【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
さて、突然だけど、鍋の具と聞いて、みんなは何を思い浮かべるだろうか。
鍋と言えばこれでしょ、と即決する人や、メインの具材に合わせて決めるからメインを教えてほしいという人、どの鍋料理なのかを教えてくれ。なんていう人もいるかもね。
でも、大抵の鍋に入っている食材もある。白菜とか豆腐とかエノキとか長ネギとか。
そして今、私たちの前には美味しいヤドカリがある。味と見た目はほぼカニ。となればカニ鍋だろう。
だが、問題がある。今回の調査では、閉じ込められたことを想定して色んな食材を用意してきた。でも、日持ちしないものは持ってきていない。
だからその……鍋の具材が無いのである。カニ鍋だし、薄めの味付けでいいとして、少なくとも白菜と豆腐は欲しいじゃん。
欲を言えば、しいたけ、長ネギ、くずきり、水菜あたりも欲しい。
しかし、ないものはない。だから、諦めるしかない。
そう思っていた。
「あーしが持ってこよっか?」
「涼子……!」
救いの女神がいた。代金は外に出たら払うということで、涼子に鍋の材料を持ってきてもらうことになった。
発光現象が収まったため、涼子は物資の補充に、私たちは食料の補給に向かう。
未探索領域のモンスターとはいえ、私たちもすでに対策を確立している。拠点周辺のモンスターたち相手に危なげなく完勝し、拠点に帰ってきた。
彩音さんの槍の素材も黒字である。群れのモンスターの数が減ったら、投げなくてもよさそうなんだけど、まだ厳しいね。明日以降は楽になってほしいものだ。
拠点に戻って槍の製作とヤドカリの下処理を終えた頃、涼子が帰ってきた。
「ただまー。とりまこれでおけ?」
「ありがとう涼子」
「うぇーい」
涼子とハイタッチ。好きなのかな? ハイタッチ。
涼子の持ってきてくれた野菜を片端から灰原さんと彩音さんと一緒にひたすら切っていく。
白菜、しいたけ、長ネギ、豆腐、エノキ。
ダンジョン内だというのに、かなり豪華なお鍋になりそうである。
並行して、浜面さん用にニンジンも入れた野菜のみのお鍋を作っておく。
なんとポン酢まで持ってきてくれた。ありがたいにもほどがある。
お鍋の中にみんなで切った具材を投入し、ぐつぐつと煮ていく。
「ありがとう水沼君」
「金守っちー、明日か明後日あたりに出られそうだって」
……え? その場にいた全員の手が止まり、涼子の方を見た。
明日か明後日……? 渋谷の時は一週間だったのに?
鍋の煮えるぐつぐつという音をBGMに固まったみんなを代表し、金守さんが口を開いた。
「……早くないか?」
「前の時と違って、ダンジョンの形が谷だから、横穴に瓦礫投げ込みまくれるし、崩落もそんなに気にする必要ないから早いんだって。マジで瓦礫で横穴ガンガン埋めててウケたんですケド」
「なるほど、そういうことか」
あー……なるほどね。
確かに、八王子ダンジョンは大きな谷にたくさんの横穴があるダンジョンで、崩落したのが一番上の天井だけなら、横穴に瓦礫を放り込めば終わりだもんね。しかも、横穴塞げばモンスターも出てこないし。
そうなると、渋谷のときよりも早くなるのも頷ける。
「思ったよりも早く出られそうで何よりですわ」
「ね」
花奈さんが嬉しそうに微笑むのを彩音さんも笑いながら肯定する。
彩音さんも、昨日あたりボソっとシャワー浴びたいって言ってたから、花奈さんもそうなのかな。花奈さんの場合髪も長いしね。
私もお風呂にゆっくりつかりたい。とけたい。というとちょっと大げさかもだけど。
そう思ってたんだけど……
「ですので、お酒を……」
「……花奈ちゃん……」
うん、花奈さんにお酒以外を求めるのが間違っていたかもしれない。
そして、目力がとんでもなくなってるのがすごく怖いので、金守さんに救援要請だ。
「金守さん、お酒返してあげてくれませんか? 目が怖いので……」
金守さんが花奈さんの凄まじい目力を確認すると、預かったワインの中から一本だけ花奈さんに返した。
うん、金守さんから見ても危険水域だったらしい。
すごかったもん。血走る一歩手前位の目力だった。
「……一本だけ渡しておく」
「ありがとうございます!!」
今までで聞いた中で一番の大きな声を出す花奈さんを、彩音さんと二人でジトっと見てしまう。
本当にこの人は……お酒が中心にありすぎじゃないかな……
ワインの蓋を外すが早いか、コップに注いでぐびーっと一杯。一気呑みである。
「ああ、わたくし、生きておりますわ……!」
とってもいい笑顔だけど、こんなことで生きていることを実感しないでほしい。
ほら、彩音さんだけじゃなくて、周囲の大体の人も呆れてるし……
「こんなことで実感しないで……」
「こんなこと……? 今、こんなことと申しましたか?」
呆れて思わず心の声が漏れた私に、ワイン片手に花奈さんが迫ってくる。
漏れてしまったものはしょうがないので、思っていることをはっきり言うことにした。
「こんなことでしょ」
「夢希さんとは一度本気で話し合う必要があるようですわね……!」
なんだか変なスイッチを入れてしまったらしい。
またコップ一杯のワインを一気飲みした花奈さんは、早口でまくし立てる。
「今までわずかな量しか飲めなかったところに、一本丸々お酒を飲めるのですよ? 砂漠を彷徨った後のオアシスに等しいのです! それをこんなこととは!」
怒っているのは分かるし、言いたいこともわかると言えばわかるんだけど……でもさあ。
「いや、今少しだけ飲んで実感を得るよりも、地上に出て思う存分飲んでから実感すればいいと思うんだけど……?」
うん。こうじゃない? だって、今も制限されているわけで、地上に戻ったらそんなこと気にせずに好きなだけ飲めるんだから、地上に戻った後で実感すればいいと思うんだよね。
いや、オアシスの例えもわからなくはないんだけど、今目の前にあるのは水たまりで、オアシスは地上にあるじゃん……?
そう思って反論してみれば、花奈さんはしばし固まり、困ったように眉を下げた。
「…………それは、そう、ですわね……」
どうやら納得してくれたらしい。
「花奈っち、よっわ」
「喧嘩にすらなってないもんね」
「流石夢希ちゃんです!」
花奈さんが女性陣から好き放題言われている……
うーん、普段愛依や凉にぼろ負けしているときの私ってこんな感じなんだなあ……
そんな一幕もありつつ、お鍋が煮えたので取り分けていく。
美味しそうな匂いだ……カニ鍋なんていつ以来かなぁ。お父さんが貰ってきた時くらいしか食べないしね。ちょっと高いし。奮発するぞ! って思うほど好きなわけでもないし。
美味しいけど、このお値段出すのはちょっとな……私の中でそんな位置にいるのがカニというものなのである。
そんなことを考えていたら、彩音さんが受け取ったお椀を見ながら微妙な顔をしている。
「それにしても、ヤドカリ鍋かあ……相変わらず名前だけは何とかならないのかな?」
「ゴックンチャクの煮物とか食べておいて今更じゃない?」
「うーん、モンスターの名前じゃないから、そのものを思い浮かべちゃって、ね?」
「あー……」
彩音さんの言葉にちょっと納得がいく。確かに、ヤドカリそのものを思い浮かべちゃうと……うん、私もちょっと嫌かも。
見た目だけならどう考えてもモンスターの方がゲテモノじゃない? みたいなのも多いんだけど、何故かヤドカリの方が嫌だな。何故だろうか。
ちょっと自分の中で考え始めたところで、ふと思いついた。というような感じで、灰原さんが呟いた。
「そういえば新種だから、名前つけないといけないんすね」
確かに。名前かあ……いやなこと思い出しちゃったなぁ……渋谷のヌシの名前本当にどうしよう? 今のところ本当に渋谷のブッシーになりかねないよ? 流石にひどすぎるから、どうにかしたいところなんだけど……
一人思考の海に沈んでいったら、浜面さんが金守さんの肩を叩く音がした。
「金守、任せた」
「待ってくれ、俺なのか!?」
金守さんが悲鳴を上げるが、申し訳ないけれど、助けられない。
……リーダーだし、頑張ってほしいな……
金守さんが助けを求めるように周りを見た時、私に目が合ったので、正直に伝えて断ることにする。
「私は他に考えないといけないのがいるので……」
「……待て、その話を詳しく聞こうか」
途端に凄く真面目な顔になった金守さんに、詳細を説明していく。
そういえば、入る前のことだから話してないなあ。
「渋谷のヌシを映像記録に残したので、そのせいでヌシの名前を考えないといけなくて……」
いや、本当に。
嬉しかったのも事実。誇らしいのも事実。でも、それについてきた事象があまりにも喜べない。
私のセンスのなさが後世まで語り継がれることになってしまう。
その事実から目をそらし続けたいのだが、いつが期限になるのかわからないので、いつまでも目をそらしておけないのが実情である。
今度凉辺りにもお願いしておこう。ゲームやらマンガの知識でそれなりのものを出してくれる……はずだ。
「おお! ヌシをですか!」
「流石夢希さん……」
「お前、本当にすげえな……」
「いや、何も聞いていないんだが……?」
男性陣それぞれから反応を貰ったが、金守さんの反応的に言っておいた方が良かったのだろうか?
うーん、どこまで金守さんに報告するべきなのかわからないな……彩音さんに一回確認を取った方がいいだろうか?
まあ、特に今のところ報告するような事柄ってないけども。
「入る前の話なので言わなかったんですけど、言った方が良かったですかね……?」
「いや、入る前だというならまあ……いや、どうせ調査依頼が来て知ることになるだろうが、言っておいてくれた方が良かったか……?」
金守さんが悩み始めてしまった。まあ、名前のことで悩まなくなったので結果オーライということで……
現実逃避ともいう。
「他にもなんかねえの?」
わくわくした様子の浜面さんに尋ねられる。いや、そんなにいろんなイベントに関わっているわけじゃないんですけど……
「浜面さんは私を何だと思っているんですか?」
「面白びっくり箱」
酷い言い草である。
「……酷くないですか?」
「モンスター食ってて、イレギュラーに複数遭遇してて、一年の間に二回もダンジョンに閉じ込められるような奴は面白びっくり箱だろ」
「……」
何も言い返せなかった。いや、そう言われると酷いな……というか、そうだよ。なんで一年で二回もダンジョンに閉じ込められてるんだ?
お祓いとか行った方がいいのかな?
「花奈さん、私ってお祓い行くべきだと思う?」
「さ、流石に大丈夫じゃないでしょうか……?」
「むしろ、私の方が行くべきかも……」
彩音さんが遠い目をしている。うーん……確かに、私とパーティを組んだきっかけといい、その後のイレギュラーといい、彩音さんの方がマズいのかな……?
言われてみれば、彩音さんと出会ってからの方が変なことが多いような……相乗効果って奴だろうか?
「……うん。2人で行こうか」
「ね」
「そういうことならわたくしも」
というわけで、今度の草津旅……ダンジョン調査の時に、一緒にお祓いに行くことになった。
お鍋は非常に美味しかった。浜面さんも満足そうに食べてくれた。
この調子でペース上げていきたいです