最強聖者はすべてを救いたい~浮浪児と見下されていた少年、実は英雄王にして大聖者だった~   作:石田おきひと

36 / 37
37話『終わりを告げる黎明』

「かはっ、ごふっ……!」

 

 肺を貫かれ、咳き込むたびに血の塊を吐き出すヘルムート。

 辺りは嘘のような静けさに包まれ、戦闘の余韻さえも感じさせない。

 城壁の下。剣を片手に己を見下ろすアラヤを、ヘルムートは憎々しげに見上げた。

 

「殺、せ……敵に、命乞いなど……」

 

 無尽に等しい聖者の魔力とはいえ、致命傷をいくつも負った状態では、回復もままならないのだろう。

 瀕死の有り様でもがくヘルムートを、アラヤはただ冷たく見つめていた。

 

「……正直、迷いがあります。あなたを生かし、情報を引き出すか。それとも脱走の可能性を考慮して殺しておくか。こればっかりは人の命がかかった問題ですから、どちらが正しいかの判断は必要です」

 

「はっ……! 私が、祖国に、教義に背くような真似を、するとでも……」

 

「そう。あなたにとってはここで死んだ方が都合がいいはず。なのに自殺を選ぼうとはしない。つまり、あなたは私に殺してもらわなければならない事情がある。だから迷っているんです」

 

「…………」

 

「脳に不自然なほど魔力が集中していますね。おおかた、殺した相手を道連れにする魔法でしょうか。そういう使い手は知らないわけではないので、いちおう警戒していたんですよ」

 

 アラヤの推理に口を挟もうとはしないヘルムート。

 切断された腕からの出血はすでに止まり、咳もだいぶ収まっている。

 つまり、失血死や溺死では、彼女が意図する魔法は発動できないということ。

 そのことを見抜いた上で、アラヤはヘルムートの処遇を決めかねていた。

 

「あなたが『七大聖者』のうちの『狂信』……ってことでいいんですよね。キアナさんと同じ、脳による魔力生成ができる人材の集まりと見ましたが、どういった基準で選抜されているんですか?」

 

「……先代聖者による指名であります。先代の権能を引き継ぐ者もいれば、自ら開発する者も」

 

「しかし、それでは筋が通りません。キアナさんは星黎教や『七大聖者』との関係はないはずなのに、なぜああいった力を?」

 

「さあ。いずれにせよ、本格的に星黎教は貴方とキアナ・エルマンを敵性存在と認定するはずであります。もはや、市井《しせい》の人間としての人生は送れぬものと思いなさい」

 

 ヘルムートの嘲《あざけ》りに、アラヤは微笑みで返した。

 

「なら、私はキアナさんを守るだけです。国を守れなかった私でも、人ひとりくらいは死ぬ気で背負いきってみせます」

 

「……私を破ったその理想、どこまで貫けるか、はなはだ見ものであります」

 

 そのとき、遠くからキアナが駆け寄ってくる音が聞こえた。

 その瞬間、背筋《はいきん》だけでヘルムートの身体が跳び上がる。

 瀕死の重傷とは思えない俊敏な動作。

 虚を突かれ、迫る『狂信』を目を丸くしながら呆然と見るキアナ。

 聖者は最期の力を振り絞り、すでに失《な》い両手をキアナの方へとかざした。

 

「『凄烈なる猛禽の嘴(シュナーベル・アインズホルン)』!」

  

 それは、かつて彼女が組んでいた撃滅手の魔法。

 天性の素質に任せ、見様見真似だけで組み上げた即興の切り札。

 白釘本来の詠唱には身体が耐えられないと判断し、あえて消費の少ない簡易な魔法を作り出したのだ。

 本人も自覚していなかった、彼女が本当に得手《えて》とするもの。

 それは模倣。

 何も愛せず、人間らしい目的を持てず、空虚そのものだった彼女の人生に彩りを与えたのは、信仰に身を捧げる者たちへの憧れだ。

 彼らのようになれたなら、自分も幸福を実感できるかもしれないと。

 そう信じて愚直に演じ続けた結果、偽装は真実へと転化《てんか》した。

 

 ――無意味な仮定ではあるが。

 もしも彼女が真似たモノが、別の何かであったなら。

 ヘルムート・フォーグラーには、まったく違う人生が待っていたのかもしれない。

 

 肉を裂き、矢のごとく発射された二振りの白い長剣。

 何の変哲もない、ただ貫通力に優れるだけの武装。

 だが、油断しきったキアナを殺すのには、十分すぎる殺傷力を秘めている。

 

「――ハ」

 

 しかし、当然のごとくアラヤは白剣を砕き割った。

 概念武装の破壊に特化した剣なら、この程度の芸当は造作もない。

 続く二撃目で振り抜こうとして――アラヤの視界にキアナの姿が映る。

 死に体だと思っていた相手に殺されかけたことではなく。

 鬼気迫る表情のアラヤに恐れをなしたかのように、彼女は怯えたように眉をハの字に寄せていた。

 

「――『邪心穿つ星霜の槍(ウェスペル・トルトゥーラ)』」

 

 結局ヘルムートにとどめを刺したのは、剣ではなく、宝槍による刺突。

 心臓を穿つその一刺しに、ヘルムートがせせら笑うように唇を歪める。

 誰も傷つけたくないというアラヤの理想を、最後の最後で折ることができたという愉悦。

 けれど、アラヤがその顔に湛《たた》える苦悩は、信念を曲げたことでも、自らの死を惜しむものでもない。

 

 力の抜けたヘルムートの身体を抱き止め、柔らかく着地するアラヤ。

 その眼差しにこめられた想いは、憐憫か、それとも後悔か。

 立ちすくむキアナは、恐る恐る尋ねる。

 

「ねえ、そいつ殺したの?」

 

「……いいえ。ですが、彼女にとっては、死よりも残酷な結末かもしれません」

 

 見れば、刺されたはずの胸に新たな傷は見られない。

 ヘルムートの白釘と同じく、外傷を与えないことを選択できる概念武装なのだろう。

 疲れた子供のように目をつぶったままのヘルムートを、キアナはまじまじと見た。

 

「甘いと思いますか?」

 

「ううん。私の故郷を襲った奴だし、死んだって別に何とも思わない。でも、アンタがこんな奴のために傷つくとこは見たくない」

 

「……奇遇ですね。私も、キアナさんを怖がらせたくなかったんです」

 

 照れたようにはにかむアラヤに、キアナも口元を緩めた。

 思いを口にせずとも、もっと深いところで通じ合えているような気がして。

 キアナは、彼に問いただそうと思っていた事柄を、頭の隅に追いやった。

 

「そういえば、私に言いたいことがあるとのことでしたが、よろしければ伺いましょうか?」

 

「えっ!? あ、あれ聞こえてたの?」

 

「五感を強化していたので、キアナさんの可愛らしい声が、一言一句よく聞こえましたよ」

 

「なっ、ばっ……! つまんない冗談言わないでよね!」

 

「いえ、本心ですよ本心。それより、お話というのは?」

 

「いや、別にいいから。こういうのは言わないほうがなんていうか粋《いき》でオシャレで風流な感じだし」

 

「は、はあ……ちょっとよく分かりませんが、そういうことにしておきましょうか」

 

 よく分かりませんは余計だ、と思いつつ。

 

「そろそろ夜が明けます。帰りましょうか、キアナさん」

 

「……うん」

 

 暁光《ぎょうこう》を背に、キアナをまっすぐ見つめながら笑うアラヤに、しっかりとうなずいた。

 遠くから聞こえるのは馬車の一団。

 アラヤの連絡がなかったことにしびれを切らし、オフィリアが独断で迎えをよこしたのだろう。

 気がつけば、東の空は黄金色に染まり、群青の宵闇が溶けるように澄み渡っていく。

 その果てに見える曙《あけぼの》の朝空は、どこまでも晴れやかだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。