コミュ障陰キャが弾き語る   作:スヴァルベルグ斉藤

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鵜飼蓮王那は前を向く 前編

 いつもと変わらない場所。

 いつもと変わらないギター。

 いつもと変わらない音。

 窓から見る景色ですら、いつもと変わらない。

 

 変わったのは人。

 

 4月になって新入生が入学したことにより、見たことの無い顔が何人も多目的室へと入ってきた。

 

 だけどあたしは変わらない。

 

 誰が部活に入ろうが、誰が部活を辞めようが、あたしには関係がないから。あたしが部活に来てすることが、多目的室の1番後ろの窓際でギターを弾いているだけだからだ。

 

 退屈な勉強から逃げた先の気分転換でしかないこの部活は、今のあたしにとってはその程度のものだ。

 

 勉強に飽きたり、ストレスが溜まったりしたら、授業終わりに多目的室に来て満足するまでギターを弾く。それがあたしの高校生活のルーティーンである。

 

 そんなあたしが流行りの曲を気持ちよく弾いている最中に、どこかネチョネチョしていてどこかどんよりとしている鳥肌が立つような視線を感じ、寒気で体が震えた。

 

 体が恐怖を覚えたのか、咄嗟に視線の主の方へと目を向けるとそこには、手入れをしていないんだなと一目で分かるくらいにボサボサな黒髪のロングヘアーを携え、目の下には薄らと隈が見えていて、さらに口をニヤニヤと緩ませている一年生がいた。

 

 怖い。

 あたしは嫌な視線で見つめてくる目の前の一年生を見て、人生で初めて人に恐怖を抱いた。

 

 何故あたしを見ているのか。

 何故笑っているのか。

 

「おいお前」

 

 このままだとこの恐怖を感じ続けることになると思い、あたしはギターを弾くのをやめて声をかける。が、何か考え事をしているのか、それとも意識が無いのか、かけた声への返事は無かった。

 

「おい、聞いてんのか?」

 

 どうしようもないから、もう一度声をかける。

 

「ひゃ、ひゃい!?な、なななんでしょうか」

 

 話しかけられたことに驚いたのか、尋常じゃないほどに吃った返事が聞こえてきた。

 

 そして理解した。

 この一年生は、陰キャなんだと。

 この前見たバンド系のアニメの主人公もそうだったからよく分かる。そう考えたら外見もそんなに怖くない。むしろ正統派な陰キャみたいな感じがする。正統派な陰キャってなんだ?

 

「お、おう。話しかけといてなんだが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。す、すすすすいません」

 

 とんでもなく深く頭を下げて謝られてしまう。

 なんだこいつ。

 

「あたしのこと見てたみたいだからよ。何か用か?」

「……は、はい」

「何の用だ?」

「あ、あの、わたしギターを最近始めたばっかで、ううう上手くなりたくてですね。ぶ、部長に相談したら先輩を紹介されたんです」

「チッ。余計なことを……」

 

 常にほんわかとした笑顔を振りまいている安立部長の顔を思い浮かべ、舌打ちをしてしまう。あのお人好しのことだ。きっと部活内で孤立しているあたしに救いの手を差し伸べたつもりなのだろう。……いや、こいつは救いの手って感じじゃないか。

 

「お、お願いです!わ、わたしにギターを教えて下さい!」

 

 話の流れ的にそうなるとは思ったけど、どうしよう。普通に嫌だ。ていうか面倒臭い。ギターなんて1日2日で弾けるような簡単なものじゃないから、教えるっていうならそれなりに長い期間になるだろう。

 

「それはあたしじゃなきゃダメなのか?」

 

 あたしは勉強の息抜きにここでギターを弾いてるだけ。勉強しなきゃいけないから、ギターを教える時間なんてない。そもそもギターなんてあたし以外にもいる。

 

「ほ、本当は部長にお願いしたかったんですけど、さっきの先輩のギターの音を聴いて、先輩じゃなきゃ嫌ってなりました」

 

 そう言ってもらえるのはすごい嬉しいが、残念ながらあたしは安立部長よりギターが下手だ。

 

「申し訳ないが他を当たってくれ。そういうの苦手なんだよ」

「い、嫌です。お願いします先輩。わたしにギターを教えてください」

 

 しつこいし、ウザいなこいつ。

 やりたくねえっつってんだろうが。

 その空気くらい察しろや。

 運動部じゃねえんだから熱だしてくんな。

 

「はぁ……分かったよ」

 

 怒りやら何やらをため息にして吐き出し、とりあえず了承の形をとる。勿論真面目に教える気はない。面倒臭い条件を出して、諦めさせるためだ。

 

「ほ、ほほ本当ですか!?」

 

 やけに食いつきの良い反応をみせられて少し動揺してしまう。

 

「あ、あぁ。だが条件がある」

「じょ、条件…ですか?」

「あたしのパシリになれ」

 

 いくらギターを教えてもらいたいからといって、入学早々パシリなんてやりたくないはずだ。この部活にはなんの対価も無く、ギターを教えてくれる優しい先輩だっている。だからさっさとあたしから離れてくれ。

 

「了解です!ありがとうございました!!」

 

 へ?

 ありがとうございます?

 

「うん?あぁ、うん」

 

 思ってた反応とだいぶ違うけど、まぁ2、3日くらいで離れていくだろう。

 

「じゃあ今日は廊下でも掃除しとけ」

「は、はいっ。わ、分かりました!!」

 

 掃除道具をロッカーから取り出して廊下に向かったのを見て、あたしはギターをケースにしまい、廊下に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 次の日の昼休み。

 授業が終わって分からなかった問題の解説を改めて先生に聞きにいった後に、自分の席に戻ってバッグから弁当を取り出したそうとしたところで、見覚えのある顔をした後輩が焼きそばパンを片手に、こちらに近づいてくるのが視界に入った。

 

「し、師匠、焼きそばパン買ってきました!!」

「お、おう」

 

 なんだこいつ。

 焼きそばパンを買ってこいなんてあたし言ったか?んでもって惣菜パンはあんまり好きじゃないから素直に喜べないし、周りからの目がとんでもないことになってる。あの人後輩をパシリにしてるとか言われてるんだろうなぁ。

 

 とりあえず差し出された焼きそばパンを受け取ってみて、気になっていることを聞く。

 

「一応聞くが、その師匠っていうのは?」

「し、師匠は師匠ですけど」

 

 

 全くもって意味が分からない。

 いつお前はあたしに弟子入りしたよ。

 

「まぁそれは一旦置いておこう。本当に意味が分からないのはこっちだ。あたしはいつ焼きそばパン買ってこいなんて言った?」

「ぱ、パシリといえば焼きそばパンだと思ったので」

「馬鹿野郎、あたしは弁当派だ」

「な、なんでですか!?」

「なんでもクソもあるか」

 

 あたしはまともに話が通じないことでストレスが溜まり、頭を軽く掻く。

 

「ふ、ふふふ不良は焼きそばパンを食べるんじゃ…」

 

 こいつあたしのこと不良だと思ってたのか。

 まぁ金髪だしパシリ云々とかも言ったし、それは仕方ないか。だが、勝手に焼きそばパンを買ってくるのは違うだろ。

 

「あたしはこんな(なり)だが、不良じゃねえ。それにあたしが命令するまでは、お前は何もしなくていい」

「わ、分かりました」

「分かればいい。ほら、散った散った」

「し、失礼します」

「あ、そうだ。そういえばお前、名前はなんていうんだ?」

「は、はい。あ、彩奈です。小林彩奈」

 

 

 そこから一週間程、小林をパシらせまくった。

 適当に掃除させたり、ジュースを買いに行かせたり、

肩を揉ませたり、伝言を頼んだり等々、様々なことをさせた。それでも小林は師匠師匠と呼んできて、未だにギターを教わろうとしている。

 

 あたしがギターを教えるつもりなんて微塵も無いという可能性を考えられないのだろうか。このままズルズルとパシリ続けるのは気まずいし、ギターを教えられないと直接的に言ってしまった方がいいかもしれない。

 

「鵜飼先輩、今から時間ありますか」

 

 帰りのHRが終わり、色々と考えることに疲れたあたしは、気晴らしにギターてまも弾こうと多目的室に向かおうかと考えながら教室を出ると、軽音部の一年生が話しかけてくる。名前は……確かそう、加賀美だ。先輩達が可愛いくてベースが上手いと話していたのを覚えている。

 

「なんだ?」

 

 顔と名前は知っているものの、話したことの無い相手からの提案に驚きながらも、部活に関する連絡か何かだろうとあたりをつけて用件を聞く。

 

「ここだと少し人が多いので場所を変えましょう」

 

 部活の話なら人に聞かれても良いから、予想は外れたっぽいな。だとしたら何の話だろうか。あたしと加賀美は話したこともないから接点もクソもないんだが。

 

「ここでは話せないことなのか?」

「はい」

 

 そう返事をした加賀美は、あまり使われていない階段の方に向かって歩き出した。

 

「……ったく、分かったよ」

 

 あたしは軽く頭をかきながらその後ろを歩き始めた。

 

「で、こんな所で何の話をするんだよ」

 

 ついたのは、あたしのクラスがある2階と3階の間にある校舎の端の階段の踊り場。教師も生徒も滅多に使わないので、人目につきにくい場所になっている。

 

「その話をする前に、まず自己紹介しますね。私の名前は1年Aクラスの加賀美(かがみ)(そら)です」

「あたしの名前は……」

「あっ、鵜飼先輩のことは知ってるので大丈夫ですよ」

「そうかよ」

「3年の先輩方から、軽音部の中で鵜飼さんは最後の2年生だとお聞きしました。なんで2年生は鵜飼先輩1人だけになったんですか?」

「簡単に言えば、バンド内の恋愛が上手くいかなくてとか、人間関係でとか、そもそも楽器が上達しなくてとかだな」

「鵜飼先輩も昔はバンドを組んでいたと聞きました」

「……何が言いたい?」

「どうしてバンドを辞めてしまったんですか?」

「うるせえなぁ。てめぇには関係無いだろ、ぶっとばすぞ」

「なるほど、なら本題に入りますね」

「今の本題じゃなかったのかよ」

「彩奈さんのことをパシリにするのは辞めてください」

「……なるほどな、そっちか」

 

 彩奈というのは、小林のことで間違いは無いだろう。クラスでも部活でもあたしのことをチラチラと見たり、あたしの方を見ながらボソボソと会話する生徒達の姿が見受けられる。どうやらかなり広まっているのだ。

 

「パシリになる代わりにギターを教えるって約束なんですよね?でも1週間以上経ってるのにギターを教えていない」

「そうだな。で?」

「でって……彩奈さんは鵜飼先輩のことを師匠とまで呼んでるんですよ?」

 

 加賀美はあたしの返答に一瞬言葉を詰まらせるが、今度は師匠呼びについて聞いてきた。

 

「それはあっちが勝手に呼んでるだけだ」

「そういう話じゃないんですよ。これは信用の問題なんです」

「はぁ?」

 

 信用?

 

 

「彩奈さんは鵜飼先輩のことを信用しているから師匠って呼んでるんです。このままパシリを続けたら、いつかギターを教えてもらえると思ってるからなんですよ」

「それは…パシらせてれば直ぐに諦めて、別の先輩に頼みに行くと思ったんだよ」

「人のことを舐めるんじゃねえって話です。パシリにすればいつか諦める?ふざけるな。教えられないなら最初めから教えるなんて口にすんな。彩奈さんは私がギターを教えようかと提案しても、師匠に。他ならぬあなたに教えてもらうからって断ったんですよ」

「……え?」

 

 そういえばあいつ、最初に会った時にあたしのギターが良いって言ってたか。適当なお世辞だと思ったけど、今思えば本心だったのかも知れない。

 

「バンドが解散して鵜飼先輩は夢を諦めたのかもしれないですけど、勝手に他人の夢まで終わらせようとしないでください!」

「……」

 

 追い討ちのように声を張り上げられてまで言われた言葉に、思わず息を呑む。何か言い返したかったのに、どうしてか言葉に詰まってしまった。

 

「話はこれだけです。これからどうするか知りませんが、私は先輩がしっかり謝罪して、彩奈さんの師匠じゃなくなるってことをおすすめします。それでは」

「チッ……なんなんだよ、あいつ」

 

 スタスタと階段を登っていく加賀美が見えなくなると、あたしは壁に背中からもたれかかりながら舌打ちをした。

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