゃないかと、この前悟たちと施工計画を立てたのを思い出す。とりあえずしっかりした冷暖房とガタつかない机が欲しい。

 

 なんてことを考えていたら教室の扉は目の前。思いっきり急ブレーキを踏み、流しきれなかった勢いを扉を開ける力に変える。

 爆音と共に開いた扉は、一部が嫌な音を立てた気がする。まぁそんな事今の夏油には関係無いが。

 

「うるっさ! は!? 傑なに!?」

「悟、ふざけるなよ本当に」

「なんでキレてんの??」

「お前ひとりで最強になりやがって!!」

「はぁ!?!?」

 

 五条側の視点だと、数分前に若干気まずい雰囲気のまま別れた親友が爆音と共に怒鳴り込んできた事になる。流石の最強もこれには困惑と混乱を隠しきれないし、その親友の突然の激怒の内容も訳がわからない。のちの五条は、この時に無量空処の「なにか」を掴んだ気がすると語る。

 

 そんな背景に宇宙を背負いかけている五条を気にもせず、夏油は捲し立てる。

 

「私と悟2人で最強の筈だったのに! 置いて行ったな!!」

「え、そんなつもりは」

「周りはお前ばかり最強だと囃し立てる! 私が隣に立つのは力量が違いすぎると!?」

「はぁ? 周りとか気にすん」

「追いつこうと呪霊を祓って取り込んでも、全然追いつけやしない! 呪霊玉は不味くてしょうがない!!」

「やっぱ不味いのかよあれ、言えよ」

「非術師の連中は馬鹿ばかりだ!! 嫌になる!!」

「術師もたいがいゲボカスだぜ?」

「あ゛────────ーっ!!!!!!」

「傑壊れちゃった……」

 

 親友の突然のぶっちゃけ、そして崩壊。

 高専生活や積み重ねた読書によって、情緒がすくすくと成長している五条にもこれは予想外であった。

 だが、その叫びに近いストレスの吐露はしっかりと届いている。やはりここ暫くの異変は心労も大きかったらしい。そこは見過ごしてはいけないところだ。

 

 言葉になってない呻き声を上げながら床にしゃがみ込んだ夏油を見やる。

 なんの心変わりがあったのかは知らないが、こうして吐き出してくれて良かったと思う。このまま分かり合えずに最悪を迎えたらと思うと、肝が冷える。取り返しのつかないことが簡単に起こるのはまだ短い人生でも痛感しているから。

 

「ごめんな、すぐ気付いてやれなくて。聞いてやれなくて」

「うるさい。最強は私たちのはずだったんだ」

「俺は今だってそう思ってる。周りなんてほっとけよ」

「私自身がそう思ってしまうんだ……悟のクソバカゴミカスハゲ……」

「ハゲは許されねぇぞ」

 

 もはや床に寝転がってしまっている夏油を宥めながら、どうしたものかと考える。

 それなら俺だって、お前のコミュ力や感受性に手が届かないと思っている。「一度に守れる数」に劣等感だって持ってる。その責任感が、自分に足りないものだって理解してる。

 隣の芝生は青い。隣の親友はいつだって自分の一歩前を走っている。

 

(そう思ってたのは、俺だけじゃなかったんだな……)

 

 床に寝転ぶ夏油、机に座った五条。そのどちらにもお互い羨むものがあるということ。

 

「なー、すーぐーるー」

「なんだよ最強」

「今までに会ったクソ依頼者選手権、しようぜ」

「はぁ?」

「んで焼肉行こうぜ」

「なんで」

「なんでぇ?」

 

 心底不思議そうに、五条はその蒼い瞳を丸くする。

 その中には、澱んだ暗さなんてひとつも無い。

 

「親友を遊びに誘うのに理由がいるのかよ」

「…………悟」

「しょーこも呼ぼうぜ。愚痴大会愚痴大会! んで夜蛾センにスト起こそう」

「…………焼肉、叙々苑で良いかい」

「最高。パーッと食おう!!」

 

 五条はすぐにクソ依頼者選手権のトーナメント表を書き始めた。準備が早い。

 夏油も床から復活し、ガラケーで家入を呼び出す。叙々苑の予約もしないといけないだろう。

 

 まだ明確な解決策は見つかっていない。ストレスの元だって絶っていない。

 でも、まだこの青い日々を続けられそうな気がした。

 

 *

 

「そーいや、なんで突然話す気になったん?」

「あー、なんか本がたくさんある部屋で本読んでお姉さんと話したら気力が湧いて来て……? あ、勧められた本読まないとな」

「…………本読む時に脅されなかった?」

「ダメになったページ分まつ毛抜くって言われた」

「その人知り合いだわ」

「え?」

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