「いやーサクラコちゃんお疲れ様~大変な時に面倒なこと押し付けちゃってごめんね?」
「いえ、面倒などとは思っていませんよ。私は私の責務を全うするだけですから」
「うへ、やっぱり真面目だねぇ。そんな真面目なサクラコちゃんにはいっお土産だよ~レッドウィンター限定のクリームたつぷりのケーキだよ~召し上がれ~」
「なっ!?あの行列が絶えないと噂のですか……!?」
「そうそうそれだよ、朝イチで並んで買ってきたんだからね。ヒナちゃんが」
マリさんを車で自宅まで送った後、私はシャーレに戻り同僚のホシノさんとスイーツを楽しんでいた。ホシノさんは仕事で使う鞄は向こうのソファーに放り投げ、意気揚々るんるん気分で手提げて持ってきた白くて大きい箱を机において私たちは感嘆の声をあげた。
「おお、これが噂の……」
「白く輝いてるねぇ」
「……これは皆さんの分はちゃんとあるのですか?」
「いやいやそんなあるわけないよ~限定品なんだからね?買えたのは五つだけ。その内二つは今から私たちで食べるでしょ?そしてもう一つはヒナちゃんの分、後の二つは……多分先生は遠慮して食べないだろうから残り二つが自由枠って感じかな」
こういう限定品は皆さんの分があるなら遠慮なく食べられるのですが、そうでないなら少し……いえかなり引け目を感じてしまう。しかし限りあるスイーツを食べてしまう申し訳なさがありつつもいつも頑張っている私へのご褒美だと思うとこの機会を逃さないわけにはいかず結局私はケーキにスプーンをいれてしまった。
「そういや大丈夫だった?なんか近くで戦いがあったんでしょ?」
「はい、今日当番に来てくれた方とマリーが頑張ってくれたおかげで何事もなく事態は片付きました」
「そうそうそれ、その当番の子。なんでも一人だけでほとんど制圧しちゃったらしいけど本当なの?」
「どうでしょうか、私は実際に見たわけではないので何とも言えませんがマリー曰くそのようです。ただ強さに関してはともかく射撃の腕が良いのは確かです」
東風マリ――今年トリニティへ入学した新入生であり、今日発生した十数人規模の戦闘をほとんど一人で制圧した人物だ。入学式の時や今日マリーと会話をしているのを見るに礼儀正しく大人しそうな印象でしたが今回の一件でその印象を大きく変更せざるを得なくなってしまった。
「二人ともお疲れ様」
「お、お疲れヒナちゃん。ケーキ一緒に食べる?」
「お疲れ様ですヒナさん。ケーキありがとうございます、とてもおいしいです」
「ええ、一緒に食べるわ。サクラコが気に入ってくれたならよかったわ」
ホシノさんと二人話していると今まで先生と一緒にヴァルキューレと情報共有をしていたヒナさんがやってきたので三人でケーキを囲む。ヒナさんもホシノさんも昨夜から先生と一緒にレッドウィンターへ赴き頼まれていた依頼を解決すべく東奔西走していてようやく帰ってこれた身だ、だからそれをまずは労り皆お互いに頑張ったねと声を掛け合ったところでヒナさんが興味深い話を口にした。
「今さっきシャーレ付近で起きた戦闘だけど、使われていた弾丸が今ブラックマーケットを中心に出回っている違法弾丸であることが判明したわ」
「違法弾丸、ですか?もうこんなところにまで波及して……」
「ええ、使われていた弾丸全てが規定の弾丸より大きかったり長かったりでもう大変よ。それに伴って武器もその弾丸用に改造されたものみたいで違法弾丸だけじゃなくて違法銃の取り締まりもこれは始まりそうね……」
「うへ~耳も頭も痛くなる話だねぇ」
今世間を賑わせている違法弾丸――規定されている弾丸の幅と大きさを越える弾丸の使用は法律で認められていません。元々この違法弾丸は古くから根強く存在しているもので私がトリニティにいた頃も確かにありました。しかしここ最近で違法弾丸の流通が激しくなり遂にブラックマーケットにいかない一般の生徒にも届くほどの存在になってしまいました。なので前からシャーレの方ではこの違法弾丸の調査を行っていましたが、最近になりようやく佳境を迎えたと報告を受けていましたので私はあまり深刻には捉えず頭の片隅にいれる程度で聞いていました。
「皆さん、お疲れ様です」
「おつかれマリーちゃん、戦闘大変だったね~怪我はない?」
「はい、マリさんがほとんど倒してくれたので私は何も問題ありません」
「マリー、今日は本当にお疲れ様でした。先生もマリーのことをすごく誉めていましたよ」
そんな会話の途中、ヒナさんと同じく先生と共にいたマリーが戻ってきて四人でスイーツを囲む。マリーも限りあるスイーツを食べてしまうことに躊躇いを感じていましたがスイーツの魅力に抗えないのは女性の性なのかもしれません……最終的には私と同じく少し躊躇いがちにケーキを食べていました。
「それでさっきの違法弾丸の話、ここから大事なんだけど今回確認された違法弾丸の形は今まで確認された弾丸と比べて大きさ、長さ、太さ、鋭さなど全てにおいて上回っているの」
「それは……かなり危険ですよね?」
「ええ、正直こんなものを大量投入されたらシャーレの戦力でも勝てるか危ういわ。そしてその中でも特にスナイパーライフルの弾丸、あれは“人を殺す”為だけに存在しているような弾丸よ。あれを食らったら最悪そのまま体を貫かれて死ぬわ、そうでなくても身体に何かしらの影響が残るのは間違いないわね」
「……それはあんまり穏やかじゃないね?」
ヒナさんの報告は解決の目処はたっているということで少し気楽に考えていた私の意識を鋭角にするものでした。人を殺す為だけにある弾丸……そんなものがあってはなりません、私のシャーレにおける管轄は“総合”です。戦闘も事務もそれ以外も全ての仕事をそつなくこなす存在ではありますが、違法弾丸について実働の方に任せきりであまり関われていませんでした。しかしそこまで危険だというのであれば私も一枚噛む必要があるかもしれません……。
「えっ……?」
「マリー?どうかしましたか?」
「あ、いやえっと……?確認なのですがそのスナイパーライフルの違法弾丸というのは先程の戦闘で使われていた弾丸ということでしょうか?」
「ええ、その通りよ。そんな違法弾丸が飛び交う戦場にマリーとマリって子は入ったのよ。本当に怪我がなくてよかったわ……」
「……」
私もマリーも現地にいた住民からの通報を聞いた直後はそんな実情があったなど露知らず。そんな危険な戦場に足を踏み入れていたことが今になって恐怖に変わったのかマリーの顔はみるみる内に青ざめていった。
「マリー……大丈夫ですよ、マリーの管轄は“広報”です。今回はやむを得ずといった事情がありましたがマリーを危険な戦場に向かわせるなんてことは滅多にありません。ですから安心してください」
そういって私はマリーを抱き締める。
マリーは私からすれば『酷い』という言葉がつくほど優秀な方です。人格に優れることから広報の担当となり、まだシャーレに入社して一年も経っていないというのに参謀の役目も担っている頭の切れる人だ。
しかしそれでも、死はやはり怖いものだ。
私も死ぬのは怖い。しかし多分マリーよりかは死への恐怖は薄いでしょう、自身の強さに自身がありますしマリーよりも二年長く生きてきた身です。たった二年という短い歳月は短いながらにとても重要で私そのものの根幹に関わってくる二年です。ですから私より二年も前に産まれたマリーはまだ成長段階なんです、時に弱音を吐くこともありそれを優しく受け止めるのが上司としての役目ってものです。
「……ぁ、あのマリさんはまた当番にはこられるのでしょうか……?」
「それは……現段階だと分からないですね。ただマリさんがまた当番制度を利用したいと思ってくれているなら二回目はそう遠くない内に来ると思います。先生もマリさんにお礼が言いたいとのことでもしマリさんが当番を希望した場合は優先的に回したいと考えていますので」
「……かしこまりました。ではマリさんが当番にこられる際は是非教えていただきたいです。もう一度今日の戦闘に関して労りたいと思いますので」
マリーはそう言ったところで落ち着きを取り戻しゆっくりと小さな口にケーキを入れ始める。
それが復調のサインだと判断したホシノさんとヒナさんは話題を違法弾丸から最近の流行りという俗物的なものでいてマリーを元気にさせるものに変えたので私もそれに乗り掛かり雰囲気を盛り上げるのに努めた。私の同僚は皆癖はありますが等しく人格者なのでこういう気配り上手なところに感謝しつつ、私はまだ不安そうな顔をするマリーに慈しみの目を向けるのだった。
「そういえば、少し考えていることがあるのですがよろしいでしょうか?」
「ん?どうしたの?」
話が一段落したところで調子を取り戻したマリーは突然『少し考えていたこと』を口にする。
「少し早計かもしれませんが私マリーはマリさんの代におけるトリニティ代表、或いは連邦生徒会推薦枠の席にマリさんを入れたいと考えています」
鈍器で頭を殴られたような感覚だった。
マリーとマリさんは今日初めて出会ったはずで、さっき初めて戦場で共に戦っただけだというのにもうその話ですか?
普通に考えれば奇想天外な話題だ。まだ今年度が始まって間もない時期にもう三年後である未来の話をするその意味――それは幼い子が将来の夢を語るような漠然としたもののように見えますが、マリーの真面目な顔を見てみるとそれだけ無茶苦茶を口にしてしまうほどの自信と覚悟が表れていた。
「なるほど、マリーは何故そのような考えに至ったのですか?」
「私は早くもマリさんに末恐ろしさを感じているんです」
「末恐ろしさ?」
「私たちは既に高校生としての生活を終え様々な経験をしてきましたので戦闘もそれ以外のこともそつなくこなせますが、それはそれ相応の立場にいた私たちなら当然のこととも言えるでしょう。しかしマリさんは私たちとは少し訳が違うようです」
マリーは滔々と語りだす。
人が皆誰しも同じということはありませんが少なくともシャーレにいる方は今現在で言えば年齢に比例して強さを増す状態です。経験が増えて様々なものを養えるからです、私もシスターフッドでの生活とこのシャーレの生活を経て大きく成長しましたし、今ではシャーレという組織の責任者を勤めることもほとで、それほどまでに私は強くなりました。
当然です。
何せそれだけ成長できる環境に長くいたのですから。
しかし奇妙なことにマリさんはまだ高校生になったばかりの新入生だ。まだまだこれからという状態であり、しかもマリーとの会話ではどこにも所属したことがない上に師もいないというではありませんか。そんな方が十数人規模の相手をほぼ一人で制圧する……。
制圧自体はあり得ないとは言わない、今私と対面するホシノさんだってそのくらいなら余裕でやってのけるだろうし私自身も可能な話だ。しかしそれを齢15の少女がやってみせたことがマリーには信じられなかったようで、正直私からしても信じがたい。新しい生活が始まりまだまだこれからという時にもう既にその力量ですか、伸び代しかなくて末恐ろしすぎる。そんなのは疑ってしかるべきですがマリーがマリさんの強さを断言してしまったのだから疑うことは万に一つもない。マリーはシスターフッド時代から実に誠実な方で、長い付き合いの私はそれをよく知っています。ですからマリーが供述することに疑う余地はなく、それを信じた結果マリさんの実力は私の中でとんでもないことになってしまっている。
「うへぇそんなに強いんだね、そのマリちゃんって子は」
「ええそのようね、マリーの話を聞いたら私もその子に興味が出てきた」
「はい、手放しに賛同は出来ませんが前向きに検討はしたいと思います」
「……はい、お願いします」
マリーはこの話が出来てスッキリしたのか徐々に笑顔を見せ始め、やがてこのケーキ堪能会もたけなわとなる。シャーレには様々な分野に特化した方がいますが戦闘が得意な生徒がシャーレに入る分にはいくらでも構わない。
シャーレは常に反社会的勢力との抗争を続けています、世に蔓延る混沌を治めるべく働きかけていますがその規模を対処するには人員不足がどうしても否めない。しかしそれでも抗争が成立しているのはシャーレに所属している方が優秀である証左に他ならない。そこで様々な可能性を秘めた将来シャーレに所属するかもしれない優秀な生徒をピックアップしてくれるというのならそれは大いに助かることだ。
マリーの言葉を受けて未来を意識した私はこの後街中にある防犯カメラに映ったマリさんとマリーの戦闘を見ようと考えたのだった。