【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
後編になります。
二通の紙を書き終えた翌日。ダンジョンに潜った後だったこともあり、休日であったわたくしは、所属しているパーティのリーダーの元を訪れていました。
当然、パーティを脱退させていただくためですが……これはわたくしの個人的なわがままによるものです。ご迷惑をおかけする以上、飛ぶ鳥跡を濁さずの精神でいなくてはいけません。
冒険者学校時代からずっと一緒でしたから、かなり勇気はいることですが、それではいけませんからね。
昨日の夜に連絡を入れ、朝から押しかけてしまったというのに、彼女はにこやかにわたくしを迎え入れてくれました。
水色とピンクのパステル系で固められた、可愛らしいリビングにある丸いテーブルに座らせていただきます。
「突然押しかけてしまって申し訳ありません」
「いやいや、大丈夫ですよ。話があるということでしたが、どうしました?」
「パーティを脱退させていただきたいのです」
脱退届とともにその宣言をすると、リーダーは固まってしまいました。まあ、突然の申し出ですし、そうもなりましょう。
パーティとしての不満も、細々とした、それこそ人が集まれば当然発生する不満程度しかありません。これらは、ひとえに彼女の人徳と努力がなせるものでしょう。そんなところもありまして、わたくしのこの話は寝耳に水もいいところだったでしょう。
しかし、すぐに気を取り直した彼女は、背筋を伸ばし、少し声を硬くしました。
「理由をきかせてもらってもいいでしょうか?」
「諦めていた夢を追いかけたいと思いまして」
「……夢を?」
「はい」
わたくしの話に、少々剣呑な目になるリーダー。この目になったときの彼女は怖いですわね。普段がこう……結構ほわほわした感じの方ですから。
「私たちとでは、出来ない夢……ということですか?」
「出来ないわけではありません」
「では、何故です?」
「……あなた方は、わたくしの夢を肯定しなかったでしょう?」
そして、否定もしませんでしたが。しかし、今更になってこんな昔の話を持ち出すなど、わたくしも相当性格が悪いですわね……でも、これも事実。
冒険者学校に入り、教室で夢を語り、嘲笑されたあの時。あの教室に、わたくしの味方など誰もいなかった。その事実は、今までずっと、わたくしの心の澱になっておりました。
その後、このパーティが結成され、特に問題もなく冒険者としての充足の中で過ごしていたのも事実です。
リーダーは、わたくしの発言にしばし考えるのような沈黙の後、思い出したようにつぶやきました。
「…………あぁ、あの時……」
そして、わたくしの目を真正面から見て、話を続けます。本当に真摯なリーダーですわね、この方は。まさか覚えていらっしゃるとは。
「あの時、私たちはあなたの夢を肯定しなかった。庇いもしなかった。彼らのように嘲笑こそしなかっただけで」
「はい。あなた方が悪いとは思いません。ですが……出来るなら肯定してくれる人と。というだけの話です」
リーダーの目をまっすぐに見つめて、そう話す。実際、彼女たちは何も悪くありません。わたくしたちは当時友人でも何もなく、ただの冒険者学校に入学しただけの高校生にすぎません。そんな中、わたくしを嘲笑した……男性がメインのグループを相手にするのは怖いでしょう。当然の反応ではあるのです。わたくしだって、踏み出せないだろうという自覚はあります。今なら……どうでしょうか。
しかしそれでも……どうしても、取り払えない澱がそこにあるのです。
「……もう入る先は決まっているんですね?」
「はい。加入申請はしておりませんが」
「……はい?」
確認してきた彼女にそのように返すと、ポカンとした顔をされてしまいました。
まあ、普通パーティを移動すると言ったら、移動先は決めておくもの。というのはそうなのですが。一般的な転職と同じような感じですわ。
しかし、わたくしは未だ、ユキさんたちのパーティに申請書などは出しておりません。用意はしましたが。これはわたくしのちょっとした、けじめのようなものです。
「まだ引継ぎもしておりませんし、何よりこのような理由で辞めるのです。その後のことは辞めてからですわ」
そうでないとフェアではございませんし。と、まあ、わたくしが勝手にそう思っていることなので、彼女たちのは関係のない話でもありますが……それでも、わたくしは通すべき筋だと思いましたわ。
あなた方とでは、夢を叶えられない。そんな理由で決別するのです。きちんと清算してからでないと、夢に向けて歩く資格すらないでしょう。
わたくしの言葉にしばらく目を閉じた彼女は、目を開くと、わたくしに一つ質問を投げかけてきました。
「……万が一、その方々
その質問は、思いの外心に刺さりませんでした。正直、予想していた質問であった。というのもあるのでしょうが……それ以上に、わたくしの心にあったのは、声しか知らない配信者のような女の子のことです。
少なくとも。彼女の夢にも、肯定してくれる方はいる。ならば、あの時のように、誰にも肯定してもらえないなどと、絶望する必要はない。それを知ったから。というのが大きいでしょう。
きっと、彼女たちでなくとも、どこかにはわたくしの夢を肯定してくださる誰かはいる。そう信じられるようになりましたから。
「その時は、探しますわ。肯定してくださる方を。今度こそ、諦めるということはしたくありませんので」
わたくしの決意が揺らがないことを確認したかったであろうリーダーは、その様子に頷きを一つ返すと、もう一つだけ聞きたいことがあるとおっしゃいました。
「……あなたの夢は1人でも出来るものでしょう? なのに、何故そこまで肯定してくれる存在を求めるのです?」
「ええ、確かにその通りです。ですが、1人ではだめなのです」
「何故?」
これに関しては、わたくしは常々思い続けていることを、当たり前のように話すだけで事足ります。
「お酒はみんなで楽しんでこそ。でしょう?」
モンスターでお酒を造り……それが例えどれだけマズかろうとも。みんなで楽しめばよいのです。今までと何も変わりません。冒険の成果が上がったので、ちょっと豪華に飲み会をするにしろ、宅飲みでゆったりと過ごすにしろ。お酒はみんなで楽しむもの。その中心が、わたくしの作ったお酒であれば、なお嬉しい。わたくしの夢の出発点は、それだけのことなのです。
……まあ、そこにオリジナリティを加えようと思った結果が、モンスターを材料にするという方針であり、今までのことにつながっているのですから、何とも言えませんが……
わたくしの返答に何度かまばたきをしたのち、大きく息を吐いた彼女は、テーブルに肘をついた左手で額を抑えながら、ぼやくようにこう言いました。
「……その言葉で私が何度潰されたことか……」
「ふふふ、申し訳ありません」
美味しいお酒も分け合って飲んだら美味しいですから、ついつい周りの皆さんに勧めてしまい……酔いつぶしてしまうこともありましたわね。
軽く頭を振った彼女は、テーブルの上の脱退届を掴んで立ち上がると、こうおっしゃいました。
「……これは預かっておきます。それと、引継ぎはちゃんとしてもらいますし、みんなにも貴方から話してください」
「もちろんですわ。……うん? 受理ではないのですか?」
「預かるだけです。万が一ダメだったら戻ってきていいですよ。その時は、今まで以上にこき使いますけど」
「……まあ、怖い」
彼女の言葉に一瞬、息が止まりました。ああ、わたくしは本当に恵まれておりますわね。でも、どうしても、夢を掴みたいと、そう思ってしまったのです。
その後、テーブルに戻ってきた彼女に、どのような人たちと冒険をしたいと思ったのかを問われ、ユキさんとアヤネさんについてそれはもう熱く語らせていただいたのですが、リーダーは顔をひきつらせたり苦笑したり頭を抱えたりと……なんというか、こういった根本の価値観の違いがどうしようもなくあるのだなと。お互いにそう思わせたのです。
帰り際、リビングを出ようとして扉の前に立ち、最後に身勝手なわがままを再度謝罪しようと、彼女に向き直ろうとしたとき。わたくしの背中に声がかけられました。
「……私は謝りませんから。貴方も謝らないでください」
「……はい。ありがとうございました」
「まだ早いですよ」
振り向くと、入り口とは真逆の方を向いて、こちらに背中を見せた彼女がおりました。その背中に深々と頭を下げ、感謝の言葉を告げて、わたくしは彼女の家を後にしました。予定では、すぐに他のメンバー宅へ行かせてもらい、話をする予定でしたが、一度自宅に戻らせていただきました。その、少々お化粧直しが必要でしたので。
そのあと、他のメンバーに話したところ、わたくしの話に泣く怒るなど様々でしたが、最後には笑って送り出してくれましたわ。本当に、良きパーティに恵まれたと思います。
しかし……わたくし、そんなに酒癖が悪いと思われていたのですね。皆さん言い方こそ違えど、わたくしに酔い潰されたことへの恨み言は、絶対に口にしておりましたわ。これは流石に反省しませんと……
それから、約一か月ほどの間、引継ぎ並びにわたくしの後釜探しに費やし……それらの清算が終わった段階で加入申請書を送付させていただきました。
まあ、わたくしがバタバタしている間に、彼女たちも特殊個体のトロルなどというド級のイレギュラーに見舞われてドタバタしていたようでしたが……少々申し訳ないことをしてしまったでしょうか。
そして今日、彼女たちのパーティへの加入面接がございます。扉の前で深呼吸をして、扉をノックいたしました。
「どうぞ」
少々硬い女性の声。おそらくアヤネさんでしょうか。
「失礼いたします」
部屋に入ると、書類を机に広げているアヤネさんとその横でガチガチになっているユキさんの姿が。
そんなユキさんの姿を見て、緊張がほぐれました。自分よりも……というのは、体験してみるとその通りであると思えますわね、本当に。
アヤネさんに手で示され、ユキさんの前に座る。初めて見るユキさんは、小動物のような印象を受けました。ふわふわとした白い髪に、吸い込まれそうな碧い瞳。正直、もっと野性味のある方を想像していただけに、かなり驚きました。ドレスなどを着せたらどこかの令嬢のようです。
アヤネさんは、想像していたよりもずっとしっかりとしている印象を受けました。こういった場ですから、引き締めていらっしゃるのかもしれませんが。
そのあと、ユキさんを気遣って空気を和らげ、ユキさんが噛んでしまい、顔を赤くするなど可愛らしい場面もありましたが、ついにアヤネさんはこうおっしゃりました。
「あなたの夢は、なんですか?」
「わたくしの夢は……モンスターでお酒を造ること。ですわ」
「……?」
「……」
夢を語ったわたくしの前で、2人の時間が止まってしまいました。アヤネさんは若干頬が引きつっておりますし、ユキさんは……表情が本当に変わりませんわね? 固まっていることは分かるのですが、一ミリも動いておりません。これはアヤネさんが本当に人形のようなどという気持ちがわかりますわ。
しばしの時を置いて、アヤネさんが再起動いたしました。
「………………えーっと、ハチを漬けてるお酒みたいな……?」
「いいえ、そんなものではなく」
「じ、じゃあ、どんなの……?」
「トレントやグリーンドラゴン等の樹木系モンスターの体やドロップアイテムを加工して樽を作り、フラーラや悪魔のトゲが実らせる果実を発酵させて造りたいと思っております」
「すっごい本格的!」
アヤネさんの叫びが室内に響きます。おお、これが彼女の生のツッコミ。良いキレですわ……それと、完全に素に戻っておりますが、まあそれもらしいですわね。
少し遅れて再起動を果たしたユキさんがわたくしに質問を投げます。
「それって、何のお酒が出来るんですか?」
「基本的にはワインですわ。その後可能であればウィスキーやブランデーなども作ってみたいですわね……流石に清酒の類は造れないと思いますが」
「おお……」
「樽で造れるお酒は、大体全部造るつもりなんだね……」
どこか感心したようなユキさんと、呆れているようなアヤネさん。
目をそらしていた不安があふれてきます。やはり、お二人でも、ダメなのでしょうか。
「…………やはり、おかしいでしょうか」
つい、漏らしてしまったわたくしの声に、お2人は顔を見合わせると、笑顔を浮かべてくださいました。
「とても素敵な夢です。楽しそうですし。私が20歳になったら飲ませてください」
「ふふ、面白そうな冒険になりそう。私にも飲ませてね」
「……あぁ……」
2人の声を聞いたわたくしの胸の内は、とても言葉には表せるようなものではございませんでした。
その日の夜。自宅に帰ったわたくしは、わたくしが初めて飲んだ実家の赤ワインを久しぶりに飲むことにしました。その味は、いつになく。記憶にあるそれを遥かに超えて。美味しいものでした。
あの2人にも、このような美味しいお酒を飲んでほしいものです。夢希さんは、まだしばし先の話ですが。
リーダー…たまに配信を見ている。花奈がはっちゃけまくっている様子を見て、パソコンの前で頭を抱えたが、口元は緩んでいた。今度飲みに誘おうかなと思っている。
元パーティの面々…別に悪い人たちではないけど、花奈の夢に対して引いちゃった人たち。今度飲みに誘おうかなと思っている。
後釜の人たち…花奈たちの後輩。私たち二人で先輩一人分なのヤバくない? 先輩ってただの酒カスじゃなかったんだ…。飲みには誘われても行きたくないと思っている。