入学式の日から三日が経った。
あれから何かがあったかと言われると特に何もなく、新しい環境に慣れるのに割といっぱいいっぱいでシャーレのことに関して進展はない。
「……よしっ」
トリニティからそこそこ離れた寮の一室、決して広くはないリビング兼自室にある縦長の鏡の前に立って私は頷いた。
どちらかというダークな金髪に肩くらいまで届くミディアムヘアー、更にチャームポイントとしてちょっと短いツインテールの結び目に黒いリボンをつけてようやく東風マリという私が完成する。背は少なくとも低くはないと自負していて平均かそれよりちょっと高いくらい、胸はマナ先輩ほどじゃないけど結構あると思っている。そんな鏡に映った高校生の自分を分析したところで私は鏡からフェードアウトする。
朝ごはんは滅多なことがない限りパンだ、それも昨日スーパーかコンビニで買ってきたパンで燃費のいい私にとってはお金にも優しいしお腹も膨れるしでかなりコスパがいい。実家がお金持ちということもなく極々一般の家庭で育った私の朝はこれくらい
トップニュースにはシャーレの活躍を紹介する記事が載っていた。人ウケの良さそうな人が何か宣伝をしていたり、おそらく実働部隊とされる人たちが何かを取り締まったりしていたり、ネットだけじゃなくてトリニティの方でも何かと話題に上がる『先生』の項目もある。最近は忙しくて何も知れていないがこのトップニュースによく載る人の名前だけは覚えた、数にして7人程度でそこにはサクラコさんやナギサさんの名前も含まれている。マナ先輩がサクラコさんとナギサさんはシャーレの広報担当をしていると言っていたのでその影響が強いだろう、だからこういうのを見ると身近にサクラコさん狂信者とナギサさんファンがいるのは割と普通というかなるべくしてなった結果なのかなとか今は思っている。必然的に有名になるのは対外的な活動を行っている人なのだから。
「ブラックマーケットで違法弾丸の取り締まり……ね」
私がトリニティに入学した時からずっと連日トップニュースに入っているこの記事。最初はブラックマーケットが何のことか分からなかったので調べてみるとどうやらブラックマーケットというのは法の力よりも暴の力の方が強い無法地帯らしい。喧嘩は日常茶飯事、誘拐密売集団リンチなんでもござれ、ネットの噂によれば殺人もよくあるとかないとか。そんな有刺鉄線の向こう側では今違法弾丸が蔓延っているらしい、法律で規定されている弾丸よりも大きかったり鋭かったりして人の身に危害を加えるのに適しているモデルと言える。元より銃そのものが人を傷つける為の物以外の何物でもないというのはさておき、基本的にキヴォトスでの銃は護身道具であったりあらゆる物事における白黒つける為の決定材料であったりファッションの一部だったりとルールさえ守っていればそんな危険なものでもないのだ。そこに危険要素を濃くする弾丸が蔓延しブラックマーケットの外にもその影響を受けつつあるようでそれをいかんとしたシャーレが現在進行形で取り締まりを強化しているとのこと。
「……」
もしかしなくてもこれはチャンスなのではないか?そんなことを私は今考えている。
まず大前提として私がシャーレと戦う場合私は正体を隠さなければならない。シャーレは言わずと知れた『正義』の権化だ、弱きを助け強気を挫くシャーレと対立することそれ即ち取り締まり対象というわけだ。そして次の前提としてシャーレと戦うといっても何も真正面からシャーレの本部に突撃するわけじゃない、そんなことをしたら負けるのは確定だ。だから戦うなら1対1で最悪のケースでも1対2、更に出来るなら増援の可能性や目撃者の増加などの制限時間の考慮はしたくない。そうなるとこのブラックマーケットでの戦闘は私にとってかなり追い風だと思った、喧嘩が日常茶飯事の場所でどこの誰かも分からない人がシャーレの人に喧嘩を売る――それは治安が終わっているブラックマーケット的に言えば自然な光景なのではないか?この記事を見るにシャーレの実働部隊全員がブラックマーケットに来ているわけではないみたいだし増援も来たとして一人か二人だ、目撃者に関してはどうにも出来ないけどブラックマーケットという色んなところから人が集まる場所で目撃される分には特定もしにくいはずだ。
……うん、かなり良いと思う。そう考えを固めた私は近々の予定を頭に浮かべる、平日はトリニティのことで忙しいから動くならやはり休日だ。そしてその休日はいきなり戦闘ではなく情報集めだ、シャーレの誰が活動していてどんな武器を持っているのか、この二つは絶対知りたい。ブラックマーケットで活動しているシャーレの人がどれだけ優秀なのかに寄るけど多分どう頑張っても後一日や二日で解決する問題でもないだろう。だから急ぎはするけど慎重に行く、戦いは準備も含めて戦いなのだ、ここを怠ってしまったら戦闘の質は数段落ちるだろう。
「……よし」
私は二度頷く。
これからのシャーレにおける方針は固まった。そう思ったのを皮切りに私は立ち上がって背伸びをする、それから机に置いてあったハンドガンを手に取り薬室、弾倉、セーフティなどを確認してからホルスターへしまう。
今日も大変な一日が始まるけど、それは同時に楽しい一日でもある。チャックの空いた鞄に携帯を入れ私は寮を後にする。まだこの寮にきて間もないと思うけどそれでもなんかもうこの生活に慣れた私がいることに真顔ながら内心で驚いていた、これに乗じてトリニティでの活動も慣れて退屈にならなきゃいいけど、そんなことを考えるとふとサクラコさん狂信者の先輩となんかすぐ抱き着いてくる同級生が浮かんできてクスッときた。少なくとも今はあの二人がいれば大丈夫だと思う。
◇
「カナメさん、私推しを作ります」
これからのシャーレにおける方針は決まった。それと同じくして私はこれからのトリニティにおける方針も固めていた。
「私、推しを作ります」
「二度も言わなくても分かってますよ?」
推し――つまるところのシャーレで気に掛けたい人だ。
ただしここでの気に掛けたいというのはあくまでも一人の一般人としての視点だ。マナ先輩で言うサクラコさん、カナメさんでいうナギサさんみたいな人を一人作っておけばシャーレ同好会での活動も少しは円滑に行えるのではないかと思って私は今日この日にカナメさんからシャーレの布教本と言われている雑誌を持ってきてもらったのだ。
「そちらにシャーレに所属している方々が全て載っています。ただ全部読むには少し長いと思いますのでまずは最初のページ辺りを読んで気になる人を見つけてからその人の詳しいことが載っているページに移るのがいいかと思います」
「分かりました、ちょっと探してみますね」
言ってまずは貰った雑誌のページをぺらぺらと捲る。教室で読むにはボリュームがありすぎる分厚さをしていてシャーレが好きな人は毎月こんなものを買って読んでいるのか……と既に軽く引いているところだ。その時ふと隣を見るとこれからこれを読む私を気遣ってかカナメさんは既に自分の席へ戻っていたのでなら私も遠慮なく読むことにする。
ぺらぺら捲って全体を確認した後にカナメさんが言う『最初のページ辺り』をしっかりと見る。ここにはシャーレの人のフルネームと全身が映った写真が載っていた。この雑誌が大衆向けということもありその人の特徴を表すライターからの一言コメントみたいなのもでかでかと記載されていて若干私は顔を顰める、シャーレと戦う為ここにいるようなものなのにその過程でシャーレの甘ったるい部分を煮詰めたようなものを見ることになるのはなんとも複雑な気分だ。私の中ではこの雑誌はもうちょっと落ち着いた雰囲気だと思っていたけどどうやらそれは私の見当違いだったようでその実は俗世に染まった専門雑誌だった。
「……」
……まぁでも、それでも得られる情報はある。
まず全身が映った写真が載っているというのはとてもいい情報だ。田舎育ち故世間に詳しくはないのでどの人の姿を見てもあの時のあの人だ、とはならないけどこれからにおいて姿を知っているというのは大事なことだ、敵が誰なのかも分からず知らない人を攻撃するなんてあってはならないことだからね。もちろん世間的に言えば誰か知ってても突然攻撃する行為はあってはならないことだけども。
「この人、可愛い……」
「! 今可愛いと言いました?どなたですか?」
清楚な立ち姿に慈しみのある微笑みをするこの人を見て思わず可愛いと呟く私。そしてそれに即座に反応してこちらへ振り向くカナメさん。
実のところ苗字の関係でカナメさんの席は私の席の前なのだ、だから私が呟けばその声はカナメさんに聞こえるものでそんなふとした呟きがカナメさんの内なるオタク魂にそっと火をつけてしまったみたいだった。
「えっと、いおち?マリーさんです」
「マリー様ですね!私も大変尊敬しています。シャーレにおける第三期トリニティ代表の方で、道徳の教科書をそのまま頭に詰めていると言われるほど寛容で隣人愛に満ちた人格者です、それに加えシャーレの参謀になれるほど頭が切れ、噂ではあのサクラコ様に匹敵しうる戦闘能力も備えていると言われているとされていますが実情の所は分かっておらずまだシャーレに所属してからそんなに日が経ってないので謎多き人ではあります」
「なるほど……そんなにすごい人なんですね」
「はい、現在マリー様を慕う方々はマリー様のことを『マリーちゃん』と呼ぶ派と『マリー様』と呼ぶ派に分かれていて日夜抗争していると聞きますね」
「……なんですかそれ?」
すごい大事な情報の後に来るすごいどうでもいい情報の温度差に火傷した気分だった。
マリーちゃん派とマリー様派?どういうこと……?
「マリー様は美しいと同時に可愛らしさも内包するお方です。先ほど説明した優れた人格やシャーレに相応しい能力に敬意をこめて様をつける方と可愛らしい獣耳や時折困った笑顔をしたり焦ったりする感情の正直なところの親しみやすさからちゃんをつける方がいるのですが、その二つのイメージは双対にあり自らが想像するマリー様を謳う人というのはいわゆる“解釈違い”であり相容れないというわけです」
「なる、ほど……ちなみにカナメさんは様つけをしてますけどマリーちゃん派の人と相容れない感じなんですか?」
「いいえ、私は家庭の影響です。産まれてこの方様付けかさん付けしか許されない環境でしたので習慣にちゃんをつけるということがないだけですよ。そもそもマリー様に限らず誰であろうと失礼がなければどのような呼び方でもよいと思っています」
多分ないとは思いつつも一応カナメさんに地雷かどうか聞いてみるとどうやらマリーちゃん呼びは地雷ではなかったようで一安心。元より私はマリーさんに印象も何もないのでちゃん付けも様付けもする気はないんだけど知らない間に誰かのそういうよく分からない地雷を踏んだりしたらイヤだなと思って内心私は微妙な顔をしていた。
「……マリーさん、いいですね。この人にしようと思います」
「はい、とてもいいと思います。マリー様はトリニティ出身の方ですので同志やマリー様にゆかりがある物も少なくはありません。ここトリニティでは尚更いいと思います」
ここでじっくり悩んだところで人生に影響してくるわけでもないし直感的に決めた方がいいと思い、私はマリーさんを推しに決めた。
そもそも推しってなんなのって気持ちは未だにあるけどこんな雑誌があるくらいだ、学生の間では推しがいない方がマイノリティの可能性だってある。ならやっぱり決めておいた方が何かと便利だと思う、と自分が納得出来る理由を考えて私は一回頷いた。
「これはあくまでも傾向ですがトリニティからシャーレへ所属する方は対外的な活動を多くしています。ボランティアや宣伝活動、インタビューなど様々な媒体への発信は何かとトリニティの方が多く担当をしていてマリー様も例に漏れません。ですからシャーレのメディア展開を追えばマリー様のことは多く知れると思いますよ」
と、カナメさん。
トリニティは対外的な活動が多い、ね。なら逆に言うと対外的ではない活動が多い学園もあるわけだ。
「……」
まぁただ、大衆向けではない内容をこの雑誌に求めても仕方がない。この雑誌は等しくシャーレ所属の人を紹介しているから誰がどうっていうのはいまいち分からない。そんでもってぺらぺら流し見のようにページを捲っていると私はあることに気づく。
「……そういえば、シャーレに所属してる人の中にトリニティ代表って三人以上いませんか?」
「そうですね、トリニティからは五人います。多いですよね」
「それってどういうことなんですか?」
サクラコさん、ナギサさん、マリーさん、そして三大巨頭のミカさん、更にまだ何も解説を貰ってない方がトリニティから来ているみたいで合計五人いる。つまりシャーレに所属している三割程度はトリニティからということになる。
「まず三大校から一人というルールから毎年トリニティから一人が選ばれます。それに加えて“特別枠”と呼ばれる全ての学園を範囲とした枠から同じ年に同じ学園から二人シャーレに所属することがあります。トリニティではそれが二年連続起きました」
「そんなことが……」
「この枠は連邦生徒会からの推薦枠で、またの名は通称『天才枠』です。シャーレに所属する為にはそれ相応の実績が必要なのです、何かに所属していた、何かでトップを取ったなどその人が確実に役に立つ証拠が必要なところをこの枠はそれを一切気にしません。産まれも育ちも過去も実績も全て気にせず能力だけを買って選ばれます。そして去年と一昨年はその天才枠でトリニティの方が所属したんです、だから五人という異例の数字になっているんですよ」
特別枠という存在は知っていたけどそのような実情があるとは知らなかった。
しかし『天才枠』とは随分屹立した名前だなと思う。世代の代表が集まると言われているシャーレで更に天才枠というどこか逸脱してそうな枠を設けているんだ、これは警戒をせざるを得ない。そう思いカナメさんの話を聞いてみると三大巨頭のミカさんは天才枠らしい。
初代トリニティ代表がサクラコさん。
二代目トリニティ代表がナギサさん。
三代目トリニティ代表がマリーさん。
そして三大巨頭のミカさんともう一人が天才枠とのこと。
こうして振り返ってみると私とカナメさんとマナ先輩の推しでトリニティ代表を押さえていたみたいで、二人はともかくして私は別にトリニティだとかそういうことを意識したわけじゃないんだけど中々どうして奇妙な偶然だと思った。
「ちなみに余談ですが、トリニティとゲヘナと特別枠では卒業生でしたら誰でもシャーレ所属の権利を持っているとされています。つまり卒業するその年にシャーレに所属出来なくても次の年また挑戦出来るということです。トリニティはそれがかなり顕著です、ナギサ様とサクラコ様とミカ様は皆同年代のところをナギサ様とミカ様は一年遅れてシャーレに所属していますから」
「なるほど」
「ミレニアムや他校枠にもその権利はあるとは思うのですが現状その二つの枠はその世代の方が席を手にしていますね」
流石シャーレに所属志望の人はたくさんの情報を持っていて頼りになる。今聞いた情報は多分聞こうと思わなきゃ知り得なかった情報だ、多分ネットにもそれらしき情報は載ってるだろうけどそれをインターネットで調べるところまで至らなさそうな気がするからこの機会を貴重に思う。
「やはりトリニティは凄まじい場所です、シャーレへ現時点で五人も輩出している名誉ある学園に入学できた自身を誇りに思うと同時に同年代に優れた方が多くなる傾向が証明されてしまって少し弱気になってしまいますね」
カナメさんはそう言って机に寄りかけてあった金と白のスナイパーライフルを一回ほど撫でた。どちらかというと近未来チックで茶色を一切含まないシックでロイヤリティ溢れる姿、トリガーの手前には使い手を配慮した丸い持ち手のあるストックが採用されていて、その反対側である銃口部分は何も飾らずスマートであると同時に口径がやや大きく、そうなると使う弾丸的におそらくボルトアクション式のスナイパーライフルだと推測出来る。カナメさんと初めて合った時も思ったけど自分の愛銃にスナイパーライフルをチョイスするのはかなり殺意が高く、考えるまでもなく戦える人だ。
「カナメさんはそのスナイパーライフルで戦うんですか?」
「はい、狙撃の腕には自信があります。こう見えても私はほとんどの状況で冷静でいられる人なんですよ?」
こう見えても何も最初からお淑やかで強者の風格をしていたもので別に怪訝に思う要素はなかった。私が見た限りでカナメさんが冷静じゃなかったのはナギサさんのシャーレ就任直後の直筆サインを見た時だけでそれ以外は完璧だった、まぁだから逆説的に言うとカナメさんにとってナギサさんはそれだけの存在なんだろう。
……そう思うとカナメさんも重度なナギサさんファンかも?
「名前はミルクティーと言うんですよ」
「み、ミルクティー?」
「はい、ちなみにハンドガンも携帯しているのですけどこちらのハンドガンの名前はハーブティーです。ナギサ様とお揃いなんですよ?あまり使いませんが」
……やっぱりカナメさんは重度なナギサさんファン……いや信者かもしれない。
私の中でカナメさんがナギサさんファンからナギサさん信者に格上げされた瞬間だった。
「あら、もうこんな時間ですね。とりあえずその雑誌はお渡しします、もしよろしければご自宅などでもお読みになってください」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
くだらないことを考えているとHR開始のチャイムが鳴り私たちは解散する。
今日という一日はまだそんなに経っていないけどなんかもう疲れてるような感覚がして私はやるせなく、深く息を吐いた。