うちは呪術師専用図書館じゃないんですけど   作:月日は花客

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8.読み聞かせは永遠に続くと思え

 

 仕事が無い。

 

 別に離職したとかそう言うわけでは無い。

 ここ数日は連休で、かつ緊急の電話や案件確認のメールも来ていない、まさに完全フリーの休日だった。期限には余裕があるのに催促メールを送ってくる編集や、なにかと食事に誘ってくるたいして親しくない作家なんかと完全におさらばできていたのである。ストレスフリー。開放感。ずっとこのままでいたい。

 

 しかし悲しいかなどんな事にも終わりは来るもので、今日はその連休の最終日だった。泣き喚いて抵抗したらあと10日くらい伸びないか。無理か、そっか。

 

 というわけで明日から戻ってくる仕事生活を乗り越えるため、優雅に写真集でも眺めながらお茶しようと書斎のノブを捻る。

 

「だれぇ? ここどこぉ……?」

「津美記、下がれ」

 

「わぁ…………」

 

 久しぶりに見るサイズ感のちびっ子が、いた。

 

 *

 

 不安げに、というか若干半泣きでワンピースの裾を掴む女の子と、黒いツンツン頭でこちらを睨む男の子。

 絵面が完全に事案だ。おそらく一番最初に来た五条くんより小さい。見知らぬ部屋に見知らぬ女の人。防犯ブザー待った無し。塀の中へのカウントダウンが始まっている気がする。

 

 とりあえず両手を見せて何も怖いものは持ってないこと、しゃがんで目線を合わせる事で敵意は無いことをアピールする。近づきすぎない距離で、こういう時に猫撫で声を出すのは逆に怖い気がするから平常心で。

 

「ごめんね、ここはお姉さんのお家。信じられないかもだけど、お姉さんのお家にはたまにこうやって人が入ってきちゃうんだ」

「そういう術式か」

「それはよくわからないけど、とにかく私は君たちに酷いことをする気は無いって思って欲しいな」

「信じられるか」

 

 だよねー。私もそんなん信じないわ。

 でも本当なわけで……どうやって警戒を解いてもらおう。無理じゃない? これ。私豚箱エンド? 流石にそれは親に申し訳が立たない。身内の恥過ぎる。

 五条くんみたいなクソガキタイプだったらもうちょっと楽だったんだけど……というか小さいのにしっかりしてるね。警戒心がかっちりしてて安心する。

 今の私にはデバフにしかなってないけど。

 

「前にもここに来ちゃった人がいてね、その人はえーと、2〜3時間くらいで帰れたから、たぶん君たちも時間が経ったら帰れるよ」

「…………」

「私は君たちを傷つけたりしない。これは約束できるよ」

 

 なんなら君らが帰るまで私は君たちに触らないことだってできるけど、と続ける。ここまで言っても警戒が解かれなかったら、お手上げである。私は子どもの警戒心の解き方なんて知らん。詳しくない。

 子どもに怪しまれるって結構心にダメージ負うんだよな。つらい。

 

 でもここまで言ったからか、少しだけ黒髪の子も警戒を解いたらしい。キツく睨みつけていた目の鋭さが緩む。

 でも変なことしたらすぐこの気まずい雰囲気も元に戻ってしまう。まだ気は抜けない。

 

「あー、帰れるまで暇だろうし、この部屋の本好きに読んで良いよ」

「いいの!?」

「津美記!?」

 

 津美記ちゃんと呼ばれている女の子はさっきまでとは打って変わってキラキラとした表情で身を乗り出した。急に元気になるじゃん、さっきまでの怯えようどうしたの?? 

 いやしかし、ここで片方だけでもプラスの思考に持っていけるのはデカい! 黒髪くんには悪いけど乗っからせてもらう! 

 

「勿論! 絵本はあっちの棚にあるよ。それ以外の本も読んで良いから。あ、高くて取れない本は無理せず……あー、遠慮せず私を呼んでね」

「絵本たくさんある!! 恵、何読む!?」

「ちょ、津美記!」

「あ、絵本はだいじに読んでね! 壊れちゃったらお姉さん悲しいな」

「うん! 気をつけて読むね! ありがとうお姉さん!」

 

 小さい女の子の太陽スマイルがかわいらしい。クソガキはあんな純粋な笑顔してなかったぞ。

 さて、津美記ちゃんは懐柔(言い方が悪い)完了した。あとは恵くん? の方なわけだけど……。

 

「……まだ、完全に信用したわけじゃないんで」

「それでいいよ。君も好きに読んでね」

「………………」

 

 今度はジトっとした目線を向けられて、やっぱしっかりしてるなぁと思う。唯一信じれる片方が陥落しちゃったから、余計自分が見定めなきゃって思ってるんだろうね。危機感がちゃんとあって、周りに流されず自分で判断しようとしてる。賢い子だ。

 

 さてさて、「高いところに読みたい本があったら呼んでね」と言った以上、私は書斎に留まらなくちゃね。

 何読もうか……「日本の小さな本屋さん」でも読むかぁ。

 あの子たちの目の届く範囲に椅子を持ってくる。でも私からは微妙に視線がそれた角度だ。警戒心の強い少年に「監視されている」なんて思われたくないしね。いや安全面的に怪我とかしないかは聞き耳立てさせてもらうけど。

 五条くんの時は本人がすぐ対応したのと飄々としてたから雑に放置できたけど、こっちは子どもらしい危なっかしさがあってハラハラする……! 特に津美記ちゃん。

 

「『バムとケロ』があるよ、『りんごかもしれない』もある! 『スイミー』も! ほら、恵、何から読もうね」

「……どうぶつのやつ」

「絵本ってみんなどうぶつ出てない?」

 

 ほぉ、やはりそこら辺の有名な絵本は知ってるのか。嬉しくなっちゃうね。

 恵くんはどうぶつの絵本が好きなのか、津美記ちゃんにバッサリ切られてるけど。どうぶつが好きな恵くん、うん、微笑ましい。

 

「あ! 『カラスのパンやさん』だって、恵。こっちはブタさんだよ、えーと、『オリビア サーカスをすくう』だって!」

 

 多分だけど津美記ちゃんがお姉さんなのかな? 恵くんを引っ張って行ってるね。面倒を見てあげてるって感じなんだろうか。恵くんは無口なのかしら。

 

「犬がいるやつがいい」

 

 そっかぁ犬が好きなのか。

 犬の絵本か……バムとケロもそうっちゃそうだし、あとは「どろんこハリー」、「ずーっとずっと大好きだよ」とかかなぁ。絵本じゃないと「南極物語」とか。

 

「…………これにする」

「『どろんこハリー』? 白いワンちゃんと黒いワンちゃんだね」

 

 お、ハリー取ったか。……なんか私、子どもの会話を盗聴してる不審者じゃない? 自分の本に集中しよ。大丈夫そうだし……。

 

 *

 

「これ読んでください!」

 

 放置し始めて数十分。自分で読むのに飽きたのか、津美記ちゃんは私に読み聞かせをねだっていた。警戒心はどこへ。

 アイコンタクトで恵くんに「君のお姉さん大丈夫?」と言うと、「大丈夫じゃないから俺が気をつけてんだよ」と返ってきた……ような気がする。

 だがしかし恵くんではこのキラキラ量産機を止められないようだ。姉弟の上下関係がこの時点で構築されている。

 

「えーっと……なんて本読んで欲しいのかな?」

「これ!」

 

 小さな手にしっかりと掲げられた本は、かわいらしいお城が鮮やかな色彩で描かれていた。

「ちいさなちいさなすてきなおうち」である。

 これは大体の絵本に言えるが、ひらがなの羅列過ぎて一瞬マジで読めなくなるとかあるよね。

 個人的にこのちいさなちいさなシリーズは色彩とイラストが直球で好みであり、世界観も女児心が大いに刺激されるので好きな絵本である。津美記ちゃんセンス良いよ。

 

「じゃああっちで読もうか。下手でも笑わないでね?」

「わーい! ありがとう!」

 

 ちゃんとお礼が言える良い子だ。あの頃のクソガキとは大違いだ。これだよ、純朴って言うのは。

 

 そうして、読み聞かせを始めたのだが──これが苦行の始まりだった。

 

「……『おしまい』」

「次これ読んで!」

「ん? わかった」

 

「……『おしまい』」

「きゃー! 次こっち!」

「はいはい」

 

「……『おしまい』」

「今度ね、これとこれどっちか迷ってるの! えっとね、こっち!」

「……はーい」

 

「…………『おしまい』」

「あのね、これもう一回読んで!」

「…………はい」

 

「…………『おし、まい』」

「もう一回!」

「………………うん」

 

 無限ループ。終わる気配が微塵もしないんだけど。なにこれ新手の賽の河原?? 

 でも津美記ちゃんはずっと目を輝かせながら私の読み聞かせを聞いてるんだよな……。喉もだけど本を支えてる腕も辛くなってきた。的確に体力が削り取られている気がする。

 ちょっとこれ以上要求されたら泣いてしまう。恵くんもなんかすごい……「うちの姉がすいません」みたいな目でこっちを見てる。止めてくれ、なら。

 

「次はね〜〜」

「あ、あー、2人ともそろそろ3時の時間だし、よかったらおやつ食べてく?」

 

 苦肉の策である。ここで断られたら私の心が折れる。

 

「いいんですか!? 食べます!」

「…………貰う」

 

 恵くんも私が読み聞かせ地獄から逃れたいのを察してくれたのか、渋々頷いてくれる。知らん人の食べ物なんて貰いたくないだろうにね。大人だよ君。

 

「じゃあ持ってくるね」

 

 そう告げて、痺れかけている脚をなんとか立たせてキッチンへ向かった。即水道水をガブ飲みしたのは言うまでもない。

 

「お待たせ。はい、本は一旦置いてね」

 

 持ってきたのはちょっとオシャレな、瓶に入ってるタイプの果物ゼリーである。丸いガラス瓶の中に果汁と果肉たっぷりの綺麗なゼリーが入っている。ブルーベリーやパイナップル、イチゴ等、カットフルーツが沈むそれは子供心にもウケるだろうと思ったのだ。ちなみに親戚からのお中元である。なので市販品。

 

「きれい……ありがとうお姉さん!」

「……どうも」

 

 うむ、好感触。

 小さいスプーンで大事そうにゼリーを食べる子どもたちはかわいらしい。私? 書斎で物は食べない派です。最近が特例多いだけ。ま、ゼリーなら溢しにくいし、溢しても被害が少なかろう。

 

 時間的にも結構経っているし、そろそろどこかのタイミングで帰るかな、と思っていたら、食べ終わった瓶を片付けて戻ってきたらやはりいなくなっていた。

 なんというか、予定と全然違う休日になってしまった。……ま、いっか。

 

 明日から仕事、頑張ろう。

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