「この後……」
これといったハプニングもなければ特段変わったこともない入学式とHRを終えて私は頭の中でこの後の予定を確認する。今日はクラス内で簡単な自己紹介と明日からの予定を説明して放課後となった、つまりここからは自由だ。このまま帰宅するもよし今目の前で盛んに行われている部活勧誘の様子を見に行くのもよしこの広い学園内を探検するのもよし。ここから友達の輪が出来てる人たちは複数人で行動をし始めるけど私はもちろん一人で、グループで溢れる教室の中にいても居心地が悪いだけなので一人の私はさささと退散することにした。
「もしー、ちょっと待ってくださーい」
喧騒と人混みで賑わう廊下でそんな声が聞こえてきたけどこの人の数だ、誰に言ってるのか分からないので私は気にせず歩みを進める。
「お待ちになってください、そこの
「……え?」
金髪と言われて私は立ち止まる。周りを見ると金髪の人は何人かいたけどそのどれもが誰かと話をしている、その中で浮いた金髪は私しかいない。
「あ、やっと止まってくれました。マリさんごきげんよう」
「あ、えっとあなたは……」
振り向いてまずはその垂れた赤色の瞳と目が合った。私と同じくらいの身長で茶髪に腰くらいまで届く長い髪、雰囲気はその垂れ目に従ってのほほんとしている反面、背中にはロイヤリティ溢れる金と白の塗装がされたスナイパーライフルを持っていてだいぶ殺意は高い。この人は確か同じクラスにいた……
「春咲カナメ……さん?」
「あら、覚えていただいていたのですね。ふふふっ嬉しいです」
「え、ええ。それで私に何か用ですか?」
カナメさんとどこでお話したを記憶はないしましてやそもそも目が合った記憶すらない。さっきの自己紹介で朧気ながら名前と顔が一致しただけでそれ以外は何もない。
「私、まだお友達がいない状態でして見たところマリさんもお一人みたいですしよろしければこの後ご一緒に部活動巡りでもいかがですか?」
「……分かりました、一緒に行きましょう」
「ありがとうございます、それとマリさんがイヤでなければ私とお友達になっていただけませんか?」
「もちろん、よろしくお願いします」
「うふふっありがとうございます~私とっても嬉しいです」
会話をしてみてなんともマイペースそうな人だと感じる。武器の雰囲気を見れば一目瞭然ではあるものの、それ抜きにしても口調や仕草から上品さが滲み出ているのでほぼ間違いなくどこかのご令嬢だろう。マナ先輩とはまた違った気品というものも感じるしそんな人がわざわざ私の所へ来るのもなんか変な話だなと思う。
「……カナメさんは本当に友達がいないんですか?」
「お恥ずかしながらその通りです。家庭の規制が厳しくて今までずっと自由に友達を作れない状態で過ごしてきまして……ですがトリニティに入学するのと同時に自由を得ましたのでこれからたくさん作っていこうかなと思っています。マリさんはトリニティにおける私の友達第一号です」
「……なるほど。私はここからかなり遠い田舎からやってきました、だからカナメさんと同じく友達はいない状態で……カナメさんが私の友達一号です」
言ってから少し照れる私。そんな私を見てカナメさんはものすごくニンマリしてから強く抱きしめてくるものだからビックリして声を上げた。どうしてここの人はこんなすぐに抱き着いてくるんだろう……。
「ではでは参りましょう。マリさんはどこか行きたいところはありますか?」
「特にはないのでカナメさんについていきますよ」
正直言うと部活に入る予定はない。
私の内側を知られない為に普通に過ごしていくつもりだけど部活に入る必要は今のところ感じていない。やりたいこともないし適当に入っても熱量の差で私が白けるのが目に見えてるのでそれなら最初から入らない方が賢いだろう。
「分かりました、では近場からゆっくりと見ていきましょうか」
そう言って歩みを進めるカナメさんに私は続いていく。屋内から見学を始めたので最初の方は文化系の部活やクラブが多く文芸部や美術部といった定番の部活動からボードゲーム部や写真部といったピーキーな部活動などよりどりみどりだ、中には部活動ではなく同好会といったところもあり流石大都会の大きな学園は生徒のニーズにあった何かが用意されていた。
「カナメさんはどこか部活に入る予定はあるんですか?」
「んーせっかくなのでどこかに入ろうとは思っているんですけど、少し迷ってます。事前に調べた感じですとシャーレ同好会が気になっています」
「シャーレ同好会?」
「はい、シャーレとそのシャーレに所属している方々について語り合う会だと聞いています。なんだか面白いではありませんか?」
「面白い……どうですかね、私には分からないです」
なんだそれはと私は言いたい。
でも確かにシャーレの同好会の需要は拙い私でもよく分かる。既にサクラコさん狂信者の人とも知り合ってるくらいだし私じゃ考えられないけどシャーレを一種の偶像として見る人も少なくはないのかもしれない。
「……もしかしてカナメさんはシャーレ所属を志望している感じですか?」
「はい、親の意向でそのような感じになっています。ですが私自身もシャーレに入りたいと思っているのでこの機会にシャーレのことをたくさん知れたらなと思っています」
「なる、ほど。ちなみにシャーレで慕っている方とかはいるんですか?」
「慕っている方ですか?うーん……シャーレに所属している皆様のことは等しく尊敬していますが強いていうならナギサ様でしょうか」
「ナギサ様」
シャーレ所属志望とあればシャーレに詳しいと思うのが道理。ならカナメさんもマナ先輩と同じで熱くなれる要素を持っているのかもと思って聞いてみるとなんか聞いたことある名前が出てきた。
「やはり知っていますか?」
「ええと、名前くらいしか分からないです」
「あら、そうだったのですね。ナギサ様は元々トリニティ生でティーパーティーのホストをしていらっしゃったんですよ。その経験からかどのような状況でも優雅で凛々しいお姿をされているので私もあのような方になれたらいいなと思っているんです。常に冷静でいるというのは何においても大切なことですから」
天井を見上げながらゆっくりと紡ぐ言葉にはカナメさんの揺ぎなき芯を感じた。どこかの限界すぎる先輩とは違って穏やかで透き通った憧れ、浮かびあげた景色をそっと撫でるようにして話すカナメさんは一言で表すと綺麗で、そんな雰囲気に当てられて私はそっと頷くだけだった。
「この先にシャーレ同好会があるみたいです、多分あの辺りに……」
「まあ、マリさんではありませんの!」
カナメさんの案内でそのシャーレ同好会の活動場所へと向かっていると突然後ろから聞き覚えのある声がしてぎょっとした。このちょっと甲高い声は考えるまでもなく……
「マナ先輩、どうしてここに?」
「どうしてってそれはわたくしがそこのシャーレ同好会のクラブ長だからですわ、今日はたくさんの新入生が見学をしに参りますのでこの機会を大事にしてたくさんの方をここへ迎え入れたいですわ!」
都会は広いけど、世間は狭すぎるかもしれない。
声がしてからなんとなく察してはいたけどやはりマナ先輩はシャーレ同好会の人だった、しかもクラブ長だから一番上の人だ。確かにサクラコさんの愛は凄まじかったけどまさか同好会の長までやっていたなんてこの先輩はどこまで本気なのだろうか……。
「クラブ長さんでいらっしゃいますか?私は春咲カナメと申します。本日はシャーレ同好会の見学をしに参りました。どうぞよろしくお願いいたします」
「カナメさんですわね!わたくしは桜田マナですわ!シャーレ同好会の信条は去る者は追って来る者は拒まず!ですからどうぞご自由に出入りしていってですの!」
「まぁ……うふふっ面白い信条ですね。ではお言葉に甘えてあちらの同好会室へ失礼させていただきます」
色々ツッコミどころが多くて何か言いたい気持ちがあるもののマイペースなカナメさんは特に何かを気にした様子もなくすたすた先へ行ってしまうので私も急いでついていく。スライド式の扉を開けて中へと入ってみるとそこがそこそこ広い空間であることを意識させてくれる。感覚的には私がさっきまでいた教室の二倍くらいはある。そこの中央に横長のテーブルがコの字に並んでいて、入ったところから見て奥の方には何やらシャーレに関係してると思わしきものがガラスケースの中に飾られていた。後は複数のパソコンやプロジェクターなども設置されており、ホワイトボードも確認出来る数で三つある。その内の一つには赤い文字で大きく『徹底討論!何故サクラコ様はあんなに尊いのか!?』と書かれていて思わず疑問符を浮かべてしまった。
「中は……誰もいらっしゃらないのですか?」
「はい、この期間は基本的に活動していませんの」
「どうしてでしょうか?」
「もちろん勧誘の為ですわ、本当はわたくしたちがここでどういう活動をしているのかを見てもらうのが確実なのですがそもそもこの同好会はシャーレの好きなところを語る場所ですの。しかし名前のややこしさから“シャーレに所属したい”人が間違えてくることもよくありますわ。ですから一度この部屋をご覧になっていただいてそれでも入りたいと思えるならその人は既に合格ですの」
なるほどと私は思う。
確かに本気でシャーレに所属したい人にとってこの部屋の雰囲気はあまりにも変だ。あのホワイトボードがでかでかとその空気感を示してるしそのホワイトボードが関係なくても部屋全体の雰囲気で少なくとも勉強をしに来る場所ではないと一目でわかるだろう。そう考えるとなんて合理的で楽な自然淘汰なんだろうか、現に私は既にこの部屋の空気感についていけてない。
「これは……ナギサ様の直筆サイン色紙ですか!?しかもシャーレに所属してまもないなりたてホヤホヤのサイン……!」
「ええ、しかもそれはナギサ様がシャーレでのお仕事として初めてトリニティに訪れた際にいただいたサインですわ!今の書き慣れたサインではなく当時の少し拙さが残るサインでしてあの凛々しいナギサ様のちょっぴり可愛い姿を味わえるサインですの!わたくしの宝物の一つですわっ!」
「マナ先輩の私物なんですか!?か、買います!言い値で買います!」
「お金なんて要りませんわ、このサインはそれ以上の価値がありますもの!」
さっきのあの儚くて穏やかな雰囲気はどこに行ったのか、ショーケース内にあるナギサさんの直筆サイン色紙を見た瞬間何かが憑依したみたいに熱が入りだした。そんなにこれはすごいものなのか、そう思ってお互い熱くなってる二人は置いておいて私もショーケース内に飾られている物を見ていた。
「くっ……やはりお金では解決いたしませんか……」
「当然ですわ!しかしカナメさん、このサインの価値を一目見ただけで分かるとはあなたやりますわね……」
「私もナギサ様のことを尊敬している身ですからこれほど分かりやすい物であれば分かります」
ナギサさんのサインの隣には当然サクラコさんのサインもあって、その隣にもまだ聞いたことない人のサインがある。少し見るショーケースの場所を変えてみるとこちらには武器がいくつか飾ってあって名前もしっかり載っている。他にはなんか衣装?なども置いてあってシャーレ好きのシャーレ好きによるシャーレ好きの為のシャーレ部屋って感じしかしない。
「カナメさん……合格!合格ですわ!もしカナメさんにその気があるのでしたらトリニティの部活動及びクラブ活動はシャーレ同好会にしていただけませんこと!?シャーレ同好会にはカナメさんを歓迎する席がございますわ!」
「ふふふっお誘いいただきありがとうございます。この後もまだトリニティ内を回る予定がございますのでそちらを確認してからお返事をしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「もちろん!いいお返事を期待していますわ!」
改めて見てやっぱりここは限界環境すぎる……。ここにいると私が戦おうとしているシャーレがキヴォトス最強の集団であることを忘れてしまいそうになる、まるでアイドルを推してるかのような雰囲気――なんか色んな高価そうな物が飾られてる中でどさくさに紛れて写真集とかもあるし本当にシャーレはキヴォトス最強の集団なの……?
「マリさん、あなたはいかがですの?」
「え、私ですか?私は……ちょっとよく分からないです。田舎から来たものでシャーレのことはほとんど知らないんです」
「なんとまぁ!そうだったんですの!だからサクラコ様のこともご存知なかったのですね、でしたら尚のことシャーレ同好会はいかが?シャーレにご興味があるようでしたらここはきっと天国のような場所ですわ!」
……確かに私はシャーレに興味があるしここならシャーレについて深く知れるかもしれない、けれどここが天国であるかは諸説あると考える。結局のところあのホワイトボードの『徹底討論!何故サクラコ様はあんなに尊いのか!?』の会議ではどんな結論が出されたのだろう、そんなの人の感じ方によるとしか言いようがなくない?と私は思うんだけど多分そういう答えを出したいわけじゃないと思うしそういうのを求めているわけでもないからそういう答えが出てしまう私は向いてないんだろうな……って内心苦い顔をしていた。
「……そうですね、少し考えさせてください」
「もちろんですわ!お二人ともいいお返事を期待していますの!」
そんなやり取りをして私とカナメさんはシャーレ同好会室を後にする。別になんでもない場所のはずなのにいるだけで疲れる部屋だった、多分情報量が多いせいかな。
「ふふふっいるだけで楽しいお部屋でしたね」
「……そうなんですか?私にはよく分からなかったです」
私とは全く別のことを感じているカナメさん。まぁ当然か、シャーレを単純に好いているかどうかの違いってやつだろう。私はシャーレに関しては別に好きでもないし嫌いでもない、ただただ攻撃対象なだけ。だから好意を持っている前提で広がる空間に適応できないのだ。
「ええ、でも、そうですよね。シャーレのことが分からないマリさんにとっては退屈な場所かもしれませんね」
そう言ってカナメさんは少し申し訳なさそうな顔をする。
「私、決めました」
「え?何をですか?」
「シャーレ同好会は諦めます、シャーレ同好会に入ってマリさんとの交流が減ってしまうのはとっても寂しいですから」
「……え?」
別に私自身の問題なんだからそんな申し訳なさそうな顔なんかしなくていいのに、なんて考えているとカナメさんから思いもよらぬ言葉が飛んできて面食らう。再び戻ってきた儚い雰囲気を身に纏い微笑むカナメさんに私は感情が隠しきれずただただ唖然として口が小さく開いていた。
「……え、いやいや私のことは気にしなくて大丈夫ですよ。それにクラスも同じですよね、そこで十分交流は出来ると思いますよ」
「ええ、ですがせっかくトリニティで初めて出来たお友達なんです、私にとってクラスだけの交流が十分だとは思いません。それとも……迷惑でしょうか……?」
「……っ」
その言い方は卑怯だ。ちょっと自信なさげで不安そうな顔をするカナメさんに誰が『迷惑』だと言えるだろうか。とてもじゃないけど私にはそんな非人道的なことは出来ない。
「……いえ、迷惑なんかじゃありません」
私はなんとも奇妙な縁に結ばれているらしい。
友達って本当にただただ記号的なものだと思ってた。気が合うからよく喋るだけみたいなそんな関係の連なりだと思ってて、その進化系が恋人とかそういう感じだと認識してる。けれどレアケースとしてこういう人もいるらしい。巡り合った縁を大切にし、まだほとんど知り得ていない相手に寄り添えるこの人は本当になんというか……とんでもない人だ。
「……でも、やっぱりそれでカナメさんが入りたかったシャーレ同好会を諦めてしまうのは納得出来ません」
「ですが――」
「――だから、私も入ります」
「……え?」
その優しさに免じて私も優しく寄り添うべき、そう私の倫理観が判断した。
元よりシャーレに興味はあった、ただあの部屋を支配する凄まじい熱量についていけなかっただけだ。そこさえクリア出来れば私にとってもあの空間はいい場所になると思う。
変わればいいのは私の方だ。
シャーレを好きになろうとは今でも思わない、ただ話についていける程度にまでなれればその頃にはきっとたくさんのシャーレのことを知れるはずだ。誰がどういう武器を使っているのか、何を得意としているのか、戦う上での注意点は何か、そんな有益な情報を私は求めている。
それをカナメさんと探しにいくのも悪くない。
一人だと心細いけど二人なら――多分大丈夫だろう。だから私がカナメさんについていく、カナメさんのその優しさに感化された私からの細やかなるお返しだ。
「私もカナメさんと一緒にシャーレ同好会に入りますから……だからたくさんシャーレのこと、教えてくださいね?」
「~~~っ!もう、マリさんっ!」
「わっ!?」
私がもし学者になったならまず最初に何故ここの人たちはすぐに抱き着いてくるのかを研究したいと思います。
突然のことではあったけどこうして私は入るつもりもなかったクラブ活動――シャーレ同好会に入ることとなった。ここでの活動において不安は拭えないけど、大丈夫。
「マリさん、あなた可愛すぎます……!」
ここにはなんかすぐ抱き着いてくる優しい同級生と。
「お二人とも歓迎いたしますわ!!」
かなり限界オタクな自称立派な先輩がいるのだから。
――これからどうなるんだろう。
それは色んな意味がこもった言葉。トリニティでの生活も、シャーレとの対決も、私の人生も、全て全て不透明で不鮮明だ。分かっていることがあるとするならばここより先は蛇も出るし鬼も出る、でもそれでいい、そうでなくちゃ面白くないというもの。今日一日でサクラコさんとナギサさんと三大巨頭という戦闘における敵五人を確認した。
私の目標はシャーレ全員を倒すこと。
例え非戦闘員でも容赦はしない。シャーレに恨みはないけど、本当に申し訳ないと思うけどこれは私の初めての我が儘なのだ。
――故に私は往く。進む道の先々で待つ人のその喉元を食い千切り、私より後ろの方で茫然とするその姿が見たい――見た過ぎる。
「……」
狂気は
この胸に秘める信念を再確認して、私は今日という一日を終えたのだった。