記憶なし。戸籍なし。血縁なし。エーテル適正あり。 作:激重感情
雨が降る。
少年は、そこが何処なのか、自分が何者かさえ理解せずに、フェンスの袂に座り込んでいた。
自分の記憶を辿ろうとも、今この瞬間以外の記憶はない……厳密には、断片的にしか思い出せないのだ。
ただ一瞬、目に焼き付いているのは……街が崩壊する様子。だがそれが何故、どうやって起こっているのかは一切わからない。
ここは何処なのだろう?隣は食べ物屋なのかいい匂いがする。目の前にはミニバンが止まっている、きちんと手入れされた良い車だ。
兎に角、場所を変えなければ……しかし、体には全くと言っていいほど力が入らない。このままここで力尽きてしまうのだろうか?雨粒が体温を奪っていくのが嫌でもわかる。
死にたくない……誰か助けて欲しい。
だが、いくらそのセリフを言葉にしようとしても、でてくるのはかすれた声だけ。
もう、駄目なのだろうか?どうして自分がこんな所にいるのか、自分に何が起こったのか、それすら知ることもなく死ぬのか?
悔しさに、雨粒とは違う雫が……涙が溢れる。
すると、次の瞬間ガチャリと近くの建物の扉が開いた……もはやかすれた瞳ではそれが誰なのかはわからない。青髪の少女の様だが……
「っ!お兄ちゃん!人が倒れてる!」
「何だって?」
相手が何をしゃべっているのか曖昧になってきた。だが、もはや少年は相手が何者であろうと、どんな人であろうとも、ただ手を伸ばすだけだ。そして……助けを乞う。
「――たす、けて……」
……その言葉を最後に、手を挙げるのもしんどくなってきた。いや、最後に一つ、助けをこえただけで十分だ。少年はがぐりと首を下ろす。
建物から現れた二人の男女は、そっとその手を差し伸べて――。
ppppp.ppppp.pppppp
……やかましいアラームだ。
少年はそんな事を思いながら目を覚ます……少し不安定なハンモックだが、寝心地は抜群だ。
おかげで、懐かしい夢も見れた。
少年は天井に下げられたハンモックから降りると首を回して下へ降りる。
そこでは、2人の店長がビデオに入った段ボールを運びながら中身を棚に並べていた。二人は、少年を見ると笑って迎える。まず初めに駆け寄るのは、青髪の少女――リンだ。
「やっほー!
「あぁ、いい夢を見れたよ……俺達が初めて出会った日の夢だ。」
「そっかぁ……」
「悪いんだけど、今開店準備中でね……手伝ってくれないか?」
銀髪の青年――アキラの言葉に、ノウンと呼ばれた少年は笑顔になって、どこか嬉しそうに答える。
「あぁ、勿論だ。アキラ。」
「チョイスはノウンに任せるよ、新作の中から選んで棚に並べてくれ。」
「わかった。」
ノウンはアキラから段ボールを受け取ると、適当に中身をあさってみる……どれも魅力的な映画だ。どれを並べようか悩んでしまう。
「……にしても、随分調子は戻ったみたいだけど、記憶の方はどうだい?」
ノウンが悩んでいると……アキラが不意に言葉をかける。ノウンは、何とも言えぬ表情をするとそっと首をふる。
「……旧都崩壊の光景……それ以外はまったく。」
「進展は無し……か。」
……このビデオ屋、Random Playは、元々アキラとリンの二人兄妹が切り盛りしていたのだが、ある雨の日に二人は記憶喪失の少年を拾った……それが他でもないノウンだったのだ。
持っている記憶は、数年前の旧都が崩壊する時の光景。他は、自分の名前や年齢、何故そこに居たのかすら思い出せないほどだった。
それから、ノウンはビデオ屋とリン都アキラの
拾った当時こそ常に何かに怯えている様子のノウンで、日常生活こそ二人の補佐がないと不可能なほどだったが、今や人並みらしいメンタルになった。
……アキラとリンの二人は、ノウンにたくさんのものをくれた。住む場所、仕事、居場所、ノウンと言う名前だって2人が授けてくれたものだ。
二人が居なければそもそもノウンは死んでいたし――打算ありきとは言え、拾ってくれたことに関しては感謝してもし尽くせない。二人の為なら、命だって投げ出してみせよう。ノウンはそう思っている。
ノウンは、そんな二人に一生かけて恩返しをするつもりで居る。仮に記憶を取り戻したとしても……恩返しは続けるつもりだ。
それに、何故だろう、ノウンにとってはこの関係がとてつもなく心地よく感じる。もう共に過ごして数年になるだろうか……もはや、ある種の友愛や慈愛や家族愛すらも芽生えていた。
だが、同時に中々記憶が戻らず、店長二人に迷惑をかけることに、ノウンはまだまだ負い目を感じている、そんなノウンの気を知ってか知らずか、リンは笑顔でノウンへと語りかけた。
「大丈夫大丈夫!いつか記憶も戻るよ!ゆっくりと取り戻していこうよ!」
「そうだね。焦っても記憶が戻るわけじゃない。ゆっくりとやっていこう。」
「そう……だな。」
ノウンは、二人の心遣いに胸が温かくなるのを感じながら、ビデオの吟味を続ける。すると、アキラはもう一つの仕事について触れ始めた。
「……そう言えば、今朝もう一つの仕事の依頼があってね。ホロウの中で積荷を落とした運送員から積荷の回収の依頼だ。ノウン、任せてもいいかな?」
「あぁ、リン、後で案内を頼む!」
「まっかせて!でも、今は取り敢えず店の準備を終わらせないとね!」
二人はリンの言葉を頷いてから、またビデオを吟味するのだ。
ノウン:こんな見ず知らずの自分を打算ありとは言え拾ってくれたアキラとリンに対して激重感情を抱いている。二人の為なら全然普通に、むしろ喜んで死ねる。