最強聖者はすべてを救いたい~浮浪児と見下されていた少年、実は英雄王にして大聖者だった~   作:石田おきひと

3 / 37
第3話『アラヤ様、噂が広まる』

 

「ところでキアナさん。ここは一体どこなんですか?」

 

「その説明から始まるわけね……」

 

 キアナは小さくため息をつく。

 彼女が所属するキングストン王立魔法学院の校舎は、古い貴族の屋敷を改装して作られている。

 そのため、どこもかしこも不必要なほど広かった。

 廊下など、二頭立ての馬車が走れそうなくらいだ。

 

「キングストン王立魔法学院。魔法を教える学校」

 

「魔法を教える……学校ですか。訓練所とは言わないのですか?」

 

「んー……それは兵士とかになりたい人が通うところ。ここは魔法を勉強するところよ」

 

「? 兵士は魔法を訓練しないのですか?」

 

「しないこともないけど、そういうのは軍学校を出てるようなエリートだけ。ていうか、まず普通の人は魔法とか使えないでしょ」

 

 ここクラリオン王国において、総人口に対する魔法使用者の割合は五パーセント足らず。

 魔力自体は誰しも持ち合わせているが、魔法という形で出力できるのは、ごく一部の才能ある者のみ。

 そういった常識に照らし合わせての発言だったが、アラヤは驚いたように目を丸くした。

 

「……そうなんですか?」

 

「当たり前でしょ。そんな誰でも魔法なんか使えたら、世界中めちゃくちゃになっちゃうじゃない」

 

「うーん、そうかもしれませんが……」

 

 納得いっていないのか、首を傾げながら歩くアラヤ。

 

「何、アンタの故郷《くに》じゃ皆魔法が使えたってわけ?」

 

「全員とは言い切れませんが、少なくとも、私の知る限りでは使えない人はいなかったと思います」

 

「嘘ばっかり。そんな国あるわけないじゃない」

 

 アラヤの言葉を一蹴し、キアナは廊下の途中にある扉から展望テラスへ出た。

 まだ少し肌寒さの残る春の風が、さわさわと頬を撫でては通り過ぎていく。

 まばらな白い雲が散りばめられた、抜けるような青空。

 

 そして眼下には、クラリオン王都の全景が広がっている。

 アパルトメントと呼ばれる白い集合住宅が所狭しと立ち並び、その中にポツポツと点在する赤瓦の家が、貴族のものだ。

 

 さらに遠くの方には、王都を冠の取り囲む緑の木々が、青々と萌えている。

 白、赤、緑、そして空の青。

 この四色こそが、クラリオン王国を象徴する色だと言えよう。

 

「わああ――! いい眺めですね!」

 

「ま、私はこんなの見慣れちゃったけどね」

 

 手すりに駆け寄り、キラキラした目で辺りを見渡すアラヤ。

 照れ隠しに憎まれ口を叩くキアナだったが、彼女がここに来たのは二度目だった。

 

 一度だけ、入学当初のお昼休みに立ち寄ったのだが、居合わせた貴族たちから露骨に奇異の目で見られ、それ以来近づいていなかったのだ。

 手すりにもたれかかると、キアナは本題に入った。

 

「で、アンタ何者なの? まさか、本当にただの浮浪児なわけないでしょ?」

 

 アラヤは景色を眺めたまま、ポリポリと顎をかいた。

 

「……うーん、信じてもらえる自信がないのですが」

 

「とりあえず言ってみなさい」

 

「まあ、そういうことならお話しましょう。隠しておく必要もありませんし」

 

 意を決したように、アラヤは体ごとキアナの方を向き直る。

 

「キアナさんは、マリエルという神をご存知ですか?」

 

「白翼の神マリエルでしょ? そりゃ知ってるけど」

 

「では、マリエル様が白翼教《はくよくきょう》と呼ばれる宗教の主神であることは?」

 

「えーと……確か、東方にあるイスラとかって国で興《おこ》ったって授業で……」

 

「まあ、厳密にはイスラで興ったわけではありませんが、間違ってはいませんね」

 

 そこまで答えて、キアナはハッとした。

 イスラ王国。

 かつて東方一帯を支配した大帝国の前身《ぜんしん》だ。

 そして、白翼教の開祖となり、大聖者と呼ばれた僧侶が生まれた国。

 

 開祖の名はアラヤ。

 およそ二千年前(・・・・)、このクラリオンの地にて、衆生救済《しゅじょうきゅうさい》を祈願しながら没したとされている。

 彼が最期に籠もった御堂が現存しているのが、ここ魔法学院の裏庭なのだ。

 

「……アラヤって、本当に? あの大聖者アラヤが、アンタ……いや、あなたなの?」

 

「その大聖者という大仰な二つ名はいただけませんが、その通りです。あと、今まで通り気軽に話してもらって結構ですよ。私はそんな大層な人物ではありませんから」

 

 ひらひらと顔の前で手を振るアラヤ。

 にわかには信じがたい超常現象。

 だが、あのオフィリアを子ども扱いして見せた実力は本物だ。

 

 さらに彼は、誰一人開くことのできなかった御堂の中から姿を現した。

 あるいは、信じてみてもいいのかもしれない。

 

「いやいやいや、大層も大層でしょ。歴史に名前残ってるんだし」

 

「いえ、私の名前などどうでもよいのです。覚えたところで何の足しにもなりませんから」

 

 少なくとも、試験の点数の足しにはなる、と思いつつ。

 キアナの中で、むくりと黒い感情が鎌首をもたげた。

 

 誰からも認められ、評価を得ている偉人。

 そんな存在を前にして、自分の凡人さ加減に嫌気が差したのだ

 キアナは頬杖をつきながら、地平線を睨みつけた。

 

「ふーん、私は有名になりたいけどね。この国一番の魔法使いになって、偉そうな貴族たちに威張り散らしてやるのが私の夢」

 

「ええ、夢があるのは良いことです。存分に励んでください。私も応援します」

 

「……お説教したりとかしないの? 欲を断ち切れとか、しがらみを捨てろとか、そんな感じでしょ、白翼教って」

 

「布教はしない主義ですので。どんなにありがたい思想でも、無理やり押し付けられると気分が悪いでしょう?」

 

「確かに」

 

 キアナはクスリと笑みをこぼした。

 学院に入って一ヶ月。

 初めて心から笑ったのではないかとさえ思った。

 はたと、もっともな疑問が頭をよぎる。 

 

「……ていうか、アンタ二千年前に死んだはずじゃないの?」

 

「まあ、一応そういうことにはなっているんですが、目が覚めてしまったので」

 

「目が覚めたって……」

 

 深く言及するのを諦め、キアナは次の質問に移った。

 

「……まあいいや。何でそんなに若いの? 聖者とかいったら、よぼよぼのお爺さんみたいな見た目だと思うんだけど」

 

「それはちょっと、説明すると長くなるんですが……」

 

 と、不意に耳をつんざくような大音響が学院中に響き渡った。

 

『あーテステステス。一年のキアナ・エルマンさん! と、アラヤさん! 今すぐ第一演習場までお越しあそばせ! 決して悪いようにはいたしませんわ!』

 

 いたしませんわーいたしませんわー……と反響しながら消えていく、高飛車そうな少女の声。

 音の発信源は、屋上に設置された巨大スピーカーのようなもの。

 放送室にある伝声管で伝えた声を、数十倍にも増幅して学院全体に響かせる魔道具だ。

 こめかみを揉み込みながら、キアナはぼやいた。

 

「ろくな用事じゃなさそうね」

 

「まあ、行くだけ行ってみたらいかがです? もしかしたらいい話かもしれませんよ?」

 

「あの女が私にいい話なんか持ってくるわけないでしょ……」

 

 ◆

 

「おい、来たぜ。エルマンだ」

 

「何で平民のあいつがベルジュラックに呼び出されてんだ?」

 

「なんか、昼休みにオフィリアさんと決闘したらしいよ」

 

「マジかよ。つか、あのガキ誰だ? 小汚え格好だな」

 

 予想通り、演習場の入り口は、野次馬たちでいっぱいだった。

 来るなり大量の無遠慮な視線をぶつけられ、さすがのキアナも尻込みしてしまう。

 

「なあおい。何があったんだよ」

 

「すいません、急いでるので……」

 

「ちょっとくらいいいだろ」

 

 ガタイのいい上級生たちに行く手を遮られ、歯噛みするキアナ。

 いちいちこんな連中の相手をしていたら、オフィリアたちにどんな因縁をつけられるか分からない。

 すると、アラヤが笑顔のまま一歩進み出た。

 

「申し訳ありません。先約がありますので、通していただけませんか?」

 

「あ? 何だこのガキ」

 

「俺たちはエルマンと話してるんだよ。すっこんでろ」

 

 と、そのときだった。

 新しくやって来た野次馬の一人が、アラヤの顔を見るなり叫んだ。

 

「あ! あいつだよあいつ! ベルジュラックを医務室送りにしたガキだ!」

 

「でもすごかったよな。いきなり地面から槍がズドドド! って生えてきて、ベルジュラックを串刺しにしたんだよ」

 

 ザッ! と一気にアラヤの周りから人がはけた。

 中には、不安げに足元を気にしている者もちらほら見受けられる。

 

「えーと、通ってもよろしいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

 青い顔で壁にはりつく野次馬たちに苦笑しつつ、キアナたちは講堂の扉をくぐった。

 

「うーむ、だいぶ尾ひれがついてしまったみたいですね」

 

「そうね。オフィリアさんが死んだことになってるし」

 

 遊技場を改造して作られた演習場は、教室八つ分はある広々とした施設だ。

 入学試験の実技も、ここを会場として実施された記憶がある。

 

 演習場にいるのは、いつぞやの三人組。

 そして、壁際に立っている数人の教師陣だった。

 演習場を貸し切るだけあって、学院側も巻き込んだ仕掛けがあるらしい。

 

「ようこそおいでくださいました。これより、アラヤさんの入学試験を行いますわ!」

 

 開口一番、オフィリアはそう宣言した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。