「ごめんください、お土産を持ってきました」
ブラックマーケットを訪れたのが早朝だとすれば今は夕方くらいだろうか、正直言うとものすごく眠いのだけど善は急げというしヒフミさんから場所やルールなどを聞いた私はすぐ行動に移った。
そんなわけでやってきたのがトリニティ自治区からかなり離れたアビドスという砂漠ばっかの場所だ。人がほとんどいない静かな電車に揺られている間に携帯でこのアビドスについて色々調べていたけど元々は人口も学園もキヴォトス最大規模だったけど砂漠化が進み過ぎて過疎ってしまった土地らしい。
「……」
そんなところの比較的人のいる街だろうか。お世辞でも綺麗とは言えないアパート二階の一室の扉の前で私はトリニティの駅で買えるお菓子を持ってここの住人が出てくるのを待っていた。
『そこの情報屋のルールとして、なんでもいいのでお土産を持ってきてください』
ここへ来る前、ヒフミさんからはそんなことを聞かされていた。なんでも情報屋と客という立場を成立させる為には客がなんでもいいのでお土産を持ってこなきゃいけないらしく、ヒフミさん曰くお土産をなるべく豪華なものか美味しいものがいいらしいけど私の財力では豪華なものは用意出来ないしあの都会に来てほとんど時間が経ってないので美味しいものも分からない。ならトリニティの駅に売ってるちょっとお高いお菓子でも買っていけば間違いないだろうと思い、飛んでいくお金を想像し内心苦い顔をしながら私はこの美味しそうなミルフィーユを持ってきたわけだ。
「はーい、今から行くから待ってなさい」
しばらくすると扉の向こうから女性の人の声が聞こえてきたので私は大きく息を吐いて心の準備を整える。情報屋っていうとなんか後ろ暗いイメージが強くて緊張してしまう、扉の向こうでは拷問器具とか暗器がたくさん並んでたらどうしよう。流石に私の警戒心が中へ入ることを許してはくれなさそうだ。優しそうなヒフミさんの友達みたいだし変な人ではないと思いたいところだけど、さてどうだろうか。
「いらっしゃい、まずは何も言わずに中へ入ってちょうだい。あんたがここへ来た理由は分かってるから」
そう言って出てきた女性はとりあえず部屋の中へ入ることを促した。相手が話している最中、ちらっと中を覗いてみたけどパッと見た感じ危険なものはなく普通の見た目をしていたので少し怖いけど中へ入ることにした。
「そこに座って待ってて、今お茶出すから」
テレビ、ソファ、ダイニングキッチンなど至って普通のリビングに観葉植物や小物がそこそこ飾られた棚などオシャレな家具などを置いているこの空間はまず情報屋と言葉を交わす場所とは思えない。しかし私が何も言わずとも話は進んでいるのでどうやらこの人がヒフミさんの言う情報屋でここがその情報屋の拠点らしい。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
テレビの前にあるL字型に置かれた横長のソファ二つそれぞれに座る形で私たちは対面する。
「依頼内容を聞く前にあんたは初めてだと思うから私の自己紹介から始めさせてもらうわ、私は情報屋のクロミよ。基本的にはどんな依頼でも受け付けるけどもちろん例外もある、だからもしあんたがその例外に当たる依頼を持ってきた場合は問答無用で蹴るからよろしく」
紺色の獣耳に少し荒っぽい二人称、更に目つきが結構きつくかなり強気な印象を受けるこの人は『クロミ』さんと言うらしい。本名だろうか?いや、多分仮名かな。背がそこそこ高く、おでかけ前だったのか服装が外出用といった感じもあってかなり年上の貫禄を感じていた。そしてかくいう私はブラックマーケットの時の格好と何も変わらず屋内にいるというのにフードを被ってなるべく私の特徴を隠す態勢でいた。
「それにしてもこのお土産、トリニティの高いお菓子じゃん。ふーん……あんたトリニティから来たのね」
「!」
クロミさんの言葉を受けて私は失念していたことを自覚した。
そうだ、トリニティの駅で買えるようなお菓子を持ってきたんだから単純に考えればトリニティから来たということがバレバレだ。クロミさんに会う為の情報屋のルールとしてお土産を持つ必要があるという一度聞くだけじゃ意味の分からないルールのせいでそこまで気が回らなかった、ここで知らんぷりとノーリアクションを決め込めればよかったもののあまりにも不意打ちだったので目を丸くして驚いてしまった。そしてその反応を見られてかクロミさんは首を傾げながら上を向いて一瞬の思考に入った後に言う。
「まぁあんたがどこの誰だろうと私には関係ないし詮索もしないわ、この仕事においても私はあんたのことは一切口外しない。だからそこは安心していいわ」
驚く私を正体をなるべく隠したい人なんだと察して気遣ってくれたのだろうか、強気な笑顔でそう言うクロミさんに私は無言で一回頷いた。
「それよりも仕事の話をしようじゃないの、金額とかは内容に応じて変動するから聞き終わってから提示するわ。それで何の情報が聞きたいの?」
「……シャーレに関すること」
「シャーレ?シャーレの何?」
「今シャーレがブラックマーケットで違法弾丸について調査をしていると聞いてるの、そこで誰が調査に来ていてそれがどのようなことをしているのか、更に分かるならいつどの辺りで行動しているのかも知りたくて――」
私は順番に私の知りたい情報を述べていく。シャーレの誰が活動しているのか、その誰かがどのようなことを行っているのか、そしてそれが何時頃どの辺りで行動しているか、そしてその行動している人の使用武器、特徴、シャーレにおいてどういう人かなどの詳しい情報と多岐に渡る情報を求めている内に果たしてこれに答えられるのだろうかと不安になってきた。自分で言っててかなり無茶な内容だと思う、しかしクロミさんは真剣に私の話を聞いてメモ帳にメモを取っていた。
「なるほど、多いわね」
「……出来る?」
「そうね、まず結論から言うと全て答えられると思うわ。でもこんな時事的な情報を求めてくるっていうなら分かってると思うけど流石に私も知らないことがある、だから調査しにいく時間が必要。そしてその分代金も増えるわ、いい?具体的にはこのくらい」
提示された額を見て私は隠すことなく顔を顰めた。一般的な家庭の生まれでしかも一人暮らしの私からすればあまりにもあまりにも大金すぎるが最悪払えないことはない。ただ間違いなく私の身を削ることにはなるだろうけど、背に腹は代えられないともいうし私はゆっくりと頷くしかなかった。
これは実りのいいバイトをしなきゃいけないかもしれない……。
「……いいわ、払う」
「そう来なくっちゃね。じゃあ今回は前金として二割貰うわ、残りは私が情報を全てあんたに伝えた時に貰う。そしてここからが大事なんだけど、今からあんたが渡す二割は取引が成立するまでは私の家のポストの中に入れとくわ。もし私が期日になっても戻ってこない、連絡が取れない状態になったらその二割を持って帰りなさい」
「どういうこと?」
「情報屋も言ってしまえば犯罪みたいなもんだからね、浮気調査や何かの真偽を確かめたいとかあくまでも民事的なことだけならまだしも時には他人の個人情報やどこかの組織の機密情報も平気で扱うのが情報屋ってやつよ。だから私がどこかでドジをしたらその報いは全て私に降りかかるわけ、死ぬかもしれないし普通に犯罪者として捕まるかも、はたまたどこかの組織に囚われて実験体にされるなんてこともあるかもね。まぁそんなわけだからもしも私がドジした時あんたが先に渡した二割が消えるのは困るでしょ?だからそうなった時の対応よ、理解出来た?」
理解はしたし確かにせっかく渡したお金がふいになってしまうのはイヤだけどそこまで考えてちゃんと対応策を用意してるのは律儀以外の何でもない。クロミさん本人も言ってる通り情報屋というのは犯罪みたいなものなのだからそこのところを分かって仕事を依頼するのは全て自己責任なわけであって、だからイメージ的にはもっとばっさりしててもいいのにちゃんとそこのマニュアルを整えているのは逆に違和感があるくらいだった。
「期日は今日から一週間後よ、一週間後にまたここへ来て。そこで書類とPDFデータを用意して待ってるから」
「……分かった、ところで情報屋とは言っていたけどここって自宅?それってリスク的に大丈夫なの?」
「ええ、そこは安心してちょうだい。多くは語らないけど大丈夫な理由がいくつかあるから。それでも知りたいっていうならお金を払ってもらえれば教えてあげるわよ?」
「……遠慮しておくわ」
リスク的に心配になっただけで本人が大丈夫だと言うならそれでいい。
取引の話を終えた私たちは即座にお金のやり取りをする。提示された金額を電子マネーでクロミさんの端末に振り込んで前金の取引は完了で、さっそくクロミさんは調査を始めるとのことで準備を始めたので私は邪魔をしない為に最後に別れの挨拶だけしてここを後にする。
「一週間後、ここへ来る時はお土産は持ってこなくていいわよ。もっとも、新たなに依頼したことがあるのなら話は別だけど」
「分かったわ」
今のところ依頼する予定は無いけどまた依頼するかはシャーレの動向とクロミさんの持ってくる情報次第だろう。一週間が経つまでにシャーレでまた何か接触出来そうな出来事があるなら依頼するかもしれないし、クロミさんの持ってくる情報の精度が高ければ次も依頼しようとなるかもしれない。
しかしとにもかくにもお金問題は早急に解決しなければならない、今回はとりあえずいいけどこの取引が全て完了してる頃には私はもやし生活確定だろう。その為にも何か現状打破の一手が欲しい、そんなことを考えながら私は帰りの電車でずっと舟を漕いでいた。
◇
「何かお困りごとですか?」
月曜日、連休が終わり再び忙しいトリニティ生活が始まったその朝。HRが始まるまでの時間は教室で携帯を使って良さそうな求人を探していたのだけどどうもいいのが見つからない。
例えばアクセス、私の住んでるところは別に家賃が安いわけじゃないけどだからといって高いわけでもない。そんなくらいの寮の立地はせいぜいコンビニが近くにある程度で駅も遠いと言えば遠い。都会の所以は感じるものの都会とは言いづらい、そんな中途半端な場所では求人があったとしてもアクセスが困難な場合が多く、ではここトリニティ総合学園付近ではどうだろうかと思って見てみると私の予想とは反して意外に求人を募集しているところは多い。ただ問題があるとするのなら接客が多いことだろうか、まぁ学生が多く通る場所だからね、スイーツ店やアクセサリーショップなどトリニティ付近ではいかにもなお店の求人も多く存在し、そういうところはほとんど高待遇だ。時給はいいし飲食店なら社割や賄いみたいな制度があるしアクセサリーショップも今人気のアイテムを先取りプラス安く買えるなど興味がある人からしたら天国のような条件だろう。しかし中々どうしてコミュニケーション能力の欠如を否めない私が時代の最先端を往く往来のお店の店員なんて荷が重すぎる。贅沢を言っているのは分かってるけどやって続かないようじゃ元も子もなく、店もお客さんも静かな本屋とか無いのかなと探していたところで今教室に入ってきたカナメさんから声をかけられた。
「え?私そんな困ってる感じでした……?」
「ええ、難しい顔をしていらしたので」
「あぁなるほど……」
そんな分かりやすい雰囲気を出してるつもりはなかったけど、確かにこの状況なら難しい顔もしてしまうかもしれない。
「それで、何かあったのですか?」
「バイトを探したんですけど中々いいのが見つからなくて……」
「この時期にバイトですか……?マリさんはお金に困ってるのですか……?」
「いやいやそんなんじゃないですよ、ただ欲しいものがある……みたいな感じです」
端的に言えば……いや端的に言わずともお金に困ってるというのは何も間違ったことではないけどそれを正直に言うことはない。カナメさんからしてもここでお金に困ってるのSOS宣言をされても困るだろう、だから当たり障りのない言葉選びをして取り繕った。
「なるほど、でしたら私からとびっきりオススメなところがありますよ」
「とびっきりオススメなところ……?」
なんかすごい聞き覚えのある言い回しに顔を微妙に顰めつつ私はカナメさんの話を聞く。
「シャーレでバイトはいかがでしょうか?」
「……え?」
「シャーレは現在働いている職員とは別に“当番制度”という職員以外の方がシャーレの仕事を出来る制度があり、そこには多くの人にとって利益のある制度となっています。まず分かりやすいものでいえば金銭的な報酬がとても多いです、日給制でもらえる額は仕事の内容と量によって変動するので振れ幅はありますが多い時は一日で二万を超えるみたいですね」
「二万ですか……!?」
実に盲点だったと言わざるを得ないものだった。
そうか、今まで身近なところで考えていたけど別にトリニティ近辺にこだわる必要はないんだ。依然としてアクセスは不安視しなきゃいけないけど範囲を広げれば高待遇でしかも私にとって都合がいいところがあるかもしれない、そこの発見からまず目から鱗だったけどカナメさんの話ではあのシャーレがオススメらしい。
「はい、他にはやはり経験値を詰めるというのも挙げるべき利益だと思います。将来シャーレ所属を目指す人はもちろんのこと、そうでない人にとっても事務作業や戦闘のノウハウは必ず役に立つとされ社会勉強としてとにかく一回は当番制度を利用した方がいいと言われています。後これはマリさんにとってはなんでもないかもしれませんが当番制度は先生をはじめとしたシャーレに所属している方にお会い出来るチャンスでもあります。この機会に顔と名前を覚えてもらうことで後々シャーレ所属試験で有利になるかもしれなかったり、ファンとして会いに行って握手や写真を撮るなどをしたかったり、後は先生のハートを射止めたい方も多いですね」
「そ、そうなんですね」
「仕事内容は基本的には事務作業が多いと聞いています、勤務中は飲み物飲み放題で昼食も出るとかで待遇もかなり良いらしいです。私もいずれ当番制度でシャーレに通うつもりだったんですけどマリさんが利用するのなら私も予定を早めて一緒にシャーレに行くのもいいかもしれませんね」
クスッとカナメさんは笑って言う。シャーレはどうだろうか、まず金銭面からはカナメさんの話を聞く限りではかなり良い。そして仕事内容、事務作業が多いとのことで紙にしても機械にしても苦手意識はないから教えてもらえるなら多分大丈夫。次アクセス、場所はD.U.地区だとかではっきり言ってかなり遠いけど後に調べたところ電車一本でいけることを確認したので悪いことばかりでもない。最後に私の意思、これはあんまり考えるまでもないと思う。敵情視察と言えばそれでいいし未来を兼ねての経験値積みと言えばそれでもいい、別にシャーレの人たちのことが嫌いなんてことは決して無いし噂の絶えない『先生』にも会っておきたい。そこまで考えるとシャーレでバイトをするということは今のところメリットしかないと考える。
「……シャーレに応募してみようと思います」
「はい、私もいずれシャーレの当番制度は利用する予定です。その時は一緒にシャーレでお仕事やりませんか?」
「もちろんお願いします」
カナメさんと一緒にシャーレでバイトすることの約束を交わし早速私はシャーレ公式サイトにあるバイト応募フォームから必要記入事項を入力し応募をする。その過程でシャーレの『当番制度』の概要を頭に入れる、仕事内容は事務作業全般で分からないことはシャーレの職員が全て教えてくれるとのこと。基本的には一日に最大五人の生徒を当番として迎え入れ、勤務している職員の数、またはイベントなど特別な日などはもう少し当番の数を増やすことがあるとかで、仕事は個人のペースでゆっくりと出来るらしい。
「ふむ……」
あのシャーレのバイトの定員が一日五人って競争率的に大丈夫なのだろうかと思いはするもののシャーレでは初回の勤務でシャーレの会員登録的なのを行い、それ以降は会員した人だけが訪れることが出来る当番フォームで当番の申請ができ、そこから前回勤務した日や所属してる学園のイベントやテスト期間などが参照され優先順位が決まるんだとかで、それプラス新たなに当番制度を利用したい生徒の枠を考慮して当番の生徒を決めてらしいのでだから自分が当番をする機会は応募すれば必ず回ってくるんだとか。いっぱい稼ぎたい私にとってシャーレは勤務日数的にあんまり稼げるような気がしないけど、カナメさんに薦められて行くといった上に一緒にバイトする約束までした手前キャンセルすることはない。シャーレの二回目以降の勤務はこっちから申請をしない限り勝手にシフトを組まれることはないみたいだからシャーレが稼げないなら他をやればいい、とりあえずは行こう。
「あ、え?」
そうして応募をした次の日、爆速で当番として勤務することが決まったのだ。
履歴書は……必要ないらしい。