「この前ね、不思議なことがあったの!」
郊外の狭いアパート、伏黒家はいつもより少し賑わっていた。
五条が伏黒恵と接触し、彼らの面倒を見始めて早数ヶ月。うっすらと霜や雪が町を染め始めた12月、最初こそあった壁はもう無く、津美紀は五条にもすっかり懐いていた。
まだ小学校低学年に位置する彼女たちは、今までの複雑な親子関係からある種解放されたのが大きいのかもしれない。
「へぇ、どんなこと?」
五条は作っていたアイロンビーズの手を止めずに返事をした。子ども用の細かいパーツは身長180の男の手ではピンセットすら辛いものがある。作りかけのリラックマ(リクエスト津美紀)をぶち撒けないように必死だ。
「恵とね、突然知らない場所に行ってね」
「恵? 聞いてないんだけど」
「…………」
同じくアイロンビーズで玉犬を作っている恵は五条の質問を無視した。集中して聞いていないのかもしれない。
因みに仕上げのアイロンは危ないので五条がやる必要がある。必然的に五条がいる時しか遊べないので、彼が伏黒家に来た時は大抵アイロンビーズ生産工場になっていた。完成した品はコースターになったり棚に飾られている。
「そこがすごくてね、本がとってもたくさんあって、お姉さんが全部読んでいいよって」
「すごく聞き覚えがある」
「お姉さんに読んでもらったり、綺麗なゼリー食べたりしたの。いつのまにか家に戻ってきてたんだけど」
「あの人読み聞かせとかするんだ……」
「なんだったんだろう。次会ったらちゃんとお礼言いたいな」
*
「と言うわけなんだけど」
「お前もガキ育ててんのかよ」
最近の社会問題か何かなの?
夏油くんといい子どもが子どもの保護者になりがちだなぁそっち。いやまぁもうすぐ成人するとはいえ、まだ一応は被扶養者だろうに。
「僕もまさか恵たちがこっちに来れるとは思わなかったんだよ、傑の方は来てないみたいだし」
「あっちも上手くやってれば良いんだけど」
「まーアイツは人使うの上手いし」
五条くん曰くご両親に頭を下げつつ頑張ってるらしい。小学校に入学した時は男泣きを披露したとか。そんなんで今後涙腺耐えられるのか夏油くん。
それにしてもこの書斎に来る人もだいぶ増えてきたなぁ。頻度も上がってるし。私が外出してる時には来ないっぽいからまだ良いけど、親戚が来ている時とかはマジで遠慮して欲しいわぁ。三十路の女が若い男の子を家に連れ込んでるとか外聞悪過ぎる。
「でさー、クリスマス近いじゃん? なんかオススメのプレゼントない?」
「突然話変わるじゃん、今までクリスマスとか何も言ってこなかったのに」
「だってあの子たちまともなクリスマス知らねぇんだもん、騒げるイベントがあるならやりたいしさぁ」
「私よりも本人に聞けよ……」
津美紀ちゃんはわからないが、恵くんはなんか既にサンタさんの正体に気づいてそうだよね。あまり子供騙しに引っかかってくれなさそう。
私がサンタさんの正体に気づいたのはいつだったかなぁ。そこまで必死に隠す親でもなかったけど。
「恵の誕生日も近いから、そっちは聞いた。でもクリスマスなんだからサプライズしたいじゃん!? 朝起きたら枕元にプレゼントfor youとかガキ大喜びじゃん!?」
「自己満サプライズほど事故の元は無いぞお前」
サプライズ……フラッシュモブほど大規模なものだけではなく、細やかなドッキリなんかすら好みが分かれるからな。子どもの白けた顔は辛いぞ〜? 誕生日ついでに何欲しいから聞けばよかったのに。
「クリスマスの本とかあるでしょ」
「クリスマスの本って貰った日の朝じゃなくて前日の夜とかに読む話が多いから……アドベント的なものだから……」
「使えねぇ……」
「殴るぞ」
クリスマスの絵本は前日に読んでサンタさんへの期待やワクワクを最高潮に高めるためのアイテムだから……だから「早く寝よう!」「サンタさんはこうやって来るよ!」とかそう言う内容が多い。早寝を進めるあたり全国の親御さんの苦労が見えますね。
「あのね、サンタの国ではね……」とかその類じゃなかろうか。
「強いて言うなら『クリスマスのおかいもの』とか……『チャレンジミッケ! サンタクロース』は長く遊べるし」
「ふーん」
ミッケはクリスマスにこだわる物でもないけどね。あーれ大人でもしんどいもの。永遠に見つからない。
あの歳だとまだ小説は無理だろうしなぁ。そもそもクリスマスに本を貰って喜ぶタイプかな……津美紀ちゃんは喜んでくれそうだけど。
「因みにそっちはクリスマスなんか予定あるの?」
「仕事だけど?」
「ごめん」
なんなら〆切の日だけど??
*
「クリスマスが近づいていまーす!」
恵の誕生日も終わった23日、珍しく連日で来た五条の一言に、子どもたちは小首を傾げた。
クリスマス。
名前も知っているし、どんなイベントなのかも何となく知っているが、それが自分たちに適応されるかと言うと疑問だったからだ。
津美紀はともかく、恵は今までサンタさんなんか来たことなかったし、自分がそこまで良い子だとも思っていなかった。
学校でみんなが「なにを頼んだ」「何を貰う予定だ」と話すのを遠目に見ているだけ。
五条には昨日誕生日を祝ってもらっているから、流石に何も無いだろう。とも思っていた。
「ので、君たちにはクリスマスの絵本で当日までのワクワクを高めてもらいます」
「は?」
そう言ってカバンから出てきたのはクリスマスを題した絵本たち。
『あのね、サンタの国ではね……』
『クリスマスのおかいもの』
『まどからおくりもの』
『だれも知らないサンタの秘密』
『チャレンジミッケ! サンタクロース』
続々と出て来る本たちに、子どもたちは目を白黒させる。
「こんなにたくさん!」
「全部読んでよ〜クリスマス明後日なんだから、急がないと読みきれないよ」
「……クリスマスはまだなのに」
もはやこの絵本たちがクリスマスプレゼントでいいんじゃないだろうか。恵はそう溢した。
呪術を教えてもらい、生活費を払ってもらい、誕生日を祝ってもらった。さらにクリスマスプレゼントも貰ったら、この人に貰い過ぎてしまうのではないだろうか。
この人がいついなくなるかもわからないのに。
自分はこの人に何ができるのだろう。
「お返しなんて考えなくて良いけどさ」
好きでやってることだし、と五条は付け足しながらサングラスをいじる。もう片方の手で恵の頭を撫でながら。
大きな手は恵の頭をしっかり覆えて、ワシワシと雑に撫でられて髪はボサボサだ。
物心も無い大昔に、同じようなことをされたような気がした。
「強くなってよ、僕くらい」
その言葉は恵の頭に重く染み込んでいった。
「ま、サンタさんに憧れてるうちはまだまだガキンチョのままだけどね〜!」
「…………」
この人、こういうところあるよな……恵は白けた目で五条を見た。
*
「アンタは何読んでるんですか」
早速絵本を読み始めた津美紀たち。その横で五条もなにやら本を開いている。
ブックカバーに覆われた文庫本は題名が見えない。
そういえばこの人がこの家で本を読むのは初めてかもしれないな、と恵は過去の記憶を遡る。昔津美紀に読み聞かせをねだられて、途中で自分を登場させたりと真面目に読まなかったため頼まれなくなってしまったのだ。
「これ? なんか勧められた『幸福な食卓』ってやつ」