最強聖者はすべてを救いたい~浮浪児と見下されていた少年、実は英雄王にして大聖者だった~   作:石田おきひと

33 / 37
34話『憎悪し狂信を穿つ』

「あ――アラヤ?」

 

 恐る恐る名前を呼ぶキアナ。

 それは、自身の問いかけに対し、少年から返事が得られないのではという確信めいた予感への恐怖。

 

「――――」

 

 そして、予感は正しかった。

 心臓を破壊されれば、人は絶命する。

 ごくわずかな例外こそあれど、どんな回復魔法の使い手でも、致命傷を癒やすほどの魔力を、心臓なしで生成することはできない。

 一般人にとってそうであるように、魔法使いにとっても心臓は急所なのだ。

 

「う、あ……あ……」

 

「――ああ、そういえば貴女が居たのでありました。あまりにも取るに足らず、失念していたのであります。結果論ではありますが、王都で身を潜めていれば、墓石に刻む言葉くらいは用意できたものを」

 

 一度深く押し込み、傷口を広げてから、ヘルムートは槍を引き抜く。

 すでにアラヤへの興味は完全に消え失せているのか、アラヤの方など見向きもしない。

 自室に入り込んだ不快な害虫を、叩き潰すかどうか思案しているように、猫のような目が冷徹にキアナを見下ろす。

 もはや彼女の盾となる者はいない。

 数秒後の死は目前。

 白釘や聖槍など用いるまでもなく。

 ただヘルムートが、石ころを蹴飛ばすように脚を振り上げるだけで、キアナの人生は終わりを告げる。

 だが――そんなことはどうでもよかった。

 

(ああーーなんで、今さら気づいちゃうんだろう。本当に私って救いようがない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 

 胸が痛い。息が苦しい。

 まるでそれは、心臓を貫かれたような痛み。

 気づかないうちに、自分の中で大きくなっていたモノを喪《うしな》ったからだ。

 

「アラヤ――アラヤ、アラヤ、アラヤっ!」

 

 感情に任せた金切り声。

 振り向く者はもう亡《な》いと知っていながら。

 とめどなく流れる涙が頬を濡らし、暗い地面に滴り落ちる。

  

『――靴でしたら、私が綺麗にしますよ。磨き方さえ教えてもらえればの話ですけど』

 

 いつかの昼休み。

 陰気な中庭の雰囲気を払拭するような爽やかな声とともに、少年はキアナの前に現れた。

 最初は一体どこの誰かと戸惑ったものだが、すぐにキアナは彼に興味津々になった。

 比類なき実力を持ちながら、決して驕《おご》らない物腰の低さ。

 それでいて悪を許さず、断固たる態度でもって、何度もキアナを守ってくれた。

 

 自分よりも幼い外見でありながら、遥かな高みにある彼に対し、みっともない嫉妬を抱いたこともあった。

 けれど、少年はそんな彼女を護り、教え、導いてくれた。

 強く、気高く、しかし外見相応に弱味を見せる彼に――キアナが惹かれていると自覚したのは、皮肉にも今この瞬間だった。

 

『……いいえ、それでもキアナさんは特別ですよ』

 

『あなたは私の弟子ですからね。弟子を守るのは師匠として当然のことです。まだまだ教えて差し上げたいことは山ほどありますから』

 

 目をそらしながら告げられた、告白めいた台詞。

 どうしてあの場で問いたださなかったのだろう。

 押しに弱い彼のことだ。案外、すんなり白状してくれたかもしれないのに。

 だが、その真意を聞く機会は、永遠に訪れない。

 奪われたからだ。

 目の前の、この女に。

 胸を抉るような激痛(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)は、肺腑《はいふ》を焼くような激情へと形を変える。

 

 生まれながらに刻まれた魔法が起動する。

 憎悪装填。激流のごとく迸る漆黒の瘴気《オーラ》。

 そして、彼女は理解した。この魔法《ちから》の使い方を。

 ただ闇雲に振り回すしか能のない、原始的な暴力とは訳が違う(﹅﹅﹅﹅)

 焦がれるほどの羨望。力を手に入れるためならば、どんな手段をも厭わぬ覚悟の証明。

 アラヤのそばで膝をついたまま、キアナはおもむろにヘルムートを見上げる。

 暗黒の中で青く輝く魔眼。

 それはまるで、闇夜を照らす蒼月《そうげつ》のよう。

 彼方から届く陽光に中てられた月光は、いかなる邪悪をも喰らう権能を宿していた。

 

「ッ――!」

 

 ヘルムートでさえ総毛立つほどの魔力。

 手にしていた聖槍を最速でキアナへ投じつつ、大きく背後で跳ぶヘルムート。

 顔面目掛けて飛来した槍は、瘴気に触れた時点で軌道を変え、彼女の右肩を刺し貫いた。

 深手といえば深手。だが、決して致命傷などではない。

 

 瘴気に物理的な干渉力があるのは、ヘルムートも承知。

 だが、それならば詠唱もしていない概念武装など、容易に防御できたはず。

 キアナの憤激に猛る青い瞳が、この行動が意図的なものだと雄弁に語っている。

 

「――本当はもっと痛かったよね、アラヤ」

 

 小さくつぶやき、キアナは手のひらを中空に舞うヘルムートへ差し向けた。

 今、もっとも必要なものは何か。

 あの女の殺害を成し得る武装は何か。

 ――決まっている。

 彼女が最強と信じる存在を打ち倒した、忌まわしき槍に他ならない。

 

「『偽典・神伐聖槍(イミテーション・ロンギヌス)

 

 呑み込んだばかりの聖槍が、闇の中から姿を現す。

 だが、その意匠は様変わりしていた。

 初雪のごとき純白の柄は、赤く罅《ひび》が走った夜のごとき黒へ。

 異端を穿つ白銀の穂先は、鈍色《にびいろ》の黄金へ。

 受けた攻撃・武装を模倣し、我がものとする。

 それが、キアナに目覚めた魔法の正体だった。

 音もなく射出された黒槍。

 否、音さえも置き去りにする高速で、槍は本来の担い手へと疾走した。

 

「くッ――!」

 

 回避は不可能と諦め、最大強度の身体強化を展開する。

 同厚の鋼鉄にも匹敵する防御性能。

 だが、ロンギヌスの有する特殊効果は『あらゆる防衛の無効化』

 いかな魔法・防具であろうと、それが防衛を意図したものであるなら、何であれ無効化する。

 的中。

 腹を貫き、骨盤を粉々に砕きながら、古城の外壁へと黒槍は女を縫い止めた。

 

「あッ……がッ、ぐゥうう――!」

 

 槍の穂先が、重力に従ってずり落ちるヘルムートの腹を引き裂いていく。

 だが、彼女がそのまま真っ二つに裂かれるのを受け入れるはずもない。

 足元と手元に一本ずつ白釘を召喚し、体重の支えとする。

 そして、僧衣の肩口を噛み締めながら、鬼の形相でヘルムートは槍を引き抜いた。

 

「はッ、あぐッ……ぎィッ……! なぜ貴女がその権能を……! 先代『憎悪』の権能『反鏡天・倍憎悪(トライゾン・カウンターヘイター)』を――!」

 

「そんなの知らない。興味もない。ただ私は、アンタを倒せればそれでいい」

 

「舐めるな、蛮族風情が!」

 

 気炎を上げたヘルムートが、不意にその場から落下する。

 直後、彼女の頭があった場所に、墨を塗ったような黒い釘が突き刺さった。

 

「学院でアンタにもらった分、今から返してあげる――!」

 

贋造・磔刑の釘(ベトルーク・アインズホルン)

 夕闇を飛び交う烏《からす》の群れのように、黒釘が地上へ向かうヘルムートへと飛んでいく。

 対するヘルムートは、被弾の可能性があるものだけを、最小限の動作で弾きながら、損傷した身体の回復に努めていた。

 いくら覚醒したとはいえ、照準の精度はキアナの視力に委ねられる。

 後方へ一直線に移動しているならまだしも、光源が皆無に等しく、二十メートル先で自由落下する物体を正確に狙うのは、訓練なしでは不可能だ。

 

 たん、と地上に両足を着けたときには、すでにヘルムートは走れる状態にまで怪我を癒やしていた。

 強引に繋いだ骨格は歪んだまま癒着し、破れた腸に至っては、体内に溢れた血液も内容物もそのままだ。

 歩くどころか、何もしていなくとも、途方もない激痛に絶え間なく苛《さいな》まれているに違いない。

 だが、それで足を止める程度ならば、彼女は聖者と呼ばれていない。

 

「――天におわします我らが神よ。これより不敬なる神敵《しんてき》の撃滅を遂行致します。その煌々たる輝きをもって、我が神罰の代行を見守り下さい」

 

 陶然《とうぜん》と頬を紅潮させ、口元に笑みさえ浮かべたまま、ヘルムートは手に白釘を呼び出した。

 神の意思を請負《うけお》うという高揚感が、一時的に苦痛を快楽にさえ変換しているのだ。

 神罰代行への道のりが困難であればあるほど、彼女は『自らの信仰を試されている』と奮い立つのである。

 

「ハッ――!」

 

 狂気すら伺わせる笑顔、しかし目だけは見開いたまま、ヘルムートがキアナへと肉迫した。

 アラヤとの戦いでは、常に空間や足元からの槍召喚を警戒し、一定の間合いを保ったまま中距離戦を行っていたヘルムート。

 それでも、初手での白釘命中によって利き腕を封じ、有利な状態で戦況を進めていた。

 しかし本来、彼女の戦闘スタイルは、白釘を布石として強引に接近し、白兵戦に持ち込むというもの。

 それを可能とするのは、自ら投げ放った白釘と並走するほどの圧倒的走力。

 しかも、稲妻のごとき不規則な進路変更を行いながらだ。

 蹴りつけた敷石が爆ぜ割れ、巻き上げた風だけで雑草が引き千切られる。

 当然、彼女は自身の機動力を完全に制御できていた。

 

「このっ……!」

 

 狙いを定めるのを諦め、闇雲に弾幕を張るキアナ。

 秒間数十発の高密度。

 着弾した古城の外壁は、編隊による爆撃を受けたような有り様。

 だが、それでも当たらない。

 時に踊るように、時に猛獣のごとく荒々しく。

 一瞬のうちに、十を超える曲折《きょくせつ》を織り交ぜながら、ヘルムートは全くの無傷でキアナの至近へと到達した。

 狂信に歪んだ聖者の顔を目前に、キアナは血が滲むほど強く頬の内側を噛み締めた。

 

 ああ、駄目だった。

 世の中、そう都合よくはできていない。

 ちょっと怒ったくらいで何かが解決するなら苦労はしないのだ。

 ましてや相手は、大陸でも有数の実力者である。 

 日々の地道な積み重ね。

 それだけが、降りかかる艱難辛苦《かんなんしんく》を払いのける力となるのだ。

 自分にできることなんて、せいぜい十数秒を稼ぐことくらい。

 でも、それが何の役に立つというのか。

 

(ごめん、アラヤ。やっぱり私じゃ仇なんて――)

 

 自覚した途端に叶わなくなった恋心。

 心残りがあるとすれば、この思いのやり場がないことくらいだった。

 奇妙に引き伸ばされた体感時間の中、キアナはゆっくりと目をつぶる。

 せめて、死後にまた逢えたらと願いつつ――。

 

 そして、刃が夜闇を一閃した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。