うちは呪術師専用図書館じゃないんですけど   作:月日は花客

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7.子どもの話は全人類に特攻が入る

 

 バサドサッ。

 

 紙束が落ちる乾いた音を聞きながら、五条と夏油はフリーズした。

 目の前に、その場を支配する主が居たからである。

 

 *

 

「双子の女の子を拾いました」

 

 少し長めの任務を終え、帰ってきた夏油が開口一番五条に告げたのはこれだった。

 なんでも呪霊が引き起こしていた被害の原因だと迫害されていたところを保護したらしい。置かれていた環境のせいで夏油以外の人間に対して不信感が強く、暫く面倒を見て精神回復を計らないといけないと。

 

 今は家入の治療を受けているそうだが、突然世話をする事になった2人に、真面目な夏油は不安を隠せない。彼女たちには不安を抱かせないために気丈に振る舞っているが、まだ高校生の夏油は子どもを育てるという事をした事がない。

 今後亡くなった両親の代わりの保護者を探すかは状況次第。いつまでか確定していない中幼い子どもの面倒をみるのは、ただでさえ多忙な呪術師である夏油には負担だ。

 

 今更投げ出すつもりも無いが、親友に相談するくらいには本人もどうなるかわからないのだろう。

 五条は、その問題に対して考えつつ、夏油がひとりで抱え込まなくなった事がじんわりと嬉しかった。

 

 だがしかし、ここで対立が発生した。

 

 一般家庭出身の夏油と、呪術師の名家出身の五条はそもそもの一般常識が違う。

 双子は呪術師の素質を持っているため、将来呪術師になる事は確実。

 ならばさっさと英才教育して力をつけるべきだというのが五条の主張。

 早くに親を亡くして心に傷がある今、ゆっくり療養させてから腰を据えて話すべきというのが夏油の主張だった。

 

「最強」という言葉を巡って諍いを起こし、それを乗り越えてさらに本音で話す事ができるようになった2人だが、それで喧嘩や言い争いが無くなるわけでは無いのである。

 

「彼女たちは疲れている。まずはゆっくり精神を癒すべきだろう。疲弊した精神ではなにも身につかないよ」

「これから呪術師としてやってくんならそういう感情の御し方も身につけないとやっていけないだろ。精神が脆いやつから潰れてく世界だ」

「まだ子どもだ」

「子どものうちに知ってた方が良いだろ」

 

 議論は荒れた。

 今時の家族会議でもそこまではならねぇぞと言えるほど荒れた。そしてブレーキ役の家入は この場にいない。

 話し合いは言い合いになり、さらにヒートアップしていく。

 

 ついには意外にも手が早い夏油が五条の顔面にビンタをお見舞いすべく腕を振りかぶった。

 

 そして冒頭に戻る。

 

「………………あ」

「オヒサシブリデス…………」

 

 教室の景色はいつの間にか本の山に変わり、足元には落ちた本が散らばる。

 そして目の前にはそれを見る書斎の主。

 ヒートアップしてオーバーヒートしかけた2人の勢いは急激に冷却された。

 

 *

 

 男子高校生とは元気が有り余っているようで羨ましい。

 というかお前ら2人知り合いだったんかーい。気づかなかったわ。いや最強だのなんだのどっちも言ってたから今思うと関係性を察されるピースはあったのか? 

 

 それはともかく落ちた本の検品である。

 固まってるバカ2人は放っておいて、床に散らばる数冊を拾う。ふむ、折れ目や潰れた箇所は無し……破れや汚れなんかも見当たらないね。ハードカバーの単行本だったのが大きいだろう。あの高さから文庫本が落ちたら何冊かはページが折れてたかもしれない。そこは悪運が強いね君たち。

 

 そのまま本を元の棚に戻す。ここまで無言。

 何も言わない私に2人は自主的に正座をして待っている。普通に邪魔である。

 戻し終わった私は、彼らに向き直った。あからさまにビクビクしてるのが面白いな。

 

「傷は無かったから不問にしてあげよう。次は無い」

「大変申し訳ございませんでした」

「次から気をつけます」

 

 頭を下げられる。反省してるならヨシ! 

 次やって本に傷ついてたらその前歯無くなると思えよ。

 

「で、なんで暴れてたのさ。理由無く暴力を持ち出すタイプじゃないだろう。特に夏油くんは」

「は? なんで傑は名前で呼ばれてんの??」

「悟。これがね、人望」

「いやそういえば私お前の名前知らないわ」

「嘘だろ小学生からの付き合いなのに」

「は? 聞いてないんだけど」

 

 また目の前で煽り合いが始まるが、「次は無い……」とボソッと言ったらすぐ止まった。素直でよろしい。素直なガキは楽で良いね。

 正座のまま歪み合うのを見てるのも面白いけどな。

 

「はーい、俺五条悟って言いまーす! 悟って呼んでください」

「オーケー五条くんね。それでなんでビンタ手前まで行ったの?」

「あー、自分が事情があって小さい双子の子を預かる事になったんです。それでその対応で少し」

「またなんか大変そうだね。私も子どもなんて育てた事ないからアドバイスとかできないけど」

「俺は?」

「本読んでるガキの相手をちょっとしたくらいは育てるなんて言わないんだよ普通」

 

 そもそもお前私がなんか世話しないといけないほど自立してないわけじゃ無かっただろ。黙々と絵本読んでたじゃねぇか。そう言うと白頭は小さく舌打ちした。こいつまだクソガキしてるのかよ。

 

「しかし子どもねぇ。しかも一度に2人は大変そう」

「一応周りの大人のサポートもあるんですけど、一番近くにいる事になるのは自分なので……」

「傑が面倒見るなら俺も関わる事多いだろうし、それで揉めた」

「なるほど理解。そんな君たちに『君が夏を走らせる』〜。あと『小川未明童話集』」

「童話? 絵本じゃなくて?」

「たまには近代文学童話の世界にも触れたまえ。その子どもたちって女の子?」

「どちらも女の子ですね」

「なら好きなんじゃないかなぁ、小さい子には難しい言葉もあるかもしれないけど」

 

「赤い蝋燭と人魚」のような悲しい話もあるが、メルヘンで幻想的な童話の世界は魅せられる人も多い。「不思議の国のアリス」が今でも褪せない名作とされる世界だ。小さい子が少し背伸びして読む世界にはちょうど良いかもしれない。

 あと絵本は好みが子供の感性によるフィーリングの部分が大きい気がして……何を読みたいのかわからないならオススメを教えるが、できれば自分でお気に入りの本を探し出して欲しいとエゴを抱いてしまう。

 

「因みに育児本はこの書斎には無い。諦めろ」

「この本の山にも無い本があるのか……」

「というか君ら友達だったんだね」

「親友でーす!」

「悟がお世話になってます。私もだけど」

「そのクソガキはクソガキだけど手はかからなかったから大丈夫」

「クソガキって言うな」

 

 お前はクソガキだ。それは覆らない事実なんだ。

 

「じゃああとは自由にしな。君らデカいから大型本コーナーのソファー使って。夏油くん場所覚えてる?」

「おそらく」

「じゃー私は別室で仕事してるから。なんかあったら大声で呼んで」

「りょーかい」

 

 今日はゴリゴリに平日だし仕事中だったのである。書斎に来たのだって物音の確認ついでに辞書取りに来ただけだし……まさか来客2人組がいるとはね。しかし私も書斎に突然人が湧くことに慣れたものよ。

 はー仕事仕事。本の話したら読みたくなってきちゃったじゃないか。締め切り近いのに……。

 それにしても2人同時パターンもあるのか、書斎は本棚で通路狭いからこれ以上増えないで欲しいなぁ……。

 

 *

 

 家主が出て行った書斎。無事に書架の迷路からソファーへ辿り着く事ができた2人は、渡された本をそれぞれ持って腰を下ろした。

 夏油が「君が夏を走らせる」、五条が「小川未明童話集」だ。

 さて読むか、と夏油が表紙を開いた時、五条が夏油に囁く。

 

「お前、ティッシュとかハンカチ持ってる?」

「ハンカチならあるけど? 突然どうしたんだい」

「あー、俺さ、それ読んだことあるんだけど」

 

 五条はその本に記憶があった。なんなら「君が夏を走らせる」はスピンオフであり、その本編にあたる「あと少し、もう少し」も読んでいる。彼は授業と任務の短い合間を縫って読書を積み重ねていた。

 

 そして彼は幼少期の傍若無人さをかなり薄め、情緒がほどほどに育ってきていた。

 だから泣いた。それはもうぐっちゃぐちゃに泣いた。

 本編とスピンオフ、どっちも同じくらい泣いた。読了後、五条は自分にこれほどの感受性と人の心があったことに自分で驚いた。

 彼の感情は確かに絵本や文庫本によって育まれていたのである。

 

「お前は俺の倍泣くかもな、表紙からして子どもの話だし……」

「いや、まぁでもノンフィクションというわけでも無さそうだし、私も人の家で泣くわけにはいかないよ」

 

 そう笑う夏油を、生暖かい目で見る五条。

 彼が「まぁ感動こそすれ泣きはしないだろう」という態度を取ればとるほど、昔の舐めた自分と重なっていくのである。

 

「じゃあ号泣したら缶ジュース奢って」

「人の涙で賭けるのはだいぶ性格を疑うけど、いいよ」

 

 五条はカルピスをゲットした。

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