高空の守護者 作:シェフの気まぐれ侵略
EDFからの増員指令です。
付近の18歳から35歳までの健康的な男性は、速やかに最寄りのEDF兵員管理センターに立ち寄り、支給される装備を受け取り、要請された基地へ向かってください。
繰り返します───
《続報です。EDFが新たに、ニューヨークで1機、ロンドンで2機のテレポーションシップを撃墜し───》
《EDFは危険区域を拡大、市民に避難を呼びかけており───》
《新たなマザーシップが確認されました。EDFからの情報によると、確認されたマザーシップの数はこれで11隻───》
《EDFは市民にシェルターへの自主避難を呼びかけ───》
《誰か、聞いてるのか?
こちらはニューヨーク、ブルックリン──》
《スコーチャー2、出せるファイターはもう無い。…認めたくは無いが……EDF空軍は壊滅した───》
◇◇◇
───三年後。
俺はトラックに揺られ、壊滅した市街を横断していた。かつての人類の栄華はもはや見る影もなく、砲塔から吹き飛んでいる戦車が散発的に見掛けられた。
隣に乗っている男は、冷え込む昨今の季節にささやかに対抗するように、似合わない迷彩服の首元にスカーフを巻き、関節を守るプロテクターで最低限守りを固めた程度の装備しか身につけておらず、目元のゴーグルでその表情は詳しく窺い知ることは出来ない。
それでも今人類が置かれている状況からも察せられるように、深い絶望感を噛み締めている事は想像に難くない。
真正面から、全てを端折って言うならば、俺たちは徴兵されてこのトラックに乗っている。
トラックの中には三年前の戦争で民間人だった奴もいる。元軍人もいるだろう事は容易に想像できるし、EDFはそれほど戦力に困窮している事も事実だ。
「なあ、お前は怖くないのか?」
隣のやつは、僅かに震える声で話しかけてくる。酷く続いていた沈黙を、何かのきっかけで破りたかったのだろう。不安げに聞いてくる男は、若干やせ細っており、まともに食事にありつけなかっただろう事を窺わせる。
俺は横に首を振り、否定する。
「そうか…俺は怖い。人類は勝ったのに、まるで負けてるみたいだ。こんなの、勝利なんて言えるのかよ?」
「滅多な事を言うなよ。EDFは敵の司令船と指揮官を撃破、戦争を集結させたんだ。プライマーは撤退したんだぜ」
「…膨大な数の怪物を残してな」
多少前向きな意見も飛び交ったものの、最後の一言で全員が黙り込んでしまう。
戦争に勝った、それは本当の事だ。敵勢力…プライマーは地球上から撤退し、人類はその最大の脅威を撃退する事に成功したのだ。
ただし、そこにはプライマーの置き土産と言える怪物の存在は含まれていないことを追記する必要がある。
「怪物。人を喰って繁殖するらしい」
「卵生って聞いた。あんなのの卵なんて、見たくもないぜ」
今、食料自給率の低迷に困り果てている人類にとって、卵とは鶏卵などを指す言葉ではなく、怪物の卵を指している。途方もない数の怪物を残し撤退したプライマーのせいで、生き残った1割の人類は、更にその数を減らしていた。
ブレーキが引かれ、トラックが停車する。運転席から声が聞こえた。
『着いたぞ。降りてくれ』
その言葉の通りにトラックから降りた。数年前にはあったはずの巨大なEDF基地はもはや存在せず、その全容をほぼ地下に収める事で怪物や敵残存戦力からの発見をできる限り遅れさせる目的だという、その基地。
「ベース251へようこそ」
目の前のブッシュハットを被った堅物な男は、自らを大尉と名乗った。
「この基地は深刻な問題に晒されている」
人手が足りない。だから周辺の基地にところ構わず増員要請を送ったのだろう。大尉という階級でありながら基地司令官を務めるという歪な役職の大尉は、どうやら武闘派らしい。
「だがおかしい。送られてきたのは貴様らだ。精鋭には見えん! …貴様、昨日までの仕事を言ってみろ」
「配給員です、サー!」
コック。
「技術研究員です、サー」
つまり、科学者。
「入隊は五日前です、それまではトラックの運転手を…」
つまり、民間人。
「貴様は?」
俺の番が来た。
「空軍でパイロットを。陸上では怪物とも戦っている」
「なるほどな、なかなか骨のある奴もいる。だが、ほとんどは銃を撃った事も、撃たれた事もない木偶の坊だ。俺が徹底的に鍛え直してやる!」
大尉の熱意は、絶望感渦巻く荒廃した世界にあって、随分と暑苦しいものだ。戦争を勝ち取った生え抜きか、あるいは戦後混乱期を生き抜いた精鋭か。
そのまま俺たちは訓練所に連れられ、射撃訓練など最低限の動きを叩き込まれた。
「大変です、基地に敵が!」
「なんだと! ついに嗅ぎ付けられたか…」
しかし、状況は一変する。敵から隠れるための地下施設が、敵に見つかったのだ。大尉は詳細を報告させようとするが、報告しに来た兵士も元々事務職だったのか、息を整えるのに必死だ。
「そ、それが…上空に巨大な構造物が出現したとの報告で…怪物がエリアに集結、基地内部に侵入されているとの…!」
「巨大な構造物だと? プライマーめ、まだやる気なのか!」
届けられたのは、最悪な報告。すなわち敵勢力が、戦力を増強して地球に再来してきた事に他ならない。辛勝とはいえど一応の勝利を収めた事だけが希望だった彼らに対して突きつけられた真実は、プライマーはまだ負けたわけではないという事だけ。頭を抱える新兵までいる始末だ。
「クソッ、とにかく敵を倒すぞ! 出動する!」
大尉に続いて二個分隊ほどの人数が駆ける中、最後尾にいた二人の新兵が話をしていた。片方は戦争初期からの生き残りだろうか、かなり劣化したアーマーを着込んでいる男と、技術研究員と自らを名乗った新兵だ。
「どういう事だ? 早すぎる。我々の知る歴史では無いかもしれないぞ」
「繰り返している事を嗅ぎつけられたのか。そのうち、俺たちの存在もバレるかもな」
「ああ。予定を早めるのも、検討しないといけない。そうすると、
それらの会話を走りながら聞き流していたのが、後に響いたのかもしれない。
「攻撃が激しすぎる! 撤退しましょう!」
「ダメだ! ここで逃げたら市民に被害が及ぶ!」
『現実を見てください大尉! EDFは既にほぼ壊滅しているのに比べ、プライマーは新戦力を引き連れて戻ってきた! これはもう明確です、我々は負けていたんですよ!』
「敗北主義者め! 俺たちの戦いを見ていろ! あの構造物を以後リングと呼称し、リング破壊作戦を決行する!」
「無茶です大尉!」
リングと呼ばれた大型の敵船は、文字通り巨大な指輪のような円形の構造をしている。内部には大きな穴が空いており、宇宙からやってきた敵の白い新型船を穴に発生させた何かの中に進入させ、消失させている。
敵を撤退させている、これは敵の救助船であり、敵は帰りたがっているに過ぎないという新兵たちの望みは容易く絶たれた。誘引されてきた怪物やエイリアン敗残兵の攻撃によって。
「もうじきコンバットフレームも来る! 戦力が集結し次第、あの低空で手をこまねいてふんぞり返っているリングを落とすぞ!」
「コンバットフレーム…最新機が来るのか!? それなら、やれるのか…?」
「無茶だろ、やれるわけがない!」
押し寄せる怪物に銃を押し当てる勢いで引鉄を引き続ける。冬季にもかかわらず雪は降らず、だが酷く冷える戦場にあっては、新兵たちのトリガーにかけた指も凍りつく勢いだ。銃口から白煙とともに、怪物の甲殻を鋭く穿つライフル弾が速射され、薬室からまだ熱い空薬莢が排出される。
「プロフェッサー、やはりおかしいぞ」
「ああ! どう考えても早すぎる!」
先程の二人が話している。弾倉の中身を撃ち尽くし、二人の元へ後退しながら装填する。そのついでに話していたことを尋ねた。
「おい、何の話だ! さっきから早すぎるだの、なんだのと!」
「構うなよ! こうなったら下部の赤い装置を攻撃する!」
守りを固めて追加戦力を待っていた歩兵部隊から数歩抜きん出て、件の二人がリングへ突撃する。
「おい、危険だ、下がれ!」
大尉が止めようとするが、二人はもう既に離れていってしまった。特に古いアーマーを着けている男がやり手で、素早く三匹のエイリアンを無力化したあと、怪物を薙ぎ払いつつ道を切り開いている。
「クソッ…元パイロット、俺と来い! 新兵共はここで守りを固めろ! 押されてきたら駆除チームの来る方向まで撤退し、立て直せ!」
大尉直々のご指名に応え、ライフルを握りしめて走り出す。エイリアンの腕や足を狙い撃ち、どうにか敵からの射線を減らしつつも合流を試みる。まだ声が届く距離だ。
「おい、戻ってこい新兵ども! 何をしている、ここはリングの真下だぞ!!」
古いアーマーの兵士が、科学者の男に耳打ちされてか、速度を更に上げる。行軍速度は元より、敵の殲滅速度が異様だ。出てきた相手は瞬く間に撃ち斃され、まるで彼らの為に道が出来ていくように。しかしそれも長くは持たないだろう。多くのエイリアンや怪物が彼らの周囲に群がっているからだ。
「大尉、あいつらはもう駄目だ。俺たちだけでも後ろの味方と合流するべきだぞ」
「貴重な戦力を見捨てられるか! 臆病風に吹かれただけならお前も戻っていろ!」
大尉も負けじと足早に彼らの背中を目指す。雄々しくも、ここの連中は皆命知らずに思えた。かく言う俺も、仲間を見捨てるのは三年前の戦争を思い出して偲びなく感じてしまう人間だ。
「ああ、くそ! 付き合ってやる!」
リングの真下へ突入したあの二人の背中を追うように、俺と大尉も真下へ…最も攻撃の激しい地点へと足を踏み入れた。
四方八方からの夥しい弾幕を乗り越える事はできない。ビル群や瓦礫を使って射線を切り、姿勢を低くしながら前進する以外に無い。道はあの二人が切り開いたが、その道は次から次へとやってくる怪物の波によって閉ざされる。俺たちに残された道はもう前方にしか無かった。
走りながらトリガーを引き続け、どうにか真下に取り付く。
「お前たち、いい加減にしろ!」
大尉からの言葉が二人に投げかけられる。二人は一瞥し、僅かに言葉を返して元の行動に戻る。即ち──リングへの射撃に。
「大尉と、お前も、逃げろ。ここにいたら巻き込まれるぞ」
「落とすつもりなのか、あれを!」
「いいぞ、命中している!」
アーマーの兵士は慣れた手つきでスナイパーライフルのボルトを引き、装填してトリガーを握り込む。何発もの弾丸が飛翔し、ある一点に命中する。
それは、赤かった。
ジェネレータ部なのか、はたまた重要な機関部なのか、それはわからない。だが爆炎がその赤い部位から噴き出しているのを見るに、明確な弱点部分であることは疑う余地も無かった。
「あれを撃てばいいのか?」
「ライフルじゃ届かない。周囲の敵を撃ってくれ」
「ええい、仕方がない。俺たちで足止めするぞ」
大尉の指示に頷き、全方位から迫り来る怪物に向けて引鉄を引いた。あまりにも圧倒的すぎる大軍を前に、俺たちは風前の灯だった。
キルカウントが無数に増えていくが、そんなものは生きて持って帰れないと意味が無いものだ。大尉が苦し紛れにグレネードを放り込み、何体かの怪物をまとめて吹き飛ばすが、それでも異常な数で迫ってくる怪物を前に、防戦一方だ。
マガジンを変えつつ叫ぶ。
「まだなのか! もう持たないぞ!」
「いや、終わった」
「…違う、これが
二人からの銃声が止む。大尉も俺も、突如降り注ぐ眩い光に目を奪われる。
「何が始まるんだ! あれは墜落するのか!?」
「巻き込まれる気か! お前ら離れるぞ!」
大尉が科学者の男の肩を引っ掴んで離脱を試みようとするが、それは彼本人によって阻まれた。
「おい、何してる! 死にたいのか!」
「死にたくてこんな事をするか! 私たちは救いに行くんだ。人類を──そして妻を。邪魔をしないでくれ」
彼の言葉の意味がわからないまま、光は俺たちを包み込んで、そして───
◇◇◇
《───…チャー2? スコーチャー2、応答せよ》
…息苦しい酸素マスクの感触。耳元から鳴り続ける呼び出し音と、聞き慣れたはずの僚機の声。
俺は、死んだはずだ。
《ああ…聞こえる。スコーチャー3、ここは天国か?》
《勘弁してくれよスコーチャー2、これから作戦だってのに、一足先に死ぬような言い方は》
軽口は、昔と変わらない。僚機のスコーチャー3は死んだ。プライマーの戦力、大型陸戦ロボット・ディロイからのレーザー照射を一身に受けたからだ。
なのに、俺の横を飛ぶのは見慣れた高機動戦闘機ハーベスターだ。
《ボケたかスコーチャー2。我々の任務は市街地に展開した航空戦力の支援だぞ。思い出したか? よし、作戦開始時刻五分前! スコーチャー隊、フルスロットル!》
スクアッドリーダーの声。
まだ状況が掴めていないが、分かったことがある。夢じゃない。そして俺は今、戦争が始まった当初の作戦に従事している。
《スコーチャー2、行くぞ!》
《──…了解!》
エンジン推力を最高速まで高め、一気に戦線へと飛ぶ。
俺は夢でも見ているのだろうか。先程夢ではないと結論を出したばかりなのに、非現実的にすぎるこれは生半に受け入れられる事実ではなかった。
スコーチャーチーム
・EDF空軍に所属する航空戦力防衛のための直援部隊のひとつ。陸上支援のための爆撃機と違い、二種のミサイルと四門の機関砲を設けられた、最高速度での機動戦闘に適合した最新戦闘機ハーベスターを駆る機動部隊。通称ファイター。