戦闘に自信があるならゲヘナへ行け。
頭脳に自信があるならトリニティへ行け。
自分に自信があるならミレニアムへ行け。
運に自信があるならそれ以外へ行け。
私がここへ入学する際にそんなスローガンのような言葉を何度も耳にしていた。中学二年生辺りから意識する言葉だろうか、進学先を決める時は必ずと言っていいほどこの言葉がまとわりつく。
この言葉をもう少し紐解いていくとこれはある特定の人へ向けた言葉であって、その対象ではない人には何ら関係のない言葉だ。
その内私はどちらだろう、考える。
……まぁ、結論から言うと考えるまでもなく関係がある側の人だ。ただし一般のケースと見比べると私とこの言葉の関係性は明らかに異質だ、それだけはまず確信を持って言える。
ここキヴォトスでは数えるのが億劫なほどの学園が存在しそれぞれの学園でそれぞれの意思を尊重してそれぞれがそれを寛容しあう多様性の時代となりつつある。しかしその一方で連邦生徒会の本部であるサンクトゥムタワーを中心にそれに近ければ近い学園ほどエリート思想が反比例するように強まっている。スローガンの中に入っている三つの学園は特にそれが顕著だった、今やこの三つはカーストのトップであることは間違いない。そしてそれはもちろん別に悪いことではない、エリート思想が強まるのと同時にその学園のレベルも明らかに上がっているのだから。入学する生徒が格式を勝手に高めて、学園側はその勝手に高められた格式に見合う学園を作り上げる……そういったちょっと歪な相互関係で色んな学園が大きく学のレベルを上げている。
「ここが私の……」
私が今日から通うことになる『トリニティ総合学園』もそうだ、機能美よりも装飾美に重きを置く他の学園と比べて品性が大きく問われる三大校の内の一つだ。
正門でその荘厳ながら美しい学園の相貌を目の当たりにしていて私は言葉を失っていた。左を向いても右を向いても正門の端では制服とはまた違う羽衣を纏っているかのような白い衣服を着た生徒が新入生に向けての案内をしていた。新入生はこの門を抜けてそのまま真っ直ぐお進みください、何かお困りごとがあれば私たちやシスター服を着た方々にご相談くださいなど入学式と言えば想像しやすい喧騒に紛れることなく澄んだ声で案内の仕事を全うしている。
「すごい……」
D.U地区だとかトリニティ自治区が楽園と言われてるほどの田舎から来た私はこの感じたことのないお祭りムードに圧倒されてただ感嘆の声を漏らした。ここへ入学した記念に友達とピースサインで写真を撮る子、待ちに待ったこの日がやってきて一秒でも早くと学園へ走り込む今私の横を通った子、私と同じでこのトリニティ総合学園に圧倒されて立ち尽くす子など色々な生徒が色々な姿を見せてこの日がいかに特別であるかを自然体で表していた。
そんなお祭りムードに少し慣れた頃は感激も程々に私も歩みを進め始める。正門を抜けると石レンガの道が続き、その先にある大きな噴水を中心に三つへ道を分けている。新入生はそのまま真っ直ぐ進み、そうでない生徒はその他へ進んでいるのがちらほらと見える。だから私はそれらに従い新入生の道へと進んでいく。
「……ん?」
そうして歩みを進め噴水のところまで来たところだろうか、喧騒にまみれながらも私の耳には確かに複数の銃声が聞こえていた。けたたましい銃声から甲高い銃声、鈍重な銃声など徐々に鮮明となっていくその銃声の方である左へと顔を向けると戦闘をしていると思わしき人物がこちらへ走ってきた。
「どいてっ!」
こちらへ走ってくる生徒は正面にいる私に向かって大きな声でそう言う。距離にしておよそ30メートル、走ってくる生徒を避けるには十分な距離だ。私はただ一歩二歩横にずれればいいだけ、それだけでいいはずなんだけど。
「……拒否するわ」
走ってくる生徒の後方で一際目立つ青と白の服を着た人が同じくこちらへ走ってくるのを確認して私はまず最初にこちらへ向かってくる生徒を止めようとホルスターに収納されているハンドガンを抜き発砲した。
狙いは足、気絶させるなら頭がねらい目だけどこのシチュエーションでは足止めが目的だ。故にリフレックスサイトのついたお手製のハンドガンでしっかりとフォーカスを定め足を狙って一発撃つ、それだけでこちらへ向かってくる生徒は盛大にずっこけて動かなくなった。
「ご協力感謝いたします」
「いえ、これは撃ってもよかったのでしょうか?」
「はい、大丈夫です。それにしてもいい射撃の腕をお持ちなのですね」
「え?は、はい。ずっと使ってきたものなので……」
そう言って既に私はホルスターに戻ったハンドガンを一回ほど撫でる。私の愛銃だ、名前は……特に決めてない。
「……!」
ハンドガンに一瞬意識が向き、再び目の前の人に意識が戻ってようやく私はこの人がとんでもない美人であることに気がついた。
煌々と輝く銀色の髪に、私が少し見上げないと顔が合わせられないという決して低くなく高すぎもない女性として完璧な身長、そして今まで見た中で確実に一番になるであろうその整った顔に私は見惚れてしまっていて、あまりにも綺麗なものだから相手が自分と同じ人であるということに疑問を持ってしまった、もちろんいい意味で。
「私の知り合いにも射撃の腕がとてもいい方がいますがそれに匹敵しうる実力だと思います。誇ってください、あなたの射撃の腕は素晴らしいです」
「あ、ありがとうございます」
ニコッと微笑むその顔はなんと美しいことか、花容月貌の如く清廉で着ている服も相まってこの人が明らかに特別であるというのを存在そのもので体現していた。その証拠に私の周りにいる人もこの人の美貌に見惚れていた。
「お、遅れました……サクラコ様」
『サクラコ様』と呼ばれた人に見惚れていると在学生っぽい人がヘロヘロになりながら駆けてきた。
「はい、大丈夫です。問題はこちらの方の協力により解決致しました。桜田さん、あなたもご協力ありがとうございます」
「い、いえ申し訳ございませんわ……わたくしは何のお役にも立てず忸怩たる思いでいっぱいです……」
「どうぞお気になさらず。人には得意不得意があるものですよ」
よく分からないが状況から察するに桜田さんという人はこの人と一緒に今倒れている生徒を追ってきたようだ。しかし役に立てなかった自分を悔いているようだがそのサクラコ様の笑顔なりに当てられてか顔を赤くして黙ってしまった。
「問題も解決したようですし、一度ここで解散にいたします。桜田さんはこのまま新入生たちと一緒にあちらへ向かいティーパーティーの方の指示に従い連携を取ってください。私は今こちらへ向かってきている方と事後処理を行います」
「は、はい!かしこまりましたわ!」
「それではお願いいたします。あなたは……お名前をお聞きしても?」
「はい、東風マリと申します」
「マリさんですね、
サクラコ様という方がそう言い終えた瞬間、私は何とも形容し難い寒気に見舞われた。
本人のその清楚で美しい姿とは裏腹に言葉の節々から感じ取れる面妖な雰囲気に冷や汗が出る。そう思うと今も私へと向ける笑顔がなんか黒く見えてしまって本能的に危機感を覚えていた。
「……」
さて、突然だがそろそろ何故あのスローガンが私にとって異質な関係性をしているのかを説明しなければならないだろうか。
あのスローガンはこのキヴォトスでは非常に有名だ、では何故有名なのか?それはスローガンが示す未来にある。
『キヴォトスで一番強い団体』はどこだろうか、数年前……もっと具体的に言うなら四年前なら答えはきっと人によって違っただろう。しかし今現在は当時とは状況が異なっている。
――――いるのだ、誰もが認めるキヴォトス最強の集団が。
「申し遅れました、私は連邦捜査部シャーレに所属しています歌住サクラコと申します。トリニティにはそこそこ顔を出していますのでこれから会うこともあるかと思います、以後よろしくお願いいたします」
これが私、東風マリのキヴォトス最強の団体『シャーレ』との出会いだった。
「よ、よろしくお願いします」
しどろもどろになりながら私はなんとか言葉を言い終える。
目の前にそのシャーレの人物がいると知った私は緊張で手が震えていた。
なんてったってあのシャーレだ、シャーレに所属出来る人物は皆その世代を代表する天才とまで言われた栄光そのものなのだ。その人物の一人が今私の目の前にいる。
――――あのスローガンはシャーレに所属する為の指標なのだ。
シャーレは毎年ゲヘナトリニティミレニアム、そしてそれ以外の学園から一人ずつ、そしてもう一つ例外的な枠からの計五人をシャーレの職員として雇っている。先にも言った通りシャーレに所属することはとても光栄であり、その世代を代表する者になる。更にいうならそれ以上にシャーレに所属する理由があるのだが、今は必要ではないので説明は省く。とにもかくにも多くの生徒は名誉、富、栄光など様々な理由を掲げてシャーレに所属する為にまず入学する学園を慎重に選ぶのだ。
そしてそこで役に立つのがあのスローガンというわけだ。
三大校の学園一つに対してシャーレの席一つというあまりにも狭すぎる間口は当たり前だが競争率の激化をもたらしている。どの時代にも天才はいるけど、結局のところどんな才能を持ち合わせていてもシャーレに所属出来るかは席数の問題で運の要素が強い。しかし少しでもシャーレに所属出来る可能性を高める為にあのスローガンがある。
戦闘に自信があるならゲヘナへ行け。言葉の通りだ、ゲヘナはシャーレの職員を初めて募集した時から戦闘に関する能力を審査し評価していた。故に戦闘に自信があるならゲヘナへ入学することがよいとされている。
頭脳に自信があるならトリニティへ行け。これも言葉の通り、トリニティはゲヘナとは正反対に知略や事務など戦闘能力を問わない部分を評価している面が多く、戦闘能力はないけど頭はいいという生徒はトリニティ一択だ。
自分に自信があるならミレニアムへ行け。これは戦闘にも頭脳にも通じることではあるけど、その実意味はちょっと違う。ミレニアムはその人の特異性を評価する。元々三大校の中で一番歴史が新しい学園ということもありお堅い歴史はなく校風は自由気味で好きなものに夢中になれる環境だと言われてる、故に例えばロボットや銃器を作れるとかハッキングなどの情報戦に長けているだとか戦闘も頭脳も含めてその人にしかない強みがあるのならミレニアムに入学すべきだ。
運に自信があるならそれ以外へ行け。それ以外というのはその三大校以外の全部だ。星の数ほどある学園の中の一人、それはトリニティやゲヘナの内の一人とでは数の規模があまりにも違う。だからこればっかりはどんな才能を持っていても運だ、シャーレ所属には厳選なる能力の審査がある、だから本当に能力が優れている人はある程度までは必ず上がる。しかしある程度まで行くと同じく能力が優れている人物同士でぶつかり合い篩がかけられ、例え天才だったとしても落ちる時は落ちる。その規模があまりにも大きい三大校以外の一枠はどこまで行っても最終的には運、だから運に自信があるならそれ以外なのだ。
そして私はトリニティへ入学した。
理由はシャーレに所属する為、頭脳を重視したからだろうか?
――――否、断じて否。
「では、また」
この場を去るサクラコさんの後ろ姿を見て私はゆっくりと口角を上げた。
今ここでサクラコさんに発砲したらどうなるだろうか?
分からないけど、きっとそれは楽しいことになるだろう。
私は確かにシャーレを意識してトリニティへ入学した。しかし理由は違うのだ、私がトリニティに入学した理由、それは――――
「――――あはっ」
シャーレに所属する天才たちと『本当の姿』で戦いたくて、絶妙に校則が厳しいトリニティなら『仮の姿』が忍ぶのに最適だと思ったからだ。マニュアルをなぞりきったいい子ちゃんな私がそこに存在しても一番目立たないと思った、だから私はトリニティへ入ったのだ。
――待ってろよ、シャーレの天才たち。
強すぎて退屈しているだろうその日々に、私がちょっとだけ面白い色を付けたしたげるから。
他の生徒同様に私も新たな生活が始まる予感にドキドキして、私の深い緑の瞳も今はキラキラと輝いていた。