【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
私、物前夢希は、八王子ダンジョン入り口を覆うように立っている建物の前で退屈そうに立っている警備員さんに挨拶をした。
「こんにちは」
「……ん? あぁ、こんにちは……」
気だるげに挨拶を返してきた警備員さんの横を抜けて、建物の中に向かっていく。十六時過ぎだからか、ダンジョンから帰ってきたであろう様々な防具を身にまとい、剣や槍、弓といった武器を持った人たちとすれ違う。冒険終わりにシャワーを浴びてきたのか髪が湿っている人やスマホを弄りながらの人もいる。
私もできれば朝から潜りたいところだけど、学生だから放課後にしか潜れないんだよね。土日は一日潜れるけどさ。
始まりは五十二年前のロシア。突如、正体不明の生物に町が襲われたと大騒ぎになり、出所を探ったところ、モンスターひしめくダンジョンがあったのだ。そこに始まり、アメリカ、ドイツ、インドと全世界でダンジョンが発見された。そして、当然日本にも現れた。
最初は軍隊が投入され、上層、中層を踏破して、下層相当の階層まで行き、大半の軍隊はそこで壊滅した。理由は単純な火力不足。銃火器では下層相当のモンスターには歯が立たなかったのである。しかし、その生き残りたちに特殊能力のようなものが芽生えたことで、状況は変わる。モンスターを倒すことで、特殊能力が芽生えるだけでなく、身体能力が上がることもわかった。そして、それらの情報は当然のように秘匿されていたのだが……
そんなものがあって大騒ぎになれば、当然、配信やら動画やらで再生数を稼ぐために命を懸けるものが出てくる。基本的には封鎖されていたものの、突然現れたダンジョンのすべてに対応できたわけではなかった。結果、全世界に配信され、隠すことが不可能になったのである。隠せない以上、公開してしまうしかない。
また、ダンジョン内は危険ではあったが、同時に新たな資源の宝庫でもあった。モンスターたちのドロップアイテムや、内部から産出される鉱物など、特に資源が乏しい国では産業として推進された。冒険者そのものも国力に直結するのだから、なおさらである。
当時は相当に混乱があったようだが、冒険者用の法整備、技術体系の確立、冒険者と一般人の生活エリアのある程度の隔離などを経て現在の状況があるのである。フィクションの中の存在だった冒険者は、職業として世界的に認められたのだ。
そして私はそんな現在において、冒険者をやっている。とはいえ、未成年なので職業として出来ているわけではないけれど。学生だから、部活とか趣味みたいなものである。ダンジョンに潜ってモンスターを倒したり、研究をしてみたり、たまにダンジョンの攻略をしてみたり。すごく充実した楽しい日々を送っている。
未成年の冒険者は基本的に冒険者学校に通っているか、どこかのクランに職業体験として入っていることが多いけれど、私はどちらでもない。冒険者学校はレベルが違いすぎる。あそこはあくまでも高校になってから冒険者になろうとしている子たちがいる場所で、私みたいに十四歳になった直後から冒険者をやっていると、レベル差がありすぎてしまう。あちらは十五歳になってから武器の扱いとかを学び始める子たちなのだから、周りに合わせるのもちょっと辛いし、周りもどうしたらいいのかわかんなくなりそうだったしね。
そして、クランはちょっと入りづらい。両親が有名すぎて、ちょっと政治的な問題が発生しちゃうからね……変な有名税の払い方もあったもんだなって思うけど、何しても自由なのはありがたい。
私としても、あの有名人の娘!! みたいな扱いされるの嫌だ。
「今日は稼ぎ良かったな!」
「な! 美味いもんでも食うか」
「さんせーい! 肉食おうぜ肉」
「お前肉しか言わねぇじゃん。たまには寿司とかにしようぜ」
横を通り過ぎて行った四人組パーティの会話にすこしの羨望と寂しさを覚える。あんな風に、仲間と笑いあいながら冒険出来たら楽しいだろうな……自由なのはいいんだけど、やはりちょっとうらやましいなって感じるな、ああいうの。心底楽しそうな、回んない寿司にしようぜ! なんていう声を背中に浴びつつ、ダンジョンの入り口を目指していく。
ダンジョンの入り口は一部例外を除いて洞窟のように壁に空いているか、地面に空いているかの二択で、日本の場合は半々くらいである。そして、ダンジョンは地面の下にあるため、今まで通っていた地下鉄やら地下街やらがだいぶ被害にあったらしい。ただ、ダンジョンは外部からの観測よりも内部の方が広いという不思議な空間なので、思ったほどでもないんだとか。
この、『空間が拡張されている』という原理を解き明かして、空間を拡張する方法を再現してしまうんだから、人間ってすごいよなぁ……なんて他人事のように思ってしまう。その恩恵にあずからせてもらっている立場だから、当事者なんだけどさ。
八王子ダンジョンは地面に穴が開いているタイプなのだが、入り口が整備されていて、普通に階段を下っていくとはいれるようになっている。地下鉄の入り口とかまさにあんな感じの状態を想像してもらえるとわかりやすいと思う。そして、その入り口を覆うように、今私がいる建物があるわけだ。この建物には、いくつもの施設が入っている。ドロップアイテムの買取をするカウンターとか、冒険者依頼の案内用のディスプレイとか、冒険者組合のカウンターみたいな完全に冒険者用のものから、コンビニみたいな売店やシャワールームに医務室といった、一般的なものまでさまざまだ。今はちょうど帰り時らしく、それなりに人がいるみたいだ。
「ここの近くで美味しいカレー屋さん見つけたんだ」
「ホント? 今日いこっか」
「いこいこ!」
買取カウンターで順番待ちをしているらしい三人組のパーティの会話を、頭の片隅に置いていく。カレーか……今日の夕飯のメニューを考えていなかったから、カレーにしようかな。帰るときにスマホで検索して、カレー屋さんに行ってみよう。同じ場所が見つけられるかはわからないけど。
そんな感じで考えていると、一番奥のダンジョンの入り口にたどり着く。入り口には冒険者カードで開く改札みたいな機械があるので、カードを押し当てダンジョンの中に。これは、冒険者以外がダンジョンの中に入らないようにというのと、中に誰がいるのかを確認するためのものだ。行方不明になったり、死亡したり、ダンジョンの中ではそういったことが当たり前に起こる以上、身元の確認ができた方がいい。冒険者の管理もしやすいだろうし。イレギュラー発生時に誰が中にいて、どういう状況なのかをいち早く把握するにも重要だ。
そうして八王子ダンジョンの入り口からダンジョンの中に入り、ダンジョン一層のメインルートを歩いていく。八王子ダンジョンは探索済みのダンジョンでなおかつ完璧に地図も用意されているダンジョンだ。その辺は頭に入っている。そして、途中でメインルートを外れ、人気のない方へ進んでいく。そしてたどり着いた小部屋で、私は収納魔法からベルトとカメラを取り出し、自分の胸の前にカメラを固定する。そしてスマホを操作して、動画配信サイトを開くと、配信開始のボタンを押した。
押した直後は少しだけ真っ暗な画面が映る。しばらくして、真っ暗だった画面が、今いるダンジョンの風景に切り替わった。声を出して確認を取る。
「…………映像よし、音声よし。行こう」
映像、音声ともに問題はないようだ。今日の冒険を始めよう。
流行りのダンジョン配信というやつ……ではない。
チャンネル名こそ『ユキの攻略チャンネル』だが、一切配信めいたことはしていない。なんなら、攻略だってしていない。タイトルはいつも『緊急時の念のため』で、説明文は『イレギュラー発生時の初動対応用及び、生存確認用』としか書いておらず、アーカイブ? も残していないし、SNSのアカウントも存在しない。考えるのも運用するのもめんどくさいし。技術的なことはよくわからないから、そういうことに詳しい友人にすべて任せている。なので、何か問題があればその時に言われるだろうし、何も言われていないので問題はないのだろう。
ここまで一般的な配信からかけ離れている理由としては、私はダンジョン配信が嫌いなのだ。より正確には、『ダンジョン配信者』が嫌いだ。ダンジョンは危険に溢れていて、人が死ぬのも珍しくない。それを面白おかしく配信するなんて、頭がイカれてると思う。わざと危険な行為をする連中もいるし。それで人が死んだとしても、自分たちが面白ければいい。みたいな。
そんな連中は大抵、どんどん過激になっていって、最終的にとんでもない失敗をして自分が死ぬ。ついでに周りに被害を撒き散らす。死人が何人も出るなんてこともある。わかりやすいのは、他人のパーティにモンスターの集団をぶつけるとか、わざと加工前の魔道鉱晶に魔法を当てて爆発させるとか、そういうやつである。危険どころではない。
良い配信者たちもいるらしいというのは友人たちから聞いた。仲の良いパーティでかなり慎重にダンジョンを攻略する様子を配信したり。ベテランが初心者向けの講座をやったり。中には、モンスターの行動研究なんてことをやってる人もいるらしい。
ただ、友人たちの投稿のチェックやネットニュースを仕入れるときくらいしかSNSや掲示板などに触れてこなかった私からすると、炎上したときくらいしか目にする機会がない。テレビのニュースでも、何かしか事件になった時くらいしか報道されないしね。
ダンジョン内を配信する行為自体は別段禁止されていない。推奨もされていないけれど、どんどんやってね。という雰囲気自体はある。冒険者になる人に増えてほしいから、導線はたくさんほしいんだろうとお父さんが言っていた。配信者が集まった企業もあったりクランもあったりするらしいんだけど、全然興味がわかない。
ただ、視聴者側からすると、漫画やアニメの世界の話が現実にあることに対する面白さみたいなものがあるようで、常に一定の人気があるコンテンツなようだ。剣と魔法でモンスターを倒す冒険活劇というやつである。私も、それらの漫画やアニメが面白いと感じたから、人気があるのは理解できる。
だとしても、嫌いなものは嫌いである。何人もの配信者がいる中で人目を集めるには、過激なことがやりやすいのは事実なのである。実際、さっき言ったような危険な行為の配信はそれなりの人気コンテンツ扱いもされている。それに過激っていうのは何も危険な行為だけじゃなくて……お色気というか、そっち方面も含める。ほぼ裸とかね。びっくりしたよ。海パンに目出しマスクの変態男とか、少し動くと全部丸見えになるような短さのスカートはいて上半身が絆創膏で乳首隠しただけの女とか! 正直ダンジョンで出くわしたら、とりあえずで制圧すると思う。普通にわいせつ物陳列罪か何かで捕まえられるでしょ。
で、そんな私がなんでダンジョン配信なんていうことをやっているかと言うと、私の数少ない友人たちに泣きつかれたからである。
昨年に、ダンジョン上層が崩落し、中層以降の階層が地上と分断されるというイレギュラーに巻き込まれた私は、五日ほど生死不明だった。ただ、巻き込まれたと言っても、特にケガをしたとかもない。本当に、ただ閉じ込められただけである。他の冒険者も一緒に閉じ込められていたので、彼らと連携を取りつつ救助を待っていた。ちょっとした問題とかはあったものの、別段命の危機だったなんてことは一切ない。
しかしながら、当然そんなことになればテレビやネットでは速報が出回るわけで。友人たちは私の安否を確認しようとスマホに連絡。繋がらないため連続で連絡をいれまくった結果、私のスマホの充電が持たなかったのである。当時の私は、他の冒険者と連携の確認やら物資の確認やらしていて、スマホを確認している場合ではなかったのだ。私が気づいたときにはすでに充電切れで、どうしようもなかった。その時の私は、スマホなんて友人たちやお父さんと連絡を取る時くらいしか使わないし、一度充電したら何日も持つんだから、スマホの充電なんて切れた時にすればいいと、毎日充電するなんてことをしていなかったからそのせいもあるけども。素直に伝えたら友人たちに怒られそうな気がしたから、ここについては内緒にしている。今は毎日寝るときに充電しているから、大丈夫だと思う。念のために、充電が長持ちする新しいやつに変えたし。
そして、救助がきてやっと外に出た私を出迎えたのは、泣き腫らした友人たちだった。こちらを視認した彼女らは、タックルめいた勢いで抱き着いてきて、散々泣き喚いた挙げ句にそのまま寝た。起こそうとしても全く起きず、その様子をテレビ越しに確認した彼女らのご両親が迎えに来るまで動けなかった。
埃まみれ土まみれで、マジかこいつら…みたいな死んだ目で友人たちに埋もれている私の画像は、今でもネットでたまに見るくらいには話題になってしまった。
そんなことがあった後日、彼女らの『夢希が配信してれば安否確認出来るじゃん。ドラレコの代わりにもなるし』という謎の意見によって配信をさせられることになった。
いや、理屈も利点もわかる。彼女らは私に何かあったらすぐに確認できるし、私としても救助が必要な場合はそこから発信すればいい。問題はスマホの充電くらいだが、普段から連絡やちょっとした調べもの以外にスマホを使わない私は、まず充電が切れたりしない。以前のは私の充電忘れと、友人たちによる安否確認コールで持たなかったのだから、それがなければ問題ないわけで。それに、何かあったときの対策としてドラレコ代わりになるのはありがたい。たまに事件に巻き込まれもするしね。
正直、良い印象なんて欠片もない配信者になんてなりたくなかったのだが、彼女らを心配させ過ぎた負い目もあって、私はそれを受け入れることにした。決して、機材がないからと断ろうとしたら彼女らに、にこやかな顔で機材を用意されて逃げ場がなくなったせいではない。
……ただ、なんであんなに準備が良かったんだろう? いや、断ってくる前提で逃げ場ふさぐために準備しておいただけかな。私のことを本当によくわかっている友人たちである。
その結果として生まれたのが、配信とは名ばかりで、たまの独り言以外何も話さず、攻略をうたっておきながら、攻略のこの字もないダンジョン探索を垂れ流すだけ。
それが私の配信チャンネルなのだ。なのだが……
"お、始まった”
"開始時の「よし」好き”
"相変わらずぬるっと始まるのたまらん”
……何故かいつも配信に数人の視聴者がいる。いつからかは確認していないのだが、合計で七人ほど私の配信をほぼ毎回見ている人がいるのだ。理由が不明すぎるので正直不気味なのだが、どうせ配信画面なんて、配信開始と終了のときしか見ないのだから。と放置している。
最初こそ私に対して質問やらなんやらしていたようだが、私が無反応なので、彼らは彼らで話すようになっているらしい。なんていうか、飲み物片手にスポーツ中継見ながらだらだら話している、あの感じである。友人曰く、配信においてそういうリスナー間のやりとりは基本的にマナー違反扱いされることが多いので、そういったことがやりたい人の一部が見ているんじゃないか?とのことだった。あと、やってる内容がほぼキャンプだから気楽に見れていいんじゃない?と。
まあ、そんなもんなのかととりあえず納得した私は、彼らについて放置を決め込んだ。何かあったら友人が対処してくれるって言ってたし。
今日も今日とて彼らには何も返事せず、私はいつものようにダンジョンを探索し始めた。
"今日は何すんだろ?”
"前回、前々回はミノタウロスの美味しい食べ方探し、その前はアーマーホッパーの佃煮作りだったし、今回も食べ物系じゃない?”
"アーマーホッパー食べる前は、投網漁してたんだぞユキちゃんは”
"竿が折れたからって投網作り始めたのマジでおもろかった”
"前回のミノタウロスのときにナイフの斬れ味悪くて解体しにくいって言ってたから、ナイフ作りとか?”
"ミノタウロスのシチューは美味そうだったな…”
"そもそもなんでモンスター食べてんだよユキちゃんは”
"加工スキルも持ってるから、それかも”
"この何やるか分からん感じがたまらんのよね…”
"それな”
"わかる”
"ほんそれ”
改めて自分で見ても、別物すぎて笑っちゃうんですよね……