コミュ障陰キャが弾き語る   作:スヴァルベルグ斉藤

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鵜飼蓮王那は前を向く 後編

 ゆっくりと多目的室に向かって歩くあたしの頭には、あの時の事が思い起こされていた。

 

 軽音部に入部して直後に組んだ4人組のバンドは、全員が経験者でそれなりに才能もあった子が集まったことで、一年生の中で最も注目されていたバンドだった。あたしはその中でもギターボーカルを担当していて、かなり自信に満ち溢れていた。

 

 一年の夏に地域で演奏が出来るイベントがあり、その枠をかけたオーディションにあたし達は合格。当時の3年生すらも押し退けたことによって、少しばかり部内からの風当たりは強くなったが、そんなことは関係なく学校でも家でも練習に明け暮れた。

 

 そんな中で迎えたイベント当日。

 バンドメンバー全員が緊張でガチガチになってしまったことで、結果は散々なものになってしまう。それこそ沢山練習して培った実力の3割も出せていないレベルだった。

 

 その中でも特にあたしが酷かった。

 思った数十倍観客がいて、歌声が普段よりも遥かに小さくなり、そして震えまくってしまったのだ。

 

 最悪なことにボーカルでミスする度にギターもミスをし、ギターをミスする度にボーカルもミスをするという悪循環が起きてしまい、立ち直そうとした時には見るに堪えない程にぐちゃぐちゃになった。

 

 さらにそのイベントにはどこから聞いてきたのか両親がいたみたいで、あたしのカスみたいな演奏に失望してバンド活動を辞めて勉強に専念しろと言われてしまった。元々勉強第一みたいな厳しい両親で、ギターを触ることも渋々認めていたぐらいだったのが、今回のことで爆発したのだろう。

 

 勿論抵抗はしたが、学費を払わないなんて言われてしまい何も言い返せなかった。

 

 結果的にバンドは解散し、3年生を押し退けてまで出たイベントで大失敗したことによって、強かった風当たりがさらに大きくとんでもなく強くなっていった。当時の2年生たちは庇ってくれていたけど、あたし以外のバンドメンバーは退部してしまった。

 

 あたしも何度も何度も辞めようとしたが、その度に今の部長や副部長に説得されたり、ギターを弾けなくなるのが辛くなったりで、辞められなかった。

 

 バンドが解散したのは間違いなくあたしのせいだ。

 なのに、まだあたしはこの部活にいる。

 惨めに醜く、逃げ続けている。挙句の果てにはあたしのギターを好きだと言ってくれた初心者の後輩をパシリにしている。

 

 ……もう部活もギターを弾くのも辞めよう。

 これ以上ギターを弾いていても意味がないし、他の人の迷惑になるだけた。

 

 多目的室へと向かっていた足は、いつの間にか階段の方向へと引き返していた。廊下から階段へと一歩踏み出そうとしたその時、下手くそなギターの音色が耳に届いた。そのギターは下手くそだけど、不協和音ではない。まるで初心者が頑張って弾いてるんだろうなという下手くそさを感じる。

 

 音が聞こえたのはこの階段を登った先にある屋上から。あたしは何故か一歩、また一歩と階段をゆっくりと

上がっていた。部活を辞めようと、ギターを辞めようとしたのにも関わらず、どうしてあたしは階段を登っているんだろうか。

 

 そして階段を登りきったあたしは、屋上に繋がるドアを開いた。

 

『明日世界が変わるかもって、根拠のない思い込みをしていた。変わろうとしないくせに。変えようとしなかったくせに。やってやろうの気概だけは一丁前で、気づけば地を這って生きていた』

 

「なっ、小林!?」

 

 不規則で不安定なギターの音色に、気持ちの入った力強い歌声。信じられないことに、この歌を歌っているのは小林だということだ。あの話す度に吃りまくる陰キャでコミュ障な後輩が、どうしてこんな歌声を出せると思う。

 

 小林はこちらから背を向けており、あたしがドアを開いたことにも気づかずに弾き語りを続けている。

 

『何か誇れるものが私にはあるか?

特技、趣味、なんでもいい。これと言えるものはあるか?

踏み締めてきた道を振り返れば、そこには荒れ果てた世界が広がっていた』

 

 その歌詞には、確かな想いが込められている。

 小林は誇れるものが欲しかったんだろう。特技も趣味も何もない白黒(モノクロ)の世界に生きているんだ。

 

『たった一つだけでいい

誇れるものがあるとしたら

譲れないものがあるとしたら

いつか認められたこと。いつか褒められたこと

そんな小さくても枯れない花が、あるはずだ』

 

 小林にもそれがあった。いや、見つけられたのか。

 誰かに認められて、誰かに褒められて……

 それは自分にとって、とても大切なものに違いない。

 

 あたしにもそれがあれば、変わったのかもしれない。

 誰かに認められて、誰かに褒められるそんな花が。

 

 ……あったはずだ。

 あたしの中にも。花があったはずなんだ。

 

「蓮王那さんって、歌うまいよね。なんていうの?カッコいい感じなのに透き通ってる感じがしてさ」

 

 中学生の頃、友達誘われて仕方なく行ったカラオケで、そこまで話したことがある訳でもない友達の友達のような子から歌を褒められたことを、今になって思い出す。

 

 彼女はお世辞とかを言わないで色々とはっきり言う子だと友達に教えてもらっていたこともあって、そんな子に歌を褒められたことがとても嬉しかったんだ。

 

 そしてそれが自信になって、高校生になってからギターだけじゃなくてボーカルに挑戦したんだった。

 

『緊張に押しつぶされてしまっても、諦めてしまっても

他の誰でもない君だけが知っている。

熱はまだ冷めない。灯火は消えちゃいない』

 

 思い出の中で白黒に見えていたステージからの景色が、一瞬で彩られていく。そして彼女の語る一つ一つの歌詞が心に刺さっていく。

 それはきっと、他の誰でもない小林彩奈の曲だからなのだろう。

 

『たった一つだけでいい。

誇れるものがあるとしたら

譲れないものがあるとしたら

いつか褒められたこと。いつか認められたこと

そんな小さくても枯れない花が、あるはずだ

 

止まってしまった時の中で、終わってしまった時の中で

出来ることが無限にあるはずだ』

 

 気づけば、両眼からドバドバと涙が流れ落ちていた。

 そしてようやくあたしが聞いていることに気づいたのか、目を閉じながら頭を下げられた。

 

 小林彩奈。

 正直、お前のことをあたしは馬鹿にしていた。軽んじていた。陰キャだし、ギターも高校デビューのために始めたみたいな感じだと思ったから。

 

 でも違った。

 お前はあたしなんかよりも一億倍は凄い人だ。

 

 でも、あたしにもまだやれることがある。

 あたしはまだ止まっていない。終わっていない。

 まだ止まりたくない。まだ終わりたくない。

 

 この歌を聴いて、そう思えたんだ。

 だから、またやり直してもいいかな。

 あたしみたいなクズでも、彩奈みたいに輝きたいって思ってもいいかな。

 

「ありがとう彩奈」

「ふぇっ!?な、何がですか!?」

「明日から教えるよ、ギター。放課後は屋上に来い」

「え、えええ良いんですか!?」

「ああ」

 

 ここがあたしのスタートラインだ。

 

 

 

 

 

 雲一つなく、満点の星空が何物にも遮られずに輝いているのが見える夜の公園。

 ここはあたし達が始まり、そして終わった場所。

 この場に集まった3人に向けて、あたしは言った。

 

「もう一度あたしとバンドを組んで欲しい!」と。

 

 あたしこと、鵜飼蓮王那は今。

 確かに前を向いたのだ。

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