【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する   作:もけねこ

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今回は彩音視点です。


冒険者になった私と掴んだ夢

 

「ん、んー……!おわっ、たぁ……」

 

 机の上から紙がなくなったのを確認して、思いっきり伸びをして背中を伸ばす。固まった筋肉が伸びて気持ちがいい。

 そのまま、私――美空彩音は、机にぐでっと突っ伏した。

 今までやっていたのは、クランの勧誘書類の仕分けである。文字通り山ほどあった。よく終わらせたものだと自分をほめてあげたい。

 まさか夢希ちゃんと仕分けしたあのあと、さらにもう1箱来るのは想定してないよ……昼過ぎから始めたのに、もう9時過ぎ。疲れた……

 明日からはこれは来ない。ギルドの方にお願いして、受け付けないようにしてもらった。だから、ホントにこれでおしまい。直接送ってくる可能性はあるけど、今までよりは絶対に量が減るはず。

 

「……お風呂入ろ……」

 

 固まってしまった肩をぐるぐると回しながら、浴室へ。ボタンを押して、浴槽にお湯が溜まっていくのをぼんやりと眺めながら、最近のことを思い返す。

 

「まだひと月しかたってないんだよね……濃いなぁ……」

 

 夢希ちゃんと出会ってから、私の生活は一変した。ただ、出会ってからまだひと月しか経っていない。嘘でしょ……?

 モンスターを食べて、陽向ちゃんの問題を解決して、鬼灯ちゃんと出会って、変異種のトロルと戦って、クランの勧誘が山程来た。もうちょっと加減して欲しいな……

 モンスター料理は基本的に美味しい。というよりも、夢希ちゃんが私に遠慮して美味しいものしか食べさせていない感じがする。もっとこう……遠慮しなくていいんだけどな……

 浴槽にお湯が溜まったことを告げる音が鳴ったので、服を脱ぎ、書類を見るときに邪魔だったから後ろで縛っていた髪をほどいてさっさと入る。もう疲れたよ今日は……特に目とか腰とかが。

 

「はぁ……」

 

 湯船に身体を沈めると同時、じんわりと身体が溶けていくような感覚。それが心地よくて、思わず吐き出した息と一緒に、疲れが身体から出ていく感じがする。お風呂って、なんでこんなに気持ちいいんだろうね……

 ぼんやりと浴室の天井を見上げながら、彼女のことを考える。

 夢希ちゃん。出会ってからまだひと月ほどしか経っていない女の子。私の夢を叶えてくれた冒険者。びっくりするほど無表情だけど、感情豊かで暖かい雰囲気の不思議な子。たまに見せる笑顔がとっても可愛くて、ご飯をとっても幸せそうに美味しそうに食べる子。

 そして、私と違って、本物の天才。才能に甘えず、それをひたすら鍛え抜いてきた子。冒険者として、私よりもずっと先にいる子。その差を思って、憂鬱になる。

 

「はぁ……ダメダメ。ため息はダメ」

 

 思考がマイナスにいってしまって出て来たため息を咎める。マイナス思考は無意味だ。大体、そんなことを考えても何の益もない。だから前を向け。

 自分に言い聞かせて、前を見るフリをする。今はフリでいいから、前を見ないと。それがフリじゃなくなるまで。小糸君曰く、人間の脳みそっていうのはそういうものらしい。

 とはいっても、そう簡単に割り切れるような性格はしていない。そうだったら、こんなにこう……ため込むような性格になっていないと思う。

 ダメだ。他のことを考えよう。例えば、そう。

 

()()()()()()()()()()……」

 

 今日仕分けした大量の書類の中で、唯一まったく違う意図を持った書類。

 勧誘ではなく、加入。私たちを勧誘するのではなく、私たちの中に入りたい。という意志表示。

 正直な話、個人的にはとてもじゃないけれど、まともな人だとは思えない。だって、モンスターを食べるのがメインになっているパーティーだよ?端から見たら、私も夢希ちゃんも、変人なのは間違いないのだから。

 そんなことを考えながら、加入申請書に書いてあったことを思い返す。

 

「『配信を見ていて、私の夢を笑わないでくれると思ったから』かぁ……」

 

 しみじみとつぶやきながら、膝を抱えて丸くなる。ダメだぁ……疲れているからか、泥沼から出られなくなっている。

 加入申請書はほぼ履歴書みたいなものだ。だから、自己アピール欄みたいな欄があるんだけど、そこに書いてあった一文が心に刺さる。この人は、夢希ちゃんの配信を見て、自分の夢を笑わないでくれると思ったから、自分から動いた。この人のことを、私は尊敬する。心から。

 私は、『面白い冒険』がしたかった。小学生の時に読んでいた、面白い冒険譚のような冒険が。ギャグ風っていうとあれだけど、そんな感じの冒険譚みたいな冒険がしたかった。でも、自分からそれを追い求めたことは一度もなかった。いや、正確には、それを追い求めて、自分から何かしたことは一度もなかった。

 それまでの冒険が楽しくなかったわけじゃない。面白くなかったわけじゃない。でも、その楽しさが、面白さが、求めていたものとは違うと思っていたのに、動かなかった。いつか、誰かがそれを持ってきてくれると。そうどこかで思っていた。

 そんな私が今、夢を叶えて『面白い冒険』を出来ているのは、ただ運が良かっただけだ。

 夢希ちゃんと出会ったあの日。あの日がすべてだった。あの出会いが、あの日のあの時の、あのカレーが、すべてだったんだ。

 ホントにたまたまあの前日、パーティの空気が最悪の一言で、気分転換に大渓谷を見に行ってみようかななんて思い立って。ホントにたまたま夢希ちゃんが落ちていくの見かけて、考えるよりも先に身体動いていただけ。

 そんな、積み重なった偶然が、私に夢を掴ませた。

 

「……」

 

 自分の手を見る。それなりにまめができて、それが潰れて、治って、ちょっと硬くなった、そんな手。いつも見ている夢希ちゃんや、前に見せてもらった鬼灯ちゃんよりも、ずっと綺麗な手。

 これが私の足りなさだ。ずっと何もしなかったから、私の手はこんなに綺麗なんだ。

 確かに、環境は違った。夢希ちゃんは、冒険者の両親から小さい時からいろいろ教わって生きてきた。鬼灯ちゃんだってそう。私は普通の家に生まれて、武器を持ったのだって冒険者学校に入ってからだ。運動だけはしていたから、ある程度身体は出来ていたけど、武器を持って鍛錬した時間だけでみたらきっと半分もない。

 だから、仕方ないことだ。そうかもしれない。でも、そうじゃいけないんだ。

 

「……私は、夢希ちゃんの隣に立ちたい」

 

 彼女の後ろで、手を引いてもらうんじゃなくて。隣で、一緒に『冒険』がしたい。せっかく夢を掴んだのだから。掴んだ夢を離さないでいられるように。

 小糸君にも言われたように、何でも使っていかないといけない。あの後、武器の作成を依頼しに行った。小糸君が紹介状まで用意してくれて、トロルの件の報酬も合わさって、ローンを組めた。小糸君からは、紹介状代は後で請求するからな。なんて笑いながら言われてちょっと怖かった。けど、それを怖がって進まなかったら、私は夢をなくしてしまう。

 今の私は、夢希ちゃんが学校に行っている昼間は大抵、内緒でダンジョンに潜っての鍛錬か、母校に行って先生に見てもらっている。たまに鬼灯ちゃんにもお願いしてる。奇跡を習得したおかげで、鍛錬でついた怪我くらいなら隠せるしね。正直大変だけど、充実してる。今までよりもずっと。

 ……冒険者になりたかったから、冒険者学校に行った。それは、私の選択で、私の夢への第一歩だった。でも、そのあとは?そのあと、私は何をしていた?

 私はただ、冒険者になるために、言われたようにしていただけだ。冒険者になるための学校なのだからと。言われた通りにしていれば、冒険者になれると。夢を叶えられると。そう思っていた。

 

「思ってたんだけどなぁ……」

 

 私は、真面目……だと思う。事実として、冒険者学校時代、成績自体は結構優秀だった。先生に言われたことをきちんとこなした。だから、色んな人が苦手な書類仕事なんかは得意な方だ。夢希ちゃんと組む時に、先輩風を吹かせてリーダーを引き受けて良かったと思う。少なくとも、私にも役目があるから。支えられるし、一緒に何かが出来るから。じゃなかったら、耐えられなかったと思う。

 でも、それだけじゃダンジョンの中では意味がないから、技術を学ぶ必要があった。夢希ちゃんに教えてもらっていることの定着もそうだけど、それだけじゃなくほかにもたくさん。

 ダメ元で母校に技術指導をお願いしに行ったときに、久々に会った恩師の言葉が頭をよぎる。

 

『……ふふ、ようやく冒険者の顔になりましたね。よほど良い出会いでもありましたか?』

 

 あの言葉が、今までの私のすべてを表していると思う。

 私は冒険者ではなかった。職業は冒険者だったけど、中身が冒険者ではなかった。私は『冒険』をしていなかったんだ。今ならわかる。夢希ちゃんを見ているから。

 あれが『冒険』をしている冒険者の姿で、顔で、在り方だ。私とは、全然違った。

 

「ふぅー……」

 

 肺から全ての空気を吐き出して、浴槽から出る。身体と髪を洗いながら、色んな人の言葉を思い出す。

 

『まーあんま複雑に考えずにさ、やりたいことやって、行きたいとこ行って、追いかけたい夢追っかければいいんじゃねーの?それが冒険者ってやつでしょ』

 

 新しく出来た酒好きの友達は、忘れていたことを思い出させてくれた。

 

『君が積み重ねてきた経験も、身に付けてきた技術も、君を裏切らない。それがどんな経緯で得たものであれ、それは君が歩くための杖になってくれる。どこに行くにもね。ロマンと一緒さ』

 

 ロマンを何よりも追い求めている技術者は、私の今までにも意味があると教えてくれた。

 

『爺ちゃんが言うには、何かを始めるのに遅すぎることなんてない。いつだって今が一番若い。だそうっす。それに、彩音さんはもう始めてるじゃないっすか。だから大丈夫っすよ!』

 

 スキルに苦しめられていた女の子は、私が変われると信じてくれた。

 

『愚痴や弱音があるなら、いくらでも聞くさ。君は抱え込みすぎるからね。代わりに……僕のも聞いてくれないかい?パーティーメンバーが個性的すぎて大変なんだ……』

 

 私の初めてのパーティーのリーダーは、私に逃げ場をくれた。

 ま、まぁ……うん。後半は完全に目が死んでたけども……

 

 私は、色んな人に支えられてここにいる。その人たちの言葉に、ホントに救われている。夢のためとはいえ、努力するのは大変で、辛いことのほうが多い。自分の至らなさを思い知るのは、心が軋む。

 でも、彼らの言葉があれば頑張れる。大丈夫だって、歩いていける。

 

 シャワーでさっぱりと全身洗い流して、浴室を出る。寝間着をまとってドライヤーを片手にリビングに戻り、ふと思う。

 ……夢希ちゃんなら、なんて言うだろう?

 そんな事を考えたからか、スマホに着信が。ふふっ、タイミングが良すぎるよ夢希ちゃん。

 

「もしもし夢希ちゃん?」

『こんばんは彩音さん!』

 

 なんだか凄まじくテンションが高い夢希ちゃんにちょっと苦笑しながら、その後の話を待つ。妹が出来たらこんな感じなんだろうか?なんてくだらないことも頭に浮かぶ。

 そして、話を聞いて、思考が停止した。

 

『あのね、私、渋谷の巨大湖の主を見つけたよ!えっと、えっとね、ものすごく大きくて、魚系というかへビっぽくて……』

 

 夢希ちゃんが電話口でずっと何かを話しているけど、耳を通り抜ける。先ほどの言葉から頭が離れない。少しずつ思考が動き出して、話を少しずつ理解して……心のままに叫ぶ。

 

「……なんで私がいない時にそんな面白いことするの!?」

『うぇ!?い、いやそのわざとじゃなくて……』

 

 電話の向こうでしどろもどろになっている夢希ちゃん。いや、分かってるよ。わざとじゃないなんて分かってる。でもね、でも、言わせて欲しいんだ。

 

「それは分かってるけど、私も見たかった!!」

『う……あっ、え、映像なら見れるよ?配信のアーカイブあるし……』

「この目で直接!見たかったの!」

『う、うん……そうだよね……』

 

 ちょっと目を離すだけでこれだもの!まったく夢希ちゃんはさぁ……!

 鍛錬に書類仕事に体調管理にと、やることが多くて大変だ。それでも、今、私は充実している。ようやく夢に指をかけられたから。

 ただ、ホントに指をかけただけだから、こうやって掴み損ねるのだ。だから、ちゃんと掴まないといけない。そのために、彼女の隣に立つ。行きたいところへ、行けるように。

 まぁ、そんな決意は置いておいて。一通り叫んで頭も冷えれば、後悔が襲ってくる。

 

「ごめんね、いきなり大声出して……完全に八つ当たりだし……」

『うん……びっくりした……』

「そうだよね、ごめんね……」

 

 夢希ちゃんを怖がらせてしまった……やっちゃったなぁ……なんて落ち込んでいれば、予想外の言葉が返ってきた。

 

『けど、ちょっと嬉しいかな』

「え、なんで……?」

『だって、彩音さんがそういうこと言うの初めてだし。遠慮?配慮?がなくなってきたんだなぁ……って』

 

 夢希ちゃんの言葉に、少し考える。確かに、ツッコミとかじゃなくてこんな感じに感情をぶつけたのは初めてかもしれない。

 いや、ツッコミも本心からの感情をぶつけてはいるんだけどね?夢希ちゃん、たまにとんでもない事言いだすし。

 しかし、遠慮、遠慮か……この際だし、夢希ちゃんにも伝えようかな。

 

「……そういう夢希ちゃんだって、もっと遠慮しないでいいんだよ?」

『……うん?』

「だって、私のために美味しいってわかってるモンスターを優先的に選んでくれてたよね?」

『……え?……あ、あぁ、それは、そのぉ……』

 

 なんだろう?なんだかものすごく目が泳いでる夢希ちゃんが目に浮かぶなぁ……ただ、そんなに困惑するようなこと聞いたかな?

 そのまましばらく、「あぁ……」とか「そのぉ……」とか言葉を選んでいた夢希ちゃんは、結論を出したのか、とんでもない発言をしてきた。

 

『……それは、いわゆる、興味を持ってくれた初心者を沼に沈める。ってやつであって……その、遠慮とかでは……ない、です……』

「…………そっ、かー……」

 

 ものすごい気まずい空気が流れた。そっかー……遠慮とかじゃないのかー……

 にしても、沼に沈める。なんて、夢希ちゃんネットとかに疎そうなのに、ネットの表現をそれなりに知ってるよね。配信の設定とかしてる友達経由なのかな?

 とりあえず、そこのところは置いておいて、まずはこの気まずい空気をどうしたものかと考える。

 ……そういえば、なんで巨大湖にいたんだろう?と疑問に思った。わざわざあそこに行く理由がパッと思いつかない。だってあそこ、本当にただ巨大な湖があるだけの場所だし。

 

「……夢希ちゃんはなんで巨大湖にいたの?」

『……Mr.クマを釣ろうと思って。前に行ったところで釣れなかったから、巨大湖に行ったんだよね』

 

 話題転換にちゃんと乗ってくれたようで一安心。にしても、夢希ちゃんらしい理由だ。前のときは私しか釣ってないから、自分でも釣りたかったんだろうな……地面叩いて悔しがってたし……

 

『それで、Mr.クマをちゃんと釣り上げたんだよ。で、生で食べた』

「そうな……え、生で!?」

 

 生!?モンスターを生で!?お腹壊して大変なことになるって自分で言ってたのに!?

 私のツッコミをスルーして、何事もなかったように夢希ちゃんは話を続ける。

 

『うん。ルイぺっていう凍ったお刺身?みたいなやつ。あと、サンドイッチも作ったよ。どっちも美味しかったぁ……』

 

 なんだか幸せそうに感想を伝えてくる夢希ちゃん。

 いや、まず生でいったことについてもうちょっと弁明とかないの?今、『うん』の一言で終わらせたよね?マイペースがすぎない?美味しかったのは良かったけどさぁ!

 とはいえ、わざわざ掘り返すのもどうかと思ったので、心の中で叫ぶだけにする。

  

「そ、それは良かったけど……お腹は大丈夫なの?」

『今のところは』

「今のところは」

 

 端的!しかも、不穏!いやそれホントに大丈夫?鬼灯ちゃんみたいに入院することになったりしない?夜中に救急車ー!ってならない?

 ……なんだか、夢希ちゃんならなんて言うだろうとか、そんなのどうでもよくなっちゃったな……

 お風呂に入って疲労感を拭ったはずなのに、再び疲労感を覚える。机に目を向けると、先ほど浴室で思い出した1枚の紙が目に入った。

 先ほど投げられた爆弾のお返しをしようかな。なんて。

 

「あ、そうだ夢希ちゃん」

『何?』

「パーティーに加入したいって人がいるんだけど――」

 




「夢希、もし誰かが一緒に冒険したいって言ってきたら、美味しい料理をまずはたくさん食べさせるんだよー?」
「なんで?」
「モンスターって美味しいんだ!って最初に思わせれば、そのあとに不味いのが出てきても、他が美味しいかもって思ってやめれなくなるから」
「…………理屈は分かったけど、なんで目が死んでるの?」
「……爆死したからだよー……」
「……?」

夢希が変にネットにかぶれてるのは凉のせい。
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