たった一人でシャーレの天才たちを倒します   作:はるです

3 / 9
#2 追憶

 

 人を殺したことがあるだろうか?

 

 ほとんどの場合はないと答えるだろう、もちろん私もない。

 

 

 けれど、生き物を殺したことは誰だってあるのではないだろうか。

 

 

 幼い頃の無邪気さが何の躊躇いもなく小さな命を踏み潰す、そんな経験は誰しもが持っているはずだ。

 ――ただ、私はその経験すら無かった。幼い頃から酷く(・・)理知的で子供が持ち合わせているはずの無邪気さを持っていなかった。何をするにも意味を求めてそれに自分が納得出来るなら行動に移す、そんな非感情的すぎる思考で幼少期を過ごしていた。

 でもそれは逆説的に言うと命を奪うことに意味があったのなら私は平気で命を奪っていただろう。虫でも動物でも、人でも。だから当時の私は色んな意味で子供らしからぬ危うさがあった。しかし物心がつく頃にはその危うさも解消された、良し悪しの分別がつくようになったからだ。

 ……すると今度は倫理的な観点で私の身体を突き動かすようになった。良いと悪いの二極化でひたすら良いを選ぼうとした。悲しそうから慰める、苦しそうだから助ける、可哀想だから寄り添う。そんな機械的な衝動のままに毎日を過ごしていく内に危うい時代とは打って変わって私は善人へと生まれ変わっていた。人を助けるのに理由は要らなかった、何故ならそれは倫理的に正しいから。だからその信念のようなものに従えば従うほど私は『人の形を象った化け物』に近づいていった。

 助けたいって機械的に思うから人と関わる機会が巡ってきて、その末で人とコミュニケーションを取ることでなんとなく人との関わり方が分かっていく。決してそこに善い人になりたいと思う意思はないのに無意識的な善人化が止まらない。私の人生を章分けするならここまでが第一章だ。

 第二章である『転換期』というのは多分小学校高学年くらいからだろう。好奇心は猫を殺すということわざがあるけど例に漏れず私はそれに当てはまってしまった。

 

 

 例えば今まで通り善人で過ごしていた東風マリが突然本気で怒ったりしたら、みんなどう思うんだろう。

 

 

 ある日、そんなくだらないことが脳裏を過るようになった。理由もなく誰かの前で怒鳴ってみたらどんな顔をするのかな、心配されるだろうか、驚かれるだろうか、私の独り癇癪で終わるだろうか。分からないけど、どんな結末になろうともその想像をすることに私の中では意味があった。私の中にただただ形成されただけの善人という人格に反旗を翻すような反動的反応が表れた。

 でも実際に誰かに怒鳴ることはなかった、何故ならそれは倫理的に正しくないからだ。私の中で怒鳴ってみたいという好奇心があっても私という人格そのものは善良で意味もなく怒鳴るなんてとてもじゃないけど出来なかった。例え私が人の皮を被った怪物なんだとしても自分の気持ちまでもが偽りだとは思いたくない、今まで仲良くしてた子に理由もなく怒鳴るなんて非常識で、そんなことしたら私自身も辛い。そう思えるだけの心が私にはあったから実行に移すことはなかった。

 

 ただ、やっぱり想像は止まらなかった。

 

 言ってしまえばそれが好奇心を持った時に払わなければいけない代償だった。私の中に善人以外の何かが芽生えた時から私の人間性はドロドロ溶けるように終わっていった。なまじ良識を備えたせいで外側はすごくいい人に見えて、それに押し込められた内側の秘めたる衝動がいつまでも解き放たれずにいる。解き放ちたいけど解き放ちたくない、そんな自己矛盾を無限に繰り返して、そして変異していって最終的に私は破壊衝動を手に入れた。何かを壊したい、何かを傷つけたい、燻り続けるソレは積み木を崩す気持ちよさのようなものを求めて私の中で蠢くけどそれは特に何かを起こすこともない、私を苦しめ続けるだけの存在だ。意味のあることを求めて行動してきたのにその末で意味のないモノを手にするとはなんと笑える話か、どこまで行っても感情的になれなかったことから私は正義にも悪にも何者にもなれなかった。燻り続ける破壊衝動を宿すせいでどれだけ善いことをしても素直に喜べなくて、今までの人生を善人として過ごしてきたつもりだから燻り続ける破壊衝動に身を任せることなんて出来なくて私という存在は何でもない、中途半端に形成された何も着ていないマネキンなのだ。

 

 

『シャーレ……?』

 

 

 そこで、私はこの閉鎖的な状況で一つの光芒を見つけた。

 なんでも私の住んでいる田舎から遥か遠くにある場所にキヴォトス最強の集団がいるらしい。みんなが血眼になってそこへ所属する為に己を磨き他人を蹴落とし合う、そんな物騒なことまでして所属したいところがあるらしい。

 ここでは多くを語らないけど私には戦える力があった。私がいたあそこでは歳関係なく私より強い人を見たことがなくそれが自信へと繋がった、キヴォトスで一番強いと言われてるんだ、なら自分の力がどこまで通用するのか試してみたかった。井の中の蛙大海を知らずと言うけどそれに私は当てはまるのか、もしそうなんだとしたらそれはそれで面白い。とにかく私は破壊衝動の赴くままに戦いたかったのだ。

 

 

 ――――だから私は選んだのだ。

 

 

 外側で固められた善人と内側で抑制され続ける破壊衝動の二つを秤にかけ、そこで私はさも当然のように破壊衝動を取ったのだ。正義になるよりも悪になりたくて、言えば献身的な生活に『飽きた』のだ。

 ――そう、だからこれは私の初めてにして最大の我が儘だ。今まで姿を見せなかった私の『無邪気』がようやくがなり立てた。故郷を離れ、トリニティという大海へ私は飛び出した。そこで私は名実共に解き放たれたのだ。新たな世界で新たな私を確立する第三章――それがトリニティの入学式、それを楽しみにしないわけがない。

 

 

「マナ先輩、お互い頑張りましょう」

「はい!……ん?お互い?マリさんもシャーレ所属志望ですの?」

「いえ、今のところシャーレに所属するつもりはありません。ただ私にもやりたいことがあるので」

「まぁそれは頑張りましょう!困ったことが合ったらわたくしに相談してくださいね」

 

 

 優しく微笑むマナ先輩に私も同じように優しく微笑んだ。

 ――けれど、その私の微笑みに込められた意味は私にしか分からない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。