【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
ニヤニヤしながらMr.クマを刺し殺すという、はたから見たら完全におかしい人の行動をし終えた私は、そのまま解体に移行する。今日は丸焼きにするわけじゃないから、血抜きとかはしないでさっさと捌いてしまう。
Mr.クマを釣りたかったのは事実だが、本題は違うところにある。モンスターを調理するため、色々と魚料理について調べていたら、試してみたい食べ方があったのだ。
それは、「ルイベ」もしくは、「ルイペ」という食べ方で、北海道の方の鮭の食べ方らしい。冷凍した鮭を凍ったまま薄く切り、口の中で溶かしながら食べるのだという。シャーベットのような食感が独特な料理なのだとか。
前提としてマイナス20度くらいで凍らせる必要があるそうで、本来なら業務用の冷凍庫なんかがないと厳しいらしい。だが、私には《フリーズコフィン》という魔法がある。なので、これで冷凍して、作ってみようと思い立ったのだ。
というわけで、Mr.クマを3枚におろし、腹骨を取る。その後…、中骨を抜くのは時間がかかって面倒だから、その部分を切り取るように背中と腹で分けて、と。でここから皮をひくのだが、ここが結構難しい。
「……よし、綺麗にいった」
"めっちゃ美味そうなサーモンに見えるw”
"マジで料理上手だな…”
"皮が意外と厚くね?”
"あれ俺たち食えるかな…”
ちょっと刃が浮いたりすると、途中で皮を切ってしまったり、身を削っちゃうんだけど、今日は凄まじく綺麗にひけた。
うまくいったことをコメントで褒められると嬉しいな。喜びの共有というか、なんというか。
うーん、こういう感覚が癖になっちゃうと、もっともっと!ってどこまでも行っちゃうのかな?リスナーさんたちも、ぶっ飛んでる方が見てて面白いだろうし。まぁ、この配信はそんなことしないし、リスナーさんたちも求めてないだろう。このままで行くのだ。
皮を引き終わったMr.クマを《フリーズコフィン》で冷凍する。本当に食品冷凍するときにしかこの魔法使わないな……本来はモンスターにぶつけて足止めする魔法なんだけどね。
早速ルイペにしてやろうと、冷凍してカッチカチになった鮭を切ろうとしたら、硬すぎて表面をナイフが滑った。右手に握ったナイフが、左手のすぐ側を通り過ぎる。
「あぶなっ!?」
"こわっ”
"気を付けて…”
"恐怖映像過ぎる今の…”
"危ない危ない”
薄切りにするために真っ直ぐ刃を入れていないっていうのもあるけど、それにしたってちょっとこれは無理だな……自然解凍するまで待つか。
念の為に結界を張り、一通り準備をした後、まな板の上にどんと乗せて放置することにした。多分大丈夫でしょ。多分。
で、自然解凍するまで……うん、釣りを続けよう。持ち帰り用も用意したいし。他にやることもないし。
「……よし、もっと釣るぞ」
再び湖に向けて釣り竿を投げる。あと2匹くらいは釣りたいな。
またスマホを浮かせて画面を見ながら釣りをする。こういう時、本当に魔法って便利。
"ところで、どう食べるつもりなん?”
"ムニエルか何か?”
"なんか薄く切ろうとしてなかった?”
あぁ、そういえばリスナーさんたちに説明してなかったな。釣ることしか話してないや。ちゃんと説明しておこう。
「ルイペっていう……冷凍した刺身?みたいなやつの予定だよ」
"刺身!?”
"生食大丈夫なんか?”
"大丈夫なの…?”
いっせいに心配のコメントで埋め尽くされてしまった。ま、まぁ、散々生食はヤバいっていい続けてきた私が生食しようとしてるんだから、そりゃそうか……
「内臓じゃないから大丈夫……なはず」
"ほな大丈夫かー”
"んなわけあるかい!”
"まぁ、内臓よりは安全だとは思うが…”
"元々食えてる部位ではあるしな…”
"その理論だと生肉も食えるな”
"ヤバそう…”
リスナーさんたちのコメントを見ていると、なんか段々不安になってきた。けど、もしこれでお腹を壊すことがあったとしてもそれもまた冒険なのである。今までだってそうだった。
とはいえ……なるべくなら、美味しく終わって欲しいものである。失敗したいわけではないからね……お。
「っ、また来た……!」
竿を振り上げると、針を完全に刺した感触。これも釣り上げてやる……!
"結構簡単にくるねぇ”
"場所が悪かっただけか”
"一気に来たー!”
"いけいけー!”
2度目になれば、ある程度どうすればいいのかは分かってくる。もう知ってるからね、こいつの動きは。竿を振り回し、リールを巻き取り、そしてトドメに思いっ切り振り上げる!
「そりゃぁ!」
釣り竿の動きに合わせて、湖面からMr.クマが飛び出してくる。そのまま地面に落ちてピチピチ跳ねているのを捕まえて、さっさとシメる。
"やったぜ!”
"とったどー!(2回目”
"結構あっさり釣れるね”
"最初の苦戦が嘘のようだ…”
「…………うーん。なんだろう……2匹目はそこまで嬉しくない……」
さっきあれだけ嬉しかったんだけど、今はこう……うん。嬉しいけどさっきほどじゃないな。そりゃそうだろって話ではあるんだけど、なんだかなー……自分の情緒にちょっとだけ不満を表明したい。
"あれだけ喜んでたらねぇwww”
"なかなか見ない喜びようだったw”
"流石に決着ついたあとだもんな…”
"まだまだ負け越してるんですけどね”
リスナーさんたちも当たり前だと思ってるみたいだし、個人的な不満ということにしておこう。
決着はつけたのだから、それでいいしね。うむうむ。それと、負け越してるって言うのはやめて欲しい。勝ちたくなって来ちゃった。
「……負け越してるのは事実だけど、勝ち越すほど釣ってもなぁ……」
"それはマジでそう”
"えっと…あと何匹?”
"あと7匹かな…?”
"流石にそれはw”
とはいえ、これも正直な本音。だって私は7敗してるので、8匹釣らないと勝ち越しにならない。8匹も釣ってどうするんだって話である。冷凍して持ち帰っても、サイズがサイズだから、冷凍庫に入らないし。
普通に釣りに来ているなら、ご近所にお裾分けとかでもいいだろうけど、モンスターだからそういうわけいかないしさ。
愛依、凉、鬼灯、白石さん、彩音さん、叔父さん、美弥子、犬束さん……あれ?いけるか?一匹ずつ配れば、勝ち越すまで釣ってもなんとかなる?
頭の中で皮算用が繰り広げられ、本当に勝ち越すまで釣っちゃおうかな……なんて考え始めたとき、スマホの時計が目に入った。そうだよ。そもそもそんなに釣ってる余裕はない。門限までの時間的に。
流石にこの短期間に連続で門限を破るのはよくない。目的を果たしたんだし、ルイペを食べてさっさと帰ろう。
「……うん。あと1匹でやめとこう」
"そうして?”
"一瞬勝つまで釣るか迷ったなw”
先ほどと同じ要領でシメたMr.クマを捌いて、冷凍。前に凍らせたやつもまだ溶けていないし、続けて釣っちゃって良さそうだね。
今度は、時間までに溶けてくれるかどうかが不安になってきたなこれは……
そして、もう一匹を釣り上げようとしたとき、異変が起きた。
「ん?何か暗い……?」
浮遊魔法で湖の上空に浮かびながら釣りざおを振り回していたのだが、視界が暗くなった。
いや、視界というか、湖か?
"何だ?”
"何か湖が暗くなった?”
"影?”
「えっ、ちょっ!うわっ!?」
突然信じられない力で釣り竿を引っ張られ、思わず手を離してしまう。
いや、一応《身体強化》まで使ってたんだけど!?絶対にMr.クマのせいではない。別の何かだ。
"大丈夫か!?”
"なんかめっちゃ引っ張られた?”
"あー!釣り竿が!”
釣り竿がなくなってしまったけど、それはおいておくとして。予備もあるし。よくよく考えれば湖にある影なんて魚影しかないよね……いやでも、このサイズの魚なんているのか……?パっと見で10メートルくらいないか……?
なんて思っていたら、湖面が割れた。鋭い牙のような歯が生えそろった巨大な口を大きく開けた何かが、私を飲み込もうと飛び出してくる。
「うわぁあ!!?」
無我夢中で横に飛ぶ。私のいたあたりでガチンッ!!という大きな音を立てながら口を閉じる。
それは、蒼の鱗を纏った、巨大なヘビのように見えた。頭と首の境目辺りに、大きなヒレがある。湖の上に出ているのは、そのへんまでであり、それより下は湖の中にあるようだ。
"何だこいつ!?”
"でっか!!!!”
"怪我ないか!?”
"大丈夫!?”
そいつは、こちらを一睨みした後、湖の中に潜っていった。暗くなっていた湖も元に戻った。とりあえずもう一度強襲されてはたまらないので、さっさと岸に戻る。
「……何アレ!?」
岸に戻って荒れた呼吸を整えたのち、思わず叫んでしまった。いや本当に何だアレ!?見たことないし聞いたこともないぞ!
"聞いたことがある……!”
"知っているのか!?”
"噂では、巨大湖には主がいるらしい!”
"あれ都市伝説じゃねぇの!?”
"今のが主…の可能性はあるよなぁ…”
リスナーさんたちのコメントを見て、私も思い出す。確かに、渋谷ダンジョンの巨大湖には主がいるっていう噂はあった。見たという冒険者はいたものの、証拠がなかったのである。証言だけだったからね。それも、大半の人は錯乱中。
一応、調査隊なんかも結成されていたようだけど、そもそもがMr.クマが大量にいる湖である。危険過ぎて大した調査が出来なかったんじゃないだろうか。
水中ドローンとか使っても、一瞬で壊されそうだもんなぁ、この湖。それに、あんなサイズのモンスター、水中でどうこうできるとは思えない。
にしても……
「巨大湖の主か……ロマン溢れてていいよね、そういうの」
"分かる”
"めっちゃ分かる”
"ダンジョンの巨大湖の主っていうのがさらにいい”
"地下の湖のっていうのがいいよな”
半分現実逃避だったんだけど、予想外にもリスナーさんたちの食いつきがいい。分かるよその気持ち。そうだよね。地下の湖の主とかロマン溢れてていいよね。
地上の湖の主もロマンはあるんだけど、こう、地下にあると一部の人しか行けない感が強まるというか。
まさしく冒険者のロマンにうんうんと頷いていたら、途中でふと気づいてしまった。
「……もしかしてさ」
"うん?”
"どした?”
"何?”
「今この配信って、初めて主を明確に撮影した映像記録になってる……?」
ちょっと声が上擦った。いやだって、噂が本当だったと証明したことになる。それに、明確な証拠もある。リスナーさんたちも見えていたのだから、カメラにも映っているはずだ。
"あ”
"確かに!!”
"有名になっちまうなぁこれは…”
"ユキちゃんが地上波デビューとかすんのかな…”
"いつかやると思ってました(ボイチェン”
"それ犯罪者に向けて言うセリフだろwww”
"うーん、これは有名配信者”
「それは本当に嫌!絶対に嫌だからね!?」
なんてことを言うんだ君たちは!!いや確かに、話題になるだろうし、色々あるかもしれないが、それでも絶対に有名になるのは嫌だ。
あのあと、鬼灯とリスナーさんたちが言ってたことが本当か凉に聞いてみたら、ホントーだよーって言われたんだぞ!!
今の状態がいいんだ私は。これだけは譲らないぞ。
"どんだけ嫌なんだよwww”
"本当に配信者に向いていないwww”
"まぁ、チャンネルさえバレなければ…”
"ギルドには報告義務あるんだっけ?”
"あるね。新種見つけたら報告しないといけない”
「そうだね、ギルドには報告しないといけない」
流石に義務を果たさないのはダメなので、報告はしよう。色々言われるだろうし聞かれるだろうけど、もうそこは楽しもうと思う。
だって、ほとんどのダンジョンが探索され尽くしている中での新種発見なんて、本当に運が良かったとしかいいようがない。一生に一度あるかないかの出来事なんだ。楽しまないと損というやつである。
チャンネル云々は……頼み込んで見逃してもらおう。こう、前後だけ切り取ってもらって、私は極力出さないようにしてもらって……
"新種だから名付け出来るのか”
"そうやん。名前つけないと”
"ユキちゃんのセンスが後世に伝わるんやな!”
"みんなで笑…褒めるからな!”
"本性出てるぞw”
"どんな名前になるのかなぁ?”
「やめて……やめて……」
リスナーさんたちによってさらなる追撃をもらった私は、頭を抱えるしかなくなってしまった。モンスターの名付けなんて出来る気がしないよ……!命名権誰かにあげられないかなぁ………………あ、良い感じに溶けてる。
私は現実から逃げることにした。今はこれを食べよう。そうしよう。
魚を生で食べる場合、冷凍後24時間ほど経たないと寄生虫が生きている可能性があるので、注意して下さい。
よく問題になるアニサキスなんかが特に。