【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
飯テロになれば嬉しいな
「そろそろ良いだろうし、本命を食べようか」
その瞬間、部屋の空気が固まるのを感じる。そして、一体感ある動きで、テーブル中央の空間を開け始めた。
……君たちこんなに仲良かったっけ……? 特に陽向と鬼灯。君たち初対面だよね?
ま、まあ、開けてくれるのは嬉しいから、良いんだけども。
オーブンを開けて、オークキングのローストを取り出す。いい匂いがするなあ……テーブルまで持って行き、中央に置く。そして、包丁で端から切っていく。うん、肉汁も必要以上に出てこないし、成功しているようだ。
皿に数枚切って乗せて、横に一緒に焼いていた野菜類を少々乗せれば、盛り付けは完了だ。ソースは各々かけてもらうスタイルだ。隣に座っていた彩音さんにまず手渡すが、そのまま花奈さん、鬼灯と運ばれていった。そして、そのまま待機する。ちなみに、席順は、私から時計回りに彩音さん、花奈さん、鬼灯、陽向の順だ。
ということは、全員分盛り付けるまで食べるつもりはないようなので、そのまま盛り付けを続ける。五人分の切り出しが終わり、全員に皿がいきわたる。
でも、全員分乗せたあともまだまだあるので、先に切ってしまうことにした。この感じなら、先に切っても美味しいだろうからね。それに、いちいち切るのも面倒だし、待ってくれてるんだから、やっちゃった方が楽だしね。
……最終的に取り合いになりそうだなぁ、これ。
「では」
配信じゃないんだけど、花奈さんの神妙な声でみんなが手を合わせる。なんだろうね、この一体感。でも、これがないとなんか落ち着かないんだよね。
「 実 食 」
まずは、ソースも何もかけずに一枚食べる。さあ、どうだろうか……いただきます。
一口噛んだ瞬間、目を見開いた。
「!」
なんだこれ。美味しすぎる……! もはや、食べる幸せだよこれは。ダンジョンの中で味見した時も美味しかったけど、やっぱりこの方法にして正解だった。
肉汁を閉じ込めた肉は、噛み締める度に旨みが中から溢れてくる。肉としての噛みごたえはあっても、噛みきれないなんてことはなく、口の中でトロけるような、ほどけるような、そんな食感だ。
肉としての味は牛と豚の良いところ取りと言った感じで、その上脂のくどさもない。いくらでも食べられそうなくらいだ。ワサビとかで中和する必要性を感じないくらいと言ったら分かりやすいだろうか。
塩コショウに、少しのハーブソルトくらいで味付けしていないんだけど、それだけでも本当に美味しい。シンプルな味付けの方が肉の味が分かっていいね。
でも、やっぱりせっかく作ったんだから、グレービーソースもかけよう。というか、この肉の肉汁使って作ったんだから、美味しくないわけないんだよね。
というわけで、一枚にソースをかけて……よし、いただきます。
んー! 美味しい! そもそも、ソースそのものが美味しい。中々ないよね、この美味しさ。すこししょっぱめのグレービーソースによって、肉の甘みが引き立っている。使っている肉汁のおかげもあって、味もまとまっているし、何もかもが美味しい。
そして、最後の一枚は、ご飯の上に置いて、グレービーソースを少しだけかけて……一緒に食べる。超贅沢なステーキ丼みたいなものだ。少し肉汁を吸った白い米と一緒に噛みしめれば、ああきっと、幸せというのは、ここにあるのだろう。少なくとも、幸せってどんなものかと聞かれたら、私は今この瞬間を上げるだろう。そのくらい美味しい。
「……これは、このくらいでないともったいないですわね……!」
花奈さんの意を決したような声が聞こえて、周りに意識が向く。今まであまりの美味しさに周りを全く見ていなかったけれど、みんな私と大きな差はないようだった。
彩音さんは完全に蕩けた顔をしてお肉を噛みしめているし、陽向なんかもはや目に涙すら浮かべている。鬼灯は目を閉じ、腕を組んで静かに噛みしめている。ある意味花奈さんが一番平常だった。
花奈さんは、段ボールの中から、おそらく赤ワインだと思われるボトルを取り出すと、それをコルク抜きで開け始めた。少しの時間がしてきゅぽん! っといい音がして、その音に鬼灯が反応する。
「おん? なんかの、む……マジか」
「ええ、これほどのお肉ですもの。これくらいでないと」
鬼灯の頬が引きつっており、花奈さんの顔はもはやドヤ顔である。銘柄については詳しくないので、どういうものなのかわからないけど、鬼灯が顔を引きつらせるということは、きっと高いんだろうな。
2人のやり取りで現実に戻ってきたのか、陽向が質問を投げる。
「それってそんなにすごいお酒なんすか?」
投げられたにもかかわらず、花奈さんは答えずにワインをグラスに注ぎ始めた。
その姿を見た鬼灯が代わりに答え始めた。私も知らない話だからちょっと気になるな。一旦話を聞くのと、さっきまで他のもの食べてなかったから、漬物とかでちょっと落ち着こう。
「あー……赤ワインには、五大シャトーってのがあってな? まあたけぇわけよ」
「ブランド物ってことっすね」
「そうそう。で、これはその中でも女王って言われてるワインなわけ」
「おお、女王! 凄そうっすね!」
へー、ワインに女王なんて称号あるんだ。なんだか意外というか不思議だ。そもそもお酒に王様とかあるのか? みたいな思いもあるんだけど、一番おいしい! みたいな意味なんだと思う。○○の王ってそういう言い方するし。神なんて言ったりもするか。
そこで話は終わりなのかと思ったら、鬼灯はまだ話を続ける。
「そんで、このワインはその中でもマジで評価が高かった年のワインで……」
そういえば、ワインっていえば秋あたりに今年の……なんだっけ? なんかのワイン売ってるよね。その時々でどういうものなのかの評論なんかも出てて、それが面白いって凉が言ってたっけ。100年に一度とか、史上最高とか、毎年のように更新されて行ってるとか。表現に誇張が入ってるのは間違いないだろうけど、進歩していくのはいいことだよ。
ということは、その、100年に一度の名作。みたいなワインなのかな? 結構高そうだけど、こういった場所に持ってくるくらいだし、今三個目のグラスに注ぎ始めたし、そこまでの値段じゃ――
「これ一本で30万くらいする」
「さ、さんじゅうまん!?」
「えっ!?」
「っ!? げほ、ごほっ」
陽向のほぼ悲鳴みたいな声が響く。ワイン一本で30万……!? た、大金過ぎない!? 私の今の家の家具全部を合わせたくらいの値段がしてるんだけど!? それがこのボトル一本でなくなるって、お酒怖い……
一方、反対側では彩音さんが値段に驚いたのかむせていた。背中を撫でてあげる。びっくりしたよね。私もした。
陽向と一緒に花奈さんの方を見ると、花奈さんは余裕の笑みでそのワインの入ったグラスを鬼灯と彩音さんに渡す。
「ふふふ、これだけの極上のお肉があるのですよ? 相応のワインでないとふさわしくありませんわ」
「わ、私ももらっちゃっていいの……?」
「もちろんですわ。みんなで飲んでこそですもの」
彩音さんが渡されたワイングラスを両手でもって、声を震わせる。一体あのグラス一杯でいくらするんだろうか……考えないようにしよう。どうせ私には関係のないものだ。
「下層に余裕で潜れる冒険者ってすげぇんだなぁ……」
「高給取りって聞いてたっすけど、ここまでなんすね……」
鬼灯と陽向は花奈さんにちょっと引いてるじゃないか……そうは言っても鬼灯はグラスは受け取ってるじゃないか。
それにしても……具体的な金額を考えないようにして来たけど、私ってこれまでの冒険でとんでもない金額をダンジョンに捨ててきたのでは……? 未成年だからしょうがないのは分かるんだけど、なんか気になってしまう。少なくともだ。私と違って下層までしか潜れない花奈さんが、5人パーティーで分配しているにも関わらず、30万円もするワインを美味しいからって配れるくらいには稼いでるんだよね。
そして、今日だってボスのレアドロップを置いてきたわけで。
…………よし、考えるのをやめよう。オークキングのローストを一切れパクリ。
ああ、この美味しい幸せにすべてが溶けていく……
「いただきます……あ、このワイン美味しい……!」
「おん……やっぱ、高いワインって余計な味しなくて美味いわー……成人したら目いっぱい買ったろ」
「ふふふ、そういう楽しみもございますね」
酒飲みの会話が聞こえてくるけども、そんなものは無視である。私と陽向には本当に関係ないしね。こちらはご飯で食べさせていただきます。
というか、あまりにも美味しいものだから、全くと言っていいほど会話も何もしていないんだけど、これでいいんだろうか? とは思わなくもない。
ま、これも私たちらしさというか。そもそも、普段だってご飯食べてるときの会話って結構リスナーさん頼りだったりするしね。
「お次はこちらでも行きましょうか……いえ、こちらも捨てがたいですわね……」
「……気付いて無かったボクもボクだけどさぁ、花奈さん奮発しすぎじゃね……? その箱の中身いくらすんの?」
全員にもう一杯ずつ注いだら30万円のワインがなくなってしまったようで、花奈さんが次のワインを探し始める。中身から取り出し取り出し、ラベルを見比べてはしまっていくのを、鬼灯が半目で眺めていた。
あのワインのほかにもお高いワインがあの段ボールの中には入っているらしい。だとしたらもうちょっと運び方に気を遣おうよ。底が抜けたら大惨事だよ。
「鬼灯さんに持っていただいた方はお手頃なものが多いですから」
「1万のワイン入れといてお手軽とはブルジョワだなぁ!?」
「ふ、ごふ、けほっ」
…………隣でむせてしまった陽向の背中を撫でてあげながら、思わず遠い目になる。1万円のワインをお手頃呼ばわりはもう本当にブルジョワだよ。意味が分からないもん……
というか、この生活が出来るような収入があっただろうに、私と同じくらいの金銭感覚な彩音さんすごくない? いくら武器の貯金をしないといけないからってそんなことにならないでしょ。と思って彩音さんの方を見たら、完全にドン引きしている顔だった。
「……彩音さんからしてもおかしい?」
「一万円のお酒をお手頃なんて言えないよ……」
「買えることは否定しないんすね」
「それはね。でも、冒険者なんて20年くらいできればいい方でしょ? 貯金しておかないとそのあと生きていけないよ」
……あ、これ多分収入がどうとかそういう話じゃなくて、花奈さんが本気でお酒にだけお金使ってるパターンだな……? 貯金とかしているんだろうか彼女……
あと、彩音さんは本当に真面目である。そういった先まで考えて貯金していたとは……資産形成っていうんだっけ、株式投資とか。その辺もやってそうな勢いである。彩音さんに任せておけば、うちのパーティの財布は大丈夫そうである。丸投げするのは無責任だから教えてもらいながら頑張るけど、最後の砦になってくれそうである。
でも、もらえる分はもらうつもりなのか、花奈さんから差し出されたワインはしっかり飲んでいる彩音さんであった。ちゃっかりしているというかなんというか。
そして、そのあとも、美味しいワインを大放出していく花奈さん、その値段とか価値について説明してくれる鬼灯、それに驚く陽向、美味しい美味しいと飲んでいる彩音さん、我関せずとご飯を食べていた私の五人であったが……まあ、そんな状態であれば当然こうなるわけで。
「んふふー……夢希ちゃんの髪の毛ちょっとごわごわするけどふわふわー……肌もちもちー……」
完全に酔って顔を真っ赤にした彩音さんが、私に抱き着いて頬ずりしながら頭を撫でまわしている。頭はまだ洗ってないからそのせいです。
鬼灯はその様子をけらけら笑いながら見ているし、陽向は花奈さんに謎に絡まれていた。
「陽向さん、こちらのお肉美味しいですわよ」
「さっきから食べてるんで知ってるっすけど……」
「そんな!? まさかそんなわけはございませんわ! わたくしも食べておりませんのよ!?」
「いや、さっきから食べてるっすよね!?」
…………面倒な酔い方してるなぁ、花奈さん……陽向は頑張ってね。防波堤になってくれ。
これからが本番かなぁ……思わず遠い目をしてしまったのだった。
次回、酔っ払い対戦
多分過去一夢希のお口が悪くなる予定です。