最強聖者はすべてを救いたい~浮浪児と見下されていた少年、実は英雄王にして大聖者だった~ 作:石田おきひと
オフィリアの屋敷の前に到着した馬車から降りたアラヤたちは、広大な庭を突っ切って玄関へと向かう。
その途中には、四百年の歴史を誇る『九大名家』ベルジュラック家の威信を示すかのような、数々の像や見事に刈り込まれた植木が、来客を出迎えるように立ち並んでいた。
召使いが差す大きな傘に入れてもらいながら、キアナは質問を投げかける。
「……もしかして、あの包帯神父って『七大聖者』だったりとか?」
アラヤでさえ――自分という足手まといの存在を考慮に入れても――それなりに拮抗していたゼッケンドルフなる男の実力は並ではない。
よもやという危機感を胸に抱いていたキアナだったが、オフィリアは難しい顔をした。
「可能性としては皆無ではないとは思いますが……どうでしょうね。星黎教全体でも七人足らずの人材を、わざわざ我が国に派遣する目的が想像できませんわ」
『悲哀』
『激情』
『絶望』
『狂信』
『
『
『憎悪』
これら七つの、星黎教が定める『人を死に至らしめる悪心《あくしん》』を司るのが『七大聖者』である。
緊張が高まりつつありはすれど、明確に敵対しているわけではないクラリオン王国に、その一角を差し向けるとなれば、それ相応の理由付けが必要と考えるのは極めて妥当。
キアナとしても、ことさら聖者に来てほしいわけではなかったので、早々に持論を却下した。
「なら、撃滅手って連中は、なんでギュンターに従っているわけ? そいつらは帝国の繁栄とかいうくだらない教義にしか興味ないんでしょ?」
「順当に考えれば、ギュンターに従うことが帝国の繁栄につながっているからとしか考えられませんわね」
「それはそうだけど……」
ギュンター・テイルローブ。
キングストン王立魔法学院の副学院長にして、名門貴族の当主。
学院内ではもちろん、王都における様々な分野に対しても、幅広く顔の利く人物である。
しかし、エカトリオン大陸の半分以上を領土とする超大国レムリアが、撃滅手という貴重な戦力を投じてまで、抱き込む価値があるかと聞かれれば、疑問が残るところだ。
「こう言ってはなんですが、クラリオンは数ある国の一つに過ぎません。本気で帝国が我が国を征服しようと目論んだのなら、止める術はないと言っていいでしょう。帝国からすれば、大陸南部への進出を阻む位置にあるクラリオンは、いずれ必ず排除しなければならない障害ですから」
「そんな弱気な……」
「弱気ではなく事実です。当然、有事に際しては、私も死力を尽くす覚悟ですが。しかし、実際に帝国と全面戦争になるような事態は、まず起こり得ないと断言しても構いませんわ」
「どうして?」
「領土が広いということは、それだけ多くの国と国境が接しているということ。そして、それらのほとんどは帝国と敵対関係にある国ですわ。クラリオンは大国とは言えませんが、間違っても小国などではありません。もし帝国が後先考えずにクラリオンに攻め入れば、好機と見た周辺国が一斉に剣をとることでしょう。そうなれば、いくら帝国とて無事では済みませんわ」
自然界において、一般的に強者たりうるのは、大きな図体を持つ生物だ。
だが、それが必ずしも有利に働くという保証はない。
外敵との戦いに勝つことだけが、生存競争ではないからだ。
と、ずっと黙り込んでいたアラヤが、不意に口を開いた。
「……つまり、帝国側としては、何かしらの裏工作でクラリオンの弱体化を図りたいところでしょうね。たとえば、悪いお酒を流行らせるとか」
「あっ……」
キアナの背筋が、ぞわっと総毛立つ。
見えないところで、すでに帝国の侵略は始まっているかもしれないのだ。
オフィリアが満足げにうなずいた。
「さすがはアラヤさんですわ。革新派の貴族の間でも、この一連の問題は、単なる木っ端役人のおいたとして処理してよいものではないという見方が強まっています」
そこで、オフィリアは悔しそうに唇を噛んだ。
「しかし、未だに黒幕を暴く段階には至れていないのが現状ですわ。いえ、至れていないというより、それ以上深入りしたがらない者が増えているのです」
「どういうことですか?」
「この件について調査していた貴族が、相次いで暗殺されていますの」
「……それは、穏やかではありませんね」
「ええ。被害者は皆、
「っ! それって……」
息を呑むキアナに、アラヤも険しい表情で首を縦に振る。
錆びた剣に、太い杭――厳密には釘だが、傷口から判断はつかないだろう。
これらの特徴的な武器を召喚して用いる使い手が、そう何人もいるとは思えない。
しかし、これは非常に大きな手がかりでもあった。
目つきを鋭くしながらも、アラヤは珍しく好戦的に犬歯を覗かせる。
「オフィリアさん、間違いありません。その刺客は、私たちを襲撃した撃滅手です」
「本当ですの!? ……不謹慎ですが、僥倖と言えますわ。これで大きく我々は前進したことになりますもの」
「はい。犠牲になった方々や、ホスタさんたちのためにも、一日でも早く真相を暴かなければ」
うなずき合う二人を交互に見て、ようやくキアナは彼らの言わんとすることに察しがついた。
ワルド商会の件について探りを入れていた者たちを殺害したのと、昨夜自分たちを襲撃したのは同一人物。
そして、その人物たちを従えているのは、他でもないギュンターだ。
つまり、ワルド商会か、ゼッケンドルフたちと、ギュンターの関係を証明できれば、自動的にもう一つの問題も解決することになる。
「まずはどこから攻めますの? 切り口はいくらでもありますが」
「そうですね。まずは手近なところからいきましょう」
「と、おっしゃいますと?」
「私たちとギュンターさんには、共通の知人がいらっしゃいますよね。その方からです」
◆
「やあ。臨時試験はどうだった? 我が好敵手《ライバル》たる君なら、あのくらい余裕だったと思うけどね」
翌日。
昼休みに呼び出しをかけたローレンと、アラヤとキアナは昼食をとっていた。
場所は食堂。全体を見渡すことのできる、入り口から一番遠いテーブルだ。
輝くような白い歯をのぞかせ、気さくに笑いかけるローレン。
しかし、アラヤだけが曖昧な愛想笑いを返すのみだった。
「どうもこうもないでしょう? あんな汚いことしておいて」
憎々しげに吐き捨てるキアナに、ローレンは心外だとばかり肩をすくめる。
「姑息な手? 何を言っているんだい。事前に問題集を渡しておいただろう? それも大した量じゃない。真面目に取り組めば、十分に合格点を取れたはずだ。あんなのを落とすなら処置なしだよ」
演技であるならば、それこそ舞台に立てるような役者ぶりだ。
それを見て、怪訝に思ったキアナはアラヤに目配せを送った。
真偽はともかく、臨時試験の
アラヤはかすかにうなずくと、満を持して切り出した。
「実は、その臨時試験の前夜に、ちょっとした事件がありまして……」
「事件?」
アラヤは思わせぶりに声を潜める。
「ええ。これはまだ、
「……意味深だね。しかし、ミス・ベルジュラックにも話していないのはなぜだい? 別に黙っておく理由もないと思うが」
「私はこの国の人間ではありませんから、むやみに内情を引っ掻き回すような真似は避けたくてですね。ましてやローレンさんの名誉に関わるような真似は」
ピクリとローレンの耳が動き、にわかに目つきが鋭くなった。
「……詳しく聞かせてくれ」
ことのあらましをかいつまんで説明するアラヤ。
聞き終わる頃には、ローレンの顔からすっかり笑みが消えていた。
こめかみに手をやり、信じられないとばかりローレンは首を振る。
「……言い訳にしか聞こえないと思うが、僕はこの件に関しては単なる伝令役《メッセンジャー》に過ぎない。本当に知らなかったんだ。確かに黒い噂の絶えない人ではあったが、それでもこの国を思う気持ちは本物だと思っていた。だから
(多少ね……)
頭痛をこらえるように目をつぶり、ため息をつくローレン。
彼が言っているのは、もちろんギュンターのことだ。
ひどく苦悩しているようだったが、キアナとしてはしらけた気分だった。
魔法学院でありながら、入学試験で武術を試させる。
前触れもなく臨時試験を課したかと思えば刺客を差し向け、挙げ句に学生証のコインを盗ませる。
つい数日前からでも、ギュンターの悪行を数え上げれば、枚挙に暇《いとま》がないのだから。
単に、本当に知らなかっただけかもしれないが。
ここで、キアナがいかにも疑り深そうに片眉を上げる。
「こっちが言うのもなんだけど、何でそんなにすんなり信じるわけ? 証拠も何もないのに」
「ああ。失礼、君たちは知らなかったと思うが、最近王都に妙な酒が出回っていてね――」
ローレンがワルド商会のくだりを話している最中、キアナは内心ほっとしていた。
オフィリアとローレンが対立しているのは周知の事実。
そんな彼に、親玉であるギュンターの悪事を、不用意に吹き込むのにはリスクが大きい。
失敗した場合、オフィリアの信用が著《いちじる》しく失墜するのは明白だ。
アラヤたちの襲撃犯と、商会絡みの暗殺犯の凶器が一致したという事実も、ローレンが自ら気づかなければ、決め手になりえない。
唐突にアラヤたちがこのことを伝えてきても、オフィリアがローレンをギュンターから離反《りはん》させようとしている、と認識されるだろう。
確固たる物的証拠を突きつけるにしても、探している間に新たな犠牲者が出ないとも限らない。
そもそも、ローレンを納得させられるほど分かりやすい証拠が、見つかる保証さえないのだ。
よって、アラヤは一計を案じた。
あくまで、ワルド商会の一件については、自分たちはオフィリアから何も知らされていない、知る余地もないというスタンスをとったのだ。
こうすることで、アラヤたちには一切の他意はない――オフィリアによる工作ではないとローレンに思わせることができる。
この場にオフィリアを同席させなかったのもその一環だ。
また、ローレンがアラヤを――一方的に――好敵手として扱っているというのも、話の信憑性を高めるのに一役買っている。
キアナが疑い役を買って出たのは『あまりに都合がよすぎる』とローレンが疑念を抱く可能性を下げるためだ。
言語化されていない疑問を他者に解決されることで、こちらの話をより受け入れやすくなる、とアラヤは見込んだのである。
そして、作戦は見事成功に終わった。
ギュンターに近い協力者を得られたのは、大きな前進だ。
キアナはテーブルの下で、密かにアラヤと拳を打ち合わせた。