【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
彩音さんと一緒にミノタウロスカレーを食べた翌日の日曜日。お父さんは、泊まりがけで仕事に行っていていない家で、私は朝ご飯を食べながらゆったりと過ごしていた。今日の朝ご飯は、サラダとシリアルとバナナをのっけたヨーグルトだ。たまに無性に食べたくなるよね。シリアルってさ。牛乳をかけて、パリパリむしゃむしゃと食べていく。
テレビで垂れ流しになっているニュースでは、興味のある話は出てこない。芸能人の誰々が離婚して、原因は不倫だとか、外国で大規模な暴動が起きたとか、そんなのだ。途中、化粧品のCMに愛依が出演していて、なんだか嬉しくなる。そのうち、バラエティとかにも呼ばれるんだろうか?だとしたら、録画しないとね。
朝ご飯を食べ終えて、お皿を洗ったあと、シャワーを浴びる。うーむ。優雅な朝だ……下着姿で髪を乾かしながら、再びテレビをぼんやりと眺めていると、スマホが鳴った。画面を見ると、美空彩音の文字。彩音さんはあまり電話を使わず、メッセージアプリでやりとりするのが主だ。朝から一体どうしたんだろうか……?
「もしもし、彩音さん?」
「夢希ちゃん!どうしよう!?」
「え、なに?どうしたの?」
なんだかすごい慌ててる。あと、大声過ぎて耳が……にしても、こんなに朝から慌てるって何があったんだろう?
「あの、その……えっと!」
「……ちょっと1回深呼吸して落ち着こうか、彩音さん」
「あ、う、うん!……すぅ……はぁ……」
「落ち着いた?」
「うん。そう!大変なんだよ!!」
「いや、だからちょっと落ち着いて……」
ダメだこりゃ。全然落ち着いてくれない……
「ギルドから電話が、
「……………ヴェッ!?」
優雅な朝は唐突に終わった。
すぐに着替えて家を飛び出し、彩音さんとギルドの前で合流する。一応、服装はダンジョンに潜る時の服装だ。すでに胃のあたりがキリキリする……
ギルドは、正式には『冒険者管理組合』と呼ばれる組織で、冒険者に関することの管理を目的にした組織だ。クランの設立、パーティの管理、依頼の斡旋、犯罪者の確保など、その業務は多岐にわたる。以前は未成年冒険者の教育も仕事にあったけど、それは冒険者学校へと分離した。そのため、基本的に成人済みの人間にしか関与しないものの、私たち冒険者にとっては、完全に上位の組織である。
なお、ギルドという名称は、他冒険者たちから、つまり、『あの』ギルドってことだよな?っことで呼ばれ始めて、そのまま定着したらしい。
そんなところから出頭要請なんて来たら、そりゃ慌てるし、落ち着けるわけがない。学校で、突然職員室に呼び出しされたら、どういう気分になるか?で、ある程度伝わると思う。
そもそも、出頭要請なんて、基本的になんらかの問題を起こしたときだけである。その問題も、冒険者間のいざこざか、脱税をやらかしたかの2択なことがほとんどだ。脱税に関しては、私に収入がないので関係がない。彩音さんも、今年分はすでに払っているとのことだった。つまり、あるとすれば、問題を起こした方である。お互いに心当たりはないけれど、何かしらやらかした可能性が排除出来ないのが辛いところだ。
「うぅ……胃が痛い……」
「私もだよ……」
2人してお腹を抑えながら、ギルドに入る。朝早いというのに、結構な人がいるけれど、それに驚いている余裕もない。とりあえず窓口に向かう。窓口の人に彩音さんが用件を伝えると、そちらにおかけになって、しばらくお待ち下さいと言われた。仕方ないので、窓口近くのソファに2人で座って待つことに。その言葉がこんなに人を追い詰めることを初めて知ったよ……!
待つこと2分。たった2分だったのに、30分くらいに感じた。もうなんか悪いことばっかり考えてしまって、ダメである。彩音さんも大分顔色が悪い。私も似たような顔色なんだろうな……
「お待たせ致しました。美空彩音さん、物前夢希さんですね」
「は、はい!」
「はい!」
「ご案内いたします。どうぞこちらへ」
案内をしてくれる職員さんがやってきた。ピシっとビジネススーツを着こなし、髪をくくり、メガネをかけたまさしくキャリアウーマンって感じの人だ。手には紙を何枚か挟んだバインダーを持っている。うぐぐ、なおさら胃が……
案内されたのは、受付のフロアのすぐ横にある小さな会議室だった。4人がけの机に案内される。大体なにかの相談事をするときに使われる場所であり、私はあんまり来たことがない。若干ビクつきながら、彩音さんと横に並び、案内してきた女性が正面に座る。そして、突然頭を下げた。
「本日は、ご足労いただき、ありがとうございます」
「い、いえ!別に、お構いなく……!」
彩音さんがテンパりまくっているが、私は力になれそうにない。こういう場面初めてすぎてわからないんだよね。冗談でなく。
「
「は、はい……」
冒険アドバイザーというのは、文字通り、冒険者のアドバイザーを担当している人で、相談事に対して対応するのが主な仕事だ。前に聞いた話だと、仕事の8割が確定申告周りの相談だとか。あとの2割がパーティやクランへの斡旋、依頼の紹介などになるらしい。多分、私も成人したらお世話になると思う。
室井さんがバインダーから1枚紙を抜き出して、こちらに差し出した。女性の写真だ。明るい橙色のショートヘアで、にっこりと満面の笑みを浮かべた、なんというか……犬っぽい雰囲気がする女性である。
「こちらの方に見覚えはありますか?」
見覚え……?思わず彩音さんの方を見ると、彼女もこちらを見ていた。彼女も心当たりはないらしい。
「すみません、ないですね」
「私もありません」
「かしこまりました。では、
「……ないです」
「ありません」
なんだろう?多分この写真の女性のことなんだろうけど、本当に、分からないな……?どういうことだろう?
「では、昨日お二人が何をされていたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい……?」
……?なんで突然昨日の行動を?いや、待ってもしかして
「あの、これって取り調べされてます……?」
「そうなります」
「なんで!?」
「昨日、彼女が渋谷ダンジョン内で倒れているのが発見されました」
「!?」
「そして、目が覚めた彼女に話を聞いたところ、お二人の名前が出ました」
「え!?」
「ユキとアヤネという名前の女性2人パーティで、昨日渋谷ダンジョンに潜っていたのは貴方方だけでしたので、今回お呼びいたしました」
あー、なるほど。そりゃ呼び出しもされるか。入り口の検問で、ダンジョンに出入りする時に記録されるからね。イレギュラーでとんでもないことになったときに、犠牲者の特定とかにもなるから。
だが、私たちは、それに関しては証拠を出せる。スマホを取り出して配信サイトを開き、昨日のアーカイブを室井さんに見せる。動画ならともかく、アーカイブなら問題ないはずだ。
…………もしかして、友人たちが配信やるようにあんなに勧めてきたのって、これが理由か?何かの時の証拠になるように?だとしたら、感謝しないと。
「昨日の私たちの行動です。確認してください」
「ありがとうございます……長いですね……」
「朝の10時から潜ってましたし、帰りも20時くらいでしたしね……」
とんでもない長さだから、割と時間がかかるかと思えば、すぐに室井さんがこちらにスマホを返してくる。
「ありがとうございました」
「全部見なくていいんですか?」
「犬束さんの入場時刻が10時25分で、発見されたあとダンジョンから外に連れ出されたのが12時37分です。その間だけ見れれば問題ありません」
「なるほど……では」
「はい。お疑いして、大変申し訳ありませんでした」
室井さんが深々と頭を下げる。ダンジョン内の犯罪って結構難しいみたいなんだよね。証人いないことのほうが多いみたいだし。なんなら、殺したあとで埋められたら、ダンジョンに飲まれて消えちゃうし……
ただ、ひとまず安心だ。彩音さんと2人で息を吐きだす。いや、ちょっと怖かったよ……
「大変恐縮ではあるのですが、この件に付随してもう一つよろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう?」
頭を上げた室井さんから、再度声がかかる。この件に付随してってなんだ?何かあるかな……?
「犬束さんが、美空さんに指名依頼を出したい。とおっしゃっていまして」
「はい!?」
指名依頼?なんで……?指名依頼は、大抵の場合、パーティの追加人員とか、装備品の加工とかをお願いするときにするもので、簡単に言えば、その人にしか出来ないから、やってほしい。みたいな依頼の出し方である。言っちゃ悪いが、彩音さんにそんな技量はないし……
「我々としては、犬束さんが発見された状況が状況だけに、お二人が容疑者ではないと確定してからでしか、このお話をするわけにいかず、このような方法を取らせていただきました。ご不快な思いをさせて申し訳ありません」
ダンジョンに倒れてる人から名前が出たら、そりゃまずは容疑者だよね。無罪確定しないと、被害者が危ないもんね……
再度室井さんが頭を下げるのを見ながら、そんなことを考える。にしても、彩音さんに依頼ってなんだ……?
「あの、その人って今どこに……?」
「こちらで療養しております」
「り、療養……?怪我でもしてるんですか?」
「特に怪我等はございませんが、軽度の栄養失調状態だったため、こちらで療養中です」
け、軽度の栄養失調?なおさら分からん。というか、なんで栄養失調でダンジョンに潜ってるんだその人。
「詳しくご説明致しますと、彼女は、一ヶ月ほど前から、原因不明の味覚障害を発症し、その結果、食事に対して拒否反応が出るようになったそうです。これが軽度の栄養失調だった理由になります」
「原因不明って、病院には?」
「病院の診断の結果として、原因不明なのです。また薬なども一切の効果がないとのことです」
「えっと、そこからなぜ、私に指名依頼を出したいに……?」
「ダンジョン内で倒れる直前、
なるほど。確かに、モンスターを食べる。という一点においては、彩音さんは……いや、これもしかして、本当は
ただ……どこでフルネームを知ったんだろう?指名依頼は文字通り指名依頼なわけで、フルネームを知る必要があるんだけど、彩音さんのフルネームなんてどこで……いや、最近の解散騒動のせい……?噂とか出回って色々大変だったって言ってたもんね、彩音さん。
「……あの、会わせてもらえますか?」
「彩音さん?」
「結構切羽詰まってそうだし、協力出来るならしてあげたいなって……でも、依頼を受けるかは、本人にあって話を聞いてからかな」
「……そっか。なら一緒に行くよ」
「いいの?夢希ちゃんには……」
「彩音さんのパーティメンバーだから、手伝うってだけ……後でご飯でも奢ってよ」
「……うん分かった。ありがとね」
「……お会いになるということで、よろしいですか?」
「はい」
「お願いします」
会議室を出て、室井さんに案内されることしばし、救助室と札の掛かった部屋に辿り着く。彼女は、ドアをノックをした後、はーいという女性の声を聞いて、部屋に入る。そのまま私たちも中へと案内された。
中に入れば、学校の保健室を彷彿とさせるような部屋だった。ベッドがあり、机があり、棚に医薬品が並んでいる。ベッドに1人、点滴を受けながら座っている女性がいた。さっきの写真の女性だ。写真よりはちょっとやつれてるな。彼女が犬束さんか。
「美空さん、物前さん、こちらが犬束さんです」
「……!ユ、ユキちゃんと美空彩音さん……すか?」
彼女は、私たちを見ながら確認してきた。というか、なんで私も知っているんだ……?あと、やっぱり彩音さんはフルネーム知られてるし……
「はい、そうです」
彩音さんの返答を聞いて、突如として犬束さんが立ち上がり、彩音さんに掴みかかった。本当に突然のことで反応出来なかった。
「助けてくださいっす!お願いするっす!もう、2人しかいないんすよ!」
必死な形相の犬束さんに縋りつかれて、彩音さんが固まる。本当に切羽詰まってそうだなこれは……そして、今2人しかいないって言ったから、やっぱりこれ私たち宛だな?
「いやあの、ちょっと!?」
「お願いするっす!何でもするっす!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!?」
「どうかお願いするっす!!」
いやこれどうしよう……?犬束さんの方は半分錯乱してるし、無理矢理引き剥がすべきなんだろうけど、力加減間違えると大変なことになりそうだし……なんて考えていると、室井さんが間に入ってくれた。
「犬束さん、ちょっと落ち着きましょう。お二人も混乱してらっしゃいますし、あなたも体調がよくないんですから、無理しないように……」
「あ、は、はいっす……すみません……」
犬束さんが室井さんに抑えられて、ベッドの上に戻る。なんというか、すごいこうしょぼくれた犬の幻覚が見える……!ぺたーんと垂れた犬耳が……!なんだこの大型犬感のある人……
「あの、まず最初に確認したいんだけど……」
「は、はいっす」
「初対面……だよね?」
「そ、そうっすね。はじめましてっす」
「うん、はじめまして…………それで、なんで私のフルネーム知ってるの……?」
「えっと2週間くらい前になんかこう……トラブってたっすよね?そん時に知ったっす」
「そっかー…………」
彩音さんが遠い目をしている。あぁ、やっぱその時なんだ……結構大事だったんだな……いや、考えてみたら、刺すまで行って大事じゃないほうがおかしいな。というか、もしかしてその騒動ギルドでやったのか……?じゃないと知る機会ない……よな?
しばらく虚空を見つめていた彩音さんだけど、気を取り直したのか、犬束さんと会話を再開する。
「話はある程度室井さんから聞きました。けど、犬束さんからもお話を聞かせてもらえますか?」
とりあえず、齟齬がないか確認を取るための質問を投げる。多分大丈夫だと思うけど、本人にしか分からない病気のことなら、ズレないほうがおかしいと思うし。
しばらくして、落ち着いたのか、犬束さんがぽつりぽつりと話し始めた。
「えっと……まず私は、一ヶ月前に冒険者になったんすよ。で、
「味覚障害って、どんな感じなんですか?」
「何食べても無味無臭なんす……なんていうか、味のしないガムを食べてる感じで、元々食べるのが好きだったんすけど、食べるのが辛くなったっす……でもお腹は減るんで、無理矢理流し込む感じで食べてたっす」
「病院には行ったんですよね?」
「行ったっす。でも、原因不明で、薬なんかももらったんすけど、効果なしっす」
ここまでは室井さんから聞いた通りだ。味覚障害の感覚が生々しくてちょっと怖いな。そのレベルで味しないのか……
「……そんな感じでどうにかこうにかしてたんすけど、でも最近ホントにキツくって……ついにご飯食べられなくなったっす。食べようすると手が震えて、口に入れられなくなったんす……それで、空腹のままダンジョンに行ったら、
「それで、バロメッツを食べたんですか……?」
「そうっす。そのまま齧りついたんすけど、めっちゃ不味くて気絶したっす」
「そ、そんなに……?」
火を通してすらいないでいったのか……あのバロメッツを……
というか、その状態でなんでダンジョンに行ったんだこの人……死ぬってそれ。
「でも!不味かったってことは、味がしたってことじゃないっすか!で、モンスターの食べ方みたいなのを調べてたら、2人の配信をたまたま見つけたんす!それで、指名依頼って形でお願いしたんす!」
犬束さんの声が大きくなる。目に涙を浮かべて、こっちをみている。まぁ、モンスターを食べるなんてやってるのは私たちだけだ。私が始めた冒険なのだから。
「いきなりこんなことやって、迷惑かけてるのは分かってるっす。お詫びに何でもするっす……だから、私に、ご飯を食べさせて欲しいっす……もう、味のしないご飯は嫌なんす……」
俯いて、限界が来たのか涙をポロポロ流しながら犬束さんが懇願する。
彼女がどれだけ辛い思いをしたのかは想像がつかない。一ヶ月も味のしないご飯を食べ続けるなんて、少なくとも私には耐えられないと思う。そんな中で、唯一味がしたのがモンスター。そして、それを調理し、食べることをしている唯一の存在が私たちだったわけだ。なら、私の答えは決まっている。それに、ここまでボロボロの人を見捨てるのは流石にちょっとないな。
あとは彩音さん次第だけど、彩音さんも優しい人だからね。
「夢希ちゃん」
「何?彩音さん」
「この依頼受けるよ。でも、私じゃわからないから、教えてほしいな?」
「任せて」
私の冒険は今日のためにあったのかもしれない。
なんて、クサすぎるかな。
感想でご指摘いただいて、大幅に修正しました。
主人公には、このために配信やらせてたのに、完全に忘れてすっぽかした作者が私でございます……